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第四十二話:策謀①「兵站破壊」
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第二防衛線での攻防は、熾烈を極めていた。
「石を投げろ!熱湯を浴びせろ!」
胸壁の上から、ボルグが声を枯らして叫ぶ。領民たちは、ありったけの石や、大鍋で沸かした湯を、壁に取り付こうとする敵兵に浴びせかけた。悲鳴と怒号が入り乱れる。
サイモンは、壁の一部が破られそうになるたびに、精鋭を率いてその穴を塞いだ。彼の剣は血を吸い、鎧は返り血で赤黒く染まっている。だが、敵は波のように次から次へと押し寄せてきた。一人倒しても、その背後から二人が現れる。終わりが見えない消耗戦に、義勇兵たちの体力と精神は限界に近づいていた。
彼らの感情ウィンドウが、「疲労:80」「絶望:70」という危険な数値を示し始める。ガイウスの檄も、徐々にその効力を失いつつあった。このままでは、防衛線が崩壊するのは時間の問題だった。
物見櫓の頂上。アッシュは、その全てを冷静に見下ろしていた。味方の苦戦も、敵の猛攻も、全ては彼の計算の内だった。
敵の意識は、完全にこの一点、第二防衛線に集中している。敵将ゲルハルトは、力押しでこの貧相な壁を突破することしか頭にない。彼の「傲慢」は、戦況が優勢に進んでいることで、さらに強固な「確信」へと変わっていた。
そして、敵の本隊と後詰は、動いていない。前線の兵士たちが壁をこじ開けるのを、余裕綽々で見物している。
(今だ……)
アッシュは、静かに決断した。
彼の背後に控えていた一つの影が、音もなく動いた。銀色の髪を三つ編みにした獣人族の少女、リリアだった。彼女は、アッシュから与えられた二本のショートソードを腰に提げ、その大きな瞳で主の命令を待っていた。
「リリア」
アッシュは、戦場の喧騒にかき消されそうなほど小さな声で言った。
「聞こえるか。敵の本陣の、さらに後方。風に乗って、焼いた肉とパンの匂いがするはずだ」
リリアは目を閉じ、猫の耳をわずかに動かした。
「……はい、アッシュ様。とても、たくさん」
「そこが、敵の食料庫だ。兵站部隊がいる。警備は手薄だろう」
アッシュは、リリアの目を見据えた。
「お前の任務は、その食料を全て焼き払うことだ。兵士を殺す必要はない。抵抗する者は、動けなくするだけでいい。目的は、あくまでも兵站の破壊だ。できるか?」
「アッシュ様のために」
リリアの答えは、短く、そして絶対だった。彼女の感情には、任務への「緊張」と共に、主の期待に応えようとする強大な「忠誠心」が燃え盛っていた。
アッシュは、斥候として優れた腕を持つカイルを含む、五人の最も俊敏な若者を彼女につけた。
「行け。お前たちの働きが、この戦の流れを変える」
リリアたちは、誰にも気づかれることなく物見櫓を降りると、村の裏手から森の中へと姿を消した。彼女たちは、獣のように身を低くし、戦場の側面を大きく迂回して敵軍の背後を目指す。リリアの野生の勘が、敵の僅かな監視網の隙間を的確に見つけ出し、一行を安全に導いていった。
一時間後。リリアたちは、目的の場所にたどり着いた。
そこには、アッシュの予測通り、数十台の荷馬車が並び、大量の食料袋や酒樽が積まれていた。その周囲を守る兵士は、僅か二十名ほど。彼らは前線の喧騒を遠くに聞きながら、酒を飲み、談笑していた。完全に油断しきっている。
リリアは、仲間たちに合図を送った。
次の瞬間、六つの影が、音もなく闇から飛び出した。
「な、何だ!?」
見張りの兵士が気づいた時には、すでに手遅れだった。
