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第82話:株式会社と証券取引所
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プロジェクト・ミネルヴァが本格的に始動し、王国はかつてない規模の建設ラッシュに沸いていた。
全国に伸びる鉄道網、主要都市に建設される工場群、そして王都で始まった大学の拡張工事。そのどれもが、国家の未来を形作る重要な事業だった。
だが、その壮大な計画は一つの大きな壁にぶつかりつつあった。
資金だ。
内乱で没収したマリウス公爵らの財産や、国王直轄の鉱山からの収益だけでは、この巨大すぎるプロジェクトの費用を全て賄うことは、もはや不可能になりつつあったのだ。
「……厳しいわね」
アシュフォード商会の王都本店、エリアーナの執務室で、彼女は分厚い帳簿の束を前に深いため息をついた。
「このままでは、あと半年もすれば国家予算は完全に底をつくでしょう。計画の規模を縮小するか、あるいは国民に重税を課すしかない。どちらにしても、民衆の不満を招き、改革そのものが頓挫しかねないわ」
その顔には、辣腕経営者としての初めて見る焦りの色が浮かんでいた。
俺は、そんな彼女を見て静かに一つの提案をした。
「エリアーナ。金がないなら、集めればいい」
「集めるですって? どうやって? これ以上、国庫から絞り出すことはできないのよ」
「国からじゃない。民からだ」
俺の言葉に、エリアーナは眉をひそめた。「それは、増税と同じことではないの?」
「違う。これは、税じゃない。『投資』だ」
俺は、この世界にはまだ存在しない、全く新しい資金調達の仕組みを彼女に説明し始めた。
「例えば、ここに新しい製鉄所を建設する計画があるとする。建設には莫大な金が必要だ。だが、完成すればそれ以上の莫大な利益を生み出すことが期待できる」
俺は、羊皮紙に簡単な図を描いた。
「この『未来の利益』を担保にするんだ。製鉄所という事業そのものを小さな権利に分割して、それを『株』という名前で人々に売り出す。株を買った人間は、その事業の共同出資者、つまり小さなオーナーになる」
「オーナーに……?」
「そうだ。そして、事業が成功し利益が上がれば、その利益の一部を株の保有率に応じてオーナーたちに『配当』として分配する。もし、事業がもっと大きく成長すれば、株そのものの価値が上がり、買った時よりも高い値段で他の人に売ることもできる」
株式会社。
そして、株式投資。
それは、リスクを多くの人々に分散させ、同時に多くの人々から巨大な資本を集めることを可能にする、資本主義の根幹をなす偉大な発明だった。
エリアーナは、初めはきょとんとしていたが、俺の説明を聞くうちにその瞳が次第に熱を帯びていくのが分かった。彼女の商人としての血が、この新しい仕組みの革命的な可能性を即座に理解したのだ。
「……信じられない」
彼女は震える声で呟いた。「つまり、事業の成功を信じる人々が、自らの意思でその夢に『お金を託す』ということ……。そして、成功すればその見返りを得られる。それはもはや単なる金儲けではないわ。未来を皆で創り上げるための共同作業じゃない!」
「その通りだ」
俺は満足げに頷いた。「国民はもはや単なる納税者ではない。国の発展に直接参加する『株主』になるんだ。国の成功が自分自身の利益に繋がる。そうなれば、国全体にこれまでにないほどの活気と一体感が生まれるはずだ」
エリアーナの行動は早かった。
彼女は、俺が考案した株式会社の制度をクラウスと協力して、法的な枠組みへと落とし込んでいった。会社の設立方法、株の発行ルール、そして投資家を保護するための厳格な情報開示の義務。
そして、その数ヶ月後。
王都の商業地区の中心に、荘厳な石造りの建物がその姿を現した。
その正面には、金色の文字でこう刻まれている。
『王立証券取引所』と。
取引所の開所式の日。
集まったのは、王都の富裕な商人たち、新しい時代の波に乗ろうとする意欲的な貴族たちだった。彼らはまだ半信半疑ながらも、アシュフォード公爵と辣腕で知られるエリアーナが進める新しい計画に強い興味を抱いていた。
取引所のホールには巨大な黒板が設置され、そこにはいくつかの会社の名前がチョークで書き出されていた。
