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第二十九話:埋もれた才能たち
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ガイウスの命の砂時計が落ち続ける中、アッシュの時間は焦燥と共に過ぎていった。リリアという予期せぬ大きな収穫はあったが、本来の目的である薬と技術者はまだ手に入っていない。
「アッシュ様、掴めました」
宿屋の一室に戻ってきたジョセフの顔には、疲労と僅かな興奮が浮かんでいた。彼の感情には「達成感:70」が見える。
「噂のドワーフと職人を買い取ったのは、やはりこの街の鉱山ギルド長、ゴードン・マードックという男で間違いありません」
ジョセフは、裏の情報屋に金貨を握らせ、ギルドの下っ端の口を割らせたのだ。
「ゴードンは、表向きは街の発展に尽力する名士ですが、その裏では有能な奴隷を安く買い叩き、自らが所有する私設鉱山で死ぬまで酷使していると。薬師や治癒師も囲い込んでいるという噂です」
「全ての元凶はその男か」
アッシュは地図上のギルド本部に印をつけた。
「正面から交渉しても無駄だろう。奴にとって、俺たちは取引相手ですらない」
ゴードンのような強欲な男が、手に入れた有能な奴隷を素直に手放すはずがなかった。
「では、どうなさるので?」
ジョセフの問いに、アッシュは静かに答えた。
「奴の懐に直接忍び込み、俺たちの欲しい『商品』をこの目で確かめる」
その夜。ドベルグの街が深い眠りにつく頃、二つの影が宿屋の屋根を猫のようにしなやかに駆けていた。アッシュと、彼のメイド兼護衛となったリリアだ。
リリアは、生まれて初めて与えられた役割に、緊張と高揚を感じていた。「責任感:80」「興奮:50」。アッシュの信頼に応えたいという一心で、彼女の獣人としての能力は覚醒しつつあった。
「リリア、聞こえるか」
屋根の影に身を潜め、アッシュが囁く。
リリアは目を閉じ、猫の耳をぴくりと動かした。
「はい、アッシュ様。三ブロック先の通りを、見張りが二人。その先の倉庫の裏で、男たちが三人、何かを賭けています。ギルド長の鉱山は、この先、風下です。鉄と、たくさんの人の汗の匂いがします」
その聴覚と嗅覚は、人間では到底感知できない領域にまで及んでいた。彼女は、アッシュにとって最高の索敵レーダーだった。
二人は、リリアの案内で複雑な路地を抜け、街のはずれにあるゴードンの私設鉱山へとたどり着いた。高い塀と、いくつかの見張り塔が設置されている。厳重な警戒態勢だ。
「どうしますか、アッシュ様。正面からは……」
「必要ない」
アッシュは、塀の最も警備が手薄な一点を指差した。
「リリア、跳べるか?」
リリアは無言で頷くと、その場で軽く屈伸した。次の瞬間、彼女の体はまるで羽が生えたかのように軽々と宙を舞い、音もなく高さ五メートルはあろうかという塀の上へと降り立った。
アッシュは、彼女が下ろしたロープを使い、難なく塀の内側へと侵入する。
そこは、奴隷たちのための劣悪な居住区だった。いくつもの粗末なバラックが立ち並び、そこから漏れ聞こえてくるのは、病人の咳と、疲労困憊した男たちの寝息だけ。奴隷たちの感情は、どれも「絶望」と「無気力」に染まりきっていた。
(ここに、俺の求める人材はいるのか……?)
アッシュはリリアを伴い、バラックの間を縫うようにして進んでいく。リリアの気配を消す能力は完璧で、二人の存在に気づく者はいなかった。
やがて、一番奥にある、他よりも少しだけ頑丈そうなバラックの前で、アッシュは足を止めた。ここから、他の奴隷たちとは少し違う、微かだが強い感情の反応を感じ取ったからだ。
扉の隙間から中を覗うと、二人の男がいた。
一人は、見るからにドワーフだった。背は低いが、その肩幅は広く、腕は丸太のように太い。長い白髭を蓄え、年の頃は百歳を超えているだろうか。彼は、床に落ちていたただの石ころを手に取り、それを月明かりにかざして、何かをぶつぶつと呟いていた。
その感情は、「諦観:95」の中に、消えかけた熾火のような光を宿していた。
「誇り:10」
彼が石を見つめる時だけ、その光は微かに揺らめく。
もう一人は、まだ四十代ほどの、厳つい顔つきをした人間族の男だった。その手は節くれ立ち、全身の筋肉は労働で鍛え上げられている。彼は、バラックの壁の歪みを忌々しげに睨みつけ、低い声で悪態をついていた。
「素人が作った壁はこれだからいけねえ。これじゃあ、次の冬を越せんぞ……」
彼の感情は、他の奴隷とは全く違っていた。「憤り:80」「不屈:70」。そして、アッシュたちに向けられた強い「不信:90」。彼は、侵入者の気配に気づいていたのだ。
(当たりだ。この二人だ)
アッシュは確信した。
彼は躊躇なく、バラックの扉を静かに開け、中に足を踏み入れた。
「誰だ!」
職人風の男が、即座に手近にあった木片を掴んで身構える。ドワーフの老人も、驚いたようにアッシュを見た。
「敵ではない。あんたたちを、ここから出すために来た」
アッシュは単刀直入に言った。
「出すだと?ふざけたことを言うな」
職人の男は、全く信用していない。彼の「不信」は95まで跳ね上がっていた。
「ゴードンの差し金か?俺たちを試しているのか?」
「ゴードンは、俺の敵だ」
アッシュは静かに答えると、まずドワーフの老人に向き直った。
「ギムリ殿。貴殿の目は、ただの石ころと、価値ある鉱石を見分けることができると聞いた。その目は、まだ曇ってはいないか?」
名を呼ばれたドワーフ、ギムリは驚きに目を見開いた。
「……なぜ、わしの名を……」
「俺の故郷には、まだ誰も見たことのない鉱脈が眠っている。黒く輝き、燃える石。空の色をした、魔力を秘めた石。それを見つけ出し、鑑定できるのは、ドワーフの中でも最高の目を持つと言われた貴殿だけだ。俺は、貴殿の『誇り』を買いに来た」
アッシュの言葉は、ギムリの心の最も深い部分を揺さぶった。忘れかけていた鑑定士としての誇り。彼の感情から「諦観」が薄れ、「困惑」と僅かな「希望」が生まれ始める。
次に、アッシュは職人の男に向き直った。
「ブロック殿。貴殿の腕は、王都の城壁さえ手掛けたと聞く。だが、貴殿の本当の望みは、誰かの命令で物を作ることではなかったはずだ。前人未到の建築に、己の技術の全てを注ぎ込むこと。違うか?」
ブロックと呼ばれた男は、言葉を失った。アッシュは、彼の魂の渇望を正確に見抜いていた。
「俺の故郷は、何もない荒野だ。そこに、新しい街を作る。凍える吹雪に耐える家を。巨大な岩盤を砕くための仕掛けを。そして、いつかは天に届くほどの塔を。俺は、貴殿にその全てを任せたい。命令するのではない。俺のパートナーとして、共に夢を形にしてほしい」
ブロックの「不信」の壁に、大きな亀裂が入った。彼の感情は「驚愕」と「動揺」で渦を巻き、その奥で、職人としての「創造欲」が、マグマのように熱を帯び始めていた。