リリアは、まるで風のように敵兵の間を駆け抜ける。彼女が振るう二本のショートソードは、殺意ではなく、正確無比な速度で敵の武器を持つ腕や、急所を外した足を切り裂いた。悲鳴を上げる暇もなく、兵士たちは次々と戦闘能力を奪われ、地面に崩れ落ちていく。
カイルたちも、訓練の成果を存分に発揮した。彼らは二人一組となり、一人が盾で攻撃を受け止め、もう一人が隙を突く。その連携は、油断していた敵兵を確実に無力化していった。
わずか数分。兵站部隊は、一人の死者を出すこともなく、完全に制圧された。
「火を」
リリアの短い命令で、カイルたちが荷馬車に松明を投げ込む。乾燥した荷台と、食料袋は、瞬く間に燃え上がった。炎は風を煽り、巨大な火柱となって夜空を焦がす。
後方の異常な火の手と煙に、ついに敵の本隊が気づいた。
「何事だ!後方が騒がしいぞ!」
「報告!兵站部隊が何者かに襲撃され、食料が!」
その報告は、最前線で戦況を見守っていたゲルハルトの耳にも届いた。
「なんだと!?」
彼の顔から、余裕の笑みが消えた。傲慢と油断は、一瞬にして焦りと怒りへと変わる。
「馬鹿な!どこから敵が回り込んだ!すぐに鎮圧に向かえ!」
だが、その命令は遅すぎた。リリアたちは、目的を達成すると、再び闇の中へと姿を消していた。後詰の部隊が駆けつけた時には、そこに燃え盛る荷馬車と、うめき声を上げる兵士たちの姿があるだけだった。
物見櫓の上。アッシュは、敵陣の後方で上がった巨大な火柱を、満足げに見つめていた。
「これで、蛇の腹は空になった」
飢えと寒さは、兵士の士気を最も効果的に削る毒だ。敵は、もはや短期決戦を挑むしかなくなった。そして、その焦りが、次なる隙を生む。
アッシュのチェス盤の上で、戦況は静かに、しかし確実に、彼が望む方向へと傾き始めていた。第一の策は、完璧に成功した。だが、彼の本当の狙いは、まだこの先にある。彼は、燃え盛る炎の向こうに、敵将ゲルハルトの歪むであろう顔を、冷ややかに思い描いていた。
「石を投げろ!熱湯を浴びせろ!」
胸壁の上から、ボルグが声を枯らして叫ぶ。領民たちは、ありったけの石や、大鍋で沸かした湯を、壁に取り付こうとする敵兵に浴びせかけた。悲鳴と怒号が入り乱れる。
サイモンは、壁の一部が破られそうになるたびに、精鋭を率いてその穴を塞いだ。彼の剣は血を吸い、鎧は返り血で赤黒く染まっている。だが、敵は波のように次から次へと押し寄せてきた。一人倒しても、その背後から二人が現れる。終わりが見えない消耗戦に、義勇兵たちの体力と精神は限界に近づいていた。
彼らの感情ウィンドウが、「疲労:80」「絶望:70」という危険な数値を示し始める。ガイウスの檄も、徐々にその効力を失いつつあった。このままでは、防衛線が崩壊するのは時間の問題だった。
物見櫓の頂上。アッシュは、その全てを冷静に見下ろしていた。味方の苦戦も、敵の猛攻も、全ては彼の計算の内だった。
敵の意識は、完全にこの一点、第二防衛線に集中している。敵将ゲルハルトは、力押しでこの貧相な壁を突破することしか頭にない。彼の「傲慢」は、戦況が優勢に進んでいることで、さらに強固な「確信」へと変わっていた。
そして、敵の本隊と後詰は、動いていない。前線の兵士たちが壁をこじ開けるのを、余裕綽々で見物している。
(今だ……)
アッシュは、静かに決断した。
彼の背後に控えていた一つの影が、音もなく動いた。銀色の髪を三つ編みにした獣人族の少女、リリアだった。彼女は、アッシュから与えられた二本のショートソードを腰に提げ、その大きな瞳で主の命令を待っていた。
「リリア」
アッシュは、戦場の喧騒にかき消されそうなほど小さな声で言った。
「聞こえるか。敵の本陣の、さらに後方。風に乗って、焼いた肉とパンの匂いがするはずだ」
