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第46話:『魔導科学』の提唱
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王立アカデミー。それは、この国の知の最高学府だった。
歴史、法律、天文学、そして錬金術。あらゆる学問が、ここで研究されている。その壮麗な白亜の建物は、王城に次ぐ王都の象徴とも言える存在だった。
だが、その門は、限られた者にしか開かれていない。入学できるのは、貴族の子弟か、あるいはよほど類いまれなる才能を認められた者だけ。平民にとっては、縁のない世界だった。
俺たちが、そのアカデミーの地下書庫に忍び込むのは、至難の業だと思われた。
だが、エリアーナの手腕は、またしても俺の想像を超えていた。
彼女は、俺がグライフ軍を退けた「辺境の若き英雄」という評判を、最大限に利用したのだ。
彼女はアカデミーの学長宛に、一通の丁寧な手紙を送った。
『我が主、リオ・アシュフォードは、その戦いの折、神の啓示により、古の戦術と共に、いくつかの未知の知識を授かりました。彼は、その知識が王国全体の発展に繋がるものと信じ、アカデミーの賢者の方々と、ぜひ意見を交わしたいと願っております』
この申し出に、アカデミー側は飛びついた。
好奇心旺盛な学者たちにとって、噂の英雄が持つ「未知の知識」は、何よりも魅力的な響きを持っていたのだ。
こうして俺は、「特別聴講生」という名目で、王立アカデミーへの自由な出入りを公式に許可されることになった。もちろん、エリアーナも俺の「研究助手」として同行が許された。
アカデミーの内部は、静かな熱気に満ちていた。
学者たちは、俺の姿を見つけると、遠巻きに、しかし興味津々な視線を向けてくる。俺は、彼らとの議論の場で、当たり障りのない範囲で、農業改革や衛生管理の基礎的な理論を披露した。
輪作の重要性や、目に見えない病原体の存在。俺にとっては常識の範疇だが、この世界の学者たちにとっては、どれもが斬新で、常識を覆すような発見だった。
俺は、アカデミー内での信用を、着実に築き上げていった。
そして、全ての準備が整った日。
俺は、エリアーナと、そして人目につかないようにフードを深く被ったシルフィを連れて、ついに目的の場所へと足を踏み入れた。
地下書庫。
そこは、埃と、古い羊皮紙の匂いが充満する、薄暗い空間だった。天井まで届く本棚には、膨大な数の古文書が、誰に読まれることもなく、静かに眠っている。
俺たちは、買収した書記官の手引きで、最も奥にある「禁書」の棚へとたどり着いた。そこには、古代文明の遺物とされる、魔法に関する文献が収められていた。
羊皮紙や、パピルス、中には石板に刻まれたものまである。
だが、そのほとんどは、現代では使われていない古代語で書かれており、解読は不可能に近い状態だった。
「これでは、何が書いてあるか……」
エリアーナが、解読不能な文字を前に、途方に暮れた声を上げた。
だが、俺の隣にいたシルフィは、違った。
彼女は、ある一つの羊皮紙を手に取ると、その翡翠色の瞳を、驚きに見開いた。
「……読める」
「え?」
「これ、私たちの言葉だ。エルフの、古い言葉……」
シルフィの言葉に、俺の全身に鳥肌が立った。
そうか。古代文明とは、かつてこの大陸で栄華を誇った、エルフの文明のことだったのだ。
俺は、逸る心を抑えながら、シルフィにその羊皮紙を読んでもらうことにした。
シルフィは、少し辿々しいながらも、そこに書かれた内容を、一言一言、丁寧に読み上げていく。
それは、俺たちの魔法に対する認識を、根底から覆す、驚くべき内容だった。
『……万物は、魂の息吹(マナ)より成り。魂の息吹は、天と地を満たし、形を変え、巡り続ける。賢者は、自らの魂と、世界の魂を共鳴させることで、その流れを操る。火を生み、水を操り、風を呼び、大地を揺るがす。これを、我らは魔法と呼ぶ……』
書かれていたのは、オカルト的な呪文や、神への祈りの言葉ではなかった。
それは、驚くほど体系的で、哲学的な、世界の法則に関する記述だったのだ。
マナは、特別な力ではない。この世界を構成する、基本的なエネルギーそのものである。
魔法とは、そのエネルギーの「流れ」を、術者の意思によって「制御」し、「変換」させる技術である。
「……やっぱりだ」
俺は、確信を持って呟いた。
魔法は、血筋や才能といった、曖昧なものではない。それは、明確な法則性と再現性を持つ、一つの「科学」なのだ。
だが、この世界の人間たちは、その本質を理解できず、ただの奇跡や呪いとして、恐れ、遠ざけてきた。その結果、体系的な知識は失われ、一部の人間が感覚的に使えるだけの、断片的な技術へと成り下がってしまったのだ。
「エリアーナ、シルフィ。俺は、この失われた技術を、新しい学問として蘇らせることに決めた」
俺は、二人の顔を見て、力強く宣言した。
「魔法を、神や悪魔の領域から、人間の知性が及ぶ科学の領域へと引きずり下ろす。そして、その名をこう名付ける」
俺は、羊皮紙の余白に、新たな時代の始まりを告げる言葉を書き記した。
『魔導科学(Magitechnology)』と。
「魔法の『魔』、導きの『導』、そして科学の『科学』だ。マナという未知のエネルギーを、科学的なアプローチで解き明かし、人々の暮らしを豊かにするために導く学問。それが、俺たちがこれから創り上げる、魔導科学だ」
エリアーナは、その言葉の持つ、途方もないスケールに、ただ息を飲んでいた。
シルフィは、自分の持つ力が、「呪い」ではなく、「科学」という名誉ある名前を与えられたことに、瞳を輝かせていた。彼女の種族が遺した偉大な知識が、今、目の前の人間によって、新しい形で蘇ろうとしている。その事実に、彼女は魂が震えるような感動を覚えていた。
その日から、俺たちの研究は、新たな次元へと突入した。
俺は、アカデミーの学者たちとの議論の場で、魔導科学の概念を、少しずつ、しかし意図的に提唱し始めた。
「魔法とは、未知のエネルギー変換現象ではないでしょうか?」
「もし、そのエネルギー量を測定し、制御することができれば、それは安定した動力源になりうるかもしれません」
俺の提唱は、初めは学者たちから一笑に付された。
「馬鹿な。魔法は神の領域だ。人間のちっぽけな知性で解き明かせるものではない」
だが、俺がシルフィとの実験で得た、具体的なデータや仮説を示していくうちに、一部の若い、頭の柔らかい学者たちの目の色が変わっていった。
特に、錬金術を研究していた学者たちは、俺の理論に強い興味を示した。彼らもまた、経験則的に、特定の物質が魔法的な現象を引き起こすことを知っていたからだ。
俺の周りには、徐々にではあるが、魔導科学という新しい学問の可能性に魅せられた、小さなコミュニティが形成され始めていた。
それは、まだ小さなさざ波に過ぎなかった。
だが、このさざ波が、やがて王国の、いや、この世界の知のあり方を根底から揺るがす、巨大な津波となることを、俺は確信していた。
古い権威や、既成概念に対する、俺たちの静かなる宣戦布告。
魔導科学の提唱は、その狼煙だったのだ。
歴史、法律、天文学、そして錬金術。あらゆる学問が、ここで研究されている。その壮麗な白亜の建物は、王城に次ぐ王都の象徴とも言える存在だった。
だが、その門は、限られた者にしか開かれていない。入学できるのは、貴族の子弟か、あるいはよほど類いまれなる才能を認められた者だけ。平民にとっては、縁のない世界だった。
俺たちが、そのアカデミーの地下書庫に忍び込むのは、至難の業だと思われた。
だが、エリアーナの手腕は、またしても俺の想像を超えていた。
彼女は、俺がグライフ軍を退けた「辺境の若き英雄」という評判を、最大限に利用したのだ。
彼女はアカデミーの学長宛に、一通の丁寧な手紙を送った。
『我が主、リオ・アシュフォードは、その戦いの折、神の啓示により、古の戦術と共に、いくつかの未知の知識を授かりました。彼は、その知識が王国全体の発展に繋がるものと信じ、アカデミーの賢者の方々と、ぜひ意見を交わしたいと願っております』
この申し出に、アカデミー側は飛びついた。
好奇心旺盛な学者たちにとって、噂の英雄が持つ「未知の知識」は、何よりも魅力的な響きを持っていたのだ。
こうして俺は、「特別聴講生」という名目で、王立アカデミーへの自由な出入りを公式に許可されることになった。もちろん、エリアーナも俺の「研究助手」として同行が許された。
アカデミーの内部は、静かな熱気に満ちていた。
学者たちは、俺の姿を見つけると、遠巻きに、しかし興味津々な視線を向けてくる。俺は、彼らとの議論の場で、当たり障りのない範囲で、農業改革や衛生管理の基礎的な理論を披露した。
輪作の重要性や、目に見えない病原体の存在。俺にとっては常識の範疇だが、この世界の学者たちにとっては、どれもが斬新で、常識を覆すような発見だった。
俺は、アカデミー内での信用を、着実に築き上げていった。
そして、全ての準備が整った日。
俺は、エリアーナと、そして人目につかないようにフードを深く被ったシルフィを連れて、ついに目的の場所へと足を踏み入れた。
地下書庫。
そこは、埃と、古い羊皮紙の匂いが充満する、薄暗い空間だった。天井まで届く本棚には、膨大な数の古文書が、誰に読まれることもなく、静かに眠っている。
