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第31話 嘲笑からの出発
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パーティを結成した翌日。【黎明の翼】の三人は、再びアークライトの冒険者ギルドにいた。目的は、彼らの初仕事となる依頼の受注だ。ギルドに併設された酒場の隅のテーブルで、アレン、ソフィア、カイは簡単な食事を摂りながら、今後の活動方針について話し合っていた。
「で、リーダー。最初の大仕事は何にするんだ?ドラゴンでも狩りに行くか?」
ソフィアが、エールを片手にニヤリと笑いながら言った。その声には、新たな仲間とパーティを得たことへの高揚感が滲んでいる。彼女の瞳は、昨日までの澱んだ光を失い、戦士としての自信に満ち溢れていた。
「……ドラゴンはまだ早い」
カイが、干し肉を齧りながら冷静に突っ込む。彼の口調は相変わらずぶっきらぼうだが、その表情は以前よりも幾分か和らいで見えた。
「分かってるよ、冗談だ」
ソフィアは肩をすくめると、アレンに視線を向けた。
「だが、やるからにはデカい仕事がいい。俺たちの名声を一気に上げるような、Bランク以上の依頼が妥当だろう」
彼女の意見に、周囲のテーブルから聞き耳を立てていた冒険者たちが、ふっと鼻で笑うのが聞こえた。
昨日、アレンたちがパーティを結成したという話は、すでにギルド中の噂になっていた。元Sランクパーティを追放された無能ヒーラー。酒浸りの元女騎士。素性の知れない獣人。それは、どうひいき目に見ても「落ちこぼれの寄せ集め」でしかなかった。
「Bランクだと?寝言は寝て言え」
「あのメンバーでBランクなんて、自殺行為だろ」
「せいぜい、ゴブリン退治がお似合いだぜ」
悪意に満ちた囁き声が、遠慮なく三人の耳に届く。
ソフィアの眉がぴくりと動き、こめかみに青筋が浮かんだ。彼女はテーブルを拳で叩きつけて立ち上がろうとする。
「てめえら……」
「やめておけ、ソフィア」
アレンが、静かな声で彼女を制した。
「ここで騒ぎを起こしても、俺たちの評価が下がるだけだ。それに、彼らの言うことも、あながち間違いじゃない」
「何だと!?」
ソフィアが、今度はアレンに食ってかかった。
「あんたまで、俺たちを落ちこぼれだと言うのか!」
「そうじゃない」
アレンは落ち着き払った様子で、スープを一口啜った。
「俺たちがどれだけの実力を持っているか、彼らはまだ知らない。そして、正直に言えば、俺たち自身も、互いの連携がどれほどのものか、まだ完全には分かっていない」
彼はソフィアとカイの目を順に見た。
「俺たちは、即席のチームだ。それぞれが優れた能力を持っていることは分かっている。だが、それがパーティとして機能するかは、別の話だ。まずは足元を固めるべきだ」
アレンはそう言うと、静かに席を立った。そして、冒険者たちが依頼書を眺める掲示板へと向かった。ソフィアとカイも、不満げな顔をしながらも、その後ろに続く。
掲示板には、様々なランクの依頼書が所狭しと貼られていた。高ランクの依頼書は羊皮紙で作られ、王家の紋章が入っているものもある。それらは、歴戦の冒険者たちが羨望の眼差しで見つめていた。
ソフィアの視線も、自然とそちらへ向かう。
「オーガの群れの討伐、か。Bランクにしては骨がありそうだ」
「……こっちのワイバーンの巣の調査も、悪くない」
カイも、珍しく興味を示している。
だが、アレンはそれらの依頼書には目もくれなかった。彼の視線は、掲示板の一番下に、まるで忘れられたかのように貼られている、汚れた紙切れに向けられていた。
彼は、その中の一枚に手を伸ばすと、ためらうことなく引き剥がした。
「おい、アレン。あんた、まさか……」
ソフィアが、信じられないものを見る目でアレンの手元を見た。
彼が選んだ依頼書。そこに書かれていたのは――。
『依頼:ゴブリンの巣の討伐』
『ランク:D』
『場所:アークライト東の森、廃墟となった砦』
『内容:近隣の村に被害を及ぼしているゴブリンの群れの根絶。巣の奥にいるリーダーの討伐を推奨』
『報酬:銀貨三十枚』
Dランク。
それは、冒険者になったばかりの新人が、最初に受けるようなランクの依頼だ。報酬も、三人で分ければ雀の涙ほどにしかならない。
その瞬間、ギルド内の嘲笑が、頂点に達した。
「ぶはははは!見たかよ!あいつら、本当にゴブリン退治の依頼を受けやがった!」
「元Sランク様が、Dランク依頼!傑作だな!」
「落ちぶれるにも程がある!もうあいつらは終わりだ!」
腹を抱えて笑う者、指を差して囃し立てる者。ギルドの中は、まるでサーカスの見世物小屋のような騒ぎになった。
