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第45話:情報こそが武器
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マリウス公爵とクラウス・フォン・ゲルラッハ。保守派と革新派、王都の二大巨頭の両方から敵と見なされた俺たちは、完全に孤立無援の状態に陥った。
アシュフォード商会の商業活動は、公爵の妨害によって停滞したままだ。国王派も、俺たちが協力を拒否した以上、助け舟を出してくれるはずもない。
このままでは、ジリ貧になるだけだ。
「……まるで、見えない壁に囲まれているようだわ。何をしようとしても、どこかで必ず妨害が入る」
エリアーナは、連日のように届く悪い報告に、さすがに疲労の色を隠せないでいた。
俺は、そんな彼女を見て、一つの決断を下した。
「エリアーナ、守ってばかりでは勝てない。こちらからも、打って出るぞ」
「打って出るですって? どうやって? 私たちには、彼らに対抗できるような政治的な力はないのよ」
「政治力がないなら、別の武器で戦うまでだ」
俺は、テーブルの上に一枚の羊皮紙を広げた。そこには、王都の地図と、複雑に絡み合った組織図のようなものが描かれている。
「俺たちの武器は、これだ。情報だよ」
エリアーナは、訝しげにその図を覗き込んだ。
「これは……?」
「王都に、俺たち独自の情報収集網を構築する。マリウス公爵の金の流れ、国王派の次の政策、商業ギルドの内部対立、貴族たちのスキャンダル。金の流れと人の動き、その全てを把握し、分析するんだ。そうすれば、見えない壁の、どこに亀裂があるかが見えてくるはずだ」
敵が見えないのなら、見えるようにすればいい。暗闇の中で戦うのではなく、こちらから光を当てて、敵の姿を白日の下に晒すのだ。
「でも、そんなこと、どうやって……」
「金と、人を使うのさ」
俺は、エリアーナが驚くほどの額が書かれた金の延べ棒の絵を、羊皮紙に描いた。
「商会がこれまで蓄えてきた利益の、かなりの部分をこの情報収集に投資する。金に困っている下級貴族、野心のある平民の役人、口の軽い酒場の主人、ゴシップ好きの貴婦人の侍女。金で情報を買うことに、何の抵抗もない連中は、この王都にごまんといるはずだ」
それは、貴族的なやり方とは程遠い、泥臭く、そして金のかかるやり方だった。
だが、エリアーナは、俺のその計画の意図と、恐るべき有効性を即座に理解した。彼女の目に、再び鋭い光が戻ってきた。
「……面白いわ。まるで蜘蛛の巣を張り巡らせるように、王都中に私たちの目と耳を配置するのね」
「その通り。そして、その蜘蛛の巣の中心に立つのが、あんただ」
俺の言葉に、エリアーナは不敵に微笑んだ。
「最高の仕事じゃない。私の性に、一番合っているわ」
こうして、俺たちの反撃作戦が、水面下で静かに始動した。
計画の拠点として、俺たちはアシュフォード商会の名を隠し、王都の商業地区に小さな事務所を借りた。表向きは、辺境の特産品を扱う、ごくありふれた小さな貿易商だ。
エリアーナは、まるで水を得た魚のように、その能力を遺憾なく発揮した。
彼女はまず、王都の裏社会にも顔が利くという、腕利きの情報屋を数人、金で雇い入れた。そして、彼らを通じて、様々な階層の人間に接触し、情報の対価として金を支払うというネットワークを、驚くべき速さで構築していった。
事務所の奥の部屋には、王都の巨大な地図が張り出され、毎日新しい情報が書き込まれていく。
『マリウス公爵、南方の穀物商と密会。目的は、穀物の買い占めによる市場価格の操作か?』
『国王派、新たな税制改革を計画中。中小の商人ギルドから、強い反発の可能性あり』
『近衛騎士団の副団長、賭博で多額の借金。金の出所は不明』
集まってくる情報は、断片的で、どれも些細なものに見えた。
だが、エリアーナは、それらの無数の点と点を、天才的な分析力で線として結びつけていく。
「面白いわ、リオ。見て。マリウス公爵の穀物買い占めは、来たる食糧不足を演出し、国王派の失政だと民衆に思わせるための布石ね。そして、その裏で資金を提供しているのは、公爵と癒着している、あの商業ギルドのトップでしょう」
「騎士団の副団長の借金は? 何か関係があるのか?」
「ええ。彼の借金の肩代わりをしているのは、公爵の息のかかった金貸しよ。おそらく、騎士団内部の情報を、公爵に横流ししているわね。彼はいざという時、公爵のために騎士団を裏切る可能性があるわ」
