異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第44話:氷の官僚、クラウス・フォン・ゲルラッハ

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マリウス公爵との決裂は、すぐに目に見える形で俺たちに降りかかってきた。
アシュフォード商会が取引をしようとしていた王都の商人たちが、次々と理由をつけて契約を断ってくるようになったのだ。公爵からの、無言の圧力がかかっているのは明らかだった。
「予想以上に、手が早いわね」
エリアーナは、帳簿を眺めながら忌々しげに呟いた。彼女の情報網によれば、公爵は商業ギルドの幹部たちを抱き込み、アシュフォード商会を孤立させるための包囲網を、着々と築き上げているという。
王都での商業活動は、開始早々、暗礁に乗り上げてしまった。
だが、敵はマリウス公爵だけではなかった。
公爵との茶会の数日後、今度は国王陛下からの使いが、俺たちの屋敷を訪れた。
やってきたのは、近衛騎士でも、尊大な文官でもない。一人の、年の頃は二十代半ばほどの、精悍な顔つきの青年だった。
彼は、仕立ての良い官僚服を着こなし、銀縁の眼鏡の奥で、氷のように冷たい知的な瞳を光らせていた。その立ち居振る舞いには、一切の無駄がなく、まるで精密機械のようだった。
「はじめまして、リオ・アシュフォード殿。私は、国王陛下に側近くお仕えしております、クラウス・フォン・ゲルラッハと申します」
彼は、完璧な礼儀作法で一礼した。だが、その声には、人間的な温かみが一切感じられなかった。
クラウス・フォン・ゲルラッハ。
エリアーナが事前に集めた情報によれば、彼は平民出身でありながら、その類いまれなる才能一つで、異例の速さで出世を遂げた、国王派の若きエリート官僚。国王の進める富国強兵政策の、実質的な立案者とも言われている男だ。
「国王陛下より、あなたと個人的に話すよう、命を受けて参りました」
彼が俺たちを訪れた目的は、言うまでもないだろう。マリウス公爵が俺たちを派閥に引き入れようとしたように、彼もまた、国王派の駒として俺たちを取り込みに来たのだ。

応接室で、俺とエリアーナは、この氷のような官僚と向き合っていた。
クラウスは、社交辞令的な挨拶もそこそこに、単刀直入に本題を切り出した。
「リオ殿。あなたの生み出した技術の数々、そしてグライフ軍との戦いにおける戦術。その報告書を、全て拝見させていただきました。率直に申し上げて、驚嘆の一言です」
彼は、感情のこもらない平坦な口調で続ける。
「あなたの知識と技術は、この王国を、そして大陸全体のパワーバランスさえも変えうる、計り知れない価値を持っています」
「……買いかぶりですよ」
「いいえ。これは、客観的な事実に基づいた分析結果です」
クラウスは、眼鏡の位置を指でくいと押し上げた。
「そして、その価値ある技術が、マリウス公爵のような、旧態依然とした考えを持つ者たちの手に渡ることは、国家にとって大きな損失となる。我々はそう判断しています」
彼の言葉は、まるで俺たちの味方であるかのように聞こえる。だが、俺はその言葉の裏にある、冷徹な計算を読み取っていた。
「そこで、ご提案があります」
クラウスは、少しだけ身を乗り出した。
「我々、国王派は、あなた方の活動を全面的に支援することをお約束します。マリウス公爵からの圧力も、我々が排除しましょう。商業活動の自由も保証します。その代わり」
彼は、そこで一度言葉を切った。その氷のような瞳が、俺をまっすぐに射抜く。
「あなたの持つ技術の全てを、国家のために提供していただきたい」
国家のために。
聞こえはいい。だが、それはつまり、俺たちの技術を、国王派という一つの派閥の独占物にするということだ。マリウス公爵の提案と、本質的には何も変わらない。
俺が黙っていると、エリアーナが鋭く切り込んだ。
