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第3話 ゴブリン社会の実態
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ユニークスキル【弱肉強食】。その確かな手応えは、俺の心に小さな火種を灯した。だが現実の風は冷たい。洞窟の群れに戻った俺を待っていたのは、相変わらずの暴力と飢餓だった。
腹は依然として減っている。スライム一匹では栄養にもならない。俺は群れのゴブリンたちが寝床にしている広場に戻った。そこでは数体のゴブリンが、狩りから戻ったリーダー格のゴブリンたちを囲んでいた。
獲物は、大きなネズミのような魔物だった。キバネズミとでも言うべきか。その身体には無数の傷があり、仕留めるのに苦労したことが窺える。
群れで最強の個体、ボスゴブリンが最初にキバネズミに食らいついた。ボスは他のゴブリンより一回り大きく、全身が傷だらけの筋肉で覆われている。その眼光は鋭く、逆らう者を許さないという威圧感を放っていた。
ボスは内臓の一番美味そうな部分を食いちぎると、残りを放り投げた。それを待っていたかのように、ボスに次ぐ体格のゴブリンたちが我先にと肉に群がる。彼らがいわば幹部クラスなのだろう。
そして幹部たちが食い散らかした後。骨にわずかに残った肉片や血を求めて、俺のような最下層のゴブリンたちが醜い争いを始める。
「オレノ、ニク!」
「ドケ、チビ!」
殴り合い、噛みつき合い、弱い者から食料を奪い取る。そこには何の秩序もない。ただ純粋な暴力だけが序列を決めていた。俺はその輪に加わることさえ躊躇した。今の俺が飛び込んだところで、返り討ちに遭うのが関の山だ。
俺は少し離れた場所から、その光景を冷ややかに観察していた。
非効率的だ。
前世の記憶が、そう結論付けた。狩りは場当たり的で、常に怪我人が出ている。食料の分配は不公平極まりなく、末端の個体は常に飢えている。これでは全体の戦力は向上しないどころか、徐々に疲弊していくだけだ。弱い個体は狩りの成功率を下げるリスク要因であり、飢えさせ使い潰すのは組織運営として三流以下だ。
まるで俺がいたブラック企業そのものじゃないか。上の人間だけが利益を独占し、下の者は心身をすり減らして使い捨てられる。ゴブリンの社会も、人間の社会も、本質は何も変わらないのかもしれない。
だが、今は感傷に浸っている場合ではない。この状況をどう利用するか。どう生き抜くか。それだけを考えなければ。
俺はボスゴブリンに視線を向けた。あのボスを食えば、一体どんなスキルが手に入るだろうか。【怪力】か、あるいは【統率】のようなスキルか。いずれ必ず食ってやる。だが、今ではない。今の俺では、ボスに指一本触れることすらできないだろう。
力をつけなければ。誰にも負けない、圧倒的な力を。
その夜、寝床を確保する際にも序列は絶対だった。洞窟の中心に近い、乾いて暖かい場所はボスと幹部たちが独占する。俺のような最下層のゴブリンは、入り口近くの湿って冷たい岩の上で眠るしかなかった。
隣では、小柄なゴブリンが少しでもマシな場所を求めて内側へ行こうとし、幹部の一体に棍棒で頭を殴られていた。甲高い悲鳴と、鈍い骨の音。他のゴブリンは見て見ぬふりだ。誰も助けない。それがここの掟。
明日は我が身だ。
俺は身を固く縮こまらせ、自分の無力さを噛み締めた。スライムを一体倒し、【溶解液】というスキルを手に入れた。だが、それだけでは何も変わらない。この暴力的な社会の序列を覆すには、あまりにも力が足りなすぎる。
ただのスライムでは駄目だ。もっと強く、もっと特殊な能力を持つ獲物を狩らなければ。そして、この群れの連中のように、行き当たりばったりの狩りをしていては、いつか必ず死ぬ。
必要なのは、計画だ。
俺の持つ唯一のアドバンテージは、この頭脳。前世で培った知識と、状況を分析する力だ。そして、それを実行に移すための武器が【弱肉強食】と、そこから得られるスキル。
俺は暗闇の中で思考を巡らせた。
【溶解液】は直接的な攻撃力は低い。だが、酸性の液体だ。これをどう使うか。岩を溶かすほどの威力はない。だが、もっと柔らかいものなら? 例えば、地面の土とか。
そうだ、罠だ。
罠を掘り、そこに獲物を誘い込む。そして弱ったところを確実に仕留める。集団での狩りが基本のゴブリン社会で、単独で、しかも安全に獲物を狩るための唯一の方法かもしれない。
そのためには、まず手頃な獲物を見つけなければならない。スライムよりは強く、キバネズミよりは御しやすい相手。そして、有用なスキルを持っている可能性が高い魔物。
俺は群れのゴブリンたちが寝静まったのを確認すると、静かに寝床を抜け出した。洞窟の外へと続く道ではなく、さらに奥へと続く未知の通路へ。
ここには何がいる? どんな魔物が潜んでいる?
