Sランクパーティを追放されたヒーラーの俺、禁忌スキル【完全蘇生】に覚醒する。俺を捨てたパーティがボスに全滅させられ泣きついてきたが、もう遅い

夏見ナイ

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第35話 呪われた沼

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ギルドマスターの執務室は、革張りの椅子と重厚なマホガニーのデスクが置かれた、威厳のある部屋だった。壁には、アークライトの街の歴史を物語る古い地図や、伝説級の魔物の剥製が飾られている。
その部屋で、【黎明の翼】の三人は、恰幅のいい壮年のギルドマスター、ダリウスと向かい合っていた。

「呼び立ててすまなかったな、若いの」
ダリウスは、鷲のような鋭い目でアレンたちを順に見た。その視線は、彼らの実力を値踏みするかのようだ。
「単刀直入に言おう。お前さんたちに、特別な依頼を頼みたい。これは、ギルドからの名指しの依頼であり、お前さんたちのCランクへの昇格試験も兼ねている」

彼はデスクの上に、一枚の羊皮紙を広げた。そこには、禍々しい紫色の沼が描かれた地図が載っている。

「『呪われた沼』の調査だ」
ダリウスの声が、重々しく響いた。
「街の南に位置するグリムロック湿地帯。その中心部が、ここ一月ほどの間に急速に汚染されている。強力な毒の瘴気が発生し、周囲の動植物は死に絶え、沼の水は紫色に変色した。原因は、不明だ」

「すでに、Cランクのパーティを三つほど調査に派遣した。だが、いずれも瘴気の毒にやられ、沼の入り口で撤退を余儀なくされている。中には、後遺症で冒険者を引退した者もいる始末だ」

重い内容だった。複数のパーティを退けた、未知の脅威。それを、まだDランクの彼らに任せるという。
ソフィアが、腕を組んで尋ねた。
「なぜ、俺たちなんだ?Bランクの腕利きは、他にいくらでもいるだろう」

「ふん」
ダリウスは、口の端を吊り上げて笑った。
「お前さんたちの噂は、嫌でも耳に入ってくる。『死なないパーティ』。どんな依頼も、無傷で帰還する。その秘密が、後ろにいるヒーラーの規格外の治癒能力にあることもな」

彼の視線が、アレンに注がれる。
「通常の解毒ポーションでは対抗できんほどの強力な毒の瘴気。それを突破できる可能性があるとすれば、お前さんたちしかおらん。そう判断した。もちろん、受けるか受けないかは、お前さんたちの自由だ」

それは、試練であり、同時にギルドからの大きな期待の表れでもあった。
アレンは、迷わなかった。

「……分かりました。その依頼、お受けします」
彼の即答に、ダリウスは満足げに頷いた。ソフィアも、カイも、リーダーの決定に異論はない。彼らの目には、新たな挑戦への闘志が燃えていた。

ギルドマスターの部屋から出ると、ロビーにいた冒険者たちの視線が一斉に彼らに集まった。ギルドマスター直々の呼び出し。名指しの特別依頼。その事実は、すでに噂好きの冒険者たちの間に広まっていた。
嫉妬、好奇、そして侮蔑。様々な感情が渦巻く視線を背中に受けながら、三人は黙ってギルドを後にした。

「呪われた沼、か。面白くなってきたじゃないか」
ソフィアが、太陽の下で大きく伸びをしながら言った。
「準備はどうする?高価な解毒薬を、いくつか買っておいた方がいいか?」

「いや、その必要はない」
アレンは自信に満ちた表情で答えた。
「毒のことなら、俺に任せろ。あんたたちは、ただ自分の武器の手入れだけしておいてくれ」

その言葉には、絶対的な信頼を置かせる何かがあった。ソフィアもカイも、それ以上何も聞かず、黙って頷いた。

翌日、三人はグリムロック湿地帯の入り口に立っていた。
そこは、まだ普通の湿地だった。生い茂る葦、飛び交う水鳥、湿った土の匂い。だが、奥へ進むにつれて、その光景は一変していった。

緑豊かだった植物は、次第に枯れ、黒く変色していく。生き物の気配が完全に消え失せ、代わりに鼻をつくような、甘ったるい腐臭が漂い始めた。空気そのものが、よどんで重く感じられる。

