無能と蔑まれた悪役貴族、実は人の心を数値化できる最強の傀儡師でした ~感情を支配するスキルで、腐敗した帝国を裏から作り変えます~

夏見ナイ

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第三十一話:隣領の嫉妬

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ドベルグからヴァイスラントへの帰路は、行きとは比べ物にならないほど希望に満ちていた。馬車の荷台には、高価な回復ポーションと、ヴァイスラントの未来を担う二人の才能が乗っている。アッシュの投資は、早くも最初の配当をもたらし始めていた。

村へ戻ると、アッシュたちは英雄のような歓迎を受けた。領民たちは、アッシュが無事に帰還したこと、そして新たな仲間を連れてきたことに安堵と喜びの声を上げた。

「アッシュ様!お待ちしておりました!」
ボルグとサイモンが出迎える。アッシュが不在の間、二人は見事に村の守りを固め、義勇兵の訓練を続けていた。彼らの顔には、以前にはなかった自信と責任感が満ちている。

だが、感傷に浸っている暇はなかった。
「ガイウスの容態は!」
アッシュの鋭い問いに、サイモンは悔しげに顔を曇らせた。
「熱は下がらず、意識も戻りません。もはや、時間の問題かと……」

アッシュはすぐさま館に駆け込み、ガイウスの元へ向かった。ベッドに横たわる隻腕の将軍は、死の淵を彷徨っていた。アッシュは躊躇なく、ドベルグで手に入れた最高級のポーションの瓶をこじ開け、その中身をガイウスの口へと流し込んだ。

緑色に輝く液体が、ガイウスの乾いた喉を滑り落ちていく。それは、金貨数枚に匹敵するほどの価値を持つ、奇跡の霊薬だった。ポーションが体に吸収されると、ガイウスの傷口から淡い光が放たれ、赤黒く腫れ上がっていた皮膚が、見る見るうちに元の色を取り戻していく。荒かった呼吸も、次第に穏やかな寝息へと変わっていった。

「おお……!」
部屋の隅で見守っていたジョセフやボルグたちから、安堵のため息が漏れた。
アッシュは、スキルでガイウスの生命力が回復していくのを確認すると、静かに立ち上がった。
「一命は取り留めた。だが、全快にはまだ時間がかかるだろう。それまで、我々でこの村を守り抜く」

ガイウスの危機が去ったことで、村には本当の意味での祝祭の雰囲気が訪れた。温室で育ったカブの最初の収穫を祝い、ささやかな宴が開かれた。リリアは、慣れない手つきながらも、他の女性たちと一緒にスープの準備を手伝っている。ギムリは持ち前の陽気さで鉱夫の歌を歌い、ブロックは若者たちに建物の構造について熱弁をふるっていた。

ヴァイスラントは、変わった。絶望と諦観に支配されていた村は、今や希望と活気に満ち溢れている。領民たちのアッシュに対する感情は、「忠誠心:80」「信頼:85」という、揺るぎない数値を示していた。

改革は、ここからさらに加速した。
ギムリは、ボルグたち屈強な若者を伴って周辺の山々を調査し、すぐに有望な鉄鉱石の鉱脈を発見した。それは、不純物が少なく、ドベルグで採掘されるものよりも遥かに高品質なものだった。
「こいつは宝の山じゃ!この鉄さえあれば、最高の武具も農具も作り放題じゃぞ!」
ギムリの興奮した声が、ヴァイスラントの新たな産業の幕開けを告げた。

ブロックは、村全体の再設計に取り掛かった。彼は、風雪の通り道を計算し、家々を効率的に配置し直す計画を立てた。さらに、治水工事のための詳細な設計図の作成にも着手した。その専門的な知識は、領民たちを驚嘆させた。

リリアは、アッシュの専属メイド兼護衛として、常に彼のそばに付き従った。彼女の獣人としての身体能力は、アッシュにとって最高の盾であり、その純粋な忠誠心は、彼の人間性を繋ぎ止める錨でもあった。

ヴァイスラントは、もはや帝国の牢獄ではなかった。それは、アッシュ・フォン・ヴェルヘイムという王が君臨する、小さな独立王国の様相を呈し始めていた。

だが、光が強まれば、その影もまた濃くなる。
ヴァイスラントの南に隣接する、バルツァー伯爵領。痩せた土地と、見るべき産業もない典型的な田舎貴族が治めるその領地に、ヴァイスラントの奇跡の噂は届いていた。

領主であるバルツァー伯爵は、その噂を苦々しい思いで聞いていた。
「ヴァイスラントだと?あのゴミ捨て場が、豊かになりつつあるだと?馬鹿な!」
彼は嫉妬深く、他人の成功を許せない性質の男だった。自分の領地が貧しいのは、全て運が悪いためであり、隣人が豊かになるのは、何か汚い手を使っているに違いないと信じていた。
彼の感情は、「嫉妬:90」「強欲:85」という醜い数値で満ちていた。

やがて、その歪んだ感情は、具体的な行動となって現れた。

事件が起きたのは、ヴァイスラントがドベルグとの間に、ささやかな交易路を開こうとした矢先のことだった。ギムリが発見した良質な鉄鉱石のサンプルを、ドベルグの商人に売るための小さなキャラバンが、領地の境界付近で襲撃されたのだ。

「何があった!」
血塗れで逃げ帰ってきた護衛の一人に、アッシュが鋭く問いかける。
「と、盗賊です!三十人近い、武装した盗賊団に……!鉱石は全て奪われ、仲間は……!」
男の感情は「恐怖:99」。彼は、死線を潜り抜けてきたのだ。

アッシュは、男の言葉を聞きながら、スキルで彼の記憶の奥底を探った。彼が本当に恐怖している対象は何か。その感情の源泉は。
アッシュの目に映ったのは、盗賊たちの姿だけではなかった。彼らが使っていた剣。それは、粗悪な手斧などではない。統一された規格の、騎士が使うような長剣だった。そして、彼らが発した言葉の訛り。それは、この北部特有のものではなく、南のバルツァー伯爵領で使われるものだった。

(盗賊の仕業に見せかけた、バルツァーの私兵か)

アッシュは即座に真相を見抜いた。
「アッシュ様、どうなさいますか!すぐに義勇兵を!」
ボルグが血気にはやる。

だが、アッシュは冷静だった。彼は壁に貼られた地図の、バルツァー伯爵領を指でなぞった。
「敵は、我々がどう出るかを見ている。ここで感情的に兵を動かせば、それこそ相手の思う壺だ。国境侵犯を口実に、帝国に我々の非を訴えるだろう」

「では、泣き寝入りしろと!?」

「まさか」
アッシュの口元に、冷たい笑みが浮かんだ。
「受けて立つさ。だが、戦場はここではない」

アッシュの視線は、バルツァー伯爵領の中心、伯爵の居城がある一点に注がれていた。
「敵の土俵で戦う必要はない。俺たちのやり方で、静かに、そして確実に、あの強欲な豚の喉元に牙を突き立ててやる」

ヴァイスラントに忍び寄る新たな脅威。それは、アッシュにとって、自らの謀略の牙を試す格好の獲物でもあった。隣領との冷たい戦争の火蓋が、今、静かに切って落とされた。
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