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第七十四話:見えざる抵抗勢力
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アッシュが断行した帝国最大の手術は、その名の通り帝国全土に激しい痛みと混乱をもたらした。
税制改革は多くの貴族たちの財政を直撃した。これまで不当な免税特権に胡座をかいていた者たちは初めて公平な税の負担を強いられ、悲鳴を上げた。領地経営の才覚がない貴族たちは次々と没落していった。
軍制改革は軍内部に大きな波紋を広げた。家柄だけで地位を得ていた無能な指揮官たちが更迭され、代わりに実力はあるが平民出身であるために冷遇されてきた者たちが要職に抜擢された。軍の士気は全体として向上したが、既得権益を奪われた旧来の将軍たちはアッシュに対して深い恨みを抱いた。
貴族特権の制限は最も激しい反発を招いた。監察府による監査は多くの貴族たちの不正を白日の下に晒した。ある者は領地を取り上げられ、またある者は爵位を剥奪された。帝都の貴族社会は、アッシュへの「憎悪」と「恐怖」で満ち溢れていた。
「あの若造め! 我ら貴族を根絶やしにする気だ!」
「皇帝陛下はなぜあの悪魔を放置されるのだ!」
夜な夜な貴族たちの屋敷では、アッシュを呪う密談が交わされた。彼らは様々な形でアッシュの改革に抵抗しようと試みた。議会で法案の骨抜きを図り、アッシュに関する悪意に満ちた噂を流し、時には彼の命を狙って刺客を放つ者さえいた。
だが、それらの抵抗はことごとく失敗に終わった。
アッシュの情報網は彼らの企みを事前に察知し、その芽をことごとく摘み取っていった。アッシュの周りはガイウスとリリア、そしてサイモン率いる精鋭騎士たちによって鉄壁の守りが固められており、暗殺者の刃が届くことはなかった。
改革は痛みと反発を伴いながらも、着実に帝国を蝕む病巣を切り取り、国全体としては健全な方向へと向かっているように見えた。
だが、アッシュはその水面下で奇妙な違和感を感じ始めていた。
貴族たちの抵抗は激しい。だが、どこか統率が取れていない。個々の不満が散発的に噴出しているだけのように見える。
しかし、それとは別に帝国各地で起こっているいくつかの事件には、奇妙な共通点があった。
ヴァイスラントで開発が進んでいた鉄鉱山で、原因不明の落盤事故が起きた。幸い死者は出なかったが、採掘は一時中断を余儀なくされた。
帝都の食料を管理する大倉庫で不審火が発生した。火はすぐに消し止められたが、一歩間違えれば帝都は深刻な食糧危機に陥るところだった。
改革派の官僚たちが乗った馬車が崖道で襲撃された。護衛の活躍で難を逃れたが、その襲撃の手口はただの盗賊のそれとは思えないほど統制が取れていた。
これらの事件は一見すると何の関係もない、偶発的な事故や事件に見えた。
だが、アッシュのスキルはその事件現場の周辺で、共通の異質な感情の残滓を捉えていた。
それは「憎悪」や「怒り」といった分かりやすい負の感情ではなかった。
もっと冷たく、もっと計画的で、そして目的のためなら手段を選ばない非人間的な「悪意」。
そしてその悪意の持ち主たちは、まるで狂信者のように絶対的な「忠誠心」を何かに捧げているようだった。
「……おかしい」
宰相執務室で各地からの報告書を眺めながら、アッシュは呟いた。
「これらの妨害工作は、ただ俺の改革に反対する貴族たちの仕業ではない。その背後に、もっと大きな、そして見えない何かがいる」
貴族たちの抵抗は感情的で場当たり的だ。だが、各地で起きている破壊工作は冷徹で計算され尽くしている。まるで二つの異なる勢力が同時に動いているかのようだった。
「何か、お気づきに?」
傍らにいたセレスティアがアッシュの険しい表情に気づいて問いかけた。
「ああ」
アッシュは帝国の地図を広げ、事件が起きた場所に印をつけた。
「鉱山、食料庫、そして改革派の官僚。これらのターゲットは偶然にしては出来すぎている。まるで俺がやろうとしている改革の、最も重要な『心臓部』を的確に狙い撃ちしているようだ」
セレスティアもその指摘にハッとした。
「確かに……。これは帝国の内情に恐ろしく精通している者でなければ、不可能な犯行よ」
「そうだ。そして、その目的は単なる改革への反発ではない」
アッシュの赤い瞳が危険な光を宿した。
「帝国の混乱。それ自体が奴らの目的なのかもしれない。俺の改革は、その混乱を引き起こすための格好の引き金に過ぎないのだとすれば……」
その仮説はあまりにも恐ろしかった。
もしそうだとしたら。
アッシュが戦っている相手は腐敗した貴族たちなどという、分かりやすい敵ではない。
帝国の歴史のもっと深い闇に根を張り、この国が崩壊することを望んでいる正体不明の「見えざる敵」。
アッシュはこれまで感じたことのない、本当の脅威の気配を感じ取っていた。
それは彼がこれまで対峙してきたどんな敵よりも狡猾で、冷酷で、そして危険な相手だった。
「……面白い。ようやく骨のある敵が現れたか」
アッシュの口元に不敵な笑みが浮かんだ。
だが、その笑みの裏で彼の頭脳はこれまでにない速度で回転を始めていた。
見えない敵。その正体をどうやって暴き出すか。
彼の情報網も、今のところその影を捉えることができていない。
敵はアッシュが持つ最大の武器である「情報」の、さらに外側にいる。
