デバフ専門の支援術師は勇者パーティを追放されたので、呪いのアイテム専門店を開きます

夏見ナイ

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第四十五話 王の取引と失意の勇者

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謁見の間の静寂は、国王アルトリウスの含み笑いによって破られた。彼の視線は、もはや床に崩れ落ちた勇者アレスにはなく、ただひたすらにノアとその仲間たちへと注がれていた。

「見事なものだ。実に、見事だ」

国王は、満足げに頷いた。

「ノア・アークライトよ。其方の護衛の腕、しかと見届けた。そして、これほどの使い手を従える其方自身の器量もな」

その言葉は、アレスへの事実上の見切り宣告だった。アレスは、屈辱に顔を歪ませ、震える拳を握りしめることしかできない。

「さて」と国王は続けた。「其方たちの力は、我が国の宝となりうる。そこで、改めて提案しよう。我がアラマンダ王国に、仕える気はないか」

今度の提案は、先ほどとは意味合いが全く違っていた。それは、対等な相手に対する、真剣なスカウトだった。

ルナが、再び一歩前に出た。

「陛下からの寛大なるお申し出、感謝に堪えません。ですが、先ほども申し上げました通り、我々は特定の権力に仕えるつもりはございません。我々の望みは、ただ人々の平穏のみ」
「ふむ。あくまで在野を貫くと申すか」

国王は、少し面白くなさそうな顔をした。だが、ルナは怯まない。

「ですが、陛下の御心が民の安寧にあるのであれば、我々は喜んで王国に協力いたしましょう。ただし、それはあくまで『協力関係』として。我々は我々のやり方で、王国に貢献することをお約束いたします」

それは、絶妙な落とし所だった。王家の面子を潰さず、しかし自分たちの独立性は守る。見事な交渉術に、宰相も感心したように小さく頷いた。

国王は、しばらく黙考した後、大きく頷いた。

「よかろう。その提案、受け入れよう。ノア・アークライト、及び【ノアの箱舟】を、王家が認める独立組織として、その活動を全面的に支援することを約束する。必要な物資や情報は、惜しみなく提供しよう」

それは、破格の待遇だった。一つの店が、国家からお墨付きを得たのだ。

「その代わり」と国王は続けた。「王国が危機に陥った時、其方たちにはその力を貸してもらう。特に、魔王軍との戦いにおいてな。それで、よいな?」
「御意のままに」

ルナは、優雅に一礼した。交渉は、成立した。それも、こちらにとって望みうる最高の形で。

「下がってよい。王都に滞在する間の宿舎は、こちらで用意させよう」

国王の言葉を受け、ノアたちは謁見の間を後にした。彼らが去った後、謁見の間には、重い沈黙だけが残された。

「……アレス」

国王の冷たい声が、まだ床にへたり込んでいる勇者の名を呼んだ。

「お前は、もはや勇者の名に値せん。聖剣を、ここに置いていけ」

非情な宣告だった。アレスは、信じられないという顔で国王を見上げる。

「へ、陛下! お待ちください! 今のは、油断しただけで……!」
「見苦しいぞ」

国王は、一瞥もくれずに言い放った。

「聖剣は、王家が預かる。お前は、一兵卒として、辺境の砦で己を見つめ直すがよい」

それは、事実上の追放宣告だった。栄光の頂点から、一瞬にして地の底へ。アレスは、絶望に顔を歪ませ、力なくその場に崩れ落ちた。聖剣は、彼の傍らで、その輝きを完全に失っていた。

その頃、王城の一室に用意された豪華な宿舎で、ノアたちは勝利の祝杯を上げていた。

「やったな、ルナ! すごいじゃないか!」

ノアが、手放しでルナを称賛する。

「当然の結果だ。全ては、私の計算通りにな」

ルナは得意げに胸を張るが、その耳は少しだけ赤くなっていた。

「クロエも、すごかったぞ! かっこよかった!」
「ノア様に褒めていただけるなんて……! 光栄です!」

クロエは、尻尾があればちぎれんばかりに振っているであろう勢いで喜んでいる。

エリオも、安堵の表情を浮かべていた。

「これで、心置きなく中央ギルドの書庫に籠れるな。『原初の呪術師』の手がかりを、必ず見つけ出す」

仲間たちの明るい声を聞きながら、ノアは窓の外に広がる王都の夜景を見つめていた。

自分たちの力は、認められた。大きな後ろ盾も得た。だが、同時に、もう後戻りはできない場所まで来てしまったことも、彼は理解していた。

王家の協力、魔王軍の警戒、そしてアレスの失脚。様々な思惑が複雑に絡み合い、彼らの運命の歯車は、さらに大きく、そして速く回転を始めていた。

辺境の英雄譚は、ここで一つの幕を閉じる。そして、王国全体を巻き込む、新たな物語の幕が、静かに上がろうとしていた。
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