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第96話:大陸大-戦、勃発
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最後通牒の期限が切れた翌日の夜明け。
王国の北東国境、監視砦の若い兵士は凍てつくような朝霧の中で、必死に眠気を堪えていた。
ここ数週間、帝国軍が集結しているという噂で前線は極度の緊張状態にあった。だが、実際に国境を越えてくる気配はなく、兵士たちの間にはあれはただの威嚇ではないかという弛緩した空気が流れ始めていた。
その油断が生まれた瞬間だった。
ゴゴゴゴゴ……。
不意に兵士は、大地そのものが震えるような低い地響きを感じた。地震か? いや、違う。これはもっと規則的で、方向性を持った振動だ。
彼は震える手で望遠鏡を構え、霧の向こう、地平線の彼方を見据えた。
そして、彼は呼吸を忘れた。
朝霧がゆっくりと晴れていく。その向こうから現れたのは、地平線を端から端まで埋め尽くさんばかりの黒い津波だった。
それは、人の群れだった。
朝日を浴びて鈍く輝く無数の槍と鎧。天を覆い尽くすかのように翻るガルニア帝国の深紅の軍旗。その数はもはや個として数えることなど不可能な、圧倒的なまでの「物量」。
先頭を行くのは巨大な攻城兵器の群れ。その後ろには大地を埋め尽くす重装歩兵の軍団が、一糸乱れぬ隊列を組んで黙々と進んでくる。
そして、その遥か上空には。
巨大な翼を持つ伝説の獣、竜(ドラゴン)にまたがった数十騎の竜騎士団が威圧的に旋回していた。
若い兵士は恐怖で腰が抜けそうになるのを必死で堪えた。
彼は震える指で、隣に設置された電信機のキーを叩き始めた。
これは彼に与えられた、最初でそしておそらくは最後の、最も重要な任務だった。
『テキ、シンコウカイシ。ソウヘイリョク、フメイ。コスウ、ムゲン――』
その信号が途切れた。
監視砦が帝国軍の先鋒が放った巨大な投石によって、轟音と共に粉々に砕け散ったからだ。
だが、その短い電文は光の速さで二百キロ離れた王都の最高司令部へと、確かに届いていた。
「……来たか」
王城の最高司令部に設置された巨大な地図盤の前で、俺は静かに呟いた。
地図盤の上には今しがた届いた最後の電文に基づき、北東国境を示す位置に巨大な赤い駒が一つ置かれた。
司令部に詰めていた国王軍の将軍たちが息をのむ。
「北東から来たか!」
「伝令を! 直ちに北東方面軍に迎撃準備を!」
だが、彼らの声は次々とけたたましく鳴り響く別の電信機の音によってかき消された。
北部の監視所から。そして、北西の監視所から。
『テキ、シンコウカイシ!』
『シンコウカイシ! コスウ、フメイ!』
地図盤の上に次々と赤い駒が置かれていく。
北東、北部、北西。
三つの方面から三つの巨大な津波が、同時に王国領へとその侵攻を開始したのだ。
その圧倒的な物量を前に、歴戦の将軍たちの顔からも血の気が引いていた。
「……なんという物量だ。まるで国そのものが動いているかのようだ」
「三方向から同時だと……? これでは兵力を集中させることができん!」
絶望的な空気が司令部を支配しかけたその時。
俺は静かに、しかしその場の全ての人間がはっと我に返るような力強い声で言った。
「全て、計算通りだ」
俺の言葉に、将軍たちの視線が一斉に集まる。
俺は地図盤の上に青い駒を置いていく。
「バルガス率いる第一軍は、予定通り中央平原、ポイント・アルファにて敵の中央軍を迎え撃つ」
「イーグル号はすでに北東方面軍の上空に到達しているはずだ。シルフィ、敵の正確な兵力と指揮官の位置を報告してくれ」
