無能と蔑まれた悪役貴族、実は人の心を数値化できる最強の傀儡師でした ~感情を支配するスキルで、腐敗した帝国を裏から作り変えます~

夏見ナイ

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第二十四話:鉄の街へ

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ヴァイスラントに訪れた勝利の熱は、夜明けと共に急速に冷え切っていった。領主の館の一室が、即席の病室となっている。ベッドに横たわるガイウスの顔には死相が浮かび、荒い呼吸が途切れ途切れに続くだけだった。腹部の傷はアッシュの応急処置によって塞がれていたが、傷口の周りは赤黒く腫れ上がり、高熱が彼の強靭な体を内側から蝕んでいた。

「アッシュ様、熱が下がりません。このままでは……」
ジョセフが、冷たい水で絞った布をガイウスの額に乗せながら、かすれた声で言った。彼の感情は「絶望:70」「無力感:80」。長年の経験をもってしても、この状況を打開する術が見つからない。

アッシュは、ベッドの脇で腕を組み、ただ静かにガイウスの容態を見つめていた。彼のスキルは、ガイウスの生命力が砂時計の砂のように、刻一刻と失われていく様を非情な数値として表示していた。

村の空気は、再び重く沈んでいた。戦いに勝ったというのに、誰も笑わない。英雄の死は、百の勝利よりも重く人々の心にのしかかる。義勇兵たちは訓練にも身が入らず、広場には諦めの色が漂っていた。一度は燃え上がった希望の炎が、今まさに消えようとしていた。

「どうにかならないのか、アッシュ!」
ボルグが、苛立ちと懇願が混じった声でアッシュに詰め寄った。彼の師であるガイウスが死にかけているという現実は、彼の精神を限界まで追い詰めていた。
「あんたなら、何とかできるんだろ!あの温室みたいに、奇跡を起こせるんだろ!」

その言葉に、アッシュはゆっくりと顔を上げた。
「奇跡は起きない。起こすものだ」

アッシュは立ち上がると、ボルグと、病室に集まっていたサイモンや村の主だった者たちに向き直った。
「このままでは、ガイウスは間違いなく死ぬ。俺の処置では感染症を防ぐのが限界だ。必要なのは、高度な回復薬か、専門的な知識を持つ薬師、あるいは治癒の魔法だ」

そのどれもが、このヴァイスラントには存在しないものだった。誰もが、その事実を突きつけられて俯く。

「だから、探しに行く」
アッシュはきっぱりと言い放った。
「このヴァイスラントの外に」

「外に、ですと?」
ジョセフが驚きの声を上げる。

アッシュは机の上に広げられた地図を指差した。それは、ジョセフが帝都から持ち出した、帝国北部の古びた地図だった。
「ここから馬車で三日ほどの場所に、ドベルグという街がある。鉱山で栄える、通称『鉄の街』。ヴァイスラントよりは遥かに大きい。そこならば、商業ギルドがあり、腕利きの薬師や、高価なポーションが手に入る可能性がある」

その言葉に、わずかな希望の光が差した。だが、サイモンが厳しい表情で口を開いた。
「しかし、危険すぎます。アッシュ殿、あなたは今やこのヴァイスラントの頭脳であり、心臓だ。あなたの身に何かあれば、我々は全てを失う」

「その心臓が、今まさに止まりかけている」
アッシュはガイウスを一瞥し、冷徹に言い放った。
「ガイウスを失えば、いずれこの村は再び無法者たちの餌食になる。治水も、鉱山の開発も、全て絵に描いた餅で終わる。彼を生かすことは、感傷ではない。最も合理的な投資だ」

そのあまりにも即物的な物言いに、サイモンは言葉を失った。だが、その言葉が嘘偽りのない真実であることも、彼は理解していた。

「それに、目的はもう一つある」
アッシュは続けた。
「いずれ始める治水工事のためには、専門的な知識を持つ技術者が必要だ。頑丈な建物を建てるための建築職人も。ドベルグには、そういう人材がいるかもしれない。俺は、薬を探すと同時に、この村の未来を担う人材も探しに行く」

その壮大な計画に、誰もが息を呑んだ。この若きリーダーは、目の前の絶望だけでなく、その遥か先にある未来までも見据えている。

「俺がいない間、この村の守りはサイモン殿に一任する。ボルグ、お前はサイモン殿を補佐し、義勇兵の訓練を続けろ。二度と、昨夜のような屈辱を味わうな」

「……分かった」
ボルグは、悔しげに、しかし力強く頷いた。

「ジョセフ、お前は俺と共に行く。ドベルグの商人たちとの交渉には、お前の経験が必要だ」
「はっ。この身、いつでもアッシュ様と共に」

アッシュは、ボルグの部下の中から、狩りの腕が立ち、最も冷静沈着な若者を二人、護衛として選んだ。準備は迅速に進められた。

出発の朝。アッシュは、再び領民たちを広場に集めた。
「俺は、ガイウスを救うために旅に出る。必ず、彼を救うための手段を見つけて戻ってくる。それまで、この村を頼んだぞ」

短い言葉だった。だが、その言葉には、絶対的な自信と、領民たちへの信頼が込められていた。一度は消えかけた希望の火が、彼らの心に再び小さく灯るのが、アッシュには見えていた。

アッシュは、ジョセフと二人の護衛と共に、一台の貧相な馬車に乗り込んだ。懐には、ジョセフが命懸けで運び出した金貨の一部が、ずっしりとした重みで彼の覚悟を確かめている。

馬車が村の門を抜ける時、アッシュは意識のないガイウスのいる館を振り返った。
ガイウスの命の砂時計は、刻一刻と落ち続けている。タイムリミットは、あと数日。

アッシュは、前だけを見据えた。
鉄の街ドベルグ。そこに、希望はあるのか。あるいは、新たな絶望が待ち受けているのか。
今はまだ、知る由もなかった。彼の戦いは、ヴァイスラントという小さな箱庭を飛び出し、より広大な世界へとその舞台を移そうとしていた。
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