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第94話:最後通牒
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春が来た。
王国の長く厳しい冬が終わり、大地が雪解け水で潤い、新しい命が芽吹き始める季節。
だが、その穏やかな季節の訪れとは裏腹に、北の国境線を覆う空気は日に日に張り詰めていった。
帝国の五十万を超える大軍が、国境付近にその集結を完了させたのだ。
その報せは電信によって、瞬時に王都の俺たちの元へと届けられた。
いよいよ、来るべき時が来たのだ。
王城の大会議室には、国王アルベール三世とクラウス、俺、そして王国軍の最高幹部たちが顔を揃えていた。
壁に広げられた巨大な地図には、帝国の恐るべき軍勢の配置が赤い駒でびっしりと示されている。それはまるで王国を飲み込もうとする巨大な赤い龍のようだった。
「……報告します」
クラウスが最新の情報を冷静な声で読み上げた。「敵の総兵力、推定五十五万。三つの方面軍に分かれ、我が国の北東、北部、北西の三つの主要ルートから同時に侵攻を開始する構えです。その目的は疑いようもなく、王都の電撃的な占領かと」
会議室が重い沈黙に包まれる。
王国軍の総兵力は、俺たちが育成した新式の部隊を含めても十五万。兵力差は三倍以上だ。
老将軍の一人が呻くように言った。
「……籠城しかあるまい。王都の城壁を固く守り、敵の補給線が伸び切るのを待つ。それしか我々に勝ち目はない」
それはこれまでの軍事常識に基づいた、最も堅実で、そして最も消極的な作戦だった。
だが、俺は静かに首を振った。
「いえ。籠城はしません」
俺の言葉に、将軍たちの視線が一斉に突き刺さる。
「我々は打って出ます。国境線で敵の主力を正面から叩き潰すのです」
「馬鹿な!」
老将軍が声を荒らげた。「三倍の敵を野戦で迎え撃つなど自殺行為だ! グラウ平原の勝利で思い上がっているのではないか、公爵閣下!」
俺は彼のその言葉を静かに受け止めた。
そしてゆっくりと、俺たちの勝利の方程式を語り始めた。
「将軍。戦争の勝敗を決するのは、もはや兵士の数ではありません。火力と機動力、そして情報の速さです」
俺は地図の上に青い駒を置いていく。
「鉄道を使い、我々の主力である新型カノン砲部隊とライフル部隊を、敵の主力が現れるであろう中央の平原へと敵よりも早く展開させます」
「空からはイーグル号が、敵の正確な位置と動きをリアルタイムで我々の司令部へと送り続けます」
「そして電信が、その情報を瞬時に前線の砲兵部隊へと伝達する。我々は敵の姿を見ることなく、その頭上から一方的に鉄の雨を降らせることができるのです」
それは、グラウ平原の戦いをさらに巨大なスケールで再現する作戦だった。
将軍たちは、俺の語るあまりにも異質な未来の戦争の形に言葉を失い、ただ呆然と聞き入るだけだった。
国王は黙って俺の言葉に耳を傾けていた。そして、全てを聞き終えると静かに、しかし力強く言った。
「……分かった。リオ公爵。全軍の指揮権をそなたに委ねる。そなたの信じるやり方で、この国を守り抜いてみせよ」
王の絶対的な信頼。
俺は深く頭を下げた。
その重い責任を、この両肩に確かに受け止めて。
全ての準備が整った。
まるでその瞬間を計っていたかのように。
ガルニア帝国から王国へ、一人の使者が訪れた。
その使者が国王アルベール三世の前に恭しく差し出したのは、皇帝の印が押された一通の羊皮紙。
最後通牒だった。
クラウスがその文面を冷たい声で読み上げる。
『賢明なる国王アルベール三世陛下へ。
我が偉大なるガルニア帝国は、貴国との無益な争いを望むものではない。我らが望むは大陸の恒久的な平和と秩序のみである。
しかるに、貴国の臣下リオ・アシュフォードなる男は、その邪悪なる技術をもって大陸のバランスを乱し、人々の心を惑わす危険極まりない存在である。
よって、陛下に要求する。
