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第95話:開戦前夜
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帝国への返答がなされてから七日間。
王国は、まるで巨大な機械が最終調整を行うかのように静かに、しかし寸分の狂いもなく戦争準備の最終段階へと入っていた。
王都の駅からは連日連夜、軍用列車が北の国境へと向けて出発していく。装甲貨車には新型ライフルで武装した兵士たち、分解されたカノン砲、そして山と積まれた弾薬が満載されていた。
鉄道という鉄の動脈が、王国の軍事力を最前線へと絶え間なく送り届けていく。
空を見上げれば、白銀の船体を持つ飛行船『イーグル』が試験飛行を繰り返していた。シルフィのマナ制御はもはや神業の域に達し、巨大な船体はまるで手足のように彼女の意思通りに大空を舞っていた。
大学の研究室では階差機関が休むことなく歯車を回転させ、複雑な弾道計算や物資の最適輸送ルートを次々と弾き出している。
エリアーナは国中の富をかき集め、それを前線の兵士たちのための食料や薬、そして暖かい軍服へと変えていた。
バルガスはすでに最前線の司令部へと赴き、俺が立案した防衛計画に基づき兵士たちの配置を進めている。
クラウスは王城に残り、外交と国内の治安維持にその辣腕を振るっていた。
そして俺は、王都の最高司令部で電信機から送られてくる刻一刻と変わる戦況の全てを巨大な地図盤の上に集約し、この大戦の最終的なグランドデザインを完成させようとしていた。
誰もが自分の持ち場で、自分の戦いを戦っていた。
不安も恐怖も確かにある。
だが、それ以上に自分たちの手でこの国を守り抜くのだという、熱く静かな決意が王国全体を一つの巨大な意志へとまとめ上げていた。
そして、運命の七日目の夜が来た。
最後通牒の期限が切れる日だ。
俺は司令部の巨大なガラス窓の前に立ち、眼下に広がる王都の夜景を見下ろしていた。
電灯の光が、まるで地上に生まれた新しい星座のように街を美しく彩っている。カフェからは人々の楽しげな笑い声が聞こえ、劇場は今宵も満員の観客で賑わっているだろう。
数年前までは想像もできなかった光景。
俺たちが必死で築き上げてきた、この平和で豊かな日常。
「……これを、守るんだ」
俺は誰に言うでもなく呟いた。
その背後から、そっと温かい毛布がかけられた。
エリアーナだった。彼女は俺の隣に立つと、同じように夜景を見下ろした。
「……眠れないの?」
「ああ。少しな」
「私もよ」
彼女は静かに言った。「明日、何が始まるのかを考えると心が張り裂けそうになる。でも、不思議ね。あなたの隣にいると、その恐怖が和らぐの」
俺は彼女の肩をそっと抱き寄せた。
「俺もだよ。あんたがいなければ、俺はこの重圧にとっくに押し潰されていた」
俺たちは言葉もなく、しばらく寄り添っていた。
この当たり前の、しかし、かけがえのない平和が明日には失われてしまうかもしれない。
その事実がずしりと重くのしかかる。
「……リオ」
不意にシルフィの声がした。
振り返ると、彼女がバルコニーの入り口に少し不安げな顔で立っていた。
「どうした、シルフィ。君も眠れないのか?」
「うん……」
彼女はこくりと頷くと、俺たちのそばに駆け寄ってきた。そして、俺とエリアーナの両方の手を小さな手でぎゅっと握りしめた。
「……大丈夫だよね? 私たち、勝てるよね?」
その翡翠色の瞳は不安に揺れていた。
俺は彼女の頭を優しく撫でてやった。
「ああ、勝てるさ。絶対にだ」
俺の言葉に嘘はなかった。
俺には見えていたからだ。
この戦争の結末が。
それは希望的観測などではない。
俺たちがこの数年間で積み上げてきた圧倒的な技術的優位性が導き出す、冷徹で必然的な未来の姿だった。
「シルフィ。君のイーグルが空から敵の全てを見通してくれる」
「エリアーナ。君が前線の兵士たちの腹を満たし、体を温めてくれる」
「バルガスが俺の教えた戦術を完璧に実行してくれる」
「そしてクラウスが俺たちの背後を鉄壁の守りで固めてくれている」
俺は仲間たちの顔を思い浮かべながら言った。
「俺は一人じゃない。俺たちには最高のチームがいる。だから、負けるはずがないんだ」
俺の力強い言葉に、シルフィの瞳から不安の色が消え、いつもの輝くような光が戻ってきた。
エリアーナもまた、俺の腕の中で強く頷いた。
遠く王城の時計塔が、深夜零時を告げる重々しい鐘の音を響かせた。
最後通牒の期限が切れた。
開戦の時だ。
俺は眼下に広がる愛しい光の海を、もう一度その目に焼き付けた。
「この光を、この未来を、誰にも奪わせはしない」
大陸の全ての生命の運命を決する最大の戦争が、今、始まろうとしていた。
