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第十一話 偽りの聖女
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銀狼の森に朝日が差し込む頃、レクスはようやく帰路についた。その体は泥と血に汚れ、疲労は限界に達していた。しかし、彼の足取りは驚くほど軽やかだった。右手には、全ての始まりとなった神話級武具【月光のダガー】が握られている。その白銀の輝きは、彼の未来を照らす希望の光そのものだった。
テルムの西門にたどり着いた時、門番の兵士はレクスの姿を見て目を丸くした。昨日、死地に赴くような格好で出ていった男が、ボロボロになりながらも生きて帰ってきた。しかも、その身からは以前とは比べ物にならないほどの圧が放たれている。兵士は何も言えず、ただ道を開けた。
冒険者ギルドの扉を開けると、昼前の喧騒がレクスを迎えた。彼はまっすぐカウンターへ向かう。そこには、やはりアニエスがいた。彼女はレクスの姿を認めると、いつも眠たげな目をわずかに見開いた。
「……あんた、本気で生きて帰ってきたのかい」
「ああ。依頼は完了した」
レクスはカウンターに、ずしりと重い革袋を置いた。中にはシルヴァーウルフ・ロードの巨大な魔石と、その力の象徴である白銀の毛皮の一部が入っている。アニエスは信じられないといった表情で中身を検分すると、言葉を失ったようにレクスを見つめた。
「これを……あんたが一人で?」
「ああ」
「……信じられないね」
彼女はため息をつきながらも、依頼完了の判を押した。そして、引き出しからDランクの証である銅製のギルドカードと、報酬の入った袋を取り出す。
「約束通り、Dランクに昇格だ。おめでとうと言っておくよ。まさか、たった数日でここまで駆け上がるとはね」
「あんたのおかげだ。ポーションがなければ危なかった」
「……気休めのつもりだったんだがね」
アニエスはぶっきらぼうにそう言うと、レクスの右手に握られたダガーに目をやった。それは彼女がこれまでに見たどんな武具とも違う、異質な輝きを放っていた。
「そのダガー、どこで手に入れたんだい。あんたが森へ行く時は、そんなもの持ってなかったはずだけど」
「拾い物だ」
レクスがそう答えると、アニエスはそれ以上追求せず、「そうかい」とだけ呟いた。彼女は、この目の前の男がもはやただの駆け出しではないことを、肌で感じ取っていた。
報酬を受け取ったレクスは、その足で武具屋と防具屋を訪れた。もう一番安い中古品を選ぶ必要はない。彼は頑丈な鋼のチェインメイルと、手入れの行き届いたロングソードを購入した。月光のダガーは切り札だ。普段使いする武器は別にあった方がいい。
装備を一新し、宿で一晩ぐっすりと休んだレクスは、翌朝テルムの街を発った。この街には世話になった。だが、一つの場所に留まるつもりはなかった。世界にはまだ、数え切れないほどの神話の遺物が眠っているはずだ。それらを見つけ出し、自分の力の全てを確かめたい。その欲求が、彼を新たな旅へと駆り立てていた。
テルムから東へ向かう街道を、三日ほど歩き続けた頃。レクスは食料を補給するため、道沿いの小さな村に立ち寄った。
その村は、どこか活気がなく、陰鬱な空気に包まれていた。道行く村人たちの顔は一様に暗く、よそ者であるレクスを遠巻きに見るだけだった。
唯一の酒場に入ると、中も静まり返っていた。数人の男たちが、声を潜めて酒を飲んでいる。レクスはエールと黒パンを注文し、隅の席に腰を下ろした。
すると、隣のテーブルの男たちのひそひそ話が耳に入ってきた。
「また、昨日の夜も聞こえたぞ。あの教会のほうから……」
「ああ、あの娘の呪いの声だろう。気味が悪い」
「『偽りの聖女』様のおかげで、この村もすっかり寂れちまったもんだ」
偽りの聖女。その言葉に、レクスの耳が動いた。
「なんでも、癒やしの力を持っているらしいが、その力は呪われていて、触れるもの全てを蝕むそうだ」
「だから村外れの廃教会に幽閉されてるのさ。下手に刺激しないのが一番だ」
男たちは忌々しげにそう吐き捨てると、エールを呷った。
レクスは黙ってパンをかじりながら、思考を巡らせた。呪われた聖女。廃教会に幽閉。それは明らかに、まともな扱いではなかった。困っている人間を見過ごせないのは、彼の性分だった。
それに、もう一つの可能性が彼の頭をよぎる。
呪い。聖なる力。そういった特殊な環境は、神話級の遺物を生み出すための触媒になることがあるのではないか。銀狼の森がそうであったように。
「親父、一つ聞きたいんだが」
レクスは酒場の主人に声をかけた。
「その廃教会はどこにある?」
主人はギョッとした顔でレクスを見た。
「あんた、まさか近づく気じゃないだろうな。やめときな。関わるとロクなことにならん」
「場所を教えてくれるだけでいい」
レクスの真剣な眼差しに気圧されたのか、主人は諦めたように、村の外れを指差した。
「村の東の丘の上だよ。だが、本当にやめとけよ……」