リリアは目を閉じ、猫の耳をわずかに動かした。
「……はい、アッシュ様。とても、たくさん」
「そこが、敵の食料庫だ。兵站部隊がいる。警備は手薄だろう」
アッシュは、リリアの目を見据えた。
「お前の任務は、その食料を全て焼き払うことだ。兵士を殺す必要はない。抵抗する者は、動けなくするだけでいい。目的は、あくまでも兵站の破壊だ。できるか?」
「アッシュ様のために」
リリアの答えは、短く、そして絶対だった。彼女の感情には、任務への「緊張」と共に、主の期待に応えようとする強大な「忠誠心」が燃え盛っていた。
アッシュは、斥候として優れた腕を持つカイルを含む、五人の最も俊敏な若者を彼女につけた。
「行け。お前たちの働きが、この戦の流れを変える」
リリアたちは、誰にも気づかれることなく物見櫓を降りると、村の裏手から森の中へと姿を消した。彼女たちは、獣のように身を低くし、戦場の側面を大きく迂回して敵軍の背後を目指す。リリアの野生の勘が、敵の僅かな監視網の隙間を的確に見つけ出し、一行を安全に導いていった。
一時間後。リリアたちは、目的の場所にたどり着いた。
そこには、アッシュの予測通り、数十台の荷馬車が並び、大量の食料袋や酒樽が積まれていた。その周囲を守る兵士は、僅か二十名ほど。彼らは前線の喧騒を遠くに聞きながら、酒を飲み、談笑していた。完全に油断しきっている。
リリアは、仲間たちに合図を送った。
次の瞬間、六つの影が、音もなく闇から飛び出した。
「な、何だ!?」
見張りの兵士が気づいた時には、すでに手遅れだった。
リリアは、まるで風のように敵兵の間を駆け抜ける。彼女が振るう二本のショートソードは、殺意ではなく、正確無比な速度で敵の武器を持つ腕や、急所を外した足を切り裂いた。悲鳴を上げる暇もなく、兵士たちは次々と戦闘能力を奪われ、地面に崩れ落ちていく。
カイルたちも、訓練の成果を存分に発揮した。彼らは二人一組となり、一人が盾で攻撃を受け止め、もう一人が隙を突く。その連携は、油断していた敵兵を確実に無力化していった。
わずか数分。兵站部隊は、一人の死者を出すこともなく、完全に制圧された。
「火を」
リリアの短い命令で、カイルたちが荷馬車に松明を投げ込む。乾燥した荷台と、食料袋は、瞬く間に燃え上がった。炎は風を煽り、巨大な火柱となって夜空を焦がす。
後方の異常な火の手と煙に、ついに敵の本隊が気づいた。
「何事だ!後方が騒がしいぞ!」
「報告!兵站部隊が何者かに襲撃され、食料が!」
その報告は、最前線で戦況を見守っていたゲルハルトの耳にも届いた。
「なんだと!?」
彼の顔から、余裕の笑みが消えた。傲慢と油断は、一瞬にして焦りと怒りへと変わる。
「馬鹿な!どこから敵が回り込んだ!すぐに鎮圧に向かえ!」
だが、その命令は遅すぎた。リリアたちは、目的を達成すると、再び闇の中へと姿を消していた。後詰の部隊が駆けつけた時には、そこに燃え盛る荷馬車と、うめき声を上げる兵士たちの姿があるだけだった。
物見櫓の上。アッシュは、敵陣の後方で上がった巨大な火柱を、満足げに見つめていた。
「これで、蛇の腹は空になった」
飢えと寒さは、兵士の士気を最も効果的に削る毒だ。敵は、もはや短期決戦を挑むしかなくなった。そして、その焦りが、次なる隙を生む。
アッシュのチェス盤の上で、戦況は静かに、しかし確実に、彼が望む方向へと傾き始めていた。第一の策は、完璧に成功した。だが、彼の本当の狙いは、まだこの先にある。彼は、燃え盛る炎の向こうに、敵将ゲルハルトの歪むであろう顔を、冷ややかに思い描いていた。
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