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第15話:ビジネスパートナー誕生
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完璧な透明度を誇る窓ガラス。その衝撃から、エリアーナはしばらく立ち直ることができなかった。
彼女はアシュフォード子爵の案内で、領内を視察して回った。その一つ一つが、彼女の常識を破壊していくのに十分すぎた。
力強く回り、四つの石臼を同時に動かす巨大な水車。
厨房で生み出される、驚くべき洗浄力を持つ「セッケン」。
そして、食卓に並んだ、醤油と味噌で味付けされた、生まれて初めて体験する「うま味」の衝撃。
噂は、何一つ誇張ではなかった。むしろ、噂以上にこの領地は異常だった。
そして、その全ての中心にいるのが、目の前のリオという少年であるという事実を、彼女は認めざるを得なかった。
視察の最後、エリアーナはリオに二人きりで話がしたいと申し出た。
夕暮れの光が差し込む応接室。二人の間には、緊張した沈黙が流れていた。
先に口を開いたのは、エリアーナだった。
「……信じられないわ。あなた、一体何者なの?」
その声には、もはや貴族令嬢としての取り繕った響きはない。純粋な困惑と、畏怖が滲んでいた。
「ただの貧乏貴族の三男坊ですよ。少し、神様から変わった知恵を授かっただけの」
リオは、肩をすくめておどけたように答える。
その態度が、エリアーナの矜持に火をつけた。
「ふざけないで! あなたがやっていることは、神の啓示などという曖昧な言葉で説明できるレベルではないわ。これは、国の歴史を、いいえ、世界のあり方そのものを変えてしまうほどの……革命よ」
エリアーナは、リオが生み出した数々の産品が持つ、本当の価値を正確に見抜いていた。
「この石鹸は、疫病の発生率を劇的に下げるわ。醤油や味噌は、食文化を根底から変え、人々の栄養状態を改善する。水車は産業の生産性を何倍にも引き上げる。そして、このガラス……これ一つで、一つの国が買えるほどの富を生むでしょう」
彼女の言葉には、商家の娘としての鋭い分析力が光っていた。
「なのに! あなたのやり方は、あまりにも杜撰で、経営と呼べるレベルに達していないわ!」
エリアーナは、テーブルを叩かんばかりの勢いで続けた。
「これほどの宝の山を抱えながら、その価値を全く活かせていない! 石鹸は領民に配るだけ。醤油や味噌は自分たちで消費するだけ。ガラスに至っては、ただの窓にはめ込んで終わりですって? 宝の持ち腐れもいいところよ!」
彼女の指摘は、的確だった。俺は技術開発にばかり目が行き、それをどうやって「ビジネス」として成立させるかという視点が、完全に欠落していた。
「あなたは天才的な発明家かもしれない。でも、絶望的に経営の才能がないわ」
エリアーナは、勝ち誇ったように言った。自分がこの子供より優れている点を見つけ出し、少しだけ自尊心を取り戻したようだった。
だが、リオの反応は、彼女の予想とは全く違っていた。
「その通りだ」
リオは、あっさりと自分の非を認めた。そして、まるで待っていたとでも言うように、不敵な笑みを浮かべた。
「だから、あんたが必要なんだ。エリアーナ・フォン・ヴァイス」
「……え?」
今度は、エリアーナが虚を突かれる番だった。
「俺には、物を作る知識はある。だが、それをどうやって売り、どうやって利益を最大化し、どうやって商売として組み立てていくか。その知識も、才能も、残念ながら持ち合わせていない」
リオは立ち上がり、彼女の前に歩み寄った。
「だが、あんたにはそれがある。俺にはないものを持っている。貴族社会の力関係を知り、金の流れを読み、人を動かす交渉術も身につけているはずだ。そうだろ?」
エリアーナは、ゴクリと喉を鳴らした。この少年は、初めから全てを見抜いていたのだ。自分の能力を、そして自分の置かれている状況すらも。
「俺は、近々この領地の産品を扱うための商会を立ち上げようと思っている。名を、『アシュフォード商会』だ」
リオは、彼女の目をまっすぐに見つめて言った。
