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第54話:富の奔流と公爵の沈黙
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黒鉄鉱山で起きた奇跡の報せは、まるで燎原の火のように瞬く間に王都へと駆け巡った。
『アシュフォードの若き英雄、たった一台の機械で水没した鉱山を一日で復活させる』
そのニュースは、初めは誰もが信じがたい噂として受け取った。だが、鉱山から実際に採掘が再開された黒鉄が続々と王都へ運び込まれ始めると、疑いの声は驚愕と賞賛へと変わっていった。
鉄の生産量は、以前の数倍にまで跳ね上がった。
慢性的な鉄不足に悩まされていた武具工房や農具を作る鍛冶場は、息を吹き返したように活気づく。停滞していた国の経済が、再び力強く脈打ち始めたのだ。
国王アルベール三世は、その報告に歓喜した。
「見事だ! 実に見事だ、リオ・アシュフォード! あのクラウスでさえ成功を半信半疑で見ていたというのに!」
国王はすぐに公式の布告を出した。
『リオ・アシュフォードの功績を称え、彼に男爵位を授与し、王家直属の「特任技術顧問」に任命する。彼が進める技術開発は、王国の全面的な支援の下で行われるものとする』
男爵位。そして、王家直属の顧問。
それは辺境貴族の三男坊という立場からは、ありえないほどの大出世だった。
国王は、この決定を誰にも文句のつけようのない「国益」という形で内外に示したのだ。
俺たちの立場は劇的に変わった。
これまではどの派閥にも属さない孤立した存在だった。だが、今や俺たちは「国王が庇護する、国家の重要人物」となったのだ。
その効果はすぐさま現れた。
王都のアシュフォード商会の屋敷には、これまで手のひらを返したように取引を断ってきた商人たちが連日のように行列を作るようになった。
「これはこれは、エリアーナ様! 先日は我々の手違いで大変失礼をいたしました! ぜひ、もう一度お取引の機会を!」
彼らは媚びへつらうような笑みを浮かべ、高価な手土産を手にエリアーナに頭を下げる。
エリアーナはそんな彼らを女王のような冷たい視線で見下ろしながら、言い放った。
「あら、どちら様でしたかしら。私たちは一度お断りになられた方と、再びお取引をする趣味はございませんの。お引き取り願えます?」
彼女はかつて受けた屈辱を利子をつけて、完膚なきまでに叩き返していた。その様はまさに氷の女王そのものだった。
商会のビジネスは全ての妨害がなくなり、爆発的な勢いで拡大していく。
ガラス、石鹸、醤油。アシュフォードのブランドは、もはや誰もが認める最高級品の代名詞となった。
富が、まるで奔流のように俺たちの元へと流れ込んでくる。
それはもはやアシュフォード領という小さな器には収まりきらないほどの、巨大な富だった。
そして、この状況を最も苦々しい思いで見ていたのがマリウス公爵だった。
彼の屋敷では、連日、保守派貴族たちによる密談が開かれていた。
「なんということだ! あの小僧、本当に鉱山の問題を解決しおった!」
「国王は完全にあの小僧に肩入れしておる。我らの影響力が日に日に削られていくではないか!」
貴族たちは怒りと焦りを露わにしていた。
彼らが何よりも恐れていたのは、俺の技術が自分たちの権力の源泉である「土地」や「血筋」といった旧来の価値観を、根底から破壊してしまうことだった。
だが、今の俺は国王の庇護下にある。表立って手を出すことはできない。
マリウス公爵は玉座の間で、国王に直接抗議した。
「陛下! あのリオとかいう小僧にこれ以上の権限を与えるのは危険です! 彼の持つ得体の知れない技術は、いずれ国の秩序を乱す災いとなりましょうぞ!」
だが、国王アルベール三世はそんな彼の言葉を鼻で笑った。
「災い、だと? 公爵、そなたの目は節穴か。彼の技術は現に、この国に莫大な富と力をもたらしているではないか。そなたは国が豊かになるのが、それほど気に食わんのか?」
国王の言葉に、公爵はぐっと詰まった。
「……そ、そのようなことは!」
「ならば黙って見ておれ。時代は変わったのだ。そなたのような古い考えでは、もはやこの国の舵取りはできんぞ」
国王から事実上の最後通牒を突きつけられたマリウス公爵は、屈辱に顔を歪ませながら引き下がるしかなかった。
彼は自室に戻ると、怒りのあまりテーブルの上の高価な花瓶を叩き割った。
「小僧……! リオ・アシュフォード……!」
その目に宿っていたのは、もはや単なる警戒心ではなかった。それは自分の存在そのものを脅かす者に対する、純粋でどす黒い殺意だった。
彼は、表立った手段で俺を潰せないと悟り、より深く、より暗い水面下での陰謀にその活路を見出そうとしていた。
公爵の沈黙は、敗北を意味するものではなかった。
それは次なる、より凶悪な嵐の前の不気味な静けさに過ぎなかったのだ。
俺はそんな王都の喧騒を、半ば他人事のように眺めていた。
男爵位も特任技術顧問という役職も、俺にとってはただの飾りに過ぎない。
俺の興味はただ一つ。
魔導蒸気機関がもたらす、次なる技術革新にしかなかった。
「エリアーナ、鉱山の成功で得た利益は、全て次のプロジェクトに投資する」
俺は王都の屋敷の開発室で、新しい設計図を描きながら言った。
「次のプロジェクト?」
「ああ。俺たちの未来を本当の意味で変えるための、次の一手だ」
俺が羊皮紙に描いていたのは、無数の学校の設計図だった。