「……来たな」
カイが、低く呟いた。彼の獣の耳が、ぴくりと警戒を示すように動く。
目の前には、紫色の霧がかった沼地が広がっていた。沼の水は、まるで毒薬を溶かしたかのように不気味な紫色に染まり、水面からは気泡がぷつぷつと湧き上がっている。瘴気は、そこから発生しているらしかった。

三人が沼地に足を踏み入れた、その瞬間だった。

「……っ!」

ソフィアが、こめかみを押さえて顔を歪めた。
「なんだ、これ……頭が、くらっとする……」
カイも、苦しげに息を吐いた。彼の鋭敏な五感は、常人以上にこの毒の瘴気の影響を受けてしまうらしい。
「……空気が、肺を焼くようだ。吐き気がする」

めまい、吐き気、そして全身の倦怠感。瘴気は、ただ呼吸するだけで体力を奪い、神経を蝕んでいく。これが、数多の冒険者を退けてきた呪いの正体だった。

しかし、アレンだけは平然としていた。
彼の体は《オーバーヒール・ブースト》の応用で、常に細胞が活性化している状態にある。体内に侵入した毒素は、即座に分解、浄化されていたのだ。

「二人とも、俺の後ろへ」
アレンは、苦しむ二人の前に立つと、静かに目を閉じて両腕を広げた。
そして、新たな魔法を紡ぎ出す。
「《ピュリフィケーション・フィールド》」

アレンの体から、清らかな白銀の光が、穏やかな波紋のように広がっていった。
光が触れた場所から、奇跡が起こる。
不気味な紫色の瘴気は、まるで朝霧が太陽に溶かされるかのように、すっと消え失せていく。よどんだ空気は浄化され、新鮮なものへと変わる。腐臭は消え、代わりに雨上がりの森のような、清浄な香りが満ちていった。

アレンを中心に、半径十メートルほどの安全地帯(セーフティゾーン)が生まれたのだ。

「……瘴気が、消えた?」
ソフィアは、自分の体の不調が嘘のように消え去ったことに、驚愕の声を上げた。
「息が、できる……」
カイも、深く息を吸い込み、その金色の瞳を大きく見開いている。

二人の視線は、光の中心に立つアレンに注がれた。その姿は、まるで闇を払う聖者のように神々しく見えた。
「これも、回復魔法の応用か……?」
「ああ。毒を癒す《デトックス》を、広範囲に、そして持続的に展開しているだけだ。さあ、行こう。このフィールドを維持したまま、沼の奥へ進む」

アレンはそう言うと、ゆっくりと歩き出した。彼が歩くと、清浄な空間もまた、彼と共に移動していく。
ソフィアとカイは、言葉を失ったまま、その後に続いた。
もはや、驚きを通り越して、呆れるしかなかった。このヒーラーの能力は、自分たちの常識を遥かに超えている。
他のパーティが決して越えられなかった死の瘴気を、彼はまるで散歩でもするかのように無力化してしまったのだ。

彼らは、アレンが作り出した聖域の中を、沼の奥へと進んでいった。
道中、いくつかの朽ちかけたキャンプの跡を見つけた。以前、調査に来たパーティが残していったものだろう。捨てられた装備、飲み干された解毒ポーションの空き瓶。彼らの苦闘の跡が、そこには生々しく残っていた。

沼の奥へ進むにつれて、瘴気はさらに濃密になっていく。アレンのフィールドの外は、もはや昼間だというのに薄暗く、視界もままならないほどだった。
そして、彼らが沼の中心と思われる、ひときわ開けた場所に出た時だった。

カイが、鋭く警告の声を上げた。
「……止まれ。何か、巨大なものがいる」

彼の視線の先、紫色の沼の水面が、大きく波立っていた。
水面下で、何かが動いている。それは、小舟ほどの大きさはありそうだった。
やがて、その巨大な影が、ゆっくりと水面に姿を現し始めた。
ぬらりとした、複数の蛇のような首。鱗に覆われた、巨大な胴体。そして、それぞれの首の先についた、凶暴な貌。

「ヒュドラ……か」
ソフィアが、ごくりと喉を鳴らした。
伝説に語られる、多頭の蛇竜。再生能力を持つ、厄介極まりないAランク級の魔物。
呪われた沼の主が、ついにその姿を現したのだ。
その複数の目が、一斉に侵入者であるアレンたちを捉え、威嚇の嘶きを上げた。戦いの火蓋が、今、切られようとしていた。
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