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第71話 全滅
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ジェイクは闇の中をただひたすらに走り続けていた。背後から聞こえてくるはずのリリアの悲鳴を想像し、耳を塞ぎたい衝動に駆られる。だが、彼は足を止めない。止まれば、あの竜のことが頭に浮かび恐怖で動けなくなってしまうからだ。
(俺は悪くない)
(生き残るためには仕方なかったんだ)
(そうだ、悪いのはあんな無謀な計画を立てたガリウスだ)
(そして、俺たちをここまで追い詰めたアレンだ……!)
彼は自分の罪を他者になすりつけることで、かろうじて正気を保っていた。
仲間を見捨てた罪悪感から逃れるように、彼はダンジョンの出口を目指して狂ったように走り続けた。
―――一方、その頃。
ジェイクが逃げ出したはずの最深部。
古の災厄竜は、へたり込んでいるリリアを興味深そうに見下ろしていた。
「ふむ。聖なる力を持つ娘か。実に美味そうな魂の匂いがする」
竜は、その巨大な舌でリリアの頬をぺろりと舐めた。ザラザラとした舌の感触と硫黄の匂いに、リリアの体は恐怖で硬直する。
(……もう、終わり……)
彼女は目を固く閉じた。
だが、想像していた痛みはいつまで経ってもやってこなかった。
恐る恐る目を開けると、竜はなぜか彼女を食べようとはせず、ただじっとその赤い瞳で彼女を見つめているだけだった。
「……面白い」
竜の声が、再び頭の中に響いた。
「汝の魂は深い絶望に染まっている。だが、その奥底にまだ消えぬ微かな光も見える。それは罪悪感か? あるいは誰かへの、捨てきれぬ想いか?」
竜は、まるでリリアの心の中を全て見透かしているかのようだった。
「……殺すのは惜しいな」
竜はそう呟くと、ゆっくりとリリアから距離を取った。そして、再び元の場所でとぐろを巻き、眠りの体勢に入ろうとする。
「……行け、小さき者よ。汝の魂が、いずれどのような色に染まるのか。それを見届けるのも一興だろう」
気まぐれ。
ただ、それだけだった。
古の竜にとってリリアという存在は、道端に咲く一輪の花ほどの興味しか惹かなかったのだ。潰すも生かすも、その時の気分次第。
リリアは、見逃された。
生かされたのではない。ただ見逃されただけだった。
彼女はしばらくの間、何が起きたのか理解できずその場に座り込んでいた。
やがて竜が完全に眠りについたことを確認すると、彼女は震える足でゆっくりと立ち上がった。
そして、ジェイクが逃げていった暗い通路へと、ふらふらと歩き始めた。
生きている。
だが、その心は完全に死んでいた。
―――その頃。
ダンジョンの通路を狂ったように駆け抜けていたジェイクの前に、一つの影が立ちはだかった。
「……ジェイクか」
それは、満身創痍のティナだった。
彼女は崩落の際、奇跡的に瓦礫の隙間にできた空間で生き延びていたのだ。そして、残った最後の魔力で岩を少しずつ溶かし、自力で脱出してきたのだった。その姿はジェイク以上にボロボロで、もはや幽鬼のようだった。
「……ティナ! 生きていたのか!」
ジェイクは、驚きの声を上げた。
「リリアは!? ガリウスは!?」
ティナは、必死の形相で尋ねた。
ジェイクは一瞬だけ言葉に詰まった。
だが、彼はすぐに卑劣な嘘を口にした。
「……死んだよ。二人ともな。最深部にいた、とんでもない化け物に一瞬でやられた。俺は命からがら逃げてきたんだ」
「……そんな……」
ティナは、その場に崩れ落ちた。仲間が全滅……。
「逃げるぞ、ティナ! 早くしないと俺たちも追いつかれる!」
ジェイクは、ティナの手を掴み引っ張ろうとした。
だが、ティナは彼の顔をじっと見つめていた。その瞳には、深い疑いの色が浮かんでいる。
「……あなた、何か隠していない?」
「な、何のことだ!」
「あなたのその傷……。化け物と戦ったにしては軽すぎるわ。それに、リリアは? 彼女がそう簡単にやられるはずがない。彼女の聖なる力は、竜にだって……」
ティナの鋭い指摘に、ジェイクの顔色が変わった。