レクスは残りのエールを飲み干すと、勘定を済ませて席を立った。彼の目には、村の東側にそびえる、古びた教会の尖塔がはっきりと映っていた。
それが、新たな出会いと、次なる戦いの始まりになることを、彼はまだ知らない。
テルムの西門にたどり着いた時、門番の兵士はレクスの姿を見て目を丸くした。昨日、死地に赴くような格好で出ていった男が、ボロボロになりながらも生きて帰ってきた。しかも、その身からは以前とは比べ物にならないほどの圧が放たれている。兵士は何も言えず、ただ道を開けた。
冒険者ギルドの扉を開けると、昼前の喧騒がレクスを迎えた。彼はまっすぐカウンターへ向かう。そこには、やはりアニエスがいた。彼女はレクスの姿を認めると、いつも眠たげな目をわずかに見開いた。
「……あんた、本気で生きて帰ってきたのかい」
「ああ。依頼は完了した」
レクスはカウンターに、ずしりと重い革袋を置いた。中にはシルヴァーウルフ・ロードの巨大な魔石と、その力の象徴である白銀の毛皮の一部が入っている。アニエスは信じられないといった表情で中身を検分すると、言葉を失ったようにレクスを見つめた。
「これを……あんたが一人で?」
「ああ」
「……信じられないね」
彼女はため息をつきながらも、依頼完了の判を押した。そして、引き出しからDランクの証である銅製のギルドカードと、報酬の入った袋を取り出す。
「約束通り、Dランクに昇格だ。おめでとうと言っておくよ。まさか、たった数日でここまで駆け上がるとはね」
「あんたのおかげだ。ポーションがなければ危なかった」
「……気休めのつもりだったんだがね」
アニエスはぶっきらぼうにそう言うと、レクスの右手に握られたダガーに目をやった。それは彼女がこれまでに見たどんな武具とも違う、異質な輝きを放っていた。
「そのダガー、どこで手に入れたんだい。あんたが森へ行く時は、そんなもの持ってなかったはずだけど」
「拾い物だ」
レクスがそう答えると、アニエスはそれ以上追求せず、「そうかい」とだけ呟いた。彼女は、この目の前の男がもはやただの駆け出しではないことを、肌で感じ取っていた。
報酬を受け取ったレクスは、その足で武具屋と防具屋を訪れた。もう一番安い中古品を選ぶ必要はない。彼は頑丈な鋼のチェインメイルと、手入れの行き届いたロングソードを購入した。月光のダガーは切り札だ。普段使いする武器は別にあった方がいい。
装備を一新し、宿で一晩ぐっすりと休んだレクスは、翌朝テルムの街を発った。この街には世話になった。だが、一つの場所に留まるつもりはなかった。世界にはまだ、数え切れないほどの神話の遺物が眠っているはずだ。それらを見つけ出し、自分の力の全てを確かめたい。その欲求が、彼を新たな旅へと駆り立てていた。
テルムから東へ向かう街道を、三日ほど歩き続けた頃。レクスは食料を補給するため、道沿いの小さな村に立ち寄った。
その村は、どこか活気がなく、陰鬱な空気に包まれていた。道行く村人たちの顔は一様に暗く、よそ者であるレクスを遠巻きに見るだけだった。
唯一の酒場に入ると、中も静まり返っていた。数人の男たちが、声を潜めて酒を飲んでいる。レクスはエールと黒パンを注文し、隅の席に腰を下ろした。
すると、隣のテーブルの男たちのひそひそ話が耳に入ってきた。
「また、昨日の夜も聞こえたぞ。あの教会のほうから……」
「ああ、あの娘の呪いの声だろう。気味が悪い」
「『偽りの聖女』様のおかげで、この村もすっかり寂れちまったもんだ」
偽りの聖女。その言葉に、レクスの耳が動いた。
「なんでも、癒やしの力を持っているらしいが、その力は呪われていて、触れるもの全てを蝕むそうだ」
「だから村外れの廃教会に幽閉されてるのさ。下手に刺激しないのが一番だ」
男たちは忌々しげにそう吐き捨てると、エールを呷った。
レクスは黙ってパンをかじりながら、思考を巡らせた。呪われた聖女。廃教会に幽閉。それは明らかに、まともな扱いではなかった。困っている人間を見過ごせないのは、彼の性分だった。
それに、もう一つの可能性が彼の頭をよぎる。
呪い。聖なる力。そういった特殊な環境は、神話級の遺物を生み出すための触媒になることがあるのではないか。銀狼の森がそうであったように。
「親父、一つ聞きたいんだが」
レクスは酒場の主人に声をかけた。
「その廃教会はどこにある?」
主人はギョッとした顔でレクスを見た。
「あんた、まさか近づく気じゃないだろうな。やめときな。関わるとロクなことにならん」
「場所を教えてくれるだけでいい」
レクスの真剣な眼差しに気圧されたのか、主人は諦めたように、村の外れを指差した。
「村の東の丘の上だよ。だが、本当にやめとけよ……」
レクスは残りのエールを飲み干すと、勘定を済ませて席を立った。彼の目には、村の東側にそびえる、古びた教会の尖塔がはっきりと映っていた。
それが、新たな出会いと、次なる戦いの始まりになることを、彼はまだ知らない。
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