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第二話:覚醒、【感情経済】
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帝都の中心にそびえ立つ、壮麗な大聖堂。ステンドグラスから差し込む七色の光が、厳かな空間を神秘的に彩っていた。今日は、十五歳の成人の儀。帝国中の貴族や平民の子供たちが集まり、神からスキルを授かる大切な日だ。
アッシュもその一人として、ヴェルヘイム公爵家の一団と共に大聖堂の広間にいた。隣には長兄アルフォンスと次兄ベルナルドが立っている。彼らの周りには、多くの貴族の子弟が集まり、談笑している。アッシュの周りだけ、ぽっかりと空間が空いていた。いつものことだ。
「アッシュ、くれぐれも粗相のないようにな」
出発前、父グレイグから釘を刺された言葉が耳に残る。まるで、俺が大聖堂で何かとんでもない失敗でもするかのように。彼らの視線は、アッシュを嘲笑し、軽蔑していた。
(どうせ、俺には大したスキルなど与えられない)
アッシュは内心で自嘲した。前世の記憶を持つ彼にとって、神という存在は信じがたいものだった。しかし、この世界の「スキル」が実在する以上、何らかの力が自分に授けられることは確実だ。だが、それが何の役に立つというのか。
やがて、儀式が始まった。神官長が厳かに祭壇へと進み、古の言葉で祈りを捧げる。その声が響き渡ると、祭壇の中心に据えられた巨大なクリスタルが淡い光を放ち始めた。
「さあ、まずは貴族の子弟から順に前に」
神官長の声に促され、貴族の子弟たちが一人ずつクリスタルの前に進み出る。彼らがクリスタルに手をかざすと、光が強まり、それぞれの胸元に紋様が浮かび上がった。それが、授けられたスキルの証だ。
「アルフォンス・フォン・ヴェルヘイム。スキルは【光魔術:上級】!」
神官長が高らかに告げる。広間がどよめいた。光魔術は攻撃、防御、回復と多岐にわたる万能な属性だ。しかも上級から始まるのは異例中の異例。
「さすがはアルフォンス様だ!」
「これで将来は間違いなく魔導師団長だ!」
周囲の羨望の声が、アルフォンスの「優越感:85」「誇り:90」を煽り、彼の笑みは一層深まる。
「ベルナルド・フォン・ヴェルヘイム。スキルは【剣聖の領域】!」
次にベルナルドの名が呼ばれると、再びどよめきが起こった。剣聖の領域。それは剣術の腕前を極限まで引き上げるユニークスキルだ。
「剣聖の領域だと!まさか、伝説のスキルか!」
「ヴェルヘイム家は本当に武神に愛されているな!」
ベルナルドの「闘争心:90」「傲慢:70」がさらに高まるのが、アッシュには分かった。彼は満足げに、クリスタルの前を後にする。
そして、ついにアッシュの番が来た。
「次、アッシュ・フォン・ヴェルヘイム」
神官長の声は、どこか形式ばっていた。他の貴族の子弟の時にはあった期待の色が、そこにはない。周囲の貴族たちは、まるで罰ゲームを見るかのような視線をアッシュに送る。「どうせ、くだらないスキルだろう」「ヴェルヘイム家の面汚しめ」。そんな声が、どこからか聞こえてくるようだ。
アッシュはゆっくりとクリスタルの前に進み出た。背中に突き刺さるような視線を感じる。
(別に構わない。どうせ、俺は最初から何も期待などしていない)
そう心に言い聞かせ、アッシュはクリスタルにそっと手をかざした。
すると、クリスタルが淡く、しかし確かに光を放ち始めた。その光は次第に強さを増し、アッシュの胸元に紋様が浮かび上がる。しかし、それはアルフォンスやベルナルドのそれとは異なっていた。光はすぐに収まり、彼の胸元に残されたのは、何の変哲もない、ただの円形の紋様だった。
神官長がその紋様を見て、眉をひそめる。
「スキルは……【感情経済(エモーショナル・エコノミー)】」
【感情経済】。その聞き慣れない名に、広間は一瞬の静寂に包まれた。誰もが首を傾げ、そのスキルの意味を測りかねている。
「な、なんだそれは?」
「聞いたことがないな。外れスキルか?」
「やはり、出来損ないに大したスキルなど授かるはずもない」
嘲笑が、さざ波のように広間を埋め尽くす。アルフォンスは鼻で笑い、ベルナルドは呆れたように肩をすくめた。父グレイグは、露骨に不快そうな顔をしている。彼らの「侮蔑:80」「失望:75」「嘲笑:70」といった感情が、アッシュの目にははっきりと見える。
――見えた?
