29 / 89
第二十八話 吟遊詩人の歌と届かぬ声
しおりを挟む
境界都市バザールの広場は、いつになく多くの人々で賑わっていた。その中心にいるのは、一人の若い吟遊詩人だった。彼の名はリオ。数日前まで、人前でまともに歌うこともできなかった内気な青年だ。
彼の指がリュートを優しく爪弾き、澄んだ歌声が空へと響き渡る。それは、追放された者の孤独と、新たな希望を見つけるまでを描いた、切ないバラードだった。
『――されど箱舟は彼を待つ、呪いは祝福と姿を変え』
その歌声に、広場の人々は皆、静かに聴き入っていた。リオの目には、ノアが作った『勇気の片眼鏡(モノクル)』がかけられている。観客の顔が、彼の目には色とりどりの温かい光の玉に見えるという、優しい呪いがかけられた品だ。代償として、これを外すと数時間はひどい目眩に襲われる。
歌が終わると、割れんばかりの拍手が広場を包んだ。リオは深々とお辞儀をし、その視線の先、少し離れた場所から見守る【ノアの箱舟】の面々に向かって、はにかむように笑った。
「ノア様のおかげですね」
店に戻ったクロエが、嬉しそうに言った。
「彼の歌は、きっとこの街の名物になりますよ」
アンナも、自分のことのように喜んでいる。ノアはただ、少し照れくさそうに笑っていた。自分の力が、また一つ、誰かの人生を輝かせた。その事実が、彼の心を温かく満たしていた。
その歌声と店の噂は、キャラバンに乗って東へと運ばれていく。やがてそれが、自分たちの穏やかな日常を揺るがす引き金になるとは、この時のノアは知る由もなかった。
その頃、王都では勇者アレスが、彼の無謀な計画を実行に移そうとしていた。
「辺境への遠征だと? 今、勇者パーティが王都を離れるのは危険すぎる!」
騎士団長の制止も、アレスの耳には届かなかった。
「これは決定事項だ! 魔王軍幹部ゴードンへの対策として、辺境の古代遺跡を調査する必要がある。これは、勇者としての俺の判断だ!」
誰もが、それがただの口実であることに気づいていた。だが、聖剣に選ばれた勇者の言葉を、表立って否定できる者はいなかった。ライオネルとアイザックは、不満と諦めが混じった表情で、黙ってその決定に従う。彼らもまた、この膠着した状況を打破する何かを、心のどこかで求めていた。
「私も、同行します」
静かに、しかし強い意志を込めて言ったのは、聖女オリヴィアだった。
「辺境は魔物の多い危険な土地です。皆さんの回復のため、私も行かねばなりません」
アレスは一瞬、眉をひそめたが、聖女の同行を断る理由もなく、忌々しげに頷いた。彼女の本当の目的が、自分の知らないところで失われた絆を取り戻すためであることなど、彼は知る由もなかった。
数日後。勇者パーティ一行は、王都を後にした。その旅は、かつての希望に満ちた遠征とは程遠い、重く沈んだ空気に包まれていた。
そして、さらに数日が過ぎた【ノアの箱舟】。
「どうも最近、王都からの客が増えているな」
ルナが、店の帳簿を見ながら呟いた。彼女の情報網は、街のギルドや商会と深く結びついており、人の流れの変化を敏感に察知していた。
「リオの歌のせいじゃないか? 彼の歌は、旅人の間で評判になっているらしいし」
ノアがのんびりと言うと、ルナは鋭い視線を彼に向けた。
「それだけではない。何か、大きな流れがこちらに向かっている気がする。気を引き締めておけ」
その予感は、すぐに現実のものとなる。
店のドアベルが、カランと鳴った。入ってきたのは、冒険者ギルドの職員だった。彼はカウンターに駆け寄ると、息を切らしながら告げた。
「大変です! 先ほど、王都から勇者アレス様御一行が、この街に到着されました!」
その言葉に、店の空気が凍りついた。
ノアの顔から、血の気が引いていく。クロエは、ノアを守るように一歩前に出て、その手は無意識に剣の柄を握りしめている。エリオは、かつての自分を重ねるように、ノアの顔を心配そうに見つめた。アンナは、不安げに胸の前で手を組む。
ただ一人、ルナだけが冷静だった。
「……そうか。とうとう来たか」
彼女は、この日が来ることを予期していたかのように、静かに呟いた。
過去が、追いついてきた。ノアが捨て、そして捨てられたはずの過去が、今、この穏やかな安息の地へと、その足音を響かせ始めていた。
彼の指がリュートを優しく爪弾き、澄んだ歌声が空へと響き渡る。それは、追放された者の孤独と、新たな希望を見つけるまでを描いた、切ないバラードだった。
『――されど箱舟は彼を待つ、呪いは祝福と姿を変え』
その歌声に、広場の人々は皆、静かに聴き入っていた。リオの目には、ノアが作った『勇気の片眼鏡(モノクル)』がかけられている。観客の顔が、彼の目には色とりどりの温かい光の玉に見えるという、優しい呪いがかけられた品だ。代償として、これを外すと数時間はひどい目眩に襲われる。
歌が終わると、割れんばかりの拍手が広場を包んだ。リオは深々とお辞儀をし、その視線の先、少し離れた場所から見守る【ノアの箱舟】の面々に向かって、はにかむように笑った。
「ノア様のおかげですね」
店に戻ったクロエが、嬉しそうに言った。
「彼の歌は、きっとこの街の名物になりますよ」
アンナも、自分のことのように喜んでいる。ノアはただ、少し照れくさそうに笑っていた。自分の力が、また一つ、誰かの人生を輝かせた。その事実が、彼の心を温かく満たしていた。