「俺は、お前たちを奴隷として買うのではない。仲間として迎えたい」
アッシュは、二人の目を見て言い放った。
「ここを出て、俺と共に来るか。それとも、このままゴードンの下で朽ち果てるか。選ぶのは、あんたたち自身だ」
それは、リリアにしたのと同じ問いかけだった。恐怖や金で縛るのではない。相手の魂が最も渇望しているものを提示し、自らの意志で選ばせる。それが、アッシュの人心掌握術の神髄だった。
ギムリとブロックは、互いの顔を見合わせた。彼らの目には、まだ迷いがあった。だが、その瞳の奥には、十年、二十年と、長い間失われていたはずの光が、確かに蘇り始めていた。
アッシュは、彼らが答えを出すのを、ただ静かに待っていた。彼の計画の、重要なピースが、今、手に入ろうとしていた。
「アッシュ様、掴めました」
宿屋の一室に戻ってきたジョセフの顔には、疲労と僅かな興奮が浮かんでいた。彼の感情には「達成感:70」が見える。
「噂のドワーフと職人を買い取ったのは、やはりこの街の鉱山ギルド長、ゴードン・マードックという男で間違いありません」
ジョセフは、裏の情報屋に金貨を握らせ、ギルドの下っ端の口を割らせたのだ。
「ゴードンは、表向きは街の発展に尽力する名士ですが、その裏では有能な奴隷を安く買い叩き、自らが所有する私設鉱山で死ぬまで酷使していると。薬師や治癒師も囲い込んでいるという噂です」
「全ての元凶はその男か」
アッシュは地図上のギルド本部に印をつけた。
「正面から交渉しても無駄だろう。奴にとって、俺たちは取引相手ですらない」
ゴードンのような強欲な男が、手に入れた有能な奴隷を素直に手放すはずがなかった。
「では、どうなさるので?」
ジョセフの問いに、アッシュは静かに答えた。
「奴の懐に直接忍び込み、俺たちの欲しい『商品』をこの目で確かめる」
その夜。ドベルグの街が深い眠りにつく頃、二つの影が宿屋の屋根を猫のようにしなやかに駆けていた。アッシュと、彼のメイド兼護衛となったリリアだ。
リリアは、生まれて初めて与えられた役割に、緊張と高揚を感じていた。「責任感:80」「興奮:50」。アッシュの信頼に応えたいという一心で、彼女の獣人としての能力は覚醒しつつあった。
「リリア、聞こえるか」
屋根の影に身を潜め、アッシュが囁く。
リリアは目を閉じ、猫の耳をぴくりと動かした。
「はい、アッシュ様。三ブロック先の通りを、見張りが二人。その先の倉庫の裏で、男たちが三人、何かを賭けています。ギルド長の鉱山は、この先、風下です。鉄と、たくさんの人の汗の匂いがします」
その聴覚と嗅覚は、人間では到底感知できない領域にまで及んでいた。彼女は、アッシュにとって最高の索敵レーダーだった。
二人は、リリアの案内で複雑な路地を抜け、街のはずれにあるゴードンの私設鉱山へとたどり着いた。高い塀と、いくつかの見張り塔が設置されている。厳重な警戒態勢だ。
「どうしますか、アッシュ様。正面からは……」
「必要ない」
アッシュは、塀の最も警備が手薄な一点を指差した。
「リリア、跳べるか?」
リリアは無言で頷くと、その場で軽く屈伸した。次の瞬間、彼女の体はまるで羽が生えたかのように軽々と宙を舞い、音もなく高さ五メートルはあろうかという塀の上へと降り立った。
アッシュは、彼女が下ろしたロープを使い、難なく塀の内側へと侵入する。
そこは、奴隷たちのための劣悪な居住区だった。いくつもの粗末なバラックが立ち並び、そこから漏れ聞こえてくるのは、病人の咳と、疲労困憊した男たちの寝息だけ。奴隷たちの感情は、どれも「絶望」と「無気力」に染まりきっていた。
(ここに、俺の求める人材はいるのか……?)
