デバフ専門の支援術師は勇者パーティを追放されたので、呪いのアイテム専門店を開きます

夏見ナイ

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第三十二話 過去への赦し

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夜の静寂が、店の裏路地にいる二人を包み込む。オリヴィアの絞り出すような謝罪の言葉は、冷たい空気の中に溶けていくようだった。ノアは黙って、その言葉の一つ一つを受け止めていた。

「ノアさん。あなたがパーティを去ってから、私たちは何もかもが上手くいかなくなりました」

オリヴィアは、堰を切ったように話し始めた。

「あなたのデバフがなければ、私たちは強敵の攻撃を捌くことさえ難しい。誰もがそれに気づいているのに、アレス様の手前、口に出すこともできない。パーティは、もうバラバラです」

その言葉には、自嘲の色が濃く滲んでいた。

「でも、そんなことよりも……。友人であるあなたを、あんな形で傷つけてしまったことが、ずっと私の心を苦しめていました。本当に、ごめんなさい」

彼女の肩が、後悔の念で小さく震える。ノアは、ゆっくりと首を振った。

「顔を上げてください、オリヴィア様」

彼の声は、夜の静けさのように穏やかだった。

「俺は、あなたのことを恨んでなんかいません。あなたが最後まで、俺を庇おうとしてくれていたことは、ちゃんと覚えていますから」

その優しさが、オリヴィアにとっては刃のように鋭く胸に突き刺さった。もっと罵ってくれれば、どれだけ楽だっただろう。

「なぜ……。なぜ、そんなに優しいのですか。私たちは、あなたを追放したのに」
「もう、終わったことなんです」

ノアは、店の窓から漏れる温かい光に目を向けた。中からは、仲間たちの楽しそうな笑い声が微かに聞こえてくる。

「俺は、ここで新しい居場所を見つけました。大切な仲間もできた。だから、もうあなたは自分を責めないでください」

それは、紛れもないノアの本心だった。彼の言葉を聞いて、オリヴィアは堪えていた涙を静かに流した。

「……ノアさん。あなたは今、幸せですか?」

涙に濡れた瞳で、彼女は尋ねた。それは、彼女が最も聞きたかった、そして最も聞くのが怖かった質問だった。

ノアは、一瞬の迷いもなく頷いた。

「はい。とても、幸せです」

その答えは、何よりも雄弁に、二人の間に流れた時間の意味を物語っていた。オリヴィアは、その言葉に救われたような、そして同時に、取り返しのつかないものを失ったことを悟ったような、複雑な表情を浮かべた。

「……よかった」

彼女は涙を拭い、精一杯の笑顔を作った。

「それを聞いて、安心しました。もう、行きなさい。仲間たちが待っているでしょう」

オリヴィアは、自ら別れを切り出した。これ以上、彼の時間を奪うことはできない。

「オリヴィア様も、お元気で。あなたの道を見つけてください」
「ええ。ありがとう、ノアさん」

それが、二人の最後の会話になった。

オリヴィアは、一度だけ振り返り、ノアに深々と頭を下げると、夜の闇へと姿を消していった。その足取りは、来た時よりも少しだけ、軽くなっているように見えた。

ノアは一人、しばらくその場に佇み、星のない夜空を見上げていた。過去は、清算されたのかもしれない。だが、心の奥底に沈んでいた澱が、再び静かに波紋を広げているのを感じていた。

「どうした、ノア。感傷にでも浸っているのか?」

ふいに、背後から声がした。ルナが、心配そうにこちらを見ている。

ノアは振り返り、仲間がいる場所へと視線を戻した。

「……ううん、なんでもない。さあ、戻ろう。皆が待ってる」

彼は穏やかに微笑むと、温かい光が待つ店の中へと歩き出した。彼の背中には、もう迷いも、後悔もなかった。過去は過去として、彼の未来は、この箱舟の中にあるのだから。
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