その歌声と店の噂は、キャラバンに乗って東へと運ばれていく。やがてそれが、自分たちの穏やかな日常を揺るがす引き金になるとは、この時のノアは知る由もなかった。
その頃、王都では勇者アレスが、彼の無謀な計画を実行に移そうとしていた。
「辺境への遠征だと? 今、勇者パーティが王都を離れるのは危険すぎる!」
騎士団長の制止も、アレスの耳には届かなかった。
「これは決定事項だ! 魔王軍幹部ゴードンへの対策として、辺境の古代遺跡を調査する必要がある。これは、勇者としての俺の判断だ!」
誰もが、それがただの口実であることに気づいていた。だが、聖剣に選ばれた勇者の言葉を、表立って否定できる者はいなかった。ライオネルとアイザックは、不満と諦めが混じった表情で、黙ってその決定に従う。彼らもまた、この膠着した状況を打破する何かを、心のどこかで求めていた。
「私も、同行します」
静かに、しかし強い意志を込めて言ったのは、聖女オリヴィアだった。
「辺境は魔物の多い危険な土地です。皆さんの回復のため、私も行かねばなりません」
アレスは一瞬、眉をひそめたが、聖女の同行を断る理由もなく、忌々しげに頷いた。彼女の本当の目的が、自分の知らないところで失われた絆を取り戻すためであることなど、彼は知る由もなかった。
数日後。勇者パーティ一行は、王都を後にした。その旅は、かつての希望に満ちた遠征とは程遠い、重く沈んだ空気に包まれていた。
そして、さらに数日が過ぎた【ノアの箱舟】。
「どうも最近、王都からの客が増えているな」
ルナが、店の帳簿を見ながら呟いた。彼女の情報網は、街のギルドや商会と深く結びついており、人の流れの変化を敏感に察知していた。
「リオの歌のせいじゃないか? 彼の歌は、旅人の間で評判になっているらしいし」
ノアがのんびりと言うと、ルナは鋭い視線を彼に向けた。
「それだけではない。何か、大きな流れがこちらに向かっている気がする。気を引き締めておけ」
その予感は、すぐに現実のものとなる。
店のドアベルが、カランと鳴った。入ってきたのは、冒険者ギルドの職員だった。彼はカウンターに駆け寄ると、息を切らしながら告げた。
「大変です! 先ほど、王都から勇者アレス様御一行が、この街に到着されました!」
その言葉に、店の空気が凍りついた。
ノアの顔から、血の気が引いていく。クロエは、ノアを守るように一歩前に出て、その手は無意識に剣の柄を握りしめている。エリオは、かつての自分を重ねるように、ノアの顔を心配そうに見つめた。アンナは、不安げに胸の前で手を組む。
ただ一人、ルナだけが冷静だった。
「……そうか。とうとう来たか」
彼女は、この日が来ることを予期していたかのように、静かに呟いた。
過去が、追いついてきた。ノアが捨て、そして捨てられたはずの過去が、今、この穏やかな安息の地へと、その足音を響かせ始めていた。
14
あなたにおすすめの小説
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。
幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』
電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。
龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。
そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。
盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。
当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。
今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。
ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。
ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ
「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」
全員の目と口が弧を描いたのが見えた。
一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。
作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌()
15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26
スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~
きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。
洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。
レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。
しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
スキルを手にしてから早5年――。
「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。
ユニークスキルの名前が禍々しいという理由で国外追放になった侯爵家の嫡男は世界を破壊して創り直します
かにくくり
ファンタジー
エバートン侯爵家の嫡男として生まれたルシフェルトは王国の守護神から【破壊の後の創造】という禍々しい名前のスキルを授かったという理由で王国から危険視され国外追放を言い渡されてしまう。
追放された先は王国と魔界との境にある魔獣の谷。
恐ろしい魔獣が闊歩するこの地に足を踏み入れて無事に帰った者はおらず、事実上の危険分子の排除であった。
それでもルシフェルトはスキル【破壊の後の創造】を駆使して生き延び、その過程で救った魔族の親子に誘われて小さな集落で暮らす事になる。
やがて彼の持つ力に気付いた魔王やエルフ、そして王国の思惑が複雑に絡み大戦乱へと発展していく。
鬱陶しいのでみんなぶっ壊して創り直してやります。
※小説家になろうにも投稿しています。
チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?
桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」
その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。
影響するステータスは『運』。
聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。
第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。
すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。
より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!
真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。
【簡単な流れ】
勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ
【原題】
『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』
無能と追放された鑑定士、実は物の情報を書き換える神スキル【神の万年筆】の持ち主だったので、辺境で楽園国家を創ります!
黒崎隼人
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――勇者パーティーの【鑑定士】リアムは、戦闘能力の低さを理由に、仲間と婚約者から無一文で追放された。全てを失い、流れ着いたのは寂れた辺境の村。そこで彼は自らのスキルの真価に気づく。物の情報を見るだけの【鑑定】は、実は万物の情報を書き換える神のスキル【神の万年筆】だったのだ!
「ただの石」を「最高品質のパン」に、「痩せた土地」を「豊穣な大地」に。奇跡の力で村を豊かにし、心優しい少女リーシャとの絆を育むリアム。やがて彼の村は一つの国家として世界に名を轟かせる。一方、リアムを失った勇者パーティーは転落の一途をたどっていた。今さら戻ってこいと泣きついても、もう遅い! 無能と蔑まれた青年が、世界を創り変える伝説の王となる、痛快成り上がりファンタジー、ここに開幕!
自分が作ったSSSランクパーティから追放されたおっさんは、自分の幸せを求めて彷徨い歩く。〜十数年酷使した体は最強になっていたようです〜
ねっとり
ファンタジー
世界一強いと言われているSSSランクの冒険者パーティ。
その一員であるケイド。
スーパーサブとしてずっと同行していたが、パーティメンバーからはただのパシリとして使われていた。
戦闘は役立たず。荷物持ちにしかならないお荷物だと。
それでも彼はこのパーティでやって来ていた。
彼がスカウトしたメンバーと一緒に冒険をしたかったからだ。
ある日仲間のミスをケイドのせいにされ、そのままパーティを追い出される。
途方にくれ、なんの目的も持たずにふらふらする日々。
だが、彼自身が気付いていない能力があった。
ずっと荷物持ちやパシリをして来たケイドは、筋力も敏捷も凄まじく成長していた。
その事実をとあるきっかけで知り、喜んだ。
自分は戦闘もできる。
もう荷物持ちだけではないのだと。
見捨てられたパーティがどうなろうと知ったこっちゃない。
むしろもう自分を卑下する必要もない。
我慢しなくていいのだ。
ケイドは自分の幸せを探すために旅へと出る。
※小説家になろう様でも連載中
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる