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第79話:次なる時代へ
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王立魔導科学大学の学長室は、王都で最も高い建物の一つである時計塔の最上階にあった。
大きなガラス窓から、俺は変わりゆく王都の姿を、まるで神の視点から眺めるように見下ろしていた。
眼下には、俺たちが敷設した鉄道の線路が、銀色の動脈のように街を貫いている。黒い煙を吐きながら力強く走る蒸気機関車は、もはや珍しい見世物ではなく、この国の経済を支える日常の風景となっていた。
遠くに見える工廠では、魔導蒸気機関を動力とした巨大なハンマーが、一定のリズムでアシュフォード鋼を叩く重低音が、ここまで微かに響いてくる。
夜になれば、大学と王城、そしてメインストリートに設置された実験的な電灯が、まるで星々が地上に降りてきたかのように、温かい光で闇を照らし出すだろう。
内乱の傷跡は、急速に癒えつつあった。
国は活気に満ちている。人々は、昨日よりも今日が、今日よりも明日がもっと良くなると信じている。
俺が夢見た、豊かで希望に満ちた社会の姿が、今、確かにこの国の中心で形になりつつあった。
だが、俺の心は晴れやかではなかった。
この輝かしい発展の光が、あまりにも強すぎるがゆえに、北の空に巨大でどす黒い嵐の雲を呼び寄せていることを、俺は知っていたからだ。
「……見事な眺めだな、リオ殿」
静かな声に振り返ると、そこにいたのはクラウスだった。彼はいつの間にか音もなく入室し、俺の隣に立って同じ景色を眺めていた。
「あなたが見ているのは、ただの街ではない。あなたが、たった数年で創り上げた新しい時代の姿そのものだ」
その声には、珍しく純粋な感嘆の色が滲んでいた。
「だが」と彼は続けた。「この光景を、苦々しい思いで見つめている者たちもいることを、忘れてはならない」
彼は一枚の羊皮紙を俺に手渡した。それは帝国の最新の動向をまとめた、極秘の報告書だった。
「帝国はついに動いた。皇帝の名の下に、国家総動員法に準ずる勅令が発令された。国境付近では、これまでにない規模の大規模な軍事演習が開始されている。その仮想敵国がどこであるかは、言うまでもないだろう」
羊皮紙には、帝国の軍備増強に関する詳細なデータが記されていた。
動員される兵士の数、新しく建造される軍艦、そして国中の鍛冶場が不眠不休で剣や鎧を生産しているという報告。
彼らの技術は、まだ旧時代のものだ。後装式のライフルも、榴弾を発射するカノン砲も、彼らはまだ持っていない。
だが、その物量は圧倒的だった。
「彼らが本気で侵攻してきた場合、今の我が国の軍備では国境線を維持するのがやっとだろう。たとえ、あなたのアシュフォード軍がいたとしても、だ」
クラウスは、冷徹な現実を突きつけた。「戦争はもはや避けられない。問題は、それがいつ始まり、そして我々がそれまでにどれだけの準備ができるかだ」
その夜、俺は屋敷にエリアーナ、バルガス、そしてシルフィを集めた。
俺は、クラウスから受け取った報告書を皆の前に広げた。
部屋の空気は張り詰めていた。誰もがこの報告が何を意味するのかを正確に理解していた。
「……ついに、来たか」
バルガスが低い声で呟いた。その拳は固く握りしめられている。
「帝国は本気だ。彼らは我々の技術を脅威と見なし、その全てを奪い取るか、あるいは破壊するために、総力を挙げて攻めてくるだろう」
俺は静かに、しかし力強く、仲間たちに告げた。
「俺たちの次の、そしておそらくは最後の戦いが、もうすぐ始まる。この国の、いや、この大陸の未来を賭けた総力戦だ」
俺は一人一人の顔を見つめた。
