無能と蔑まれた悪役貴族、実は人の心を数値化できる最強の傀儡師でした ~感情を支配するスキルで、腐敗した帝国を裏から作り変えます~

夏見ナイ

文字の大きさ
1 / 100

第一話:転生と絶望の日々

しおりを挟む
銀の燭台が並ぶ長いテーブル。磨き上げられた食器が鈍い光を放つ夕食の席。アッシュ・フォン・ヴェルヘイムは、本日何度目か分からない無表情を顔に貼り付けていた。スープを掬う手はか細く、血の気の失せた白い肌は病弱さを際立たせている。目の前には、完璧な作法で食事を進める家族がいた。しかしそこに温かみは無い。いつものことだ。

ヴェルヘイム公爵家。帝国にその名を轟かせる武門の名家。その三男として生まれたアッシュは、しかし家族の中で存在しない者として扱われていた。

「アルフォンス。今度の王家主催の夜会だが、お前は第二王女殿下のエスコートを命じられた。くれぐれも粗相のないようにな」

重々しい声が響く。当主である父、グレイグ・フォン・ヴェルヘイム。厳格な顔には、長男アルフォンスへの期待が滲んでいる。

「はい父上。必ずや大役を果たし、ヴェルヘイム家の名誉を高めてみせます」

優雅な仕草でナプキンを口に当てるアルフォンス。金色の髪と青い瞳は王侯貴族の理想を体現したかのようだ。魔力、知力、カリスマ。その全てにおいて次代の公爵にふさわしいと誰もが認める男。彼の返答に、グレイグは満足げに頷いた。

「ベルナルド。お前も騎士団の模擬戦で目覚ましい活躍を見せたそうだな。それでこそ我が息子だ」

次に視線を向けられたのは次男のベルナルド。赤みがかった髪と鋭い目つきは、兄とは対照的に猛禽類を思わせる。彼は武勇において右に出る者がいないとされ、若くして帝国騎士団の副団長格の地位にあった。

「当然です父上。俺の剣に敵う者など、同年代にはおりません」

肉を切り分けながら、ベルナルドは不遜に笑う。その自信に満ちた態度を、グレイグはむしろ頼もしく感じているようだった。

会話はそこで途切れる。父の視線も、兄たちの意識も、テーブルの端に座るアッシュの上を通り過ぎていく。まるでそこに、誰もいないかのように。銀色の髪と赤い瞳。病弱な見た目。そのどれもが、この家の尚武の気風にはそぐわない。

魔力は凡人以下。剣の才能は皆무。ただ静かに本を読んでいるだけの陰気な三男。それが、アッシュ・フォン・ヴェルヘイムへの家族の評価だった。そしてその評価は、使用人たちにも浸透している。聞こえよがしに囁かれる「出来損ない」という言葉。向けられる憐憫と侮蔑の視線。

アッシュはただ、黙々と食事を口に運ぶ。感情を殺すことには慣れていた。なぜなら、彼の中にはもう一つの記憶があるからだ。

(……まただ。この空気は)

前世の記憶。蛍光灯が白々しく照らすオフィス。鳴りやまない電話と、積み上がる書類の山。彼は日本のブラック企業で働く中間管理職だった。上司からの無茶な要求と、部下からの突き上げ。成果は全て上司に奪われ、失敗の責任は全て押し付けられる。そんな日々に心身をすり減らし、最後は過労で命を落とした。三十代半ばの、あまりにもあっけない最期。

あの会社の会議室の空気と、今の食卓の空気はよく似ている。優秀な同期が評価され、無能な自分が責め立てられるあの場所。人格を否定され、ただの駒として消費される理不尽。だからアッシュは理解していた。自分がこの家でどういう存在なのかを。

優秀な兄たちの引き立て役。ヴェルヘイム家の汚点。そして、いずれ訪れるであろう権力争いにおいて、真っ先に切り捨てられる駒。

「アッシュ」

不意に、低い声で名前を呼ばれた。父グレイグの声だ。アッシュはゆっくりと顔を上げる。

「……はい、父上」

「お前ももうすぐ十五になる。成人の儀を終えれば、お前も貴族社会の一員となるのだ。これ以上、ヴェルヘイムの名を汚すような真似は許さん。分かっているな」

それは忠告ではない。ただの威圧だ。父の瞳には、息子への愛情など欠片もなかった。そこにあるのは、不良債権を見るような冷たい光だけだ。

「……肝に銘じます」

アッシュは静かに頭を下げた。反論も、弁明もしない。そんなことをすれば、さらに状況が悪化するだけだと、前世の経験が告げていた。

「ふん。口先だけは達者なことだ」

隣から、長兄アルフォンスの嘲笑が聞こえる。完璧な笑みの下に隠された、どす黒い侮蔑。

「兄上。出来損ないに期待するだけ無駄ですよ。こいつにできることなど、部屋の隅で埃を被ることくらいでしょう」

次兄ベルナルドは、隠そうともせず吐き捨てる。彼にとって、アッシュは同じ人間ですらなかった。

家族からの容赦ない言葉の刃。それはアッシュの心を深く抉るはずだった。しかし、彼の心は不思議なほど凪いでいた。前世で、もっと酷い言葉を浴びせられ続けたからだろうか。それとも、この世界の貴族社会というものが、会社という組織の縮図にしか見えないからだろうか。

