異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第81話:公爵様のお仕事

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公爵叙任から半年。俺の生活は、アシュフォードの片田舎で泥にまみれていた頃とは比較にならないほど多忙を極めていた。
王城の一角に与えられた俺の執務室は、もはやこの国の未来を形作る巨大なエンジンの心臓部と化していた。朝から晩まで、人の出入りが絶えることはない。
「公爵閣下! 北部路線の測量計画書にご裁可を!」
「閣下! 新型溶鉱炉の建設計画ですが、予算が……」
「リオ殿! 来年度の税制改革案について、至急ご意見を伺いたい!」
役人たちが、ひっきりなしに書類の山を持ち込んでくる。その全てに目を通し、判断を下し、指示を与える。それが今の俺の主な仕事だった。
『近代化の父』。人々は俺をそう呼ぶが、その実態は国家という巨大すぎる機械の歯車の一つに過ぎない。ただ、その歯車が全体の動きを決める最も重要な場所に位置しているというだけのことだ。

「……まるで戦場のようだな」
執務室の喧騒を眺めながら、護衛として控えるバルガスが呆れたように呟いた。彼の言う通りだった。ここは、剣や槍の代わりにペンと羊皮紙が飛び交う、もう一つの戦場だ。
俺の右腕として、この戦場を共に戦ってくれているのがクラウス・フォン・ゲルラッハだった。
「リオ殿、鉄道網の第一次計画案がまとまった」
彼は山積みの書類をかき分け、巨大な王国地図をテーブルの上に広げた。その地図には、王都を中心として放射状に伸びる何本もの赤い線が力強く描き込まれている。
「まずは、王都と北の国境要塞、東の港湾都市、そして西の商業都市を結ぶ四つの主要幹線を同時に建設する。これがプロジェクト・ミネルヴァの骨格となる」
その計画はあまりにも大胆で、膨大な予算を必要とするものだった。だが、クラウスの口調に迷いは一切ない。
「経済的な効果は計り知れない。だが、それ以上に重要なのは軍事的な意味だ」
彼は、北の国境線を指でなぞった。「もし帝国が侵攻してきた場合、この鉄道があれば、我々は王都の主力部隊をわずか二日で国境線まで送り込むことができる。これは、これまでの常識を覆す圧倒的な機動力だ。帝国はもはや安易に我が国へ手を出すことはできなくなるだろう」
情報と兵站。近代戦の生命線を、俺たちは鉄のレールによってこの国中に張り巡らせようとしていたのだ。

「問題は、通貨ね」
執務室に現れたエリアーナが、クラウスの広げた地図を覗き込みながら新たな課題を提示した。
「これほどの国家事業を進めるには、安定した経済基盤が不可欠よ。でも、今のこの国はどう? 各地の領主が好き勝手に独自の通貨を発行し、その価値も品質もバラバラ。これでは公正な取引などできはしないわ」
彼女の指摘は的確だった。
「そこで、提案があるの。王家の名の下に、王国全土で通用する全く新しい統一通貨を発行するべきよ」
「統一通貨……」
クラウスが、その言葉の持つ重みを噛みしめるように呟いた。それは、各地の領主が持つ通貨発行権という大きな既得権益を、中央政府が取り上げることを意味する。当然、大きな反発が予想された。
「反発は私が抑える」
俺はきっぱりと言った。「問題は、その通貨の『信用』をどうやって担保するかだ。特に偽造の問題を解決しなければならない」
俺は、羊皮紙に新しい貨幣のデザイン案を描き始めた。
「まず、素材にはアシュフォード鋼の技術を応用した特殊な合金を使う。そして、貨幣の表面にはこれまでにないほど複雑で精密な肖像画や紋章を刻み込むんだ。これなら並の工房では到底真似できない」
さらに俺は、紙幣の概念についても説明した。
「そして、高額な取引にはこの『紙幣』を導入する。王立印刷局だけが作れる特殊なインクと、紙の繊維に『透かし』と呼ばれる光に透かさなければ見えない模様を入れる。これで偽造はほぼ不可能になる」
エリアーナとクラウスは、俺が語る未来の通貨システムに息をのんでいた。
「……素晴らしい」とエリアーナが言った。「これなら、通貨の信用は絶対的なものになるわ。貨幣経済が安定すれば、商取引はさらに活性化し、国はもっと豊かになる」
「それだけではない」とクラウスが続けた。「通貨発行権を王家が独占することで、中央政府の力は飛躍的に増大する。これは真の中央集権国家を創り上げるための決定的な一歩となるでしょう」

インフラ、そして経済。
プロジェクト・ミネルヴァの二本の矢は、すでに力強く放たれていた。
だが俺は、第三の矢である「税制改革」にも同時に着手していた。
「クラウス、これまでの物納中心の税制はもう限界だ。統一通貨が流通すれば、全ての税を貨幣で納めさせることが可能になる」
「ええ。そうなれば、国家予算の管理は格段に正確で効率的になりますな」
「だが、そのためには、まずこの国にどれだけの人間が住み、どれだけの富があるのかを正確に把握する必要がある」
俺は、この世界にはまだ存在しないある概念を提案した。
「『国勢調査』だ。全ての領民に家族構成、職業、そしておおよその収入を自己申告させる。もちろん、プライバシーには配慮する。だが、この国全体の正確な統計データを取るんだ。それに基づいて、公平で誰もが納得できる新しい税率を決定する」
統計に基づいた、合理的で公平な統治。
それは、一部の権力者の感覚や旧来の慣習に頼ってきたこの国の統治システムそのものを根底から覆す、革命的な思想だった。
クラウスは、俺のその提案を聞くと、初めてその氷のような仮面の奥で、心の底から興奮しているような熱い光を宿した。
「……リオ殿。あなたは、やはり神に遣わされたのかもしれんな」
彼は、ほとんど畏敬の念を込めてそう呟いた。

矢継ぎ早に断行される、俺たちの改革。
それは、古い時代のやり方にしがみつく者たちから、当然のように強い反発を招いた。
『公爵は、我々から全てを奪うつもりか!』
『伝統と秩序が破壊されてしまう!』
だがそんな声は、改革がもたらす圧倒的な利益と効率性の前に、次第にかき消されていった。
人々は、理解し始めていたのだ。
この若き公爵が進める道こそが、この国が生き残るための唯一の道なのだと。

執務室の窓から建設ラッシュに沸く王都を見下ろしながら、俺は自らに課せられた仕事のその途方もない大きさを改めて実感していた。
俺が今やっているのは、もはや単なる技術開発ではない。
国家という、最も巨大で最も複雑な機械の設計そのものだ。
その責任の重さに、時折押し潰されそうになる。
だが同時に、これほどのやりがいのある仕事もまた、他にはないだろう。
公爵様のお仕事は、未来を創ること。
俺は、その言葉を胸の中で静かに反芻した。
そして眼下に広がる、まだ未完成な、しかし希望に満ちたこの国の未来像を力強く見据えていた。
俺の仕事は、まだ始まったばかりだ。
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