『王立鉄道会社』
『王都製鉄株式会社』
『アシュフォード海運商会』
これらは、プロジェクト・ミネルヴァの中核をなす最初の「株式会社」として、国が設立したモデルケースだった。
エリアーナは壇上に立つと、集まった人々に向かって力強く宣言した。
「皆様! 本日、この王国に新しい経済の時代が幕を開けます! もはや、富は一部の人間が独占するものではありません! 未来を信じ、その未来に投資する全ての者に、富を得るチャンスが開かれるのです!」
彼女の言葉に、会場は熱気に包まれた。
鐘の音と共に、最初の取引が開始される。
「鉄道会社株、一枚金貨十枚より!」
「買いだ! 百株買う!」
「いや、俺は二百だ!」
人々の欲望と未来への期待が渦を巻く。
株価はみるみるうちに上昇していった。人々は自分たちのお金が、ただの数字ではなく、国を走る鉄道や鉄を生み出す工場という具体的な未来に変わっていくのを目の当たりにしていた。
それは熱狂的な、しかし健全な投資熱の始まりだった。
たった一日で取引所に集まった資金は、国家予算の数ヶ月分に匹敵するほどの莫大な額に達した。
プロジェクト・ミネルヴァは、枯渇しかけていた資金という血液を得て、再び力強く脈打ち始めたのだ。
その日の夜、取引所の最上階にあるエリアーナの新しい執務室で、俺たちは眼下に広がる活気に満ちた王都の夜景を眺めていた。
「……やったわね、リオ」
エリアーナが満足げに呟いた。「あなたはまたしても、この国の常識を根底からひっくり返してしまった」
「あんたの手腕のおかげさ。俺はアイデアを出しただけだ。それを現実の形にしたのは、君の力だよ」
俺たちの間には、もはやビジネスパートナーという言葉だけでは表せない、深い信頼と同志としての絆が確かに存在していた。
株式会社と証券取引所。
それは単なる資金調達の手段ではなかった。
それは、この国に住まう全ての人々を、国の発展という一つの大きな物語の当事者へと変えるための壮大な仕掛けだったのだ。
経済がダイナミックに動き始める。
その力強い鼓動は、北の帝国との来るべき決戦に向けて、この国を内側からさらに強く、さらに豊かに鍛え上げていくことになるだろう。
俺たちの革命は、また一つ大きな歯車を未来へと向けて力強く回し始めたのだった。
全国に伸びる鉄道網、主要都市に建設される工場群、そして王都で始まった大学の拡張工事。そのどれもが、国家の未来を形作る重要な事業だった。
だが、その壮大な計画は一つの大きな壁にぶつかりつつあった。
資金だ。
内乱で没収したマリウス公爵らの財産や、国王直轄の鉱山からの収益だけでは、この巨大すぎるプロジェクトの費用を全て賄うことは、もはや不可能になりつつあったのだ。
「……厳しいわね」
アシュフォード商会の王都本店、エリアーナの執務室で、彼女は分厚い帳簿の束を前に深いため息をついた。
「このままでは、あと半年もすれば国家予算は完全に底をつくでしょう。計画の規模を縮小するか、あるいは国民に重税を課すしかない。どちらにしても、民衆の不満を招き、改革そのものが頓挫しかねないわ」
その顔には、辣腕経営者としての初めて見る焦りの色が浮かんでいた。
俺は、そんな彼女を見て静かに一つの提案をした。
「エリアーナ。金がないなら、集めればいい」
「集めるですって? どうやって? これ以上、国庫から絞り出すことはできないのよ」
「国からじゃない。民からだ」
俺の言葉に、エリアーナは眉をひそめた。「それは、増税と同じことではないの?」
「違う。これは、税じゃない。『投資』だ」
俺は、この世界にはまだ存在しない、全く新しい資金調達の仕組みを彼女に説明し始めた。
「例えば、ここに新しい製鉄所を建設する計画があるとする。建設には莫大な金が必要だ。だが、完成すればそれ以上の莫大な利益を生み出すことが期待できる」
俺は、羊皮紙に簡単な図を描いた。
「この『未来の利益』を担保にするんだ。製鉄所という事業そのものを小さな権利に分割して、それを『株』という名前で人々に売り出す。株を買った人間は、その事業の共同出資者、つまり小さなオーナーになる」
「オーナーに……?」
「そうだ。そして、事業が成功し利益が上がれば、その利益の一部を株の保有率に応じてオーナーたちに『配当』として分配する。もし、事業がもっと大きく成長すれば、株そのものの価値が上がり、買った時よりも高い値段で他の人に売ることもできる」