第一に、公爵リオ・アシュフォードの身柄を、全ての技術資料と共に我が帝国へと引き渡すこと。
第二に、貴国が開発した鉄道、電信、そして全ての新型兵器を、我が帝国の管理下に置くこと。
この二つの要求を七日以内に受け入れるのであれば、我が帝国は貴国の主権と王家の安泰を保証しよう。
だが、もしこの要求を拒否するのであれば。
我が五十万の正義の軍勢が、貴国を地上から完全に消し去ることになるであろう』
それは、あまりにも傲慢で一方的な降伏勧告だった。
謁見の間は死のような静寂に包まれた。
帝国の使者は勝ち誇ったような笑みを浮かべて、国王の返答を待っている。
誰もが固唾をのんで国王の決断を見守っていた。
その静寂を破ったのは、国王ではなかった。
俺だった。
俺はゆっくりと一歩前に出た。
そして帝国の使者の目の前に立つと、静かに、しかしその場にいる全ての者の腹の底に響き渡るような冷徹な声で言い放った。
「……下らん」
「なっ……!?」
使者は一人の臣下に過ぎない俺が口を挟んだことに、驚きと怒りの表情を浮かべた。
俺はそんな彼を完全に見下すような冷たい視線で射抜いた。
「帰って、お前たちの臆病者の皇帝にそう伝えろ」
俺は一言一句区切るように告げた。
「我らの答えは『否』だ。そして、もし貴様らがその汚れた軍靴で我らが祖国の土を一歩でも踏み荒らすというのならば」
俺の全身から、凄まじいまでの覇気が放たれる。
「我々は、その五十万の軍勢を一人残らず、鉄と炎の地獄の底へと叩き落とすことになるだろう、と」
それは事実上の宣戦布告だった。
辺境の貧乏貴族の三男坊だった少年が、大陸最強の帝国に対し真っ向から喧嘩を売った瞬間だった。
使者は顔を真っ青にさせ、腰を抜かさんばかりに震え上がった。
国王アルベール三世は、その俺の姿を満足げな、そして誇らしげな笑みを浮かべて見つめていた。
もはやこの国に迷いはない。
戦うべき道はただ一つ。
王国は迷わず、帝国との全面戦争を選択した。
最後通牒への返答はその日のうちに帝国へと伝えられた。
そして大陸の全ての国々が固唾をのんで見守る中。
運命の七日間が、静かに始まろうとしていた。
王国の長く厳しい冬が終わり、大地が雪解け水で潤い、新しい命が芽吹き始める季節。
だが、その穏やかな季節の訪れとは裏腹に、北の国境線を覆う空気は日に日に張り詰めていった。
帝国の五十万を超える大軍が、国境付近にその集結を完了させたのだ。
その報せは電信によって、瞬時に王都の俺たちの元へと届けられた。
いよいよ、来るべき時が来たのだ。
王城の大会議室には、国王アルベール三世とクラウス、俺、そして王国軍の最高幹部たちが顔を揃えていた。
壁に広げられた巨大な地図には、帝国の恐るべき軍勢の配置が赤い駒でびっしりと示されている。それはまるで王国を飲み込もうとする巨大な赤い龍のようだった。
「……報告します」
クラウスが最新の情報を冷静な声で読み上げた。「敵の総兵力、推定五十五万。三つの方面軍に分かれ、我が国の北東、北部、北西の三つの主要ルートから同時に侵攻を開始する構えです。その目的は疑いようもなく、王都の電撃的な占領かと」
会議室が重い沈黙に包まれる。
王国軍の総兵力は、俺たちが育成した新式の部隊を含めても十五万。兵力差は三倍以上だ。
老将軍の一人が呻くように言った。
「……籠城しかあるまい。王都の城壁を固く守り、敵の補給線が伸び切るのを待つ。それしか我々に勝ち目はない」
それはこれまでの軍事常識に基づいた、最も堅実で、そして最も消極的な作戦だった。
だが、俺は静かに首を振った。
「いえ。籠城はしません」
俺の言葉に、将軍たちの視線が一斉に突き刺さる。
「我々は打って出ます。国境線で敵の主力を正面から叩き潰すのです」
「馬鹿な!」
老将軍が声を荒らげた。「三倍の敵を野戦で迎え撃つなど自殺行為だ! グラウ平原の勝利で思い上がっているのではないか、公爵閣下!」
俺は彼のその言葉を静かに受け止めた。