アッシュの本当の戦いはこれから始まるのかもしれない。
帝国という巨大な船の船底深くで、静かに、そして着実に船体を蝕んでいく見えざる抵抗勢力との、孤独な戦いが。
税制改革は多くの貴族たちの財政を直撃した。これまで不当な免税特権に胡座をかいていた者たちは初めて公平な税の負担を強いられ、悲鳴を上げた。領地経営の才覚がない貴族たちは次々と没落していった。
軍制改革は軍内部に大きな波紋を広げた。家柄だけで地位を得ていた無能な指揮官たちが更迭され、代わりに実力はあるが平民出身であるために冷遇されてきた者たちが要職に抜擢された。軍の士気は全体として向上したが、既得権益を奪われた旧来の将軍たちはアッシュに対して深い恨みを抱いた。
貴族特権の制限は最も激しい反発を招いた。監察府による監査は多くの貴族たちの不正を白日の下に晒した。ある者は領地を取り上げられ、またある者は爵位を剥奪された。帝都の貴族社会は、アッシュへの「憎悪」と「恐怖」で満ち溢れていた。
「あの若造め! 我ら貴族を根絶やしにする気だ!」
「皇帝陛下はなぜあの悪魔を放置されるのだ!」
夜な夜な貴族たちの屋敷では、アッシュを呪う密談が交わされた。彼らは様々な形でアッシュの改革に抵抗しようと試みた。議会で法案の骨抜きを図り、アッシュに関する悪意に満ちた噂を流し、時には彼の命を狙って刺客を放つ者さえいた。
だが、それらの抵抗はことごとく失敗に終わった。
アッシュの情報網は彼らの企みを事前に察知し、その芽をことごとく摘み取っていった。アッシュの周りはガイウスとリリア、そしてサイモン率いる精鋭騎士たちによって鉄壁の守りが固められており、暗殺者の刃が届くことはなかった。
改革は痛みと反発を伴いながらも、着実に帝国を蝕む病巣を切り取り、国全体としては健全な方向へと向かっているように見えた。
だが、アッシュはその水面下で奇妙な違和感を感じ始めていた。
貴族たちの抵抗は激しい。だが、どこか統率が取れていない。個々の不満が散発的に噴出しているだけのように見える。
しかし、それとは別に帝国各地で起こっているいくつかの事件には、奇妙な共通点があった。
ヴァイスラントで開発が進んでいた鉄鉱山で、原因不明の落盤事故が起きた。幸い死者は出なかったが、採掘は一時中断を余儀なくされた。
帝都の食料を管理する大倉庫で不審火が発生した。火はすぐに消し止められたが、一歩間違えれば帝都は深刻な食糧危機に陥るところだった。
改革派の官僚たちが乗った馬車が崖道で襲撃された。護衛の活躍で難を逃れたが、その襲撃の手口はただの盗賊のそれとは思えないほど統制が取れていた。
これらの事件は一見すると何の関係もない、偶発的な事故や事件に見えた。
だが、アッシュのスキルはその事件現場の周辺で、共通の異質な感情の残滓を捉えていた。
それは「憎悪」や「怒り」といった分かりやすい負の感情ではなかった。
もっと冷たく、もっと計画的で、そして目的のためなら手段を選ばない非人間的な「悪意」。
そしてその悪意の持ち主たちは、まるで狂信者のように絶対的な「忠誠心」を何かに捧げているようだった。
「……おかしい」
宰相執務室で各地からの報告書を眺めながら、アッシュは呟いた。
「これらの妨害工作は、ただ俺の改革に反対する貴族たちの仕業ではない。その背後に、もっと大きな、そして見えない何かがいる」
貴族たちの抵抗は感情的で場当たり的だ。だが、各地で起きている破壊工作は冷徹で計算され尽くしている。まるで二つの異なる勢力が同時に動いているかのようだった。
「何か、お気づきに?」
傍らにいたセレスティアがアッシュの険しい表情に気づいて問いかけた。
「ああ」
アッシュは帝国の地図を広げ、事件が起きた場所に印をつけた。
「鉱山、食料庫、そして改革派の官僚。これらのターゲットは偶然にしては出来すぎている。まるで俺がやろうとしている改革の、最も重要な『心臓部』を的確に狙い撃ちしているようだ」
セレスティアもその指摘にハッとした。
「確かに……。これは帝国の内情に恐ろしく精通している者でなければ、不可能な犯行よ」
「そうだ。そして、その目的は単なる改革への反発ではない」
アッシュの赤い瞳が危険な光を宿した。
「帝国の混乱。それ自体が奴らの目的なのかもしれない。俺の改革は、その混乱を引き起こすための格好の引き金に過ぎないのだとすれば……」
その仮説はあまりにも恐ろしかった。
もしそうだとしたら。
アッシュが戦っている相手は腐敗した貴族たちなどという、分かりやすい敵ではない。
帝国の歴史のもっと深い闇に根を張り、この国が崩壊することを望んでいる正体不明の「見えざる敵」。
アッシュはこれまで感じたことのない、本当の脅威の気配を感じ取っていた。
それは彼がこれまで対峙してきたどんな敵よりも狡猾で、冷酷で、そして危険な相手だった。
「……面白い。ようやく骨のある敵が現れたか」
アッシュの口元に不敵な笑みが浮かんだ。
だが、その笑みの裏で彼の頭脳はこれまでにない速度で回転を始めていた。
見えない敵。その正体をどうやって暴き出すか。
彼の情報網も、今のところその影を捉えることができていない。
敵はアッシュが持つ最大の武器である「情報」の、さらに外側にいる。
アッシュの本当の戦いはこれから始まるのかもしれない。
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