この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ

文字の大きさ
85 / 100

第85話 第一の門番

しおりを挟む
教主の号令が静かな地下回廊に響き渡った。

「客人の、おもてなしをしてやれ」

その言葉を合図に、石像だと思っていたガーゴイルたちが硬質な羽ばたきの音と共に一斉に動き出した。その数は十体以上。赤い瞳を光らせ、神殿騎士団とミストラル自警団の精鋭たちに襲いかかる。

「うおおおっ!」
「隊列を組め! 一体ずつ確実に仕留めるんだ!」

ギムリと神殿騎士団長が雄叫びを上げ、屈強な石の兵士たちを迎え撃つ。狭い回廊はたちまち激しい戦闘の舞台となった。金属と石がぶつかり合う轟音、飛び散る火花、兵士たちの怒号。

だが、この場の最大の脅威はガーゴイルたちではなかった。

「……さて。始めようか、女騎士」

異形の幹部ザラキエルがリゼットの前にゆっくりと歩み出た。その体からはミストラル村で対峙した時とは比べ物にならないほどの、濃密な憎悪と闇の魔力が溢れ出している。

「貴様には借りを返さねばならんな。この腕の、借りを」

彼は禍々しい闇の鉤爪と化した左腕を、見せつけるように掲げた。

「その望み、叶えてやろう。ここで貴様の歪んだ野望ごと断ち切る」

リゼットもまた静かに剣を構えた。そのサファイアの瞳には一切の恐怖も迷いもない。宿敵との決着をつける。その覚悟だけが氷のように研ぎ澄まされていた。

二人の戦士の間に、凄まじい闘気が迸る。

「邪魔はさせん!」

ギムリがガーゴイルの一体を戦鎚で粉砕しながら叫んだ。

「リゼット! そいつはお前の獲物じゃ! わしらがこの石ころどもを食い止める!」
「頼んだぞ!」

リゼットは短く応えると、ザラキエルへと意識を集中させた。

俺とノエルは後方へと下がり、戦況全体を見守る。俺の役割は負傷者の回復。そして、リゼットの戦いを見届け、必要とあらばいつでも援護に入ることだ。

「……死ねええええっ!」

先に動いたのはザラキエルだった。その巨体からは想像もつかないほどの速さでリゼットに肉薄する。闇の鉤爪が五本の黒い軌跡を描きながら、リゼットの顔面を狙った。

キィィン!

リゼットは、その攻撃をまるで予測していたかのように最小限の動きで剣身で受け流した。ミストラルの鋼が闇の爪と激しく火花を散らす。

「速くなったな! だが甘い!」

ザラキエルは休むことなく猛攻を続ける。鉤爪、蹴り、再生した右腕での拳打。その全てが常人ならば一撃で絶命するほどの威力を持っていた。

だが、リゼットは、その嵐のような攻撃を一枚の柳の葉が風を受け流すかのように捌ききっていた。

「……どうした? その程度か」

リゼットの冷静な声が響く。

「ミストラル村で私を追い詰めた時の、お前の力はそんなものではなかったはずだが」
「黙れ!」

挑発に乗ったザラキエルが大振りの一撃を放つ。リゼットはそれを紙一重でかわすと、逆に彼の懐へと深く踏み込んだ。

銀色の閃光が走る。

「ぐっ……!?」

ザラキエルの黒曜石のような胴体に、深い一筋の斬撃が刻まれた。傷口から黒い霧が噴き出す。

勝負の趨勢は明らかだった。

ミストラル村での戦いから、二人は共に力を増した。だが、その力の質は全く異なっていた。

ザラキエルは『奈落の欠片』によって借り物の不安定な力を得た。その力は強大だが彼の肉体と魂を蝕み、動きは大振りで隙だらけだった。

一方のリゼットは呪いから解放され、本来の力を取り戻した。そして、ミストラル村での仲間たちとの訓練、ギムリの鍛えた剣、そして何より守るべき者を得たことによる精神的な成長。その全てが彼女を、かつての王国騎士団時代すら凌駕する本物の強者へと昇華させていた。