俺の隣に設置された特別な魔導通信機に、シルフィの緊張しているがしかしクリアな声が直接響いた。
『……了解、リオ。敵の数は、およそ二十万。指揮官は後方三キロの丘の上。竜騎士団はまだ動いていないわ!』
「よくやった。そのまま観測を続けろ」
俺は将軍たちに向き直った。
「ご覧の通り、我々は敵の全てをその手に取るように把握している。彼らがどこにどれだけの兵を動かし、何をしようとしているのか。その全てが、だ」
俺たちの圧倒的な情報的優位性。
それを目の当たりにした将軍たちの顔から、絶望の色が少しずつ消えていった。
同じ頃、帝国の中央軍を率いる老将軍ブルクハルトは、馬上で不敵な笑みを浮かべていた。
「フン。抵抗らしい抵抗もなしか。かの国の兵士どもは、我らが軍旗を見ただけで尻尾を巻いて逃げ出したと見える」
彼の目には勝利の光景しか映っていなかった。
圧倒的な兵力差。これまでの戦争の常識からすれば、負ける要素などどこにもない。
「全軍、進め! 目指すは王都! あの生意気な小僧の首を最初に刎ねた者には、一生遊んで暮らせるだけの褒美をくれてやるぞ!」
「「「うおおおおおおっ!!」」」
帝国軍の兵士たちは鬨の声を上げ、意気揚々と王国の広大な平原へとその足を踏み入れていった。
彼らはまだ知らない。
その平原が、自分たちのための巨大な墓場としてすでに完璧に準備されていたということを。
そして、自分たちの頭上、遥か上空の雲の上から銀色の鷲が、冷徹な目で自分たちの一挙手一投足を監視しているということも。
俺は最高司令部で最後の命令を電信で全部隊へと発した。
『全軍へ。これより、作戦名「鉄槌(ハンマー)」を開始する。各部隊は予定通り防衛線を構築。敵主力を殲滅地点へと誘い込め』
大陸の歴史を永遠に塗り替えることになる史上最大規模の戦争。
世に言う「大陸大戦」の火蓋が、今、切って落とされた。
古い時代の物量と武勇。
新しい時代の情報と火力。
どちらが真の勝者となるのか。
その答えは間もなく、この大地に血をもって記されることになるだろう。
王国の北東国境、監視砦の若い兵士は凍てつくような朝霧の中で、必死に眠気を堪えていた。
ここ数週間、帝国軍が集結しているという噂で前線は極度の緊張状態にあった。だが、実際に国境を越えてくる気配はなく、兵士たちの間にはあれはただの威嚇ではないかという弛緩した空気が流れ始めていた。
その油断が生まれた瞬間だった。
ゴゴゴゴゴ……。
不意に兵士は、大地そのものが震えるような低い地響きを感じた。地震か? いや、違う。これはもっと規則的で、方向性を持った振動だ。
彼は震える手で望遠鏡を構え、霧の向こう、地平線の彼方を見据えた。
そして、彼は呼吸を忘れた。
朝霧がゆっくりと晴れていく。その向こうから現れたのは、地平線を端から端まで埋め尽くさんばかりの黒い津波だった。
それは、人の群れだった。
朝日を浴びて鈍く輝く無数の槍と鎧。天を覆い尽くすかのように翻るガルニア帝国の深紅の軍旗。その数はもはや個として数えることなど不可能な、圧倒的なまでの「物量」。
先頭を行くのは巨大な攻城兵器の群れ。その後ろには大地を埋め尽くす重装歩兵の軍団が、一糸乱れぬ隊列を組んで黙々と進んでくる。
そして、その遥か上空には。
巨大な翼を持つ伝説の獣、竜(ドラゴン)にまたがった数十騎の竜騎士団が威圧的に旋回していた。
若い兵士は恐怖で腰が抜けそうになるのを必死で堪えた。
彼は震える指で、隣に設置された電信機のキーを叩き始めた。
これは彼に与えられた、最初でそしておそらくは最後の、最も重要な任務だった。
『テキ、シンコウカイシ。ソウヘイリョク、フメイ。コスウ、ムゲン――』