「エリアーナ。その商会の代表に、あんたがなってくれないか」
「わ、私が……代表ですって?」
「ああ。俺は裏で開発に専念する。あんたは表舞台に立ち、この商会を動かすんだ。あんたの手腕で、アシュフォードの産品を世界に広め、莫大な富を築いてほしい」
それは、あまりにも突飛で、破格の提案だった。伯爵令嬢に、辺境の商会の代表を任せるなど、前代未聞だ。
「なぜ……私をそこまで信頼するの?」
「言っただろう。あんたには才能がある。それに……」
リオは少しだけ優しい目をし、続けた。
「あんた、家の道具として生きるのが嫌なんだろ?」
その一言は、エリアーナの心の最も柔らかい部分を、鋭く突き刺した。
「家に決められた結婚相手と、望まぬ人生を送る。そんなのはごめんだ。そう思って、時間稼ぎのためにここへ来た。違うか?」
図星だった。涙が滲みそうになるのを、彼女は必死で堪えた。
「家の道具なんかじゃない。ヴァイス伯爵家の令嬢としてでもない。エリアーナ・フォン・ヴァイス、君自身の力で、未来を切り拓いてみないか?」
それは、悪魔の囁きのようであり、天使の福音のようでもあった。
決められたレールの上を歩く、安楽だが魂のない人生。
それとも、茨の道かもしれないが、自らの力で未来を掴み取る、自由な人生。
選ぶべき道は、初めから決まっていた。
エリアーナは、込み上げてくる感情を抑え、毅然として顔を上げた。その瞳には、もはや迷いの色はなかった。
「……面白いわ。いいでしょう。その話、乗ってあげる」
彼女は、挑戦的な笑みを浮かべた。
「ただし、言っておくけれど、私は厳しいわよ。あなたの生み出した可愛い子供たち(製品)を、徹底的に鍛え上げて、骨の髄まで利益を絞り出してあげるから。覚悟なさい」
「望むところだ」
リオもまた、満足げに笑った。
こうして、アシュフォード領に最強のタッグが誕生した。
天才的な発明家と、冷徹な経営者。
この二人の出会いが、辺境の小さな商会を、やがて世界経済を揺るがす巨大な怪物へと育て上げていくことになる。
政略結婚から逃れるための時間稼ぎの旅は、思いがけず、エリアーナ・フォン・ヴァイスという一人の女性が、自らの足で人生を歩み始める、記念すべき第一歩となったのだった。
彼女はアシュフォード子爵の案内で、領内を視察して回った。その一つ一つが、彼女の常識を破壊していくのに十分すぎた。
力強く回り、四つの石臼を同時に動かす巨大な水車。
厨房で生み出される、驚くべき洗浄力を持つ「セッケン」。
そして、食卓に並んだ、醤油と味噌で味付けされた、生まれて初めて体験する「うま味」の衝撃。
噂は、何一つ誇張ではなかった。むしろ、噂以上にこの領地は異常だった。
そして、その全ての中心にいるのが、目の前のリオという少年であるという事実を、彼女は認めざるを得なかった。
視察の最後、エリアーナはリオに二人きりで話がしたいと申し出た。
夕暮れの光が差し込む応接室。二人の間には、緊張した沈黙が流れていた。
先に口を開いたのは、エリアーナだった。
「……信じられないわ。あなた、一体何者なの?」
その声には、もはや貴族令嬢としての取り繕った響きはない。純粋な困惑と、畏怖が滲んでいた。
「ただの貧乏貴族の三男坊ですよ。少し、神様から変わった知恵を授かっただけの」
リオは、肩をすくめておどけたように答える。
その態度が、エリアーナの矜持に火をつけた。
「ふざけないで! あなたがやっていることは、神の啓示などという曖昧な言葉で説明できるレベルではないわ。これは、国の歴史を、いいえ、世界のあり方そのものを変えてしまうほどの……革命よ」
エリアーナは、リオが生み出した数々の産品が持つ、本当の価値を正確に見抜いていた。
「この石鹸は、疫病の発生率を劇的に下げるわ。醤油や味噌は、食文化を根底から変え、人々の栄養状態を改善する。水車は産業の生産性を何倍にも引き上げる。そして、このガラス……これ一つで、一つの国が買えるほどの富を生むでしょう」
彼女の言葉には、商家の娘としての鋭い分析力が光っていた。
「なのに! あなたのやり方は、あまりにも杜撰で、経営と呼べるレベルに達していないわ!」
エリアーナは、テーブルを叩かんばかりの勢いで続けた。
「これほどの宝の山を抱えながら、その価値を全く活かせていない! 石鹸は領民に配るだけ。醤油や味噌は自分たちで消費するだけ。ガラスに至っては、ただの窓にはめ込んで終わりですって? 宝の持ち腐れもいいところよ!」
彼女の指摘は、的確だった。俺は技術開発にばかり目が行き、それをどうやって「ビジネス」として成立させるかという視点が、完全に欠落していた。
「あなたは天才的な発明家かもしれない。でも、絶望的に経営の才能がないわ」
エリアーナは、勝ち誇ったように言った。自分がこの子供より優れている点を見つけ出し、少しだけ自尊心を取り戻したようだった。
だが、リオの反応は、彼女の予想とは全く違っていた。
「その通りだ」
リオは、あっさりと自分の非を認めた。そして、まるで待っていたとでも言うように、不敵な笑みを浮かべた。
「だから、あんたが必要なんだ。エリアーナ・フォン・ヴァイス」
「……え?」
今度は、エリアーナが虚を突かれる番だった。
「俺には、物を作る知識はある。だが、それをどうやって売り、どうやって利益を最大化し、どうやって商売として組み立てていくか。その知識も、才能も、残念ながら持ち合わせていない」
リオは立ち上がり、彼女の前に歩み寄った。
「だが、あんたにはそれがある。俺にはないものを持っている。貴族社会の力関係を知り、金の流れを読み、人を動かす交渉術も身につけているはずだ。そうだろ?」
エリアーナは、ゴクリと喉を鳴らした。この少年は、初めから全てを見抜いていたのだ。自分の能力を、そして自分の置かれている状況すらも。
「俺は、近々この領地の産品を扱うための商会を立ち上げようと思っている。名を、『アシュフォード商会』だ」
リオは、彼女の目をまっすぐに見つめて言った。
「エリアーナ。その商会の代表に、あんたがなってくれないか」
「わ、私が……代表ですって?」
「ああ。俺は裏で開発に専念する。あんたは表舞台に立ち、この商会を動かすんだ。あんたの手腕で、アシュフォードの産品を世界に広め、莫大な富を築いてほしい」
それは、あまりにも突飛で、破格の提案だった。伯爵令嬢に、辺境の商会の代表を任せるなど、前代未聞だ。
「なぜ……私をそこまで信頼するの?」
「言っただろう。あんたには才能がある。それに……」
リオは少しだけ優しい目をし、続けた。
「あんた、家の道具として生きるのが嫌なんだろ?」
その一言は、エリアーナの心の最も柔らかい部分を、鋭く突き刺した。
「家に決められた結婚相手と、望まぬ人生を送る。そんなのはごめんだ。そう思って、時間稼ぎのためにここへ来た。違うか?」
図星だった。涙が滲みそうになるのを、彼女は必死で堪えた。
「家の道具なんかじゃない。ヴァイス伯爵家の令嬢としてでもない。エリアーナ・フォン・ヴァイス、君自身の力で、未来を切り拓いてみないか?」
それは、悪魔の囁きのようであり、天使の福音のようでもあった。
決められたレールの上を歩く、安楽だが魂のない人生。
それとも、茨の道かもしれないが、自らの力で未来を掴み取る、自由な人生。
選ぶべき道は、初めから決まっていた。
エリアーナは、込み上げてくる感情を抑え、毅然として顔を上げた。その瞳には、もはや迷いの色はなかった。
「……面白いわ。いいでしょう。その話、乗ってあげる」
彼女は、挑戦的な笑みを浮かべた。
「ただし、言っておくけれど、私は厳しいわよ。あなたの生み出した可愛い子供たち(製品)を、徹底的に鍛え上げて、骨の髄まで利益を絞り出してあげるから。覚悟なさい」
「望むところだ」
リオもまた、満足げに笑った。
こうして、アシュフォード領に最強のタッグが誕生した。
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この二人の出会いが、辺境の小さな商会を、やがて世界経済を揺るがす巨大な怪物へと育て上げていくことになる。
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