俺たちは、買収した書記官の手引きで、最も奥にある「禁書」の棚へとたどり着いた。そこには、古代文明の遺物とされる、魔法に関する文献が収められていた。
羊皮紙や、パピルス、中には石板に刻まれたものまである。
だが、そのほとんどは、現代では使われていない古代語で書かれており、解読は不可能に近い状態だった。
「これでは、何が書いてあるか……」
エリアーナが、解読不能な文字を前に、途方に暮れた声を上げた。
だが、俺の隣にいたシルフィは、違った。
彼女は、ある一つの羊皮紙を手に取ると、その翡翠色の瞳を、驚きに見開いた。
「……読める」
「え?」
「これ、私たちの言葉だ。エルフの、古い言葉……」
シルフィの言葉に、俺の全身に鳥肌が立った。
そうか。古代文明とは、かつてこの大陸で栄華を誇った、エルフの文明のことだったのだ。
俺は、逸る心を抑えながら、シルフィにその羊皮紙を読んでもらうことにした。
シルフィは、少し辿々しいながらも、そこに書かれた内容を、一言一言、丁寧に読み上げていく。
それは、俺たちの魔法に対する認識を、根底から覆す、驚くべき内容だった。
『……万物は、魂の息吹(マナ)より成り。魂の息吹は、天と地を満たし、形を変え、巡り続ける。賢者は、自らの魂と、世界の魂を共鳴させることで、その流れを操る。火を生み、水を操り、風を呼び、大地を揺るがす。これを、我らは魔法と呼ぶ……』
書かれていたのは、オカルト的な呪文や、神への祈りの言葉ではなかった。
それは、驚くほど体系的で、哲学的な、世界の法則に関する記述だったのだ。
マナは、特別な力ではない。この世界を構成する、基本的なエネルギーそのものである。
魔法とは、そのエネルギーの「流れ」を、術者の意思によって「制御」し、「変換」させる技術である。
「……やっぱりだ」
俺は、確信を持って呟いた。
魔法は、血筋や才能といった、曖昧なものではない。それは、明確な法則性と再現性を持つ、一つの「科学」なのだ。
だが、この世界の人間たちは、その本質を理解できず、ただの奇跡や呪いとして、恐れ、遠ざけてきた。その結果、体系的な知識は失われ、一部の人間が感覚的に使えるだけの、断片的な技術へと成り下がってしまったのだ。
「エリアーナ、シルフィ。俺は、この失われた技術を、新しい学問として蘇らせることに決めた」
俺は、二人の顔を見て、力強く宣言した。
「魔法を、神や悪魔の領域から、人間の知性が及ぶ科学の領域へと引きずり下ろす。そして、その名をこう名付ける」
俺は、羊皮紙の余白に、新たな時代の始まりを告げる言葉を書き記した。
『魔導科学(Magitechnology)』と。
「魔法の『魔』、導きの『導』、そして科学の『科学』だ。マナという未知のエネルギーを、科学的なアプローチで解き明かし、人々の暮らしを豊かにするために導く学問。それが、俺たちがこれから創り上げる、魔導科学だ」
エリアーナは、その言葉の持つ、途方もないスケールに、ただ息を飲んでいた。
シルフィは、自分の持つ力が、「呪い」ではなく、「科学」という名誉ある名前を与えられたことに、瞳を輝かせていた。彼女の種族が遺した偉大な知識が、今、目の前の人間によって、新しい形で蘇ろうとしている。その事実に、彼女は魂が震えるような感動を覚えていた。
その日から、俺たちの研究は、新たな次元へと突入した。
俺は、アカデミーの学者たちとの議論の場で、魔導科学の概念を、少しずつ、しかし意図的に提唱し始めた。
「魔法とは、未知のエネルギー変換現象ではないでしょうか?」
「もし、そのエネルギー量を測定し、制御することができれば、それは安定した動力源になりうるかもしれません」
俺の提唱は、初めは学者たちから一笑に付された。
「馬鹿な。魔法は神の領域だ。人間のちっぽけな知性で解き明かせるものではない」
だが、俺がシルフィとの実験で得た、具体的なデータや仮説を示していくうちに、一部の若い、頭の柔らかい学者たちの目の色が変わっていった。
特に、錬金術を研究していた学者たちは、俺の理論に強い興味を示した。彼らもまた、経験則的に、特定の物質が魔法的な現象を引き起こすことを知っていたからだ。
俺の周りには、徐々にではあるが、魔導科学という新しい学問の可能性に魅せられた、小さなコミュニティが形成され始めていた。
それは、まだ小さなさざ波に過ぎなかった。
だが、このさざ波が、やがて王国の、いや、この世界の知のあり方を根底から揺るがす、巨大な津波となることを、俺は確信していた。
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