その信号が途切れた。
監視砦が帝国軍の先鋒が放った巨大な投石によって、轟音と共に粉々に砕け散ったからだ。
だが、その短い電文は光の速さで二百キロ離れた王都の最高司令部へと、確かに届いていた。
「……来たか」
王城の最高司令部に設置された巨大な地図盤の前で、俺は静かに呟いた。
地図盤の上には今しがた届いた最後の電文に基づき、北東国境を示す位置に巨大な赤い駒が一つ置かれた。
司令部に詰めていた国王軍の将軍たちが息をのむ。
「北東から来たか!」
「伝令を! 直ちに北東方面軍に迎撃準備を!」
だが、彼らの声は次々とけたたましく鳴り響く別の電信機の音によってかき消された。
北部の監視所から。そして、北西の監視所から。
『テキ、シンコウカイシ!』
『シンコウカイシ! コスウ、フメイ!』
地図盤の上に次々と赤い駒が置かれていく。
北東、北部、北西。
三つの方面から三つの巨大な津波が、同時に王国領へとその侵攻を開始したのだ。
その圧倒的な物量を前に、歴戦の将軍たちの顔からも血の気が引いていた。
「……なんという物量だ。まるで国そのものが動いているかのようだ」
「三方向から同時だと……? これでは兵力を集中させることができん!」
絶望的な空気が司令部を支配しかけたその時。
俺は静かに、しかしその場の全ての人間がはっと我に返るような力強い声で言った。
「全て、計算通りだ」
俺の言葉に、将軍たちの視線が一斉に集まる。
俺は地図盤の上に青い駒を置いていく。
「バルガス率いる第一軍は、予定通り中央平原、ポイント・アルファにて敵の中央軍を迎え撃つ」
「イーグル号はすでに北東方面軍の上空に到達しているはずだ。シルフィ、敵の正確な兵力と指揮官の位置を報告してくれ」
俺の隣に設置された特別な魔導通信機に、シルフィの緊張しているがしかしクリアな声が直接響いた。
『……了解、リオ。敵の数は、およそ二十万。指揮官は後方三キロの丘の上。竜騎士団はまだ動いていないわ!』
「よくやった。そのまま観測を続けろ」
俺は将軍たちに向き直った。
「ご覧の通り、我々は敵の全てをその手に取るように把握している。彼らがどこにどれだけの兵を動かし、何をしようとしているのか。その全てが、だ」
俺たちの圧倒的な情報的優位性。
それを目の当たりにした将軍たちの顔から、絶望の色が少しずつ消えていった。
同じ頃、帝国の中央軍を率いる老将軍ブルクハルトは、馬上で不敵な笑みを浮かべていた。
「フン。抵抗らしい抵抗もなしか。かの国の兵士どもは、我らが軍旗を見ただけで尻尾を巻いて逃げ出したと見える」
彼の目には勝利の光景しか映っていなかった。
圧倒的な兵力差。これまでの戦争の常識からすれば、負ける要素などどこにもない。
「全軍、進め! 目指すは王都! あの生意気な小僧の首を最初に刎ねた者には、一生遊んで暮らせるだけの褒美をくれてやるぞ!」
「「「うおおおおおおっ!!」」」
帝国軍の兵士たちは鬨の声を上げ、意気揚々と王国の広大な平原へとその足を踏み入れていった。
彼らはまだ知らない。
その平原が、自分たちのための巨大な墓場としてすでに完璧に準備されていたということを。
そして、自分たちの頭上、遥か上空の雲の上から銀色の鷲が、冷徹な目で自分たちの一挙手一投足を監視しているということも。
俺は最高司令部で最後の命令を電信で全部隊へと発した。
『全軍へ。これより、作戦名「鉄槌(ハンマー)」を開始する。各部隊は予定通り防衛線を構築。敵主力を殲滅地点へと誘い込め』
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