異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第55話:未来への投資

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王都での地位は確立され、アシュフォード商会には莫大な富が流れ込み続けていた。
マリウス公爵の妨害は水面下で続いているものの、国王の庇護という盾を得た俺たちは、もはや以前のように簡単には手出しできない存在となっていた。
周囲から見れば、俺たちは順風満帆の成功者に見えただろう。
だが、俺の目にはアシュフォードという急成長する巨人の、致命的なアキレス腱が見えていた。
それは、圧倒的なまでの「人材不足」だった。

「エリアーナ、見てくれ」
王都の屋敷で、俺は彼女に一枚の報告書を突きつけた。それはアシュフォード領の現状をまとめたものだった。
「農業生産性は三倍になった。製鉄の品質は十倍になった。製粉能力は二十倍になった。だが、それらを支えている人間の数はほとんど変わっていない」
俺たちの改革はあまりにも急激すぎた。技術の進歩に人間が全く追いついていないのだ。
「魔導蒸気機関を扱えるのは、俺と俺が直接指導した数人の職人だけ。新農法を正確に理解し、指導できるのもゴードンたち一部のベテランだけ。商会の複雑な複式簿記をつけられる文官も、君が育てた数人しかいない」
俺は厳しい現実を指摘した。
「全ての発展が、俺や君やバルガスといった、ごく少数の人間の知識と経験に依存している。この状態はあまりにも脆弱だ。俺たちにもしものことがあれば、この巨大な巨人は自らの重さで崩れ落ちてしまうだろう」
エリアーナは黙って俺の言葉を聞いていた。彼女もまた、その問題にはとっくに気づいていたのだ。
「ええ、その通りよ。私も帳簿を任せられる人材を育てようとしているけれど、そもそも読み書き計算ができる人間がこの国にはあまりにも少なすぎるわ。話にならないレベルよ」
「だろう? このままでは俺たちの改革は、アシュフォード領という小さな庭先で終わってしまう。この国全体を本当の意味で豊かにするためには、根本的な解決策が必要だ」
「根本的な解決策……?」
俺はもう一枚の羊皮紙をテーブルの上に広げた。
そこに描かれていたのは工場の設計図でも、新しい兵器の図面でもない。
一つの巨大な建物の設計図だった。
「ハードウェア(物)を作るだけでは足りない。これからはソフトウェア(人)を作るんだ。俺はアシュフォード領に、新しい学校を設立する」
俺の言葉に、エリアーナは息をのんだ。
「学校、ですって?」
「ああ。ただの学校じゃない。この国の未来を根底から作り変えるための、全く新しい教育機関だ。俺はこれを『アシュフォード学術院』と名付ける」
俺は、その壮大な構想を語り始めた。
「この学術院の門は、身分を問わず全ての者に開かれる。貴族だろうが、平民だろうが、才能と意欲さえあれば誰でも学ぶことができる」
身分を問わない。その一言だけで、この世界の常識を覆す革命的な思想だった。
「教育課程は大きく二つに分ける。一つは全ての子供たちを対象とした『初等部』だ。ここでは、読み、書き、そして計算という生きる上で最低限必要な基礎知識を徹底的に叩き込む。この国の識字率そのものを底上げするんだ」
「そして、もう一つが『高等部』だ。初等部を優秀な成績で卒業した者の中から、さらに才能のある者を選抜し、より専門的な学問を教える」
俺は高等部で教える予定の科目名を、指でなぞっていった。
「数学、物理学、化学といった『基礎科学』。新農法や土木技術を教える『生産技術学』。そして……」
俺は最後の科目を、力を込めて指し示した。
「俺とシルフィが体系化を進めている、『魔導科学』だ。マナの性質を理解し、それを応用するための次世代の技術者たちを、俺たちの手で育成するんだ」
それはもはや単なる学校の設立計画ではなかった。
この国の未来を支える新しいエリート層を、身分に関係なくゼロから育成しようという、途方もない国家改造計画の第一歩だった。
エリアーナは、その計画のあまりの壮大さにしばらく言葉を失っていた。
やがて彼女は深いため息をつくと、顔を上げた。その目には呆れと、そしてそれ以上の熱い共感が宿っていた。
「……あなたって人は、本当に。一つの問題を解決したかと思えば、すぐに百年先の問題を見つけてくるのね」
「百年先じゃない。今、始めなければ手遅れになる」
「分かっているわ。ええ、よく分かる」
彼女は静かに、しかし力強く宣言した。「やりましょう。この計画、アシュフォード商会が全面的に支援するわ。鉱山で得た利益の全てを、この学術院に投資しましょう。建物、教材、そして教師となる人材の確保。全て私が手配する」
彼女にとって、それは目先の利益を生まない膨大な先行投資だ。だが、彼女はこの「未来への投資」こそが、アシュフォードがこれからも発展し続けるための唯一にして絶対の道であることを、誰よりも正確に理解していた。
「ありがとう、エリアーナ。あんたならそう言ってくれると信じていた」
俺たちの間に、再び固い結束が生まれた。

早速、計画は実行に移された。
エリアーナは、アシュフォード領の領都に学術院を建設するための広大な土地を確保した。
俺はアカデミーで知り合った、進歩的な考えを持つ若い学者たちに声をかけ始めた。
「アシュフォードの地で、新しい学問を身分に関係なく教えるつもりだ。君たちの力を貸してはくれないか」
彼らの多くは俺のその革命的な提案に、目を輝かせて賛同してくれた。古い権威に縛られたアカデミーに、彼らもまた閉塞感を感じていたのだ。
そして、シルフィにも正式に教師としての協力を依頼した。
「シルフィ先生。魔導科学科の初代学科長をお願いします」
「わ、私が、先生……?」
シルフィは戸惑いながらも、その役目を誇らしげに受け入れてくれた。
アシュフォード学術院の設立計画は、王都の貴族たちの間でもすぐに大きな噂となった。
『平民に学問だと? 身の程知らずな』
『国の秩序を乱す、危険な思想だ』
マリウス公爵を始めとする保守派からは、当然のように強い反発と非難の声が上がった。
だが、俺たちはもうそんな声など気にもしなかった。
俺たちの視線は、目の前の権力争いなどにはない。
俺たちが見ているのは、この学術院で育った子供たちがやがてこの国を支え、世界を変えていく遥か先の未来。
アシュフォード領に、新しい時代の礎となる最初の石が、今、静かに置かれようとしていた。
それはどんな城壁よりも強固で、どんな兵器よりも強力な、未来への希望という名の砦だった。
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