俺は静かに、しかし心の奥底で燃え盛る鋼のような闘志と共に、その歴史の始まりを告げるのだった。
俺たちの最後の戦いが始まる。
王国は、まるで巨大な機械が最終調整を行うかのように静かに、しかし寸分の狂いもなく戦争準備の最終段階へと入っていた。
王都の駅からは連日連夜、軍用列車が北の国境へと向けて出発していく。装甲貨車には新型ライフルで武装した兵士たち、分解されたカノン砲、そして山と積まれた弾薬が満載されていた。
鉄道という鉄の動脈が、王国の軍事力を最前線へと絶え間なく送り届けていく。
空を見上げれば、白銀の船体を持つ飛行船『イーグル』が試験飛行を繰り返していた。シルフィのマナ制御はもはや神業の域に達し、巨大な船体はまるで手足のように彼女の意思通りに大空を舞っていた。
大学の研究室では階差機関が休むことなく歯車を回転させ、複雑な弾道計算や物資の最適輸送ルートを次々と弾き出している。
エリアーナは国中の富をかき集め、それを前線の兵士たちのための食料や薬、そして暖かい軍服へと変えていた。
バルガスはすでに最前線の司令部へと赴き、俺が立案した防衛計画に基づき兵士たちの配置を進めている。
クラウスは王城に残り、外交と国内の治安維持にその辣腕を振るっていた。
そして俺は、王都の最高司令部で電信機から送られてくる刻一刻と変わる戦況の全てを巨大な地図盤の上に集約し、この大戦の最終的なグランドデザインを完成させようとしていた。
誰もが自分の持ち場で、自分の戦いを戦っていた。
不安も恐怖も確かにある。
だが、それ以上に自分たちの手でこの国を守り抜くのだという、熱く静かな決意が王国全体を一つの巨大な意志へとまとめ上げていた。
そして、運命の七日目の夜が来た。
最後通牒の期限が切れる日だ。
俺は司令部の巨大なガラス窓の前に立ち、眼下に広がる王都の夜景を見下ろしていた。
電灯の光が、まるで地上に生まれた新しい星座のように街を美しく彩っている。カフェからは人々の楽しげな笑い声が聞こえ、劇場は今宵も満員の観客で賑わっているだろう。
数年前までは想像もできなかった光景。
俺たちが必死で築き上げてきた、この平和で豊かな日常。
「……これを、守るんだ」
俺は誰に言うでもなく呟いた。
その背後から、そっと温かい毛布がかけられた。
エリアーナだった。彼女は俺の隣に立つと、同じように夜景を見下ろした。
「……眠れないの?」
「ああ。少しな」
「私もよ」
彼女は静かに言った。「明日、何が始まるのかを考えると心が張り裂けそうになる。でも、不思議ね。あなたの隣にいると、その恐怖が和らぐの」
俺は彼女の肩をそっと抱き寄せた。
「俺もだよ。あんたがいなければ、俺はこの重圧にとっくに押し潰されていた」
俺たちは言葉もなく、しばらく寄り添っていた。
この当たり前の、しかし、かけがえのない平和が明日には失われてしまうかもしれない。
その事実がずしりと重くのしかかる。
「……リオ」
不意にシルフィの声がした。
振り返ると、彼女がバルコニーの入り口に少し不安げな顔で立っていた。
「どうした、シルフィ。君も眠れないのか?」
「うん……」
彼女はこくりと頷くと、俺たちのそばに駆け寄ってきた。そして、俺とエリアーナの両方の手を小さな手でぎゅっと握りしめた。
「……大丈夫だよね? 私たち、勝てるよね?」
その翡翠色の瞳は不安に揺れていた。
俺は彼女の頭を優しく撫でてやった。
「ああ、勝てるさ。絶対にだ」
俺の言葉に嘘はなかった。
俺には見えていたからだ。
この戦争の結末が。
それは希望的観測などではない。
俺たちがこの数年間で積み上げてきた圧倒的な技術的優位性が導き出す、冷徹で必然的な未来の姿だった。
「シルフィ。君のイーグルが空から敵の全てを見通してくれる」
「エリアーナ。君が前線の兵士たちの腹を満たし、体を温めてくれる」
「バルガスが俺の教えた戦術を完璧に実行してくれる」
「そしてクラウスが俺たちの背後を鉄壁の守りで固めてくれている」
俺は仲間たちの顔を思い浮かべながら言った。
「俺は一人じゃない。俺たちには最高のチームがいる。だから、負けるはずがないんだ」
俺の力強い言葉に、シルフィの瞳から不安の色が消え、いつもの輝くような光が戻ってきた。
エリアーナもまた、俺の腕の中で強く頷いた。
遠く王城の時計塔が、深夜零時を告げる重々しい鐘の音を響かせた。
最後通牒の期限が切れた。
開戦の時だ。
俺は眼下に広がる愛しい光の海を、もう一度その目に焼き付けた。
「この光を、この未来を、誰にも奪わせはしない」
大陸の全ての生命の運命を決する最大の戦争が、今、始まろうとしていた。
俺は静かに、しかし心の奥底で燃え盛る鋼のような闘志と共に、その歴史の始まりを告げるのだった。
俺たちの最後の戦いが始まる。
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