無能と蔑まれた悪役貴族、実は人の心を数値化できる最強の傀儡師でした ~感情を支配するスキルで、腐敗した帝国を裏から作り変えます~

夏見ナイ

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第四十三話:策謀②「心理戦」

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兵站の破壊。それは、敵将ゲルハルトの心を的確に抉った。彼の感情ウィンドウは、「焦り:95」「怒り:90」という真っ赤な数値で激しく点滅している。補給を断たれた今、この戦いを長引かせることはできない。短期決戦でヴァイス trastornosを陥落させるしか、道はなくなったのだ。

「全軍、総攻撃!あの忌々しい壁を、今すぐ叩き潰せ!」
ゲルハルトの怒号が響き渡り、今まで後方で待機していた本隊までもが、第二防衛線へと殺到し始めた。敵の猛攻は、先ほどとは比較にならないほど激しさを増す。

胸壁の上では、義勇兵たちが死に物狂いで抵抗を続けていた。だが、その顔には疲労の色が濃く、防衛線は今にも崩壊しそうだった。
(そろそろ限界か……)
物見櫓の上から戦況を見つめるアッシュは、次の手を打つ時が来たと判断した。

彼は、傍らに控えていたカイルに指示を出す。
「カイル、北の森に隠しておいた『贈り物』を、敵の後方へ届けてこい」
「……御意」
カイルは、アッシュの意図を完全に理解したわけではなかったが、その命令に絶対の信頼を置いて、闇の中へと消えていった。

第二防衛線。ついに、胸壁の一部が敵の破城槌によって大きく崩された。
「突破したぞ!続け!」
グランツ兵が、雪崩を打ってその突破口から村へと流れ込んでくる。

「ここまでだ!第三防衛線まで後退せよ!」
ガイウスの号令が飛ぶ。義勇兵たちは、最後の力を振り絞り、村の中心部へと続く道へと退却を始めた。それは、計画された後退だった。敵を、村という名の巨大な罠の奥深くへと誘い込むための。

敵兵は、勝利を確信して追撃してくる。彼らの感情は、「高揚感:90」「油断:80」。もはやヴァイス trastornoは落ちたも同然だと、誰もが信じていた。

だが、彼らが村の中心広場へと足を踏み入れた瞬間、その状況は一変する。
広場を取り囲む家々の窓や屋根から、一斉に矢の雨が降り注いだのだ。それは、ブロックが設計した、村全体が要塞と化す防衛機構だった。
「罠だ!」
「囲まれたぞ!」

敵兵は混乱に陥った。狭い路地に誘い込まれ、身動きが取れない。そこへ、義勇兵たちがゲリラ的な奇襲を仕掛ける。数に劣るヴァイス trastornos軍は、地の利を最大限に活かしたヒットアンドアウェイ戦法で、敵を着実に消耗させていった。

戦況は、一進一退の攻防となった。
だが、その均衡を破る、奇妙な噂が、敵陣の後方から静かに広まり始めていた。

きっかけは、カイルたちが敵陣の背後に解放した、十数人の捕虜だった。
彼らは、先ほどの兵站部隊への襲撃でリリアたちが捕らえた、軽傷の兵士たちだった。カイルは、彼らを解放する前に、アッシュから命じられた通りの「もてなし」をしていた。

まず、彼らの傷を丁寧に手当てした。そして、温かいスープと、焼きたてのパンを腹一杯食べさせたのだ。
解放された兵士たちは、何が起きたのか理解できないまま、混乱した頭で自分たちの本陣へと逃げ帰っていった。

「お、お前たち、生きていたのか!」
「ヴァイス trastornosの連中に捕まったのではなかったのか!?」
仲間たちの問いに、解放された兵士たちは、口々に奇妙な体験を語り始めた。

「……奴らは、俺たちを殺さなかった」
「それどころか、傷の手当をしてくれたんだ。帝国で使われているのと同じ、上等な薬で」
「腹が減っているだろうと言って、温かい食事まで……。あんなに美味いスープは、初めて飲んだ……」

その話は、にわかには信じがたいものだった。だが、彼らの傷が確かに手当てされていること、そして彼らが飢えていないことは、紛れもない事実だった。
この噂は、口伝えに、あっという間にグランツ兵の間に広がっていった。

「ヴァイス trastornosに降れば、温かい食事と寝床が手に入るらしい」

最初は、ただの馬鹿げた噂だった。だが、その噂は、兵士たちの心に巣食う、ある感情を的確に刺激した。

飢えと、寒さだ。
兵站を破壊された彼らは、ろくな食事も与えられず、この極寒の地で夜を明かさなければならない。疲労は蓄積し、士気は日に日に低下していた。そんな彼らにとって、「温かい食事」という言葉は、どんな甘言よりも魅力的に響いた。

アッシュの狙いは、まさにそこにあった。
彼は、物見櫓の上から、スキルで敵兵全体の感情の変化を観察していた。
戦闘による「恐怖」や「怒り」といった激しい感情の下で、じわじわと広がる静かな感情の波。
「飢餓:70」「不満:80」、そして、ヴァイス trastornosに対する僅かな「好奇心:20」。

この心理戦は、すぐに戦況に影響を与えるものではない。だが、毒のようにゆっくりと、しかし確実に、敵軍の結束を内側から蝕んでいく。兵士たちの心に、「何のために戦っているのか」という、軍隊にとって最も危険な疑念の種を蒔いたのだ。

敵将ゲルハルトは、そんな兵士たちの心理の変化には気づいていなかった。彼は、村の中心部で繰り広げられる泥沼の市街戦に苛立ち、ただ「押せ、押せ」と叫ぶだけだった。

アッシュは、その様子を冷ややかに見下ろしていた。
「蛇の腹を空にし、その心に毒を流し込んだ。あとは、頭を叩き潰すだけだ」

彼の視線は、セレスティアが待機している、村の最も高い教会の尖塔へと向けられた。
切り札を切る時は、もう間もなくだった。

アッシュの策謀は、物理的な破壊だけではない。敵の心を操り、その戦意そのものを奪い去る。それこそが、【感情経済】の真骨頂だった。戦場は、もはや彼の独壇場と化していた。
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