ソフィアの顔は、屈辱で真っ赤に染まっていた。彼女はアレンの肩を掴み、低い声で問い詰めた。
「アレン!どういうつもりだ!これは、侮辱だぞ!」
「侮辱じゃない。最適解だ」
アレンは、周囲の嘲笑を浴びながらも、涼しい顔で答えた。
「俺たちは、まだ翼を手に入れたばかりの雛鳥だ。いきなり嵐の中に飛び込めば、墜落するだけだ。まずは、安全な場所で飛び方を学ぶ必要がある」
彼は、ソフィアとカイにだけ聞こえる声で、静かに続けた。
「敵は、弱い方がいい。連携、スキル、互いの癖、戦いの中での役割分担。それらを、リスクの少ない実戦で確認する。これが、俺たちの初陣に最もふさわしい舞台だ」
その言葉には、リーダーとしての冷静な分析と、揺るぎない自信が満ちていた。名声やプライドに惑わされず、ただ勝利のために最も合理的な道を選ぶ。その姿勢は、ソフィアが騎士団で見てきたどんな指揮官よりも、優れたものに思えた。
「……ちっ。分かったよ」
ソフィアは、まだ不満そうだったが、アレンの肩から手を離した。
「あんたがリーダーだ。あんたの判断に従おう。だが、もしこれで何の成果もなかったら、次は俺のやり方でやらせてもらうからな」
「ああ、それでいい」
アレンは頷くと、依頼書を持って受付カウンターへと向かった。
受付の女性職員は、アレンが差し出したDランク依頼書を見て、侮蔑と憐れみが入り混じった、複雑な表情を浮かべた。
「……こちらの依頼で、よろしいのですか?」
その問いには、「あなたたちのようなメンバーが、本当にこんな依頼を?」という意味が隠されているのが、誰の目にも明らかだった。
「ああ、問題ない」
アレンは淡々と答える。その堂々とした態度に、職員は何も言えなくなり、事務的に手続きを進めた。
依頼の受注を終え、三人はギルドを後にした。
背後からは、まだ彼らを嘲る声が追いかけてくる。
ギルドの外に出ると、真昼の太陽が彼らを照らし出した。ソフィアは、まだ腹の虫が治まらないといった様子で、大きく息を吐いた。
「見てろよ、あいつら。すぐに度肝を抜かしてやる。ゴブリンの巣だろうが何だろうが、完璧にこなして、文句のつけようがない報告書を叩きつけてやるからな」
カイも、隣で静かに頷いた。その金色の瞳の奥で、闘志が静かに燃えている。
アレンは、そんな二人の様子を見て、満足そうに微笑んだ。
「ああ、そうだな。派手さはなくともいい。確実な勝利を、一つずつ積み重ねていこう。俺たちのやり方で」
嘲笑からの出発。
それは、伝説となるパーティの始まりとしては、あまりにもみすぼらしいものだったかもしれない。
だが、彼らの心は、不思議なほど晴れやかだった。
自分たちの力を、そして仲間を信じ、確かな一歩を踏み出す。その手応えが、そこにはあった。
【黎明の翼】の初陣の舞台となる、東の森へ。三人は、黙って歩き始めた。
「で、リーダー。最初の大仕事は何にするんだ?ドラゴンでも狩りに行くか?」
ソフィアが、エールを片手にニヤリと笑いながら言った。その声には、新たな仲間とパーティを得たことへの高揚感が滲んでいる。彼女の瞳は、昨日までの澱んだ光を失い、戦士としての自信に満ち溢れていた。
「……ドラゴンはまだ早い」
カイが、干し肉を齧りながら冷静に突っ込む。彼の口調は相変わらずぶっきらぼうだが、その表情は以前よりも幾分か和らいで見えた。
「分かってるよ、冗談だ」
ソフィアは肩をすくめると、アレンに視線を向けた。
「だが、やるからにはデカい仕事がいい。俺たちの名声を一気に上げるような、Bランク以上の依頼が妥当だろう」
彼女の意見に、周囲のテーブルから聞き耳を立てていた冒険者たちが、ふっと鼻で笑うのが聞こえた。
昨日、アレンたちがパーティを結成したという話は、すでにギルド中の噂になっていた。元Sランクパーティを追放された無能ヒーラー。酒浸りの元女騎士。素性の知れない獣人。それは、どうひいき目に見ても「落ちこぼれの寄せ集め」でしかなかった。
「Bランクだと?寝言は寝て言え」
「あのメンバーでBランクなんて、自殺行為だろ」
「せいぜい、ゴブリン退治がお似合いだぜ」
悪意に満ちた囁き声が、遠慮なく三人の耳に届く。
ソフィアの眉がぴくりと動き、こめかみに青筋が浮かんだ。彼女はテーブルを拳で叩きつけて立ち上がろうとする。
「てめえら……」
「やめておけ、ソフィア」
アレンが、静かな声で彼女を制した。
「ここで騒ぎを起こしても、俺たちの評価が下がるだけだ。それに、彼らの言うことも、あながち間違いじゃない」
「何だと!?」
ソフィアが、今度はアレンに食ってかかった。
「あんたまで、俺たちを落ちこぼれだと言うのか!」
