異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第56話:鉄の道を走る馬

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アシュフォード学術院の設立計画が着々と進む一方、俺の頭の中ではもう一つの巨大なプロジェクトが具体的な形を結び始めていた。
それは、黒鉄鉱山からアシュフォード領まで、そしていずれは王都までを繋ぐ、全く新しい輸送手段の開発だった。
鉱山で掘り出された大量の鉄鉱石。領地で生産された小麦や、商会が扱う商品。それらは今、全て馬車によって運ばれている。だが、馬車の輸送能力には限界があった。道が悪ければ速度は落ち、天候にも左右される。何より、大量の物資を運ぶには膨大な数の馬と御者が必要だった。
物流は国家の血管だ。この血管が細く、詰まりがちであれば、どんなに優れた心臓(生産力)を持っていても、国全体に栄養(富)を行き渡らせることはできない。
この国の経済を本当の意味で飛躍させるためには、物流革命が不可欠だった。
そして、その革命の主役となるべきものの姿を、俺はすでに知っていた。

「……リオ、これは一体何?」
王都の屋敷の開発室で、エリアーナは俺が描いた新しい設計図を怪訝な顔で覗き込んでいた。
そこに描かれていたのは、二本の平行な鉄の棒の上を、鉄の車輪を持つ奇妙な馬車が走っている絵だった。そして、その馬車の先頭には小型化された魔導蒸気機関が搭載され、煙突から煙を吐いている。
「新しい馬車よ。俺はこれを『蒸気機関車』と名付けた」
「蒸気……機関車? あの鉱山の機械を馬車に乗せるというの?」
「その通り。魔導蒸気機関の力を直接、車輪を動かす回転運動に変えるんだ。そうすれば馬に引かせることなく、この鉄の馬車は自らの力で走ることができる。しかも、普通の馬車の何十倍もの荷物を何倍もの速さで、昼夜を問わず運び続けることができるようになる」
俺は、二本の平行な鉄の棒――「レール」――についても説明した。
「この鉄の道の上を走ることで、摩擦は最小限になり、速度も安定する。道がぬかるむ心配もない。黒鉄鉱山から領都まで、この鉄の道を敷設する。それが俺たちの次なる目標だ」
鉄道。
それは前世の歴史において、産業革命を完成させ、世界を劇的に狭くした偉大な発明だった。
エリアーナは、その構想のあまりの壮大さにしばらく言葉を失っていた。
二つの街を、鉄の道で結ぶ。それはもはや一つの領地の改革というレベルを超えた、国家的な規模の大事業だった。
「……正気なの、あなた」
やがて彼女は呆れたように、しかしその目は興奮に輝いて言った。「そんなものを作るのに、どれほどの鉄と、どれほどの資金が必要になるか、分かっているの?」
「ああ、分かっているさ。だからこそ、やる価値がある」
俺はニヤリと笑った。「黒鉄鉱山の鉄は、今や俺たちが自由に使える。資金も商会が稼ぎ出してくれている。そして何より、俺たちにはこれを実現するための技術がある。やらない理由がないだろう?」
俺の揺るぎない自信に、エリアーナは深いため息をついた。彼女は俺が一度言い出したら、それがどんなに無謀な計画であろうと、必ず実現させてしまうことを誰よりもよく知っていた。
「……分かったわ。どうせ私が何を言っても、あなたは聞かないのでしょうから」
彼女は経営者としての顔に戻ると、すぐに頭を切り替えた。「いいでしょう。この『鉄道』プロジェクト、アシュフォード商会が引き受けるわ。ただし、条件がある。まずはアシュフォード領内にごく短い実験線路を敷設して、その有効性を私の目で確かめさせなさい。投資する価値があるかどうかは、それを見てから判断する」
「望むところだ」
俺は彼女のその現実的な提案に、満足げに頷いた。