そしてゆっくりと、俺たちの勝利の方程式を語り始めた。
「将軍。戦争の勝敗を決するのは、もはや兵士の数ではありません。火力と機動力、そして情報の速さです」
俺は地図の上に青い駒を置いていく。
「鉄道を使い、我々の主力である新型カノン砲部隊とライフル部隊を、敵の主力が現れるであろう中央の平原へと敵よりも早く展開させます」
「空からはイーグル号が、敵の正確な位置と動きをリアルタイムで我々の司令部へと送り続けます」
「そして電信が、その情報を瞬時に前線の砲兵部隊へと伝達する。我々は敵の姿を見ることなく、その頭上から一方的に鉄の雨を降らせることができるのです」
それは、グラウ平原の戦いをさらに巨大なスケールで再現する作戦だった。
将軍たちは、俺の語るあまりにも異質な未来の戦争の形に言葉を失い、ただ呆然と聞き入るだけだった。
国王は黙って俺の言葉に耳を傾けていた。そして、全てを聞き終えると静かに、しかし力強く言った。
「……分かった。リオ公爵。全軍の指揮権をそなたに委ねる。そなたの信じるやり方で、この国を守り抜いてみせよ」
王の絶対的な信頼。
俺は深く頭を下げた。
その重い責任を、この両肩に確かに受け止めて。
全ての準備が整った。
まるでその瞬間を計っていたかのように。
ガルニア帝国から王国へ、一人の使者が訪れた。
その使者が国王アルベール三世の前に恭しく差し出したのは、皇帝の印が押された一通の羊皮紙。
最後通牒だった。
クラウスがその文面を冷たい声で読み上げる。
『賢明なる国王アルベール三世陛下へ。
我が偉大なるガルニア帝国は、貴国との無益な争いを望むものではない。我らが望むは大陸の恒久的な平和と秩序のみである。
しかるに、貴国の臣下リオ・アシュフォードなる男は、その邪悪なる技術をもって大陸のバランスを乱し、人々の心を惑わす危険極まりない存在である。
よって、陛下に要求する。
第一に、公爵リオ・アシュフォードの身柄を、全ての技術資料と共に我が帝国へと引き渡すこと。
第二に、貴国が開発した鉄道、電信、そして全ての新型兵器を、我が帝国の管理下に置くこと。
この二つの要求を七日以内に受け入れるのであれば、我が帝国は貴国の主権と王家の安泰を保証しよう。
だが、もしこの要求を拒否するのであれば。
我が五十万の正義の軍勢が、貴国を地上から完全に消し去ることになるであろう』
それは、あまりにも傲慢で一方的な降伏勧告だった。
謁見の間は死のような静寂に包まれた。
帝国の使者は勝ち誇ったような笑みを浮かべて、国王の返答を待っている。
誰もが固唾をのんで国王の決断を見守っていた。
その静寂を破ったのは、国王ではなかった。
俺だった。
俺はゆっくりと一歩前に出た。
そして帝国の使者の目の前に立つと、静かに、しかしその場にいる全ての者の腹の底に響き渡るような冷徹な声で言い放った。
「……下らん」
「なっ……!?」
使者は一人の臣下に過ぎない俺が口を挟んだことに、驚きと怒りの表情を浮かべた。
俺はそんな彼を完全に見下すような冷たい視線で射抜いた。
「帰って、お前たちの臆病者の皇帝にそう伝えろ」
俺は一言一句区切るように告げた。
「我らの答えは『否』だ。そして、もし貴様らがその汚れた軍靴で我らが祖国の土を一歩でも踏み荒らすというのならば」
俺の全身から、凄まじいまでの覇気が放たれる。
「我々は、その五十万の軍勢を一人残らず、鉄と炎の地獄の底へと叩き落とすことになるだろう、と」
それは事実上の宣戦布告だった。
辺境の貧乏貴族の三男坊だった少年が、大陸最強の帝国に対し真っ向から喧嘩を売った瞬間だった。
使者は顔を真っ青にさせ、腰を抜かさんばかりに震え上がった。
国王アルベール三世は、その俺の姿を満足げな、そして誇らしげな笑みを浮かべて見つめていた。
もはやこの国に迷いはない。
戦うべき道はただ一つ。
王国は迷わず、帝国との全面戦争を選択した。
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