彼女の頭の中では、王都という複雑な盤面で、どの駒がどう動き、次に何が起きるかが、手に取るように見えているようだった。
俺は、その様子を感嘆の思いで見つめていた。
俺の役割は、彼女が集めた情報の中から、技術的な視点で重要と思われるものをピックアップし、次の開発のヒントにすることだった。
例えば、鉱山の産出量が落ちているという情報があれば、それは新しい採掘技術や、動力源の需要が高まっていることを意味する。
特定の病が流行の兆しを見せているなら、それは新しい薬や、衛生環境の改善が求められているということだ。
俺たちが張り巡らせた蜘蛛の巣は、敵の動きを探るためのレーダーであると同時に、この王都が、そしてこの国が、次に何を求めているかを教えてくれる、未来予測の羅針盤にもなっていた。
情報収集の拠点を設立してから、一月が過ぎた頃。
エリアーナが、興奮した様子で俺の元へやってきた。
「リオ、見て。とんでもない情報が舞い込んできたわ」
彼女が差し出した報告書には、こう記されていた。
『王立アカデミーの地下書庫に、古代文明の遺物とされる、魔法に関する極秘の古文書が、多数保管されている。しかし、その多くは古代語で書かれているため、解読はほとんど進んでいない』
魔法に関する、古文書。
その言葉に、俺の全身に電流が走った。
シルフィとの実験で、俺は魔法が科学的に解明できる現象であることを確信していた。だが、その知識はあまりにも断片的で、体系的な理解には至っていない。
もし、その古文書を解読できれば。
魔法という未知の技術体系を、一気に飛躍させることができるかもしれない。
それは、マリウス公爵の妨害や、国王派の圧力など、全てを吹き飛ばしてしまうほどの、圧倒的なゲームチェンジャーとなりうる力だ。
「エリアーナ、この情報は確かなのか?」
「ええ。アカデミーの若い書記官を、金で買収したわ。間違いない」
俺の心は、決まった。
「行くぞ、エリアーナ。次の目標は、王立アカデミーだ」
俺は、開発室の奥で、俺が作った魔力測定器を不思議そうに眺めているシルフィの姿を思い浮かべた。
彼女という最高の才能と、古文書という失われた知識。
その二つが出会う時、この世界に、本当の「魔導科学」が産声を上げることになるだろう。
俺たちの反撃は、ここから始まる。
情報という武器を手に入れた俺たちは、もはやただの孤立した勢力ではない。
未来を、誰よりも早く、そして正確に読み解く、静かなる革命家なのだ。
アシュフォード商会の商業活動は、公爵の妨害によって停滞したままだ。国王派も、俺たちが協力を拒否した以上、助け舟を出してくれるはずもない。
このままでは、ジリ貧になるだけだ。
「……まるで、見えない壁に囲まれているようだわ。何をしようとしても、どこかで必ず妨害が入る」
エリアーナは、連日のように届く悪い報告に、さすがに疲労の色を隠せないでいた。
俺は、そんな彼女を見て、一つの決断を下した。
「エリアーナ、守ってばかりでは勝てない。こちらからも、打って出るぞ」
「打って出るですって? どうやって? 私たちには、彼らに対抗できるような政治的な力はないのよ」
「政治力がないなら、別の武器で戦うまでだ」
俺は、テーブルの上に一枚の羊皮紙を広げた。そこには、王都の地図と、複雑に絡み合った組織図のようなものが描かれている。
「俺たちの武器は、これだ。情報だよ」
エリアーナは、訝しげにその図を覗き込んだ。
「これは……?」
「王都に、俺たち独自の情報収集網を構築する。マリウス公爵の金の流れ、国王派の次の政策、商業ギルドの内部対立、貴族たちのスキャンダル。金の流れと人の動き、その全てを把握し、分析するんだ。そうすれば、見えない壁の、どこに亀裂があるかが見えてくるはずだ」
敵が見えないのなら、見えるようにすればいい。暗闇の中で戦うのではなく、こちらから光を当てて、敵の姿を白日の下に晒すのだ。
「でも、そんなこと、どうやって……」
「金と、人を使うのさ」
俺は、エリアーナが驚くほどの額が書かれた金の延べ棒の絵を、羊皮紙に描いた。
「商会がこれまで蓄えてきた利益の、かなりの部分をこの情報収集に投資する。金に困っている下級貴族、野心のある平民の役人、口の軽い酒場の主人、ゴシップ好きの貴婦人の侍女。金で情報を買うことに、何の抵抗もない連中は、この王都にごまんといるはずだ」
それは、貴族的なやり方とは程遠い、泥臭く、そして金のかかるやり方だった。