プロジェクトは再びアシュフォード領を主な舞台として、秘密裏に開始された。
俺は王都と領地を何度も往復しながら、職人たちに蒸気機関車の設計を指導した。
鉱山の排水ポンプとして作られた一号機は、あくまで往復運動を生み出すだけの巨大で静的な機械だった。だが、機関車に搭載するエンジンは小型で、軽量で、そして何より、往復運動を効率よく回転運動に変換するための複雑な機構が必要とされた。
ピストンと車輪を繋ぐ「コネクティングロッド」。
車輪の回転を滑らかにするための「クランクシャフト」。
そして、小型でも高い圧力を生み出すための新しい「煙管式ボイラー」。
俺の頭の中にある知識を、職人たちは驚異的なスピードで吸収し、形にしていく。アシュフォード鋼の品質と、彼らの向上した加工技術がなければ到底不可能なことだった。

並行して、エリアーナの指揮の下、実験用の線路の敷設も進められた。
場所は領都の郊外にある平坦な土地。距離は、わずか一キロメートルほど。
鍛冶屋たちはアシュフォード鋼を使い、断面が「工」の字型をした頑丈なレールを大量に生産した。
大工たちは、そのレールを正確な間隔で固定するための「枕木」と呼ばれる木の土台を何千本も作り出した。
領民たちはその奇妙な工事を遠巻きに眺めていた。
「なあ、リオ様は今度は何をおっぱじめるんだ?」
「さあな。鉄の道を作ってるって話だぜ」
「鉄の道? いったい何が走るんだ?」
彼らの疑問に答える者は、まだ誰もいなかった。

そして、勅命から半年が過ぎ、学術院の建設が槌音を響かせるようになったある晴れた日のこと。
実験線路の上に、ついにその黒い鉄の巨体が姿を現した。
それはまだ装飾も何もない、むき出しの鉄とリベットで組み上げられた無骨な塊だった。だが、その姿は見る者を圧倒する原始的な力強さに満ちていた。
俺は、その機関車にギリシャ神話に登場する、人類に火をもたらした神の名を授けた。
『プロメテウス』と。
俺が運転席に乗り込み、機関の火室に石炭をくべる。シルフィの助けを借りて、魔導炉が熱を生み出し、ボイラーの圧力が高まっていく。
実験線路の周りには、噂を聞きつけた領地の全ての民が集まっていた。エリアーナも、バルガスも、職人たちも、固唾をのんでその瞬間を待っている。
シュゥゥゥ……。
機関車から白い蒸気が漏れ始める。
俺は圧力計の針が目標値に達したのを確認すると、大きく息を吸い込み、汽笛のレバーを引いた。

ポオオオオオオオオッ!

甲高く力強い汽笛の音が、アシュフォードの青い空に高らかに響き渡った。
それは、新しい時代の到来を告げる産声だった。
俺はスロットルレバーをゆっくりと前に倒した。
蒸気がシリンダーに流れ込み、ピストンが動き出し、コネクティングロッドが巨大な鉄の車輪を、ゆっくりと、しかし確実に前へと押し出した。
ガタン……!
ゴトン……!
ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン……!
黒い鉄の巨体は、誰に引かれることもなく、馬もいないのに、自らの力で鉄の道の上をゆっくりと走り始めたのだ。
その光景を見た領民たちは、最初、何が起きたのか理解できず、ただ呆然としていた。
だが、機関車が徐々に速度を上げ、黒い煙を吐き、力強い走行音を響かせながら彼らの目の前を走り抜けていった時。
その呆然は熱狂的な歓声へと変わった。
「「「うおおおおおおおおっ!!」」」
「動いた! 鉄の馬が走ってるぞ!」
「すげえ! すげえよ、リオ様!」
彼らは、自分たちの常識が今、目の前で粉々に砕け散る音を聞いていた。
エリアーナは、その光景をただ茫然と見つめていた。彼女の冷徹な経営者の仮面は剥がれ落ち、一人の少女のような純粋な驚きと感動の表情を浮かべていた。
鉄の道を走る、黒い馬。
それはもはやただの機械ではなかった。
それは人々の夢と未来への希望を乗せて走る、時代の象徴そのものだったのだ。
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