異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第93話:それぞれの戦場

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帝国との開戦がもはや避けられない現実として、王国の全ての人々に重くのしかかっていた。
だが、そこにかつての内乱前のような無力な絶望感はなかった。
人々は知っていたからだ。自分たちの国には若き公爵リオ・アシュフォードと、彼が率いる新しい時代の力がついていることを。
そして、その信頼に応えるべく俺の仲間たちはそれぞれの戦場で、自らの持てる全ての力を注ぎ込み、来るべき決戦への備えを進めていた。
誰もが、自分の戦いを戦っていた。

エリアーナの戦場は、王都にそびえ立つアシュフォード商会本店の最上階にある執務室だった。
窓の外には建設ラッシュに沸く王都の景色が広がっている。だが、彼女の目にはその光景は映っていなかった。彼女が見つめているのは、机の上に山と積まれた帳簿と生産計画書、そして王国全土の資源配置図だった。
「鉄鋼の生産量をさらに15パーセント引き上げなさい。そのためには石炭の輸送ルートをもう一本確保する必要があるわ。鉄道のダイヤを再編成して、軍事物資の輸送を最優先に!」
彼女の声が執務室に響き渡る。文官たちが慌ただしくその指示を書き留め、走り出ていく。
彼女が今やっているのは、国家の経済そのものを平時から戦時体制へと完全に切り替えるという荒業だった。
兵器の生産を最大化しつつ、国民の生活が破綻しないように食料や生活必需品の供給ラインを維持する。それは巨大で複雑なパズルのたった一つの正解を、無数の変数の中から導き出すような神業に近い作業だった。
証券取引所で集めた莫大な資金は、そのほとんどが軍事費へと注ぎ込まれていく。彼女は投資家である国民に対し、包み隠さず説明した。
『この戦争は、我々の未来を守るための最大の投資です。勝利の暁には、必ずや何倍もの見返りとなって皆様の元へと還元されることを、アシュフォード商会が保証いたします』
その力強い宣言は、民衆の不安を熱狂的な支持へと変えた。
夜、一人になった執務室で彼女は疲れたように額を押さえた。
「……血は流さない。けれど、私の戦場もここにあるわ」
彼女は窓の外の大学の方角を見つめた。そこにいる愛しい男の顔を思い浮かべながら。
「だから、あなたも負けないで、リオ」
その呟きは誰に聞かれることもなく、静かな夜の闇に溶けていった。

バルガスの戦場は、王都の郊外に新設された王立士官学校の、汗と土埃が舞う広大な訓練場だった。
「違う! お前たちが操作するのはただの鉄の筒ではない! この国の未来だ! 一発の弾丸の重みをその身で知れ!」
彼の雷のような怒声が、若い士官候補生たちの背筋を震わせる。
彼が育てているのは、もはや旧時代の名誉と武勇を重んじる騎士ではなかった。
地形を読み、弾道を計算し、情報に基づいて冷徹に、そして合理的に判断を下すことができる、新しい時代の軍事のプロフェッショナルだった。
初めのうち、古い考えを持つ国王軍のベテラン将校たちからは強い反発があった。
「騎士道精神を忘れたただの鉄砲撃ちを育てて、何になる!」
だが、バルガスは彼らを模擬戦で完膚なきまでに叩きのめした。
アシュフォード製のライフルで武装し、彼の教えた散兵戦術を駆使する若い士官候補生たちは、倍以上の数の旧式な重装騎士団をいともたやすく無力化したのだ。
その圧倒的な結果の前に、もはや誰も文句を言う者はいなくなった。
訓練を終え、夕日に染まる訓練場を眺めながらバルガスは静かに思う。
(俺が育てているのは英雄ではない。国を守るための無名の歯車だ。だが、その一つ一つがどんな宝石よりも価値のある黄金の歯車なのだ)
その無骨な横顔には、国の未来を担う若者たちを育てる教育者としての深い誇りが刻まれていた。

クラウスの戦場は、王城の光の届かない地下深くにある諜報部の執務室だった。
壁にはガルニア帝国の詳細な地図が張り巡らされ、そこには無数の駒と線が書き込まれている。
「帝国の第三軍団と第五軍団が、国境付近の都市ノルドへと集結中。総兵力はおよそ十五万」
「南方の属国からも兵を徴収している模様。全体の兵力は我々の予想をさらに上回るやもしれません」
部下である『王の影』たちが次々と最新の情報を報告していく。その情報はアシュフォード商会の情報網からもたらされたものとクロスチェックされ、その精度を極限まで高められていた。
彼はそれらの膨大な情報を恐るべき速さで処理し、分析し、敵の意図を読み解いていく。
そして彼は、外交というもう一つの戦場でも静かに戦っていた。
周辺諸国の大使たちと連日のように会談を重ねる。
「……帝国が本当に正義の側にいるとお思いかな? 彼らの覇権主義が、いずれあなた方の国にも牙を剥くことになるとはお考えにならないか?」
甘い言葉で、脅しで、そして時にはアシュフォード商会がもたらす経済的な利益をちらつかせ、彼は巧みに周辺諸国を中立の立場へと縛り付けていった。
彼はリオとのあの夜の会話以来、自らに課した役割を完璧に演じていた。
国を守るためなら、いかなる嘘も、いかなる非情な手段もためらわない。
清濁併せ呑む、国家の冷徹な守護者。
それが彼の選んだ戦い方だった。

そして、シルフィの戦場は大学の最も静かで最も清浄な魔導科学研究所だった。
彼女は白衣を身にまとい、その翡翠色の瞳を真剣な光で輝かせながら、複雑な実験装置を見つめていた。
彼女の周りでは優秀な学生たちが彼女の指示に従い、黙々と作業を続けている。
「……ダメ。マナの共振周波数がまだ安定しない。もっとアーククリスタルの純度を上げないと……」
彼女が取り組んでいるのは、魔法の軍事応用研究。
遠く離れた敵の金属製の武具だけを探知する、「魔導探査(レーダー)」。
声を直接、遠くの仲間の頭の中に届ける、「魔導通信(テレパシー)」。
そして、究極の目標である飛行船『イーグル』をさらに改良し、帝国の竜騎士団と渡り合えるだけの戦闘能力を付与すること。
自分の穏やかで優しい力が、戦争という最も悲しい行為のために使われることへの葛藤がなかったわけではない。
だが、彼女の心はもう揺らがなかった。
(私が頑張らないと。リオが、みんなが安心して戦えるように。私が空からみんなを守るんだ)
その小さな体には、この国の空の守りを一手に引き受けるという、大きくて気高い覚悟が宿っていた。

エリアーナは財政と生産を。
バルガスは軍の訓練を。
クラウスは外交と諜報を。
シルフィは新しい技術の開発を。
そして俺は、その全ての戦場を司令塔として束ね、帝国軍を打ち破るための最終的なグランドデザインを描き続けていた。
それぞれの戦場で。
それぞれの持ち場で。
誰もが、来るべき決戦の日のためにその魂を赤く熱く燃やしていた。
王国の全ての力が今、一つの目的のために結集しようとしていた。
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