彼はティナの手を振り払うと、後ずさった。
「……うるさい! ごちゃごちゃ言ってる暇があったら、とっとと逃げるんだよ!」
その態度が、ティナの疑いを確信へと変えた。
この男は嘘をついている。
仲間を、見捨てて逃げてきたのだ。
「……あなただったのね」
ティナの口から、低い憎悪に満ちた声が漏れた。
「ガリウス様を見殺しにしたのも、きっとあなた……! そして、リリアも……!」
「……それがどうした!」
ジェイクはついに本性を現した。
「そうだ! 俺が見殺しにしたんだ! あんな奴ら、足手まといなだけだからな! それが何か悪いか!」
「……許さない」
ティナはゆっくりと立ち上がった。その瞳には、もはや何の光も宿っていない。
「あなただけは、絶対に許さない……!」
彼女の体から最後の魔力が、怨念となって溢れ出す。
「道連れよ……!」
彼女は、自らの命を燃焼させる禁断の自爆魔法の詠唱を始めた。
「やめろ、馬鹿!」
ジェイクは青ざめて後退する。
だが、もう遅かった。
ティナの体は眩いばかりの光に包まれ、そして――
―――大爆発を起こした。
凄まじい熱と衝撃がダンジョンの通路を駆け抜ける。
ジェイクは咄嗟に身を伏せたが、その背中を灼熱の爆風が焼き尽くした。
「あああああああっ!」
悲鳴と共に彼の体は壁に叩きつけられ、黒焦げの肉塊となってその場に崩れ落ちた。
彼の意識は、そこで完全に途絶えた。
仲間を裏切り、見捨て続けた男の、あまりにも惨めな最期だった。
その、さらに後方。
ティナの自爆の衝撃波は、通路を歩いていたリリアの元へも届いた。
彼女は爆風で壁に体を打ち付け、そこで意識を失った。
【熾天の剣】の無謀なる再挑戦。
その結末は、あまりにも悲惨なものだった。
ガリウスは仲間に裏切られ、罠の底で死亡。
ティナは仲間を道連れに、自爆。
ジェイクは裏切りの果てに、焼き殺される。
そして、リリアだけが虫の息でその場に取り残された。
パーティは、事実上、全滅したのだ。
古の竜は、その一部始終を念話で感じ取っていた。
「……ふん。矮小なる者どもの、実に醜い足掻きよ」
彼はそう呟くと、再び深い眠りの中へと意識を沈めていった。
彼の千年の退屈を少しだけ紛らわせてくれた、小さな虫けらたちの悲劇。
彼にとっては、ただそれだけの出来事に過ぎなかった。
(俺は悪くない)
(生き残るためには仕方なかったんだ)
(そうだ、悪いのはあんな無謀な計画を立てたガリウスだ)
(そして、俺たちをここまで追い詰めたアレンだ……!)
彼は自分の罪を他者になすりつけることで、かろうじて正気を保っていた。
仲間を見捨てた罪悪感から逃れるように、彼はダンジョンの出口を目指して狂ったように走り続けた。
―――一方、その頃。
ジェイクが逃げ出したはずの最深部。
古の災厄竜は、へたり込んでいるリリアを興味深そうに見下ろしていた。
「ふむ。聖なる力を持つ娘か。実に美味そうな魂の匂いがする」
竜は、その巨大な舌でリリアの頬をぺろりと舐めた。ザラザラとした舌の感触と硫黄の匂いに、リリアの体は恐怖で硬直する。
(……もう、終わり……)
彼女は目を固く閉じた。
だが、想像していた痛みはいつまで経ってもやってこなかった。
恐る恐る目を開けると、竜はなぜか彼女を食べようとはせず、ただじっとその赤い瞳で彼女を見つめているだけだった。
「……面白い」
竜の声が、再び頭の中に響いた。
「汝の魂は深い絶望に染まっている。だが、その奥底にまだ消えぬ微かな光も見える。それは罪悪感か? あるいは誰かへの、捨てきれぬ想いか?」
竜は、まるでリリアの心の中を全て見透かしているかのようだった。
「……殺すのは惜しいな」
竜はそう呟くと、ゆっくりとリリアから距離を取った。そして、再び元の場所でとぐろを巻き、眠りの体勢に入ろうとする。
「……行け、小さき者よ。汝の魂が、いずれどのような色に染まるのか。それを見届けるのも一興だろう」
気まぐれ。
ただ、それだけだった。
古の竜にとってリリアという存在は、道端に咲く一輪の花ほどの興味しか惹かなかったのだ。潰すも生かすも、その時の気分次第。
リリアは、見逃された。
生かされたのではない。ただ見逃されただけだった。