アッシュは自分の異変に気づいた。人々の感情が、数字の羅列として、まるでステータスウィンドウのように彼の視界の端に表示されている。
(これは……)
困惑しながらも、アッシュは周囲を見回した。
長兄アルフォンス。
「優越感:90」「嘲笑:85」「軽蔑:70」
次兄ベルナルド。
「傲慢:80」「侮蔑:95」「無関心:60」
父グレイグ。
「不快:85」「失望:90」「怒り:60」
使用人たち。
「憐憫:30」「軽視:70」「無関心:50」
そして、広間にいる他の貴族たちも。
「興味:10」「好奇心:5」「失望:20」
アッシュの視界には、数えきれないほどの感情の数値が洪水のように押し寄せていた。
(これが……俺のスキル、【感情経済(エモーショナル・エコノミー)】の力なのか?)
その瞬間、アッシュの脳裏に、スキルの詳細が流れ込んできた。
【感情経済(エモーショナル・エコノミー)】
ユニークスキル。対象の感情を数値として可視化する。また、特定の行動により感情の増減をコントロールできる。感情は資源である。
感情は資源。その言葉が、アッシュの心を強く揺さぶった。前世で、彼は会社という組織の中で、人間関係や成果、あらゆるものを「資源」として見ていた。効率を求め、無駄を排除し、最大の結果を得るために。
このスキルは、まさにその延長線上にある。人の心を、感情を、全て数値化し、操作する。
(これは……とんでもない力だ)
一見地味に見えるスキルだが、その真髄を理解した瞬間、アッシュの心臓が激しく脈打った。これは、魔力や剣術といった直接的な力とは全く異なる、しかし、それらを凌駕し得る究極の「人心掌握」の力ではないか。
「アッシュ、もういい。下がれ」
父グレイグの冷たい声が響く。アッシュは無言で祭壇を後にした。彼の心には、もはや絶望はなかった。嘲笑する周囲の視線も、もはや気にならない。
(愚か者め。俺が手にしたものの真価が分かっていない)
彼は心の中で呟いた。
「感情は資源である」
このスキルがあれば、他人の感情を読み取り、それを動かすことで、あらゆる状況を自分の有利に誘導できる。忠誠心を高め、協力を引き出し、憎悪を煽り、敵を内部から崩壊させることだって可能だ。
ヴェルヘイム公爵家での彼の立場。王位継承を巡る権力争い。前世で体験した理不尽な死。全てが、このスキルの前では些細な障害に過ぎない。
(これで、俺は生き残れる。いや、生き残るだけでなく、俺だけの安楽な生活を手に入れられる)
絶望の淵に立たされていた少年は、突如として与えられた異能の力に、一筋の光明を見出した。
彼は、己のユニークスキル【感情経済】が唯一の武器だと悟る。これは、神が自分に与えた、反逆のための力だ。
貴族社会の冷たい現実が、彼の目には数字の羅列に変わって見えていた。
「面白いことになってきたな」
アッシュは誰にも聞こえない声で呟き、口の端を小さく吊り上げた。その表情には、病弱な少年のものとはかけ離れた、冷徹な策謀家の笑みが浮かんでいた。
アッシュもその一人として、ヴェルヘイム公爵家の一団と共に大聖堂の広間にいた。隣には長兄アルフォンスと次兄ベルナルドが立っている。彼らの周りには、多くの貴族の子弟が集まり、談笑している。アッシュの周りだけ、ぽっかりと空間が空いていた。いつものことだ。
「アッシュ、くれぐれも粗相のないようにな」
出発前、父グレイグから釘を刺された言葉が耳に残る。まるで、俺が大聖堂で何かとんでもない失敗でもするかのように。彼らの視線は、アッシュを嘲笑し、軽蔑していた。
(どうせ、俺には大したスキルなど与えられない)
アッシュは内心で自嘲した。前世の記憶を持つ彼にとって、神という存在は信じがたいものだった。しかし、この世界の「スキル」が実在する以上、何らかの力が自分に授けられることは確実だ。だが、それが何の役に立つというのか。
やがて、儀式が始まった。神官長が厳かに祭壇へと進み、古の言葉で祈りを捧げる。その声が響き渡ると、祭壇の中心に据えられた巨大なクリスタルが淡い光を放ち始めた。
「さあ、まずは貴族の子弟から順に前に」
神官長の声に促され、貴族の子弟たちが一人ずつクリスタルの前に進み出る。彼らがクリスタルに手をかざすと、光が強まり、それぞれの胸元に紋様が浮かび上がった。それが、授けられたスキルの証だ。
「アルフォンス・フォン・ヴェルヘイム。スキルは【光魔術:上級】!」
神官長が高らかに告げる。広間がどよめいた。光魔術は攻撃、防御、回復と多岐にわたる万能な属性だ。しかも上級から始まるのは異例中の異例。
「さすがはアルフォンス様だ!」
「これで将来は間違いなく魔導師団長だ!」
周囲の羨望の声が、アルフォンスの「優越感:85」「誇り:90」を煽り、彼の笑みは一層深まる。
「ベルナルド・フォン・ヴェルヘイム。スキルは【剣聖の領域】!」