だが、エリアーナは、俺のその計画の意図と、恐るべき有効性を即座に理解した。彼女の目に、再び鋭い光が戻ってきた。
「……面白いわ。まるで蜘蛛の巣を張り巡らせるように、王都中に私たちの目と耳を配置するのね」
「その通り。そして、その蜘蛛の巣の中心に立つのが、あんただ」
俺の言葉に、エリアーナは不敵に微笑んだ。
「最高の仕事じゃない。私の性に、一番合っているわ」
こうして、俺たちの反撃作戦が、水面下で静かに始動した。
計画の拠点として、俺たちはアシュフォード商会の名を隠し、王都の商業地区に小さな事務所を借りた。表向きは、辺境の特産品を扱う、ごくありふれた小さな貿易商だ。
エリアーナは、まるで水を得た魚のように、その能力を遺憾なく発揮した。
彼女はまず、王都の裏社会にも顔が利くという、腕利きの情報屋を数人、金で雇い入れた。そして、彼らを通じて、様々な階層の人間に接触し、情報の対価として金を支払うというネットワークを、驚くべき速さで構築していった。
事務所の奥の部屋には、王都の巨大な地図が張り出され、毎日新しい情報が書き込まれていく。
『マリウス公爵、南方の穀物商と密会。目的は、穀物の買い占めによる市場価格の操作か?』
『国王派、新たな税制改革を計画中。中小の商人ギルドから、強い反発の可能性あり』
『近衛騎士団の副団長、賭博で多額の借金。金の出所は不明』
集まってくる情報は、断片的で、どれも些細なものに見えた。
だが、エリアーナは、それらの無数の点と点を、天才的な分析力で線として結びつけていく。
「面白いわ、リオ。見て。マリウス公爵の穀物買い占めは、来たる食糧不足を演出し、国王派の失政だと民衆に思わせるための布石ね。そして、その裏で資金を提供しているのは、公爵と癒着している、あの商業ギルドのトップでしょう」
「騎士団の副団長の借金は? 何か関係があるのか?」
「ええ。彼の借金の肩代わりをしているのは、公爵の息のかかった金貸しよ。おそらく、騎士団内部の情報を、公爵に横流ししているわね。彼はいざという時、公爵のために騎士団を裏切る可能性があるわ」
彼女の頭の中では、王都という複雑な盤面で、どの駒がどう動き、次に何が起きるかが、手に取るように見えているようだった。
俺は、その様子を感嘆の思いで見つめていた。
俺の役割は、彼女が集めた情報の中から、技術的な視点で重要と思われるものをピックアップし、次の開発のヒントにすることだった。
例えば、鉱山の産出量が落ちているという情報があれば、それは新しい採掘技術や、動力源の需要が高まっていることを意味する。
特定の病が流行の兆しを見せているなら、それは新しい薬や、衛生環境の改善が求められているということだ。
俺たちが張り巡らせた蜘蛛の巣は、敵の動きを探るためのレーダーであると同時に、この王都が、そしてこの国が、次に何を求めているかを教えてくれる、未来予測の羅針盤にもなっていた。
情報収集の拠点を設立してから、一月が過ぎた頃。
エリアーナが、興奮した様子で俺の元へやってきた。
「リオ、見て。とんでもない情報が舞い込んできたわ」
彼女が差し出した報告書には、こう記されていた。
『王立アカデミーの地下書庫に、古代文明の遺物とされる、魔法に関する極秘の古文書が、多数保管されている。しかし、その多くは古代語で書かれているため、解読はほとんど進んでいない』
魔法に関する、古文書。
その言葉に、俺の全身に電流が走った。
シルフィとの実験で、俺は魔法が科学的に解明できる現象であることを確信していた。だが、その知識はあまりにも断片的で、体系的な理解には至っていない。
もし、その古文書を解読できれば。
魔法という未知の技術体系を、一気に飛躍させることができるかもしれない。
それは、マリウス公爵の妨害や、国王派の圧力など、全てを吹き飛ばしてしまうほどの、圧倒的なゲームチェンジャーとなりうる力だ。
「エリアーナ、この情報は確かなのか?」
「ええ。アカデミーの若い書記官を、金で買収したわ。間違いない」
俺の心は、決まった。
「行くぞ、エリアーナ。次の目標は、王立アカデミーだ」
俺は、開発室の奥で、俺が作った魔力測定器を不思議そうに眺めているシルフィの姿を思い浮かべた。
彼女という最高の才能と、古文書という失われた知識。
その二つが出会う時、この世界に、本当の「魔導科学」が産声を上げることになるだろう。
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