異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第107話:リリアナの夢

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帰還兵支援計画が軌道に乗り始め、俺の心の中の戦争の傷跡も少しずつ癒え始めていた。
だが、俺の最も身近な場所に戦争が残した深い爪痕に苦しんでいる人間がいたことを、俺はまだ気づいていなかった。
妹のリリアナだ。

内乱、そして帝国との大戦。その二つの大きな戦いの間、彼女はまだ十歳そこそこの少女でありながら、王都の屋敷で後方支援のために奔走してくれていた。
負傷した兵士たちのための包帯作り。
前線へ送る食料の準備。
そして何より、彼女は俺が設立を後押しした臨時の野戦病院で、看護師たちの見習いとして自ら志願して働いていたのだ。
俺は彼女を危険な場所から遠ざけていたつもりだった。
だが、戦争の最も残酷な現実は、銃弾が飛び交う最前線だけにあるのではなかった。
血とうめき声に満ちた野戦病院。そこもまた、紛れもない地獄のような戦場だった。

その日、俺は久しぶりに王都の屋敷に戻っていた。
公爵としての執務室ではなく、かつて家族と暮らした懐かしい部屋で休息を取るためだ。
夕食の後、俺は庭のベンチで一人、物思いに耽っていた。
そこへリリアナが静かにやってきた。
彼女は何も言わずに俺の隣にちょこんと座った。
「……どうした、リリアナ。何か悩み事か?」
俺が尋ねると、彼女はしばらく俯いていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
その顔は俺の知っている天真爛漫な妹の顔ではなかった。
そこには年齢には不釣り合いな深い悲しみと、そして鋼のような強い意志の光が宿っていた。
「……お兄様」
彼女は震える声で語り始めた。
「私、見たの。病院でたくさん。兵隊さんたちが苦しんで死んでいくのを」
その瞳には、彼女が目の当たりにしてきたであろう数々の凄惨な光景が映し出されているかのようだった。
「手当が間に合わなくて。お薬が足りなくて。ほんの少しの傷が化膿して熱を出して……。昨日まで元気にお話していた人が、次の日には冷たくなって運ばれていくの」
彼女は自分の小さな手をぎゅっと握りしめた。
「私、何もできなかった。ただ水を飲ませてあげたり、汗を拭いてあげることしかできなかった。無力だった。悔しかった……!」
その声は悲痛な叫びだった。
俺は言葉を失った。
俺が戦場で何十万という敵兵の命を効率的に奪うためのシステムを作り上げていた、その同じ時間。
この幼い妹は、たった一つの味方の命すら救えない無力感と戦っていたのだ。
俺は、何という残酷な現実を彼女に背負わせてしまったのだろうか。
「……すまない、リリアナ」
俺はそれしか言うことができなかった。「お前に辛い思いをさせてしまったな」
だが、リリアナは静かに首を横に振った。
「ううん。謝らないで、お兄様」
彼女は涙で濡れた瞳で、俺の目をまっすぐに見つめ返した。
そして、はっきりと宣言した。
「私、決めたの」
「……」
「お兄様、私、お医者様になりたいです」
その言葉は俺の胸を強く打った。
「もう、誰も目の前で死なせたくない。助けられるはずの命を失いたくない。お兄様がペニシリンっていう奇跡のお薬を作ってくれた。でも、それだけじゃ足りないの。もっとたくさんの知識と技術が必要だって分かったの」
彼女は立ち上がった。
その小さな体には、信じられないほどの気高さと決意が満ち溢れていた。
「だから私、勉強する。王立魔導科学大学の医学部に入って、世界で一番のお医者様になる。そしていつか、お兄様みたいにたくさんの人を助けられる人間になるの」
それは戦争という巨大な悲劇の瓦礫の中から生まれた、一つの小さく、しかし何よりも尊い新しい夢だった。
破壊の跡に命を救うという希望の種が芽吹いた瞬間だった。

俺は込み上げてくる熱い感情を抑えることができなかった。
俺は静かに彼女の前に膝をついた。
そして、一人の公爵としてではなく、ただの兄として彼女のその気高い夢に敬意を表した。
「……リリアナ」
俺は彼女の小さな手を両手で包み込んだ。「お前は俺の誇りだ」
俺のその言葉を聞いて、彼女の張り詰めていた表情がふっと緩んだ。
そして彼女はようやく年相応の子供のように、声を上げて泣き出した。
俺はそんな妹をただ黙って優しく抱きしめてやった。

この日、俺は改めて誓った。
この妹の気高い夢を、俺が全力で後押ししよう、と。
彼女が最高の医療を学び、実践できる最高の環境を、俺のこの手で創り上げてみせよう、と。
それは、俺が新たなる誓いとして掲げた「人を豊かにする」ための、最も具体的でそして最も尊い道しるべとなった。
リリアナの夢はもはや彼女一人のものではない。
それはこの国の新しい時代の希望そのものだったのだ。
俺は妹の温もりを感じながら、その温かい希望の光がこの国の未来を明るく照らし出していくのを、確かに予感していた。
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