「エリアーナ。君には、国家の生産ラインの全てを戦時体制へと移行させてもらう。ライフル、砲弾、そして新しい兵器の量産。全ては君の経営手腕にかかっている」
「……ええ、任せて」
エリアーナはきっぱりと頷いた。「金も、物も、人も。この戦いに必要な全てを私が揃えてみせるわ。私たちの未来は、誰にも渡さない」
「バルガス。君には、王立士官学校で新しい時代の兵士たちを急ピッチで育成してもらう。君が育てた兵士たちこそが、この国を守る本当の壁になるんだ」
「はっ! この命に代えても、帝国を打ち破る最強の軍隊を作り上げてご覧にいれます!」
「そして、シルフィ」
俺は彼女の翡翠色の瞳を見つめた。「君には、大学で魔導科学の軍事応用研究を加速させてもらう。レーダー、無線通信、そして、あるいは……空を飛ぶための技術。君の魔法こそが、この戦争の常識を再び覆すための最大の切り札になる」
シルフィは黙って、しかし力強く頷いた。その瞳にはもはや怯えはない。大切なものを守るための強い意志の光が宿っていた。
俺は静かに立ち上がった。
「俺は、その全てを束ねる。そして帝国の物量を凌駕するための、圧倒的な技術的優位性を必ず確立する」
俺たちの覚悟は一つになった。
再び一人になった俺は、執務室の窓から発展を続ける王都の夜景を見下ろしていた。
蒸気機関車の煙、建設中の工場の槌音、そしてぽつりぽつりと灯り始めた電灯の光。
その全てが、俺たちが守るべき未来の姿だった。
「戦争は避けられない」
俺は北の空を見据えながら静かに呟いた。
「だが、今度の戦争は俺たちの技術がこの国を守る」
剣と魔法の時代は終わった。
これからは知性と鉄と、そして俺たちが生み出した電光が未来を切り拓く時代だ。
来るべき帝国との決戦に向けて、俺は静かに、しかし激しくその闘志を燃やす。
俺たちの物語はまだ終わらない。
第二部はここで幕を閉じる。
だが、それは第三部という、さらに壮大な創世の物語の始まりの合図に過ぎなかった。
【第二部・完】
大きなガラス窓から、俺は変わりゆく王都の姿を、まるで神の視点から眺めるように見下ろしていた。
眼下には、俺たちが敷設した鉄道の線路が、銀色の動脈のように街を貫いている。黒い煙を吐きながら力強く走る蒸気機関車は、もはや珍しい見世物ではなく、この国の経済を支える日常の風景となっていた。
遠くに見える工廠では、魔導蒸気機関を動力とした巨大なハンマーが、一定のリズムでアシュフォード鋼を叩く重低音が、ここまで微かに響いてくる。
夜になれば、大学と王城、そしてメインストリートに設置された実験的な電灯が、まるで星々が地上に降りてきたかのように、温かい光で闇を照らし出すだろう。
内乱の傷跡は、急速に癒えつつあった。
国は活気に満ちている。人々は、昨日よりも今日が、今日よりも明日がもっと良くなると信じている。
俺が夢見た、豊かで希望に満ちた社会の姿が、今、確かにこの国の中心で形になりつつあった。
だが、俺の心は晴れやかではなかった。
この輝かしい発展の光が、あまりにも強すぎるがゆえに、北の空に巨大でどす黒い嵐の雲を呼び寄せていることを、俺は知っていたからだ。
「……見事な眺めだな、リオ殿」
静かな声に振り返ると、そこにいたのはクラウスだった。彼はいつの間にか音もなく入室し、俺の隣に立って同じ景色を眺めていた。
「あなたが見ているのは、ただの街ではない。あなたが、たった数年で創り上げた新しい時代の姿そのものだ」
その声には、珍しく純粋な感嘆の色が滲んでいた。
「だが」と彼は続けた。「この光景を、苦々しい思いで見つめている者たちもいることを、忘れてはならない」
彼は一枚の羊皮紙を俺に手渡した。それは帝国の最新の動向をまとめた、極秘の報告書だった。