「なぜだ……! なぜ私の力が通じない!」

ザラキエルは信じられないといった顔で後ずさる。

「お前は強くなったのではない。ただ闇の力に飲まれただけだ」

リゼットは静かに告げた。

「本当の強さとは力そのものではない。それを振るう心の強さだ。仲間を信じ、守るべきもののために立ち上がる、その意志の力だ! 今の貴様にはそれがない!」

彼女の言葉は、ザラキエルの最も触れられたくない核心を容赦なく抉った。

「黙れ黙れ黙れえええっ! 小娘が説教などするなあああ!」

逆上したザラキエルは残された全ての魔力を解放した。その体から無数の闇の触手が爆発的に伸び、リゼットを चारों方から飲み込もうとする。

「奥の手か! だが、それも見切っている!」

リゼットは動じなかった。彼女は目を閉じ、精神を集中させる。そして、剣を天に掲げた。

「我が剣に光を。我が友に力を―――!」

その祈りに応えるように、俺は懐から創生水の小瓶を取り出した。そして、その蓋を開け、リゼ-ットに向かって中身を振りかける。

茶色い液体が光のシャワーのように、リゼットの全身に降り注いだ。

「―――『聖光連斬』!」

創生水の力を浴びたリゼットの剣が、まばゆいほどの黄金の輝きを放った。彼女の体を中心に光の剣閃が嵐のように吹き荒れる。

闇の触手は、その神々しいまでの光に触れた瞬間、悲鳴のような音を立てて次々と消滅していった。

「ば、かな……!」

全てを失い、無防備になったザラキエルの目の前に光をまとったリゼットが静かに立っていた。

「終わりだ」

その一言と共に、銀色の剣が振り下ろされる。

それは彼女の過去の因縁と、彼の歪んだ野望の全てを断ち切る決別の一閃だった。

ザラキエルの巨体は胸から腹にかけて一刀両断に切り裂かれていた。彼は信じられないといった顔で自分の体を見下ろし、そしてゆっくりと光の粒子となって崩れ始めた。

「……この、私ガ……こンナ……場所デ……」

それが彼の最後の言葉だった。

第一の門番は倒れた。

リゼットは静かに剣を鞘に納めると、俺の方を振り返り小さく、しかし確かな笑みを浮かべた。俺も彼女に頷き返す。

その頃にはギムリたちも、残りのガーゴイルを全て粉砕していた。

回廊には静寂が戻った。

だが、俺たちの戦いはまだ終わってはいない。

俺たちの視線は、回廊の奥、固く閉ざされた巨大な石の扉へと向けられていた。

教主はザラキエルの敗北を何の感情も見せずに、ただ静かに見届けていた。そして、ゆっくりと、その扉の向こうへと姿を消した。

まるで、次の舞台で待っている、とでも言うかのように。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

元公務員、辺境ギルドの受付になる 〜『受理』と『却下』スキルで無自覚に無双していたら、伝説の職員と勘違いされて俺の定時退勤が危うい件〜

☆ほしい
ファンタジー
市役所で働く安定志向の公務員、志摩恭平(しまきょうへい)は、ある日突然、勇者召喚に巻き込まれて異世界へ。 しかし、与えられたスキルは『受理』と『却下』という、戦闘には全く役立ちそうにない地味なものだった。 「使えない」と判断された恭平は、国から追放され、流れ着いた辺境の街で冒険者ギルドの受付職員という天職を見つける。 書類仕事と定時退勤。前世と変わらぬ平穏な日々が続くはずだった。 だが、彼のスキルはとんでもない隠れた効果を持っていた。 高難易度依頼の書類に『却下』の判を押せば依頼自体が消滅し、新米冒険者のパーティ登録を『受理』すれば一時的に能力が向上する。 本人は事務処理をしているだけのつもりが、いつしか「彼の受付を通った者は必ず成功する」「彼に睨まれたモンスターは消滅する」という噂が広まっていく。 その結果、静かだった辺境ギルドには腕利きの冒険者が集い始め、恭平の定時退勤は日々脅かされていくのだった。

とあるギルド員の事件簿Aランクパーティーを追放されたとやって来た赤魔道士の少年が実は凄腕だった件について~

東稔 雨紗霧
ファンタジー
 冒険者ギルドでカウンター業務をしていたトドロキの元へAランクパーティを追放されたと言う少年が「一人でも受けられるクエストはありますか?」とやって来た。  込み入った事情がありそうだと判断したトドロキは一先ず個室へと案内して詳しい話を聞いてみる事に。

レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない

あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。

ヒツキノドカ
ファンタジー
 誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。  そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。  しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。  身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。  そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。  姿は美しい白髪の少女に。  伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。  最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。 ーーーーーー ーーー 閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります! ※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

処理中です...