ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

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第44話:研究という名の監nin

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セレスティーティーナとのお忍びデート(という名の地獄の視察)から数日後。俺の胃は、彼女から向けられる熱のこもった視線のせいで、もはや原型を留めていなかった。
彼女は俺の重荷を半分背負うと宣言した通り、以前にも増して俺の世話を焼こうとしてくる。だが、その行動は「アレン、野菜が足りていないわ」「アレン、姿勢が悪い。背筋を伸ばしなさい」といった、小姑のような口出しばかりで、俺の精神的負担を増やすだけの結果に終わっていた。
そんなある日、俺の夏休みに、さらなる混沌をもたらす人物が動き出した。

「アレン。少し、付き合ってください」
クラインフェルト家の書斎で、古代魔法の文献を読み解いていた俺の背後から、音もなく声がした。
ルナ・アシュフォードだ。
彼女はいつもの無表情で、しかしその瞳の奥には、抑えきれない知的好奇心の炎を爛々と燃やしながら、そこに立っていた。
「行き先は?」
俺は、嫌な予感に胃を押さえながら尋ねた。
「領地の南西に位置する、古代遺跡です。この領地は、古代魔法文明の痕跡が色濃く残る稀有な土地。貴方という最高のガイドがいれば、私の研究は飛躍的に進むはずです」
断る、という選択肢は、最初から彼女の頭にはないらしい。

俺は、半ば強制的に、彼女の遺跡調査に同行させられることになった。
馬車に揺られ、着いた先は、鬱蒼とした森の奥深く。そこには、苔むした石造りの建造物が、静かに眠っていた。
「……素晴らしい。保存状態が、これほど良好だとは」
ルナは、遺跡の入り口に刻まれた古代ルーン文字を、恍惚とした表情で撫でている。
俺にとっては、ただの気味の悪い廃墟にしか見えないが、彼女にとっては宝の山なのだろう。
俺たちは、松明の明かりを頼りに、遺跡の内部へと足を踏み入れた。

ひんやりとした空気が、肌を撫でる。
内部は、迷路のように入り組んでいた。壁には、意味不明な壁画や、見たこともない紋様がびっしりと刻まれている。
「アレン。この壁画、どう解釈しますか?」
「アレン。この魔法罠の術式構造、貴方の見解は?」
ルナは、何かを見つけるたびに、俺に質問を浴びせてくる。
俺は、その度に、脳内のゲーム知識をフル回転させた。
この遺跡は、ゲームの隠しダンジョンの一つだ。最深部には、強力な魔法アイテムが眠っている。俺はその攻略法を、隅々まで記憶していた。
「その壁画は、星の運行と魔力の相関関係を示唆しています。おそらく、特定の星座が天頂に来る時、この遺跡の真の力が解放されるのでしょう」
「この罠は、物理的な干渉ではなく、魔力の波長を同調させることで解除できます。私がやってみましょう」

俺が淀みなく謎を解き明かしていくたびに、ルナの瞳の輝きは、ますます増していった。
彼女の俺を見る目は、もはや家庭教師が生徒を見る目ではない。それは、最高の共同研究者、いや、師とすら仰ぐような、熱烈な尊敬の色を帯びていた。
「……すごい。アレン、貴方がいれば、人類の魔法史は、数百年先に進むかもしれない」
彼女は、本気でそう呟いた。
やめてくれ。俺は、そんな大層なものにはなりたくない。俺はただ、平穏に……。

俺たちは、順調に遺跡の最深部へとたどり着いた。
そこは、ドーム状の広大な空間になっており、中央の祭壇には、一つの美しい水晶が安置されていた。
『星詠みの宝珠』。
ゲーム内では、未来の天候を予測できるという、チート級のアイテムだ。
「これが、この遺跡の……!」
ルナが、宝珠に駆け寄ろうとした、その時だった。
ゴゴゴゴゴ……!
遺跡全体が、大きな地響きと共に揺れ始めた。
入り口が、巨大な岩で完全に塞がれてしまったのだ。

「なっ……!?」
ルナが、初めて焦りの表情を見せた。
「罠……!宝珠に触れた者を、閉じ込めるための!」
「落ち着いてください、先生」
俺は冷静に彼女を制した。
これも、ゲーム通りの展開だ。この罠を解除するには、宝珠の力を使い、正しい脱出ルートを予測する必要がある。
俺は、祭壇に近づき、宝珠にそっと手を触れた。
そして、ゲームの攻略情報通りに、魔力を流し込む。
宝珠は淡い光を放ち、俺の脳内に、いくつかの未来のビジョンを映し出した。その中から、唯一の正解である脱出ルートの情報を、俺は正確に読み取った。
「……分かりました。出口は、あちらの壁のようです」
俺は、何でもない壁の一点を指差した。

俺が壁に触れると、そこが幻影であったかのように、すり抜けて新たな通路が現れた。
俺たちは、無事に遺跡から脱出することができた。
外に出ると、すでに日は暮れかけていた。
俺は、安堵のため息をついた。これで、ようやくこの地獄の遠足も終わりだ。
そう思った、矢先だった。

「アレン」
静かに、ルナが俺の名前を呼んだ。
彼女は、いつも通りの無表情だった。だが、その瞳の奥には、今まで見たこともないほど、激しい感情の嵐が渦巻いていた。
「私は、今日、確信しました」
彼女は一歩、俺に近づいた。
「貴方という存在は、この世界の、いえ、この宇宙の真理を解き明かすための、唯一の鍵だ」
その言葉は、もはや研究者のそれではない。狂信者の、告白だった。

「だから、決めました」
彼女は、俺の目の前まで来ると、その冷たい両手で、俺の両手を強く握りしめた。
「貴方は、私のものだ」
「……は?」
「貴方のその脳、その知識、その魂。その全てを、私は私のものにする。未来永劫、私の隣で、私と共に、真理を探求し続けるのです。他の誰にも、渡さない」
そのガラス玉のような瞳は、一切の光を失い、ただ俺という存在だけを映す、底なしの深淵と化していた。
それは、もはや知的好奇心などという生易しいものではない。
完全な、独占欲。
恋愛感情よりも、もっと根源的で、厄介な執着心。

俺は、彼女の手を振り払うこともできず、ただその場で凍り付いていた。
セレスティーティーナに、未来を共に背負うと誓われ。
リリアーナの実家からは、婿として公認され。
そして今、ルナからは、魂ごと所有物になると宣言された。
俺の夏休みは、一体どこで道を間違えたのか。
俺の胃は、もはや痛みすら感じなくなっていた。
それは、生命活動の限界を超えた臓器が、静かにその機能を放棄しようとしている、前兆だった。
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