異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第14話:招かれざる令嬢

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アシュフォード領で生まれた数々の奇跡は、噂となって風のように広がっていった。
初めは、近隣の村々の間で囁かれる小さな噂だった。
「アシュフォードの領地へ行けば、腹一杯食えるらしい」
「病が治る魔法の石があるそうだ」
その噂は行商人たちの口を介して、さらに大きな街へと運ばれていく。噂は尾ひれがつき、次第に具体的な形を取り始めた。
「アシュフォードには『セッケン』という汚れを落とす魔法の石がある。その洗浄力は驚くべきもので、疫病を遠ざける力があるという」
「『ショーユ』とかいう黒いソースがあってな。それを一滴垂らすだけで、どんな肉も極上の味に変わるそうだ」
そして、極めつけはガラスの噂だった。
「アシュフォードでは、砂から宝石を作っているらしい。向こう側が完全に透けて見える、奇跡の板だとか」
そんな馬鹿げた話があるものか。ほとんどの者は、噂を一笑に付した。
だが、賢明な商人や好奇心旺盛な者たちは、その噂の出所に確かな熱気を感じ取っていた。アシュフォード領から帰ってきた者たちの目が、皆一様に興奮で輝いていたからだ。
真偽を確かめるため、あるいは新たな商機を掴むため、アシュフォード領を目指す人々の流れは、日増しに太くなっていった。かつては地図の隅に追いやられた寂れた辺境は、今や大陸で最も熱い視線が注がれる場所の一つとなりつつあった。
その噂は、遠く王都にまで届いていた。
そして、一人の令嬢の運命を、大きく動かすことになろうとは、まだ誰も知らなかった。

王都ヴァイス伯爵邸。エリアーナ・フォン・ヴァイスは、自室の窓から華やかな王都の街並みを、冷めた目で見下ろしていた。
彼女はその美貌と、歳に似合わぬ怜悧な頭脳で、王都の社交界でも一目置かれる存在だった。だが、彼女の心は常に凍てついた湖のように静かで、冷え切っていた。
父であるヴァイス伯爵にとって、彼女は家の価値を高めるための道具でしかなかった。美貌は、より高い地位の男を釣るための餌。知性は、家の財産を管理させるための便利な機能。彼女自身の意思や未来など、そこには一片たりとも存在しなかった。
そして今、その道具としての価値を最大限に発揮する時が来ていた。
「エリアーナ、良い知らせだ。お前と、マリウス公爵家の嫡男との縁談がまとまったぞ」
父の言葉は、エリアーナにとって死刑宣告に等しかった。
マリウス公爵家といえば、王国内でも指折りの権勢を誇る大貴族だ。だが、その嫡男が色欲に溺れた無能な男であることは、王都では有名な話だった。そんな男に嫁ぐなど、考えるだけで吐き気がする。
彼女は必死に抵抗したが、父は聞く耳を持たなかった。
「家のための決定だ。お前に拒否権はない」
絶望的な状況。だが、エリアーナはただ泣き寝入りするような女ではなかった。彼女は自らの頭脳を武器に、反撃の機会を窺っていた。
そんな時、彼女の耳にアシュフォード領の奇妙な噂が届いたのだ。
魔法の石。黒いソース。透き通る板。
にわかには信じがたい話だった。だが、もしそれが事実なら。あるいは、事実でなくとも、そこには何かがあるはずだ。
彼女は、これを現状を打破するための口実に利用しようと考えた。
エリアーナは父の元へ赴き、こう進言した。
「お父様。結婚の前に、私に一つお役目を与えてください。最近、噂になっている辺境のアシュフォード領。その実態を、この目で確かめて参りたいのです。もしあの噂が真実で、新たな利権が眠っているのなら、それはヴァイス家にとっても大きな利益となるはずです」
辺境視察。それは、結婚までの時間を稼ぐための、苦肉の策だった。
父は娘の提案に一瞬訝しげな顔をしたが、利権という言葉に目がくらんだのだろう。あっさりと許可を出した。
こうしてエリアーナは、数人の供回りと立派な馬車を与えられ、王都を発った。
彼女の心は、辺境への期待など微塵もなかった。
(辺境の貧乏子爵など、どうせ野蛮で垢抜けない田舎者でしょう。噂も、どうせ大げさなものに決まっているわ)
視察はただの建前。その間に、この結婚から逃れるための別の策を練る。彼女の頭の中は、そのことで一杯だった。

数週間の旅の末、エリアーナの馬車はついにアシュフォード領の入り口にたどり着いた。
彼女は馬車の窓から、うんざりした気分で外を眺めた。これから始まる退屈な田舎芝居を想像し、ため息をつく。
だが、その目に映った光景に、彼女はわずかに眉をひそめた。
想像していたような、寂れた寒村の姿はどこにもなかった。
道は綺麗に整備され、両脇の畑は豊かに実っている。道を行き交う人々は、粗末な身なりではあるが、その顔には活気があった。遠くに見える川沿いには、巨大な水車が力強く水をかき分け、ゴウンゴウンと低い音を響かせている。
(……見かけだけは、少しマシなようね)
エリアーナは、自尊心が傷つけられるのを防ぐように、心の中で呟いた。
やがて、馬車は領主の屋敷に到着した。
建物自体は古く、王都の貴族の屋敷と比べれば、別荘ほどの規模しかない。だが、隅々まで手入れが行き届いており、清潔な印象を受けた。
出迎えたのは、当主であるアルフォンス子爵と、その息子だという少年だった。
「ようこそお越しくださいました、エリアーナ様。私が当主のアルフォンス・アシュフォードです。そして、こちらが三男のリオです」
エリアーナは、リオと名乗った少年を見て、内心でさらに侮りを深くした。年は十歳そこそこだろうか。プラチナブロンドの髪と青い瞳を持つ、人形のように整った顔立ちの子供。こんな子供が、領地改革の中心人物だというのか。
(やはり、噂は全くのでたらめだったようね)
彼女は貴族令嬢としての完璧な笑みを浮かべ、挨拶を返した。
「ご丁寧な出迎え、感謝いたします。ヴァイス伯爵家が娘、エリアーナと申します」
屋敷の中に通され、応接室へと案内される。
そして、その部屋に足を踏み入れた瞬間。
エリアーナは、呼吸を忘れた。
彼女の視線は、部屋の壁に備え付けられた大きな窓に釘付けになっていた。
窓。
だが、それは彼女が知る窓ではなかった。粗末な木の板をはめ込んだものでも、分厚く歪んだガラスもどきが嵌められたものでもない。
そこには、まるで何も存在しないかのように、完璧に「透明なガラス」がはめ込まれていた。
ガラスの向こうには、屋敷の庭の風景が、一切の歪みなく、鮮明に見えている。窓から差し込む陽光は、部屋の床に、くっきりとした光の四角形を描き出していた。
嘘だ。
ありえない。
王都の王城でさえ、これほど完璧なガラスは存在しない。あれは国家の至宝として、厳重に管理されているはずの代物。それがなぜ、こんな辺境の、貧乏子爵の屋敷に、当たり前のように使われているというのか。
彼女の常識が、価値観が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
震える視線を、目の前の少年に戻す。
少年は、ただ静かに、全てを見通すような澄んだ青い瞳で、こちらを見ていた。
この子供は、一体何者だ。
この領地で、一体何が起きているというの。
エリアーナは、自分がとんでもない場所に来てしまったことを、ようやく悟った。
辺境視察は、退屈な時間稼ぎなどではなかった。それは、彼女の人生を根底から揺るがす、運命の始まりだったのだ。
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