「そうじゃない」
アレンは落ち着き払った様子で、スープを一口啜った。
「俺たちがどれだけの実力を持っているか、彼らはまだ知らない。そして、正直に言えば、俺たち自身も、互いの連携がどれほどのものか、まだ完全には分かっていない」
彼はソフィアとカイの目を順に見た。
「俺たちは、即席のチームだ。それぞれが優れた能力を持っていることは分かっている。だが、それがパーティとして機能するかは、別の話だ。まずは足元を固めるべきだ」
アレンはそう言うと、静かに席を立った。そして、冒険者たちが依頼書を眺める掲示板へと向かった。ソフィアとカイも、不満げな顔をしながらも、その後ろに続く。
掲示板には、様々なランクの依頼書が所狭しと貼られていた。高ランクの依頼書は羊皮紙で作られ、王家の紋章が入っているものもある。それらは、歴戦の冒険者たちが羨望の眼差しで見つめていた。
ソフィアの視線も、自然とそちらへ向かう。
「オーガの群れの討伐、か。Bランクにしては骨がありそうだ」
「……こっちのワイバーンの巣の調査も、悪くない」
カイも、珍しく興味を示している。
だが、アレンはそれらの依頼書には目もくれなかった。彼の視線は、掲示板の一番下に、まるで忘れられたかのように貼られている、汚れた紙切れに向けられていた。
彼は、その中の一枚に手を伸ばすと、ためらうことなく引き剥がした。
「おい、アレン。あんた、まさか……」
ソフィアが、信じられないものを見る目でアレンの手元を見た。
彼が選んだ依頼書。そこに書かれていたのは――。
『依頼:ゴブリンの巣の討伐』
『ランク:D』
『場所:アークライト東の森、廃墟となった砦』
『内容:近隣の村に被害を及ぼしているゴブリンの群れの根絶。巣の奥にいるリーダーの討伐を推奨』
『報酬:銀貨三十枚』
Dランク。
それは、冒険者になったばかりの新人が、最初に受けるようなランクの依頼だ。報酬も、三人で分ければ雀の涙ほどにしかならない。
その瞬間、ギルド内の嘲笑が、頂点に達した。
「ぶはははは!見たかよ!あいつら、本当にゴブリン退治の依頼を受けやがった!」
「元Sランク様が、Dランク依頼!傑作だな!」
「落ちぶれるにも程がある!もうあいつらは終わりだ!」
腹を抱えて笑う者、指を差して囃し立てる者。ギルドの中は、まるでサーカスの見世物小屋のような騒ぎになった。
ソフィアの顔は、屈辱で真っ赤に染まっていた。彼女はアレンの肩を掴み、低い声で問い詰めた。
「アレン!どういうつもりだ!これは、侮辱だぞ!」
「侮辱じゃない。最適解だ」
アレンは、周囲の嘲笑を浴びながらも、涼しい顔で答えた。
「俺たちは、まだ翼を手に入れたばかりの雛鳥だ。いきなり嵐の中に飛び込めば、墜落するだけだ。まずは、安全な場所で飛び方を学ぶ必要がある」
彼は、ソフィアとカイにだけ聞こえる声で、静かに続けた。
「敵は、弱い方がいい。連携、スキル、互いの癖、戦いの中での役割分担。それらを、リスクの少ない実戦で確認する。これが、俺たちの初陣に最もふさわしい舞台だ」
その言葉には、リーダーとしての冷静な分析と、揺るぎない自信が満ちていた。名声やプライドに惑わされず、ただ勝利のために最も合理的な道を選ぶ。その姿勢は、ソフィアが騎士団で見てきたどんな指揮官よりも、優れたものに思えた。
「……ちっ。分かったよ」
ソフィアは、まだ不満そうだったが、アレンの肩から手を離した。
「あんたがリーダーだ。あんたの判断に従おう。だが、もしこれで何の成果もなかったら、次は俺のやり方でやらせてもらうからな」
「ああ、それでいい」
アレンは頷くと、依頼書を持って受付カウンターへと向かった。
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「……こちらの依頼で、よろしいのですか?」
その問いには、「あなたたちのようなメンバーが、本当にこんな依頼を?」という意味が隠されているのが、誰の目にも明らかだった。
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カイも、隣で静かに頷いた。その金色の瞳の奥で、闘志が静かに燃えている。
アレンは、そんな二人の様子を見て、満足そうに微笑んだ。
「ああ、そうだな。派手さはなくともいい。確実な勝利を、一つずつ積み重ねていこう。俺たちのやり方で」
嘲笑からの出発。
それは、伝説となるパーティの始まりとしては、あまりにもみすぼらしいものだったかもしれない。
だが、彼らの心は、不思議なほど晴れやかだった。
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