恐怖はあった。だが、それ以上に現状を変えたいという渇望が勝っていた。いつ殺されるか分からない最底辺の立場で、怯えながら生きていくのはもうごめんだ。
俺は食う側になる。この洞窟も、森も、この世界の全てを食らい尽くす側に。
暗い通路の先から、カサカサという何かが這うような音が聞こえてきた。俺は息を殺し、岩陰に身を隠す。
獲物が、いる。
俺の黄色い瞳が、暗闇の中でギラリと光った。ゴブリンの社会の理不尽さを痛感した夜。それは、俺が初めて戦略的な捕食計画を立てた夜でもあった。
腹は依然として減っている。スライム一匹では栄養にもならない。俺は群れのゴブリンたちが寝床にしている広場に戻った。そこでは数体のゴブリンが、狩りから戻ったリーダー格のゴブリンたちを囲んでいた。
獲物は、大きなネズミのような魔物だった。キバネズミとでも言うべきか。その身体には無数の傷があり、仕留めるのに苦労したことが窺える。
群れで最強の個体、ボスゴブリンが最初にキバネズミに食らいついた。ボスは他のゴブリンより一回り大きく、全身が傷だらけの筋肉で覆われている。その眼光は鋭く、逆らう者を許さないという威圧感を放っていた。
ボスは内臓の一番美味そうな部分を食いちぎると、残りを放り投げた。それを待っていたかのように、ボスに次ぐ体格のゴブリンたちが我先にと肉に群がる。彼らがいわば幹部クラスなのだろう。
そして幹部たちが食い散らかした後。骨にわずかに残った肉片や血を求めて、俺のような最下層のゴブリンたちが醜い争いを始める。
「オレノ、ニク!」
「ドケ、チビ!」
殴り合い、噛みつき合い、弱い者から食料を奪い取る。そこには何の秩序もない。ただ純粋な暴力だけが序列を決めていた。俺はその輪に加わることさえ躊躇した。今の俺が飛び込んだところで、返り討ちに遭うのが関の山だ。
俺は少し離れた場所から、その光景を冷ややかに観察していた。
非効率的だ。
前世の記憶が、そう結論付けた。狩りは場当たり的で、常に怪我人が出ている。食料の分配は不公平極まりなく、末端の個体は常に飢えている。これでは全体の戦力は向上しないどころか、徐々に疲弊していくだけだ。弱い個体は狩りの成功率を下げるリスク要因であり、飢えさせ使い潰すのは組織運営として三流以下だ。
まるで俺がいたブラック企業そのものじゃないか。上の人間だけが利益を独占し、下の者は心身をすり減らして使い捨てられる。ゴブリンの社会も、人間の社会も、本質は何も変わらないのかもしれない。
だが、今は感傷に浸っている場合ではない。この状況をどう利用するか。どう生き抜くか。それだけを考えなければ。
俺はボスゴブリンに視線を向けた。あのボスを食えば、一体どんなスキルが手に入るだろうか。【怪力】か、あるいは【統率】のようなスキルか。いずれ必ず食ってやる。だが、今ではない。今の俺では、ボスに指一本触れることすらできないだろう。
力をつけなければ。誰にも負けない、圧倒的な力を。
その夜、寝床を確保する際にも序列は絶対だった。洞窟の中心に近い、乾いて暖かい場所はボスと幹部たちが独占する。俺のような最下層のゴブリンは、入り口近くの湿って冷たい岩の上で眠るしかなかった。
隣では、小柄なゴブリンが少しでもマシな場所を求めて内側へ行こうとし、幹部の一体に棍棒で頭を殴られていた。甲高い悲鳴と、鈍い骨の音。他のゴブリンは見て見ぬふりだ。誰も助けない。それがここの掟。
明日は我が身だ。
俺は身を固く縮こまらせ、自分の無力さを噛み締めた。スライムを一体倒し、【溶解液】というスキルを手に入れた。だが、それだけでは何も変わらない。この暴力的な社会の序列を覆すには、あまりにも力が足りなすぎる。
ただのスライムでは駄目だ。もっと強く、もっと特殊な能力を持つ獲物を狩らなければ。そして、この群れの連中のように、行き当たりばったりの狩りをしていては、いつか必ず死ぬ。
必要なのは、計画だ。
俺の持つ唯一のアドバンテージは、この頭脳。前世で培った知識と、状況を分析する力だ。そして、それを実行に移すための武器が【弱肉強食】と、そこから得られるスキル。
俺は暗闇の中で思考を巡らせた。
【溶解液】は直接的な攻撃力は低い。だが、酸性の液体だ。これをどう使うか。岩を溶かすほどの威力はない。だが、もっと柔らかいものなら? 例えば、地面の土とか。
そうだ、罠だ。
罠を掘り、そこに獲物を誘い込む。そして弱ったところを確実に仕留める。集団での狩りが基本のゴブリン社会で、単独で、しかも安全に獲物を狩るための唯一の方法かもしれない。
そのためには、まず手頃な獲物を見つけなければならない。スライムよりは強く、キバネズミよりは御しやすい相手。そして、有用なスキルを持っている可能性が高い魔物。
俺は群れのゴブリンたちが寝静まったのを確認すると、静かに寝床を抜け出した。洞窟の外へと続く道ではなく、さらに奥へと続く未知の通路へ。
ここには何がいる? どんな魔物が潜んでいる?
恐怖はあった。だが、それ以上に現状を変えたいという渇望が勝っていた。いつ殺されるか分からない最底辺の立場で、怯えながら生きていくのはもうごめんだ。
俺は食う側になる。この洞窟も、森も、この世界の全てを食らい尽くす側に。
暗い通路の先から、カサカサという何かが這うような音が聞こえてきた。俺は息を殺し、岩陰に身を隠す。
獲物が、いる。
俺の黄色い瞳が、暗闇の中でギラリと光った。ゴブリンの社会の理不尽さを痛感した夜。それは、俺が初めて戦略的な捕食計画を立てた夜でもあった。
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