彼女はしばらくの間、何が起きたのか理解できずその場に座り込んでいた。
やがて竜が完全に眠りについたことを確認すると、彼女は震える足でゆっくりと立ち上がった。
そして、ジェイクが逃げていった暗い通路へと、ふらふらと歩き始めた。
生きている。
だが、その心は完全に死んでいた。
―――その頃。
ダンジョンの通路を狂ったように駆け抜けていたジェイクの前に、一つの影が立ちはだかった。
「……ジェイクか」
それは、満身創痍のティナだった。
彼女は崩落の際、奇跡的に瓦礫の隙間にできた空間で生き延びていたのだ。そして、残った最後の魔力で岩を少しずつ溶かし、自力で脱出してきたのだった。その姿はジェイク以上にボロボロで、もはや幽鬼のようだった。
「……ティナ! 生きていたのか!」
ジェイクは、驚きの声を上げた。
「リリアは!? ガリウスは!?」
ティナは、必死の形相で尋ねた。
ジェイクは一瞬だけ言葉に詰まった。
だが、彼はすぐに卑劣な嘘を口にした。
「……死んだよ。二人ともな。最深部にいた、とんでもない化け物に一瞬でやられた。俺は命からがら逃げてきたんだ」
「……そんな……」
ティナは、その場に崩れ落ちた。仲間が全滅……。
「逃げるぞ、ティナ! 早くしないと俺たちも追いつかれる!」
ジェイクは、ティナの手を掴み引っ張ろうとした。
だが、ティナは彼の顔をじっと見つめていた。その瞳には、深い疑いの色が浮かんでいる。
「……あなた、何か隠していない?」
「な、何のことだ!」
「あなたのその傷……。化け物と戦ったにしては軽すぎるわ。それに、リリアは? 彼女がそう簡単にやられるはずがない。彼女の聖なる力は、竜にだって……」
ティナの鋭い指摘に、ジェイクの顔色が変わった。
彼はティナの手を振り払うと、後ずさった。
「……うるさい! ごちゃごちゃ言ってる暇があったら、とっとと逃げるんだよ!」
その態度が、ティナの疑いを確信へと変えた。
この男は嘘をついている。
仲間を、見捨てて逃げてきたのだ。
「……あなただったのね」
ティナの口から、低い憎悪に満ちた声が漏れた。
「ガリウス様を見殺しにしたのも、きっとあなた……! そして、リリアも……!」
「……それがどうした!」
ジェイクはついに本性を現した。
「そうだ! 俺が見殺しにしたんだ! あんな奴ら、足手まといなだけだからな! それが何か悪いか!」
「……許さない」
ティナはゆっくりと立ち上がった。その瞳には、もはや何の光も宿っていない。
「あなただけは、絶対に許さない……!」
彼女の体から最後の魔力が、怨念となって溢れ出す。
「道連れよ……!」
彼女は、自らの命を燃焼させる禁断の自爆魔法の詠唱を始めた。
「やめろ、馬鹿!」
ジェイクは青ざめて後退する。
だが、もう遅かった。
ティナの体は眩いばかりの光に包まれ、そして――
―――大爆発を起こした。
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ジェイクは咄嗟に身を伏せたが、その背中を灼熱の爆風が焼き尽くした。
「あああああああっ!」
悲鳴と共に彼の体は壁に叩きつけられ、黒焦げの肉塊となってその場に崩れ落ちた。
彼の意識は、そこで完全に途絶えた。
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その、さらに後方。
ティナの自爆の衝撃波は、通路を歩いていたリリアの元へも届いた。
彼女は爆風で壁に体を打ち付け、そこで意識を失った。
【熾天の剣】の無謀なる再挑戦。
その結末は、あまりにも悲惨なものだった。
ガリウスは仲間に裏切られ、罠の底で死亡。
ティナは仲間を道連れに、自爆。
ジェイクは裏切りの果てに、焼き殺される。
そして、リリアだけが虫の息でその場に取り残された。
パーティは、事実上、全滅したのだ。
古の竜は、その一部始終を念話で感じ取っていた。
「……ふん。矮小なる者どもの、実に醜い足掻きよ」
彼はそう呟くと、再び深い眠りの中へと意識を沈めていった。
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