そして、その横には二本の鉄のレールの上を走る、奇妙な鉄の馬の絵が描かれていた。
富の奔流は、俺たちの立場を確かに変えた。
だが、それは俺たちの本当の革命の、序章に過ぎなかったのだ。
『アシュフォードの若き英雄、たった一台の機械で水没した鉱山を一日で復活させる』
そのニュースは、初めは誰もが信じがたい噂として受け取った。だが、鉱山から実際に採掘が再開された黒鉄が続々と王都へ運び込まれ始めると、疑いの声は驚愕と賞賛へと変わっていった。
鉄の生産量は、以前の数倍にまで跳ね上がった。
慢性的な鉄不足に悩まされていた武具工房や農具を作る鍛冶場は、息を吹き返したように活気づく。停滞していた国の経済が、再び力強く脈打ち始めたのだ。
国王アルベール三世は、その報告に歓喜した。
「見事だ! 実に見事だ、リオ・アシュフォード! あのクラウスでさえ成功を半信半疑で見ていたというのに!」
国王はすぐに公式の布告を出した。
『リオ・アシュフォードの功績を称え、彼に男爵位を授与し、王家直属の「特任技術顧問」に任命する。彼が進める技術開発は、王国の全面的な支援の下で行われるものとする』
男爵位。そして、王家直属の顧問。
それは辺境貴族の三男坊という立場からは、ありえないほどの大出世だった。
国王は、この決定を誰にも文句のつけようのない「国益」という形で内外に示したのだ。
俺たちの立場は劇的に変わった。
これまではどの派閥にも属さない孤立した存在だった。だが、今や俺たちは「国王が庇護する、国家の重要人物」となったのだ。
その効果はすぐさま現れた。
王都のアシュフォード商会の屋敷には、これまで手のひらを返したように取引を断ってきた商人たちが連日のように行列を作るようになった。
「これはこれは、エリアーナ様! 先日は我々の手違いで大変失礼をいたしました! ぜひ、もう一度お取引の機会を!」
彼らは媚びへつらうような笑みを浮かべ、高価な手土産を手にエリアーナに頭を下げる。
エリアーナはそんな彼らを女王のような冷たい視線で見下ろしながら、言い放った。
「あら、どちら様でしたかしら。私たちは一度お断りになられた方と、再びお取引をする趣味はございませんの。お引き取り願えます?」
彼女はかつて受けた屈辱を利子をつけて、完膚なきまでに叩き返していた。その様はまさに氷の女王そのものだった。
商会のビジネスは全ての妨害がなくなり、爆発的な勢いで拡大していく。
ガラス、石鹸、醤油。アシュフォードのブランドは、もはや誰もが認める最高級品の代名詞となった。
富が、まるで奔流のように俺たちの元へと流れ込んでくる。
それはもはやアシュフォード領という小さな器には収まりきらないほどの、巨大な富だった。
そして、この状況を最も苦々しい思いで見ていたのがマリウス公爵だった。
彼の屋敷では、連日、保守派貴族たちによる密談が開かれていた。
「なんということだ! あの小僧、本当に鉱山の問題を解決しおった!」
「国王は完全にあの小僧に肩入れしておる。我らの影響力が日に日に削られていくではないか!」
貴族たちは怒りと焦りを露わにしていた。
彼らが何よりも恐れていたのは、俺の技術が自分たちの権力の源泉である「土地」や「血筋」といった旧来の価値観を、根底から破壊してしまうことだった。
だが、今の俺は国王の庇護下にある。表立って手を出すことはできない。
マリウス公爵は玉座の間で、国王に直接抗議した。
「陛下! あのリオとかいう小僧にこれ以上の権限を与えるのは危険です! 彼の持つ得体の知れない技術は、いずれ国の秩序を乱す災いとなりましょうぞ!」
だが、国王アルベール三世はそんな彼の言葉を鼻で笑った。
「災い、だと? 公爵、そなたの目は節穴か。彼の技術は現に、この国に莫大な富と力をもたらしているではないか。そなたは国が豊かになるのが、それほど気に食わんのか?」
国王の言葉に、公爵はぐっと詰まった。
「……そ、そのようなことは!」
「ならば黙って見ておれ。時代は変わったのだ。そなたのような古い考えでは、もはやこの国の舵取りはできんぞ」
国王から事実上の最後通牒を突きつけられたマリウス公爵は、屈辱に顔を歪ませながら引き下がるしかなかった。
彼は自室に戻ると、怒りのあまりテーブルの上の高価な花瓶を叩き割った。
「小僧……! リオ・アシュフォード……!」
その目に宿っていたのは、もはや単なる警戒心ではなかった。それは自分の存在そのものを脅かす者に対する、純粋でどす黒い殺意だった。
彼は、表立った手段で俺を潰せないと悟り、より深く、より暗い水面下での陰謀にその活路を見出そうとしていた。
公爵の沈黙は、敗北を意味するものではなかった。
それは次なる、より凶悪な嵐の前の不気味な静けさに過ぎなかったのだ。
俺はそんな王都の喧騒を、半ば他人事のように眺めていた。
男爵位も特任技術顧問という役職も、俺にとってはただの飾りに過ぎない。
俺の興味はただ一つ。
魔導蒸気機関がもたらす、次なる技術革新にしかなかった。
「エリアーナ、鉱山の成功で得た利益は、全て次のプロジェクトに投資する」
俺は王都の屋敷の開発室で、新しい設計図を描きながら言った。
「次のプロジェクト?」
「ああ。俺たちの未来を本当の意味で変えるための、次の一手だ」
俺が羊皮紙に描いていたのは、無数の学校の設計図だった。
そして、その横には二本の鉄のレールの上を走る、奇妙な鉄の馬の絵が描かれていた。
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