次にベルナルドの名が呼ばれると、再びどよめきが起こった。剣聖の領域。それは剣術の腕前を極限まで引き上げるユニークスキルだ。
「剣聖の領域だと!まさか、伝説のスキルか!」
「ヴェルヘイム家は本当に武神に愛されているな!」
ベルナルドの「闘争心:90」「傲慢:70」がさらに高まるのが、アッシュには分かった。彼は満足げに、クリスタルの前を後にする。
そして、ついにアッシュの番が来た。
「次、アッシュ・フォン・ヴェルヘイム」
神官長の声は、どこか形式ばっていた。他の貴族の子弟の時にはあった期待の色が、そこにはない。周囲の貴族たちは、まるで罰ゲームを見るかのような視線をアッシュに送る。「どうせ、くだらないスキルだろう」「ヴェルヘイム家の面汚しめ」。そんな声が、どこからか聞こえてくるようだ。
アッシュはゆっくりとクリスタルの前に進み出た。背中に突き刺さるような視線を感じる。
(別に構わない。どうせ、俺は最初から何も期待などしていない)
そう心に言い聞かせ、アッシュはクリスタルにそっと手をかざした。
すると、クリスタルが淡く、しかし確かに光を放ち始めた。その光は次第に強さを増し、アッシュの胸元に紋様が浮かび上がる。しかし、それはアルフォンスやベルナルドのそれとは異なっていた。光はすぐに収まり、彼の胸元に残されたのは、何の変哲もない、ただの円形の紋様だった。
神官長がその紋様を見て、眉をひそめる。
「スキルは……【感情経済(エモーショナル・エコノミー)】」
【感情経済】。その聞き慣れない名に、広間は一瞬の静寂に包まれた。誰もが首を傾げ、そのスキルの意味を測りかねている。
「な、なんだそれは?」
「聞いたことがないな。外れスキルか?」
「やはり、出来損ないに大したスキルなど授かるはずもない」
嘲笑が、さざ波のように広間を埋め尽くす。アルフォンスは鼻で笑い、ベルナルドは呆れたように肩をすくめた。父グレイグは、露骨に不快そうな顔をしている。彼らの「侮蔑:80」「失望:75」「嘲笑:70」といった感情が、アッシュの目にははっきりと見える。
――見えた?
アッシュは自分の異変に気づいた。人々の感情が、数字の羅列として、まるでステータスウィンドウのように彼の視界の端に表示されている。
(これは……)
困惑しながらも、アッシュは周囲を見回した。
長兄アルフォンス。
「優越感:90」「嘲笑:85」「軽蔑:70」
次兄ベルナルド。
「傲慢:80」「侮蔑:95」「無関心:60」
父グレイグ。
「不快:85」「失望:90」「怒り:60」
使用人たち。
「憐憫:30」「軽視:70」「無関心:50」
そして、広間にいる他の貴族たちも。
「興味:10」「好奇心:5」「失望:20」
アッシュの視界には、数えきれないほどの感情の数値が洪水のように押し寄せていた。
(これが……俺のスキル、【感情経済(エモーショナル・エコノミー)】の力なのか?)
その瞬間、アッシュの脳裏に、スキルの詳細が流れ込んできた。
【感情経済(エモーショナル・エコノミー)】
ユニークスキル。対象の感情を数値として可視化する。また、特定の行動により感情の増減をコントロールできる。感情は資源である。
感情は資源。その言葉が、アッシュの心を強く揺さぶった。前世で、彼は会社という組織の中で、人間関係や成果、あらゆるものを「資源」として見ていた。効率を求め、無駄を排除し、最大の結果を得るために。
このスキルは、まさにその延長線上にある。人の心を、感情を、全て数値化し、操作する。
(これは……とんでもない力だ)
一見地味に見えるスキルだが、その真髄を理解した瞬間、アッシュの心臓が激しく脈打った。これは、魔力や剣術といった直接的な力とは全く異なる、しかし、それらを凌駕し得る究極の「人心掌握」の力ではないか。
「アッシュ、もういい。下がれ」
父グレイグの冷たい声が響く。アッシュは無言で祭壇を後にした。彼の心には、もはや絶望はなかった。嘲笑する周囲の視線も、もはや気にならない。
(愚か者め。俺が手にしたものの真価が分かっていない)
彼は心の中で呟いた。
「感情は資源である」
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ヴェルヘイム公爵家での彼の立場。王位継承を巡る権力争い。前世で体験した理不尽な死。全てが、このスキルの前では些細な障害に過ぎない。
(これで、俺は生き残れる。いや、生き残るだけでなく、俺だけの安楽な生活を手に入れられる)
絶望の淵に立たされていた少年は、突如として与えられた異能の力に、一筋の光明を見出した。
彼は、己のユニークスキル【感情経済】が唯一の武器だと悟る。これは、神が自分に与えた、反逆のための力だ。
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