異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

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第34話:目覚めと情報屋の取引

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再び意識を取り戻した時、俺はシャロンの隠れ家のベッドの上に寝かされていた。前回、ギルドの医務室で目覚めた時よりも、さらに深い疲労感と、特に頭部に残る鈍い痛みが、あの壮絶な出来事が現実であったことを物語っている。

(【コード・ライティング】……とんでもないスキルだが、反動も半端じゃないな)

あの黒い匣――精神汚染を引き起こす古代の遺物――に、強制的に停止コードを書き込む。それは、俺の現在のスキルレベルやMP容量を明らかに超えた行為だったのだろう。最後の一押しとなった、あの内側から湧き上がるような力は何だったのか? 転生者の特性なのか、あるいは単なる火事場の馬鹿力か。いずれにせよ、気軽に使っていいスキルではないことだけは確かだ。

「……目が覚めたようね」

声のした方を見ると、ベッドの脇の椅子に、シャロンが足を組んで座っていた。いつもの漆黒の革鎧姿だが、フードは取っており、その美しいダークエルフの顔には、安堵と、そして強い興味が浮かんでいる。

「気分はどう? 丸一日、眠っていたわよ」

「……また、丸一日ですか」俺は苦笑する。「身体は……動きます。頭痛は少し残っていますが」

「無理もないわ。あの状況で、あの匣を止めたのだから」シャロンは、テーブルの上に置かれた黒い匣を一瞥する。それは、今は何の光も放たず、ただの不気味な箱として鎮座している。「あなたの新スキル、【コード・ライティング】……だったかしら? まさか、そんな力まで持っていたなんてね。驚いたわ」

(……やはり、見られていたか)
俺がスキルを使った際、彼女はその様子を冷静に観察していたのだろう。隠し事は、もはや無意味かもしれない。

「それで、あの後、どうなったんですか? マルクス子爵は?」

「子爵は、私が気絶させた後、屋敷の使用人に見つからないように寝室へ運び、全てが『悪夢』だったかのように偽装しておいたわ」シャロンは肩をすくめる。「遺物の影響から解放されたことで、彼の精神状態も少しは落ち着くでしょう。まあ、これまでの奇行の責任を取らされることになるかもしれないけれど、それは私の知ったことではないわ」

「そうですか……」
子爵の末路は気になるが、俺たちが直接関与する必要はないだろう。

「問題は、こっちよ」シャロンは、再び黒い匣に視線を向ける。「あなたのスキルで停止させたとはいえ、この遺物そのものが消えたわけではない。依然として危険な代物であることに変わりはないわ。それに、地下牢にいた『あれ』……あれも、完全に消滅したわけではないかもしれない」

(地下牢の怪物……確かに、霧散したように見えたが、あれは一体何だったんだ?)

「あれについて、何か分かりましたか?」俺は尋ねる。

シャロンは、少し難しい顔をして首を振った。
「断片的な情報しかないわ。マルクス子爵家の古い記録や、裏社会の噂を総合すると……あの一族は、代々、強い『怨念』を持つ者を地下牢に閉じ込め、それを何らかの形で利用、あるいは封印してきたようなの。黒い匣は、その『怨念』を増幅させ、操るための触媒だったのかもしれないわね」

「怨念を増幅し、操る……」
聞いているだけで、背筋が寒くなるような話だ。そんな危険なものを、なぜマルクス子爵は使おうとしたのか?

「動機は、おそらく『復讐』でしょうね」シャロンは推測する。「マルクス子爵家は、近年、他の貴族との権力争いに敗れ、没落の一途を辿っていた。彼は、その状況を覆すために、禁断の力に手を出した……といったところかしら。まあ、よくある話よ、貴族社会ではね」
彼女は、どこか冷めた口調で言った。

(よくある話……なのか?)
俺のいた世界の常識とは、かけ離れている。この世界の闇は、俺が思っている以上に深いのかもしれない。

「とにかく、これで依頼は達成、ということでいいんですよね?」俺は確認する。「遺物の機能は停止させました」

「ええ、そうね」シャロンは頷く。「正直、予想以上の成果よ。まさか、あの匣を完全に止められるとは思っていなかったわ。あなたは、私の期待を遥かに超える『ツール』だったわね」

