ゲームの悪役貴族に転生した俺、断罪されて処刑される未来を回避するため死ぬ気で努力したら、いつの間にか“救国の聖人”と呼ばれてたんだが

夏見ナイ

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第62話 明かされる教団の目的

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帝国との平和条約締結から一月が過ぎた。
王国は戦争の危機を脱し、活気と安堵の空気に満ち溢れていた。俺が帝国から持ち帰った経済協定は両国に莫大な利益をもたらし始め、俺の『聖宰相』としての評価はもはや神格化の一歩手前まで達していた。
だが俺の日常に平穏が訪れることはなかった。
宰相としての激務。貴族たちの陳情。そして日に日に熱量を増していくヒロインたちからのアプローチ。俺の胃は平和になったはずの世界で、ただ一人、終わりのない戦争を続けていた。

そんなある日の深夜。
宰相執務室で山積みの書類と格闘していた俺の元に、緊急の報告が舞い込んだ。
「アレン宰相閣下! 王宮の地下牢より緊急のご報告が!」
息を切らせて飛び込んできたのは近衛騎士の一人だった。
「先日捕らえた闇の教団の幹部が……! ついに口を割りました!」
その言葉に俺はペンを置いた。
ついに、来たか。
俺はすぐにライナス団長と、非番だったはずのカイルを召集し、王宮の地下深く、最も厳重な警備が敷かれた特別尋問室へと向かった。

ひんやりとした湿った空気。鉄格子と消毒液の匂い。
尋問室の中央、一脚の椅子に闇の教団の幹部は鎖で固く縛り付けられていた。
度重なる尋問で彼の体はボロボロだった。だがその瞳だけは狂信的な光を失わず、爛々と輝いている。
彼は俺の姿を認めると、乾いた唇を歪め、嘲るような笑い声を上げた。
「……ククク。来たか、小僧。我らの計画をことごとく邪魔しおった『王国の至宝』様が」
その声には憎悪と、そして奇妙な歓喜の色が混じっていた。

「お前たちの目的は何だ。なぜ王都でテロを起こした」
ライナス団長が厳しい声で問いただす。
幹部は団長を一瞥もせず、ただ俺だけを見つめていた。
「目的だと? 決まっているだろう。この腐りきった世界を浄化し、我らが真なる神をこの現世に降臨させるためよ」
「真なる神だと……?」
「そうだ。かつてこの大陸を支配された偉大なる破壊と再生の神。古の魔神、ザルガード様だ!」
その名を聞いた瞬間、尋問室の空気が凍りついた。
ライナス団長もカイルも、その名が意味するものの恐ろしさに顔を青ざめさせている。
魔神ザルガード。それは建国神話に記された、世界を滅ぼしかけたとされる最悪の厄災の名だった。

だが幹部は、まるで信徒に教えを説く神父のように恍惚とした表情で語り続けた。
「テロは壮大なる儀式の、ほんの序曲に過ぎん。民衆の恐怖と混乱は魔神様を現世に繋ぎ止めるための最高の触媒となるのだ。我らは長きにわたり、その準備を進めてきた」
「馬鹿な……! ただの伝説だと思っていた……!」
カイルが信じられないといった声で呟く。
俺だけが冷静だった。
いや、冷静を装っていた。全てゲームのシナリオ通り。俺が最も恐れていた最悪のルートが、今、現実のものとして確定しようとしていた。

「もはや貴様らが何をしようと手遅れだ」
幹部は勝利を確信したように高らかに笑った。
「復活の日は近い。貴様ら旧世界の人間は、新たな時代の幕開けをその目で見届けるがいい! そして絶望の中で死ね!」
その狂気の宣言に、歴戦の騎士たちですら言葉を失い戦慄していた。
王国が直面していたのはただのテロではない。
世界の終わり。
その序章だったのだ。

俺は静かに一歩前へ出た。
そして狂信者の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「……一つ、勘違いしているようだな」
俺の静かな声に幹部の笑いが止まった。
「手遅れ? 絶望? 笑わせるな」
俺は絶対的な自信を込めて言い放った。
「お前たちの計画は全てここで終わる。この俺がいる限り、お前たちの神がこの地に降り立つことは決してない」
その言葉はハッタリだった。
だがその場にいた誰もが俺の言葉を絶対的な真実として受け止めた。
この『王国の至宝』が言うのならそうなのだろう、と。
カイルもライナス団長も、俺のその揺ぎない態度を見て動揺から立ち直り、その瞳に決意の光を取り戻していた。

「……小僧……!」
幹部は俺のその態度が気に食わなかったのだろう。忌々しげに俺を睨みつけ、そして最後の力を振り絞った。
「ならば見るがいい! 真なる絶望の始まりを……!」
彼の口から黒い煙が溢れ出す。
「いかん! 自決する気だ!」
騎士が駆け寄ろうとしたが、もう遅い。
幹部の体は内側から崩れるように、黒い塵と化して消滅していった。呪いによる証拠隠滅のための自壊。

後に残されたのは、不気味な静寂と、そして『魔神復活』というあまりにも重い現実だった。
王国は帝国という外面の脅威が去ったのも束の間、今度は世界そのものを揺るがす内なる脅威に直面することになった。
俺は静かに目を閉じた。
平穏な老後など、もはやどうでもよくなっていた。
この国を、この世界を、そして俺を信じてくれる仲間たちをこの手で守り抜く。
宰相として、そして『王国の至宝』として、俺は新たな、そして最大の破滅フラグに立ち向かう覚悟を静かに固めていた。
胃の痛みは国家存亡の危機の前では、もはや些細な日常の一部に過ぎなかった。
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