株式会社。
そして、株式投資。
それは、リスクを多くの人々に分散させ、同時に多くの人々から巨大な資本を集めることを可能にする、資本主義の根幹をなす偉大な発明だった。
エリアーナは、初めはきょとんとしていたが、俺の説明を聞くうちにその瞳が次第に熱を帯びていくのが分かった。彼女の商人としての血が、この新しい仕組みの革命的な可能性を即座に理解したのだ。
「……信じられない」
彼女は震える声で呟いた。「つまり、事業の成功を信じる人々が、自らの意思でその夢に『お金を託す』ということ……。そして、成功すればその見返りを得られる。それはもはや単なる金儲けではないわ。未来を皆で創り上げるための共同作業じゃない!」
「その通りだ」
俺は満足げに頷いた。「国民はもはや単なる納税者ではない。国の発展に直接参加する『株主』になるんだ。国の成功が自分自身の利益に繋がる。そうなれば、国全体にこれまでにないほどの活気と一体感が生まれるはずだ」
エリアーナの行動は早かった。
彼女は、俺が考案した株式会社の制度をクラウスと協力して、法的な枠組みへと落とし込んでいった。会社の設立方法、株の発行ルール、そして投資家を保護するための厳格な情報開示の義務。
そして、その数ヶ月後。
王都の商業地区の中心に、荘厳な石造りの建物がその姿を現した。
その正面には、金色の文字でこう刻まれている。
『王立証券取引所』と。
取引所の開所式の日。
集まったのは、王都の富裕な商人たち、新しい時代の波に乗ろうとする意欲的な貴族たちだった。彼らはまだ半信半疑ながらも、アシュフォード公爵と辣腕で知られるエリアーナが進める新しい計画に強い興味を抱いていた。
取引所のホールには巨大な黒板が設置され、そこにはいくつかの会社の名前がチョークで書き出されていた。
『王立鉄道会社』
『王都製鉄株式会社』
『アシュフォード海運商会』
これらは、プロジェクト・ミネルヴァの中核をなす最初の「株式会社」として、国が設立したモデルケースだった。
エリアーナは壇上に立つと、集まった人々に向かって力強く宣言した。
「皆様! 本日、この王国に新しい経済の時代が幕を開けます! もはや、富は一部の人間が独占するものではありません! 未来を信じ、その未来に投資する全ての者に、富を得るチャンスが開かれるのです!」
彼女の言葉に、会場は熱気に包まれた。
鐘の音と共に、最初の取引が開始される。
「鉄道会社株、一枚金貨十枚より!」
「買いだ! 百株買う!」
「いや、俺は二百だ!」
人々の欲望と未来への期待が渦を巻く。
株価はみるみるうちに上昇していった。人々は自分たちのお金が、ただの数字ではなく、国を走る鉄道や鉄を生み出す工場という具体的な未来に変わっていくのを目の当たりにしていた。
それは熱狂的な、しかし健全な投資熱の始まりだった。
たった一日で取引所に集まった資金は、国家予算の数ヶ月分に匹敵するほどの莫大な額に達した。
プロジェクト・ミネルヴァは、枯渇しかけていた資金という血液を得て、再び力強く脈打ち始めたのだ。
その日の夜、取引所の最上階にあるエリアーナの新しい執務室で、俺たちは眼下に広がる活気に満ちた王都の夜景を眺めていた。
「……やったわね、リオ」
エリアーナが満足げに呟いた。「あなたはまたしても、この国の常識を根底からひっくり返してしまった」
「あんたの手腕のおかげさ。俺はアイデアを出しただけだ。それを現実の形にしたのは、君の力だよ」
俺たちの間には、もはやビジネスパートナーという言葉だけでは表せない、深い信頼と同志としての絆が確かに存在していた。
株式会社と証券取引所。
それは単なる資金調達の手段ではなかった。
それは、この国に住まう全ての人々を、国の発展という一つの大きな物語の当事者へと変えるための壮大な仕掛けだったのだ。
経済がダイナミックに動き始める。
その力強い鼓動は、北の帝国との来るべき決戦に向けて、この国を内側からさらに強く、さらに豊かに鍛え上げていくことになるだろう。
俺たちの革命は、また一つ大きな歯車を未来へと向けて力強く回し始めたのだった。
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