食事が終わると、アッシュは誰に挨拶することもなく自室に戻った。公爵家の三男に与えられた部屋としては、あまりにも質素な部屋。豪華な調度品は何もなく、ただ壁一面に本棚が並んでいるだけだ。

窓の外に広がるのは、月明かりに照らされた美しい庭園。だが、アッシュの目には映らない。彼の思考は、冷徹な分析に支配されていた。

(このままでは、俺は殺される)

その確信に、疑いの余地はなかった。ヴェルヘイム公爵家は、次期皇帝の座を巡る争いにおいて、第一王子派と第二王子派のどちらにつくか、その態度を決めかねている。長兄アルフォンスは第一王子と親しく、次兄ベルナルドは第二王子の学友だ。父グレイグは、両天秤にかけたまま、最も有利な方につこうと画策している。

いずれ、どちらかの派閥が優勢になる。その時、ヴェルヘイム家は敗者となる派閥との関係を清算する必要に迫られるだろう。そのための「生贄」として、これほど都合の良い存在がいるだろうか。

第二王子と繋がりがあったベルナルドを切り捨てるのは惜しい。ならば、無能な三男に「第二王子派であった」という罪を着せて処刑すればいい。あるいは、第一王子と親しいアルフォンスが邪魔になった時、アッシュに暗殺者の濡れ衣を着せて、アルフォンスもろとも始末するかもしれない。

権力闘争とはそういうものだ。前世の会社でもそうだった。派閥争いに敗れた部長は、子飼いの部下もろとも子会社へ飛ばされた。責任者は、些細なミスを理由に懲戒解雇された。弱い者から切り捨てられる。それが世界の法則だ。

(冗談じゃない)

アッシュは唇を噛んだ。前世では、なすすべもなく理不尽に命を奪われた。会社のために身を粉にして働き、得られたのは過労死という結末だけ。もう二度と、あんな思いをするのはごめんだ。

誰かに利用され、使い潰されるだけの人生など、もうたくさんだ。

(生き延びてやる。どんな手を使っても)

この世界で、俺は俺のために生きる。誰にも邪魔されず、誰にも脅かされない。安全が保証された上で、ただ安楽に生きていきたい。前世では決して手に入らなかった、ささやかな平穏。それがアッシュの唯一の願いだった。

だが、今の彼には何もない。魔力も、剣の腕も、後ろ盾となる味方も。あるのは、前世の記憶からくる冷めた分析眼と、このままでは終われないという強い執着だけだ。

(武器が要る。誰もがひれ伏すような、絶対的な力が)

窓に映る自分の姿は、あまりにも頼りなかった。細い身体、色の白い顔。こんな少年が、魑魅魍魎の巣食う貴族社会で生き残れるはずがない。

焦燥感が胸を焼く。何か、何か打開策はないのか。思考を巡らせるが、答えは見つからない。八方塞がりの状況に、思わず深いため息が漏れた。

ふと、カレンダーが目に入る。そこには、赤い印がつけられていた。

来週に迫った、十五歳の誕生日。それは同時に、帝国の全ての子供が神殿に赴き、神からスキルを授かる「成人の儀」の日でもあった。

スキル。この世界に生きる者が、神から与えられる特別な力。戦闘系のスキル、生産系のスキル、あるいはごく稀に、人の運命さえ左右するユニークスキル。

(スキル、か)

僅かな希望が、闇の中に差し込む一条の光のように見えた。もし、そこで強力なスキルを授かることができれば。この絶望的な状況を覆せるかもしれない。

しかし、その期待はすぐに自己否定の波に掻き消された。

(あり得ない。俺のような出来損ないに、大したスキルが与えられるはずがない)

神は、才能ある者にこそ相応しい力を与えるという。魔力も才能もない自分に与えられるのは、きっと「鑑定」や「収納」のようなありふれた、しかし戦闘や権力闘争には何の役にも立たないスキルだろう。あるいは、何の役にも立たない外れスキルかもしれない。

結局、何も変わらないのか。

アッシュはゆっくりとベッドに横たわった。天井の木目が、まるで自分を閉じ込める檻の格子のように見える。

絶望が、冷たい霧のように心を覆っていく。それでも、彼は諦めてはいなかった。心の奥底で、小さな炎が燻っている。

前世では、何もかも諦めて死んだ。だが今は違う。

この手で、運命を掴み取ってやる。

たとえ神に見放されようとも。

アッシュは静かに目を閉じた。彼の本当の戦いは、まだ始まってもいない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない

あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。

貴族に無茶苦茶なことを言われたのでやけくそな行動をしたら、戦争賠償として引き抜かれました。

詰んだ
ファンタジー
エルクス王国の魔法剣士で重鎮のキースは、うんざりしていた。 王国とは名ばかりで、元老院の貴族が好き勝手なこと言っている。 そしてついに国力、戦力、人材全てにおいて圧倒的な戦力を持つヴォルクス皇国に、戦争を仕掛けるという暴挙に出た。 勝てるわけのない戦争に、「何とか勝て!」と言われたが、何もできるはずもなく、あっという間に劣勢になった。 日を追うごとに悪くなる戦況に、キースへのあたりがひどくなった。 むしゃくしゃしたキースは、一つの案を思いついた。 その案を実行したことによって、あんなことになるなんて、誰も想像しなかった。

(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います

しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~

aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」 勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......? お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?

処理中です...