「帝国はついに動いた。皇帝の名の下に、国家総動員法に準ずる勅令が発令された。国境付近では、これまでにない規模の大規模な軍事演習が開始されている。その仮想敵国がどこであるかは、言うまでもないだろう」
羊皮紙には、帝国の軍備増強に関する詳細なデータが記されていた。
動員される兵士の数、新しく建造される軍艦、そして国中の鍛冶場が不眠不休で剣や鎧を生産しているという報告。
彼らの技術は、まだ旧時代のものだ。後装式のライフルも、榴弾を発射するカノン砲も、彼らはまだ持っていない。
だが、その物量は圧倒的だった。
「彼らが本気で侵攻してきた場合、今の我が国の軍備では国境線を維持するのがやっとだろう。たとえ、あなたのアシュフォード軍がいたとしても、だ」
クラウスは、冷徹な現実を突きつけた。「戦争はもはや避けられない。問題は、それがいつ始まり、そして我々がそれまでにどれだけの準備ができるかだ」
その夜、俺は屋敷にエリアーナ、バルガス、そしてシルフィを集めた。
俺は、クラウスから受け取った報告書を皆の前に広げた。
部屋の空気は張り詰めていた。誰もがこの報告が何を意味するのかを正確に理解していた。
「……ついに、来たか」
バルガスが低い声で呟いた。その拳は固く握りしめられている。
「帝国は本気だ。彼らは我々の技術を脅威と見なし、その全てを奪い取るか、あるいは破壊するために、総力を挙げて攻めてくるだろう」
俺は静かに、しかし力強く、仲間たちに告げた。
「俺たちの次の、そしておそらくは最後の戦いが、もうすぐ始まる。この国の、いや、この大陸の未来を賭けた総力戦だ」
俺は一人一人の顔を見つめた。
「エリアーナ。君には、国家の生産ラインの全てを戦時体制へと移行させてもらう。ライフル、砲弾、そして新しい兵器の量産。全ては君の経営手腕にかかっている」
「……ええ、任せて」
エリアーナはきっぱりと頷いた。「金も、物も、人も。この戦いに必要な全てを私が揃えてみせるわ。私たちの未来は、誰にも渡さない」
「バルガス。君には、王立士官学校で新しい時代の兵士たちを急ピッチで育成してもらう。君が育てた兵士たちこそが、この国を守る本当の壁になるんだ」
「はっ! この命に代えても、帝国を打ち破る最強の軍隊を作り上げてご覧にいれます!」
「そして、シルフィ」
俺は彼女の翡翠色の瞳を見つめた。「君には、大学で魔導科学の軍事応用研究を加速させてもらう。レーダー、無線通信、そして、あるいは……空を飛ぶための技術。君の魔法こそが、この戦争の常識を再び覆すための最大の切り札になる」
シルフィは黙って、しかし力強く頷いた。その瞳にはもはや怯えはない。大切なものを守るための強い意志の光が宿っていた。
俺は静かに立ち上がった。
「俺は、その全てを束ねる。そして帝国の物量を凌駕するための、圧倒的な技術的優位性を必ず確立する」
俺たちの覚悟は一つになった。
再び一人になった俺は、執務室の窓から発展を続ける王都の夜景を見下ろしていた。
蒸気機関車の煙、建設中の工場の槌音、そしてぽつりぽつりと灯り始めた電灯の光。
その全てが、俺たちが守るべき未来の姿だった。
「戦争は避けられない」
俺は北の空を見据えながら静かに呟いた。
「だが、今度の戦争は俺たちの技術がこの国を守る」
剣と魔法の時代は終わった。
これからは知性と鉄と、そして俺たちが生み出した電光が未来を切り拓く時代だ。
来るべき帝国との決戦に向けて、俺は静かに、しかし激しくその闘志を燃やす。
俺たちの物語はまだ終わらない。
第二部はここで幕を閉じる。
だが、それは第三部という、さらに壮大な創世の物語の始まりの合図に過ぎなかった。
【第二部・完】
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