アッシュはリリアを伴い、バラックの間を縫うようにして進んでいく。リリアの気配を消す能力は完璧で、二人の存在に気づく者はいなかった。
やがて、一番奥にある、他よりも少しだけ頑丈そうなバラックの前で、アッシュは足を止めた。ここから、他の奴隷たちとは少し違う、微かだが強い感情の反応を感じ取ったからだ。
扉の隙間から中を覗うと、二人の男がいた。
一人は、見るからにドワーフだった。背は低いが、その肩幅は広く、腕は丸太のように太い。長い白髭を蓄え、年の頃は百歳を超えているだろうか。彼は、床に落ちていたただの石ころを手に取り、それを月明かりにかざして、何かをぶつぶつと呟いていた。
その感情は、「諦観:95」の中に、消えかけた熾火のような光を宿していた。
「誇り:10」
彼が石を見つめる時だけ、その光は微かに揺らめく。
もう一人は、まだ四十代ほどの、厳つい顔つきをした人間族の男だった。その手は節くれ立ち、全身の筋肉は労働で鍛え上げられている。彼は、バラックの壁の歪みを忌々しげに睨みつけ、低い声で悪態をついていた。
「素人が作った壁はこれだからいけねえ。これじゃあ、次の冬を越せんぞ……」
彼の感情は、他の奴隷とは全く違っていた。「憤り:80」「不屈:70」。そして、アッシュたちに向けられた強い「不信:90」。彼は、侵入者の気配に気づいていたのだ。
(当たりだ。この二人だ)
アッシュは確信した。
彼は躊躇なく、バラックの扉を静かに開け、中に足を踏み入れた。
「誰だ!」
職人風の男が、即座に手近にあった木片を掴んで身構える。ドワーフの老人も、驚いたようにアッシュを見た。
「敵ではない。あんたたちを、ここから出すために来た」
アッシュは単刀直入に言った。
「出すだと?ふざけたことを言うな」
職人の男は、全く信用していない。彼の「不信」は95まで跳ね上がっていた。
「ゴードンの差し金か?俺たちを試しているのか?」
「ゴードンは、俺の敵だ」
アッシュは静かに答えると、まずドワーフの老人に向き直った。
「ギムリ殿。貴殿の目は、ただの石ころと、価値ある鉱石を見分けることができると聞いた。その目は、まだ曇ってはいないか?」
名を呼ばれたドワーフ、ギムリは驚きに目を見開いた。
「……なぜ、わしの名を……」
「俺の故郷には、まだ誰も見たことのない鉱脈が眠っている。黒く輝き、燃える石。空の色をした、魔力を秘めた石。それを見つけ出し、鑑定できるのは、ドワーフの中でも最高の目を持つと言われた貴殿だけだ。俺は、貴殿の『誇り』を買いに来た」
アッシュの言葉は、ギムリの心の最も深い部分を揺さぶった。忘れかけていた鑑定士としての誇り。彼の感情から「諦観」が薄れ、「困惑」と僅かな「希望」が生まれ始める。
次に、アッシュは職人の男に向き直った。
「ブロック殿。貴殿の腕は、王都の城壁さえ手掛けたと聞く。だが、貴殿の本当の望みは、誰かの命令で物を作ることではなかったはずだ。前人未到の建築に、己の技術の全てを注ぎ込むこと。違うか?」
ブロックと呼ばれた男は、言葉を失った。アッシュは、彼の魂の渇望を正確に見抜いていた。
「俺の故郷は、何もない荒野だ。そこに、新しい街を作る。凍える吹雪に耐える家を。巨大な岩盤を砕くための仕掛けを。そして、いつかは天に届くほどの塔を。俺は、貴殿にその全てを任せたい。命令するのではない。俺のパートナーとして、共に夢を形にしてほしい」
ブロックの「不信」の壁に、大きな亀裂が入った。彼の感情は「驚愕」と「動揺」で渦を巻き、その奥で、職人としての「創造欲」が、マグマのように熱を帯び始めていた。
「俺は、お前たちを奴隷として買うのではない。仲間として迎えたい」
アッシュは、二人の目を見て言い放った。
「ここを出て、俺と共に来るか。それとも、このままゴードンの下で朽ち果てるか。選ぶのは、あんたたち自身だ」
それは、リリアにしたのと同じ問いかけだった。恐怖や金で縛るのではない。相手の魂が最も渇望しているものを提示し、自らの意志で選ばせる。それが、アッシュの人心掌握術の神髄だった。
ギムリとブロックは、互いの顔を見合わせた。彼らの目には、まだ迷いがあった。だが、その瞳の奥には、十年、二十年と、長い間失われていたはずの光が、確かに蘇り始めていた。
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