デバフ専門の支援術師は勇者パーティを追放されたので、呪いのアイテム専門店を開きます

夏見ナイ

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第二十八話 吟遊詩人の歌と届かぬ声

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境界都市バザールの広場は、いつになく多くの人々で賑わっていた。その中心にいるのは、一人の若い吟遊詩人だった。彼の名はリオ。数日前まで、人前でまともに歌うこともできなかった内気な青年だ。

彼の指がリュートを優しく爪弾き、澄んだ歌声が空へと響き渡る。それは、追放された者の孤独と、新たな希望を見つけるまでを描いた、切ないバラードだった。

『――されど箱舟は彼を待つ、呪いは祝福と姿を変え』

その歌声に、広場の人々は皆、静かに聴き入っていた。リオの目には、ノアが作った『勇気の片眼鏡(モノクル)』がかけられている。観客の顔が、彼の目には色とりどりの温かい光の玉に見えるという、優しい呪いがかけられた品だ。代償として、これを外すと数時間はひどい目眩に襲われる。

歌が終わると、割れんばかりの拍手が広場を包んだ。リオは深々とお辞儀をし、その視線の先、少し離れた場所から見守る【ノアの箱舟】の面々に向かって、はにかむように笑った。

「ノア様のおかげですね」

店に戻ったクロエが、嬉しそうに言った。

「彼の歌は、きっとこの街の名物になりますよ」

アンナも、自分のことのように喜んでいる。ノアはただ、少し照れくさそうに笑っていた。自分の力が、また一つ、誰かの人生を輝かせた。その事実が、彼の心を温かく満たしていた。

その歌声と店の噂は、キャラバンに乗って東へと運ばれていく。やがてそれが、自分たちの穏やかな日常を揺るがす引き金になるとは、この時のノアは知る由もなかった。

その頃、王都では勇者アレスが、彼の無謀な計画を実行に移そうとしていた。

「辺境への遠征だと? 今、勇者パーティが王都を離れるのは危険すぎる!」

騎士団長の制止も、アレスの耳には届かなかった。

「これは決定事項だ! 魔王軍幹部ゴードンへの対策として、辺境の古代遺跡を調査する必要がある。これは、勇者としての俺の判断だ!」

誰もが、それがただの口実であることに気づいていた。だが、聖剣に選ばれた勇者の言葉を、表立って否定できる者はいなかった。ライオネルとアイザックは、不満と諦めが混じった表情で、黙ってその決定に従う。彼らもまた、この膠着した状況を打破する何かを、心のどこかで求めていた。

「私も、同行します」

静かに、しかし強い意志を込めて言ったのは、聖女オリヴィアだった。

「辺境は魔物の多い危険な土地です。皆さんの回復のため、私も行かねばなりません」

アレスは一瞬、眉をひそめたが、聖女の同行を断る理由もなく、忌々しげに頷いた。彼女の本当の目的が、自分の知らないところで失われた絆を取り戻すためであることなど、彼は知る由もなかった。

数日後。勇者パーティ一行は、王都を後にした。その旅は、かつての希望に満ちた遠征とは程遠い、重く沈んだ空気に包まれていた。

そして、さらに数日が過ぎた【ノアの箱舟】。

「どうも最近、王都からの客が増えているな」

ルナが、店の帳簿を見ながら呟いた。彼女の情報網は、街のギルドや商会と深く結びついており、人の流れの変化を敏感に察知していた。

「リオの歌のせいじゃないか? 彼の歌は、旅人の間で評判になっているらしいし」

ノアがのんびりと言うと、ルナは鋭い視線を彼に向けた。

「それだけではない。何か、大きな流れがこちらに向かっている気がする。気を引き締めておけ」

その予感は、すぐに現実のものとなる。

店のドアベルが、カランと鳴った。入ってきたのは、冒険者ギルドの職員だった。彼はカウンターに駆け寄ると、息を切らしながら告げた。

「大変です! 先ほど、王都から勇者アレス様御一行が、この街に到着されました!」

その言葉に、店の空気が凍りついた。

ノアの顔から、血の気が引いていく。クロエは、ノアを守るように一歩前に出て、その手は無意識に剣の柄を握りしめている。エリオは、かつての自分を重ねるように、ノアの顔を心配そうに見つめた。アンナは、不安げに胸の前で手を組む。

ただ一人、ルナだけが冷静だった。

「……そうか。とうとう来たか」

彼女は、この日が来ることを予期していたかのように、静かに呟いた。

過去が、追いついてきた。ノアが捨て、そして捨てられたはずの過去が、今、この穏やかな安息の地へと、その足音を響かせ始めていた。
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