「ゲルラッハ様。あなたのおっしゃる『国家』とは、具体的に誰を指すのでしょうか。国王陛下ですか? それとも、国王派の皆様のことですかな?」
彼女の挑発的な問いに、クラウスは表情一つ変えずに答えた。
「もちろん、国王陛下に忠誠を誓う、この国全ての民を指します。我々国王派の目的は、一部の貴族の利益ではなく、国全体の利益を最大化することにあります。その点において、あなた方の掲げる理想と、我々の目指す道は、一致しているはずです」
完璧な、論理武装だった。反論の隙を与えない、理詰めの交渉術。
だが、俺には分かっていた。
この男の目には、俺やエリアーナの姿は映っていない。彼の目に見えているのは、ただ「国益のための有用な道具」としての、俺たちの価値だけだ。
彼は、俺たち個人の意思や理想など、全く尊重していない。国益という大義名分のもと、俺たちを都合よく利用しようとしているに過ぎない。
冷徹な、マキャベリスト。それが、クラウス・フォン・ゲルラッハという男の本質だった。
俺は、静かに口を開いた。
「ゲルラッハ様。あなたのお申し出は、大変魅力的です。ですが、我々は、やはりどの派閥にも与するつもりはありません」
マリウス公爵に告げたのと同じ、拒絶の言葉。
クラウスの眉が、わずかにピクリと動いた。初めて、彼の無表情な仮面に、小さな亀裂が入った。
「……理由をお聞かせ願えますか。我々と手を組むことが、あなた方にとって最も合理的な選択であるはずです」
「合理的かどうかは、俺が決めることです」
俺は、彼の目をまっすぐに見つめ返した。
「俺たちは、俺たちの信じるやり方で、この国の役に立ちたいと考えています。それは、誰かの駒になることではない。アシュフォードは、アシュフォードとして、独立した存在であり続けたいのです」
俺の言葉に、クラウスはしばらく黙り込んだ。彼は、銀縁の眼鏡の奥で、高速で思考を巡らせているようだった。俺という道具が、彼の計算通りに動かないという、予期せぬ事態に直面しているのだ。
やがて、彼は静かに立ち上がった。
「……なるほど。あなたの考えは、理解いたしました。今日のところは、これで失礼しましょう」
彼の態度は、マリウス公爵のように怒りを露わにするものではなかった。だが、その声は、先程よりもさらに温度を失い、絶対零度の冷たさを帯びていた。
「しかし、リオ殿。一つだけ、覚えておいていただきたい」
彼は、部屋を出る間際に、振り返って言った。
「この世界は、理想だけでは動きません。そして、国家という巨大な歯車に、中立という立場は存在しない。あなたがどちらの側にもつかないというのなら、あなたは、いずれ全ての側から敵と見なされることになるでしょう。その時、あなたが今日下した決断を、後悔しないことを祈っております」
それは、静かだが、マリウス公爵の脅迫よりも、ずっと重く、そして恐ろしい警告だった。
クラウス・フォン・ゲルラッハが去った後、応接室には、鉛のような空気が残された。
「……また、とんでもない相手に目をつけられてしまったわね」
エリアーナが、疲れたように呟いた。
「ああ。マリウス公爵は、分かりやすい敵だ。だが、あの男は違う。彼は、国益という大義名分のもと、俺たちをどこまでも冷静に、そして合理的に追い詰めてくるだろうな」
保守派と、革新派。王都の二大派閥、その両方から、俺たちは明確に敵視されることになった。
まさに、四面楚歌。
俺たちが選んだ『独立』という道は、想像以上に険しく、そして孤独な道になりそうだった。
だが、俺の心は、不思議と燃えていた。
上等じゃないか。
古い権力も、新しい合理主義も、まとめて相手にしてやる。
俺たちのやり方が、正しいのだということを、この手で証明してみせる。
そのためには、もっと力が必要だ。誰にも文句を言わせない、圧倒的な『結果』という名の力が。
俺は、静かに拳を握りしめた。
王都での戦いは、まだ始まったばかりだ。
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