「……ツール、ですか」俺は、再びその言葉に少し眉をひそめる。

「あら、気を悪くした? でも、事実でしょう?」シャロンは悪びれずに笑う。「私も、あなたにとっては『情報』や『手引き』を提供するツール。お互い様じゃないかしら?」

「……まあ、そうかもしれませんね」俺は、それ以上反論するのをやめた。彼女との関係は、ビジネスライクなものである方が、むしろ都合が良いのかもしれない。

「さて、約束通り、報酬を支払いましょう」シャロンは立ち上がり、隠れ家の奥にある金庫から、ずっしりと重い革袋を二つ持ってきた。「まずは、基本報酬の金貨50枚。そして、追加報酬の金貨100枚。合計150枚よ。確かに受け取って」

俺は革袋を受け取り、中身を確認する。眩いばかりの金貨が、約束通り入っていた。これで、俺の資産はさらに増えた。工房の拡張や、リリアとの魔道具開発も、本格的に進められるだろう。

「ありがとうございます」

「そして、もう一つの報酬。『特別な情報』だったわね」シャロンは、再び椅子に座り、赤い瞳で俺を見据える。「何を知りたい? 『魔力汚染』の詳細? 『転生者』の秘密? それとも、あなたのスキル【デバッガー】の由来?」

彼女が提示した三つの選択肢。どれも魅力的だ。
魔力汚染は、エムデン村やゴブリンキングの件で、俺が直接関わってきた問題だ。その実態を知ることは、今後の脅威への備えとなるだろう。
転生者の秘密。俺自身の存在意義に関わる情報だ。なぜ俺がこの世界に呼ばれ、【デバッガー】スキルを与えられたのか。その答えに近づけるかもしれない。
そして、【デバッガー】スキルの由来。この特異な力が、どこから来たのか。古代文明との関連は? スキルのさらなる進化のヒントが得られるかもしれない。

(……どれを選ぶべきか)
究極の選択だ。今の俺にとって、最も優先すべき情報は何か?

俺は、しばらく考え込んだ後、口を開いた。
「……【デバッガー】スキルの由来について、教えていただけますか?」

魔力汚染や転生者の情報も重要だが、まずは自分自身の力の根源を知ることが、今後の全ての行動の基盤になると判断した。スキルへの理解を深めることが、結果的に他の問題解決にも繋がるはずだ。

俺の選択を聞いたシャロンは、ふむ、と少し意外そうな表情を見せたが、すぐに頷いた。
「……分かったわ。賢明な選択かもしれないわね。いいでしょう、私が知る限りの情報を教えてあげる」

彼女は、ゆっくりと語り始めた。
「まず、断っておくけれど、これから話すことは、確証のある事実ばかりではないわ。多くは、古代遺跡から発掘された断片的な記録や、裏社会で囁かれる信憑性の低い噂、そして私の個人的な推測が混じっている。それでもいいかしら?」

「構いません」

「あなたのスキル【デバッガー】……それは、おそらく、この世界を創造した、あるいは管理していたとされる『古代文明』の技術に由来するものよ」

「古代文明……やはり」
ホログラフ・キューブの情報とも一致する。

「彼らは、極めて高度な魔法技術、あるいは科学技術……もはや、その区別すら曖昧なほどの力を持っていたらしいわ。そして、この世界そのものを、一種の巨大な『システム』として構築し、管理していたと考えられている」
シャロンは、まるで遠い昔を懐かしむかのように、目を細める。
「しかし、そのシステムには、当初から、あるいは時間の経過と共に、様々な『バグ』が発生し始めた。原因は不明よ。外部からの干渉か、内部的な矛盾か、あるいは設計ミスか……」

「バグ……」

「古代文明は、そのバグを修正するために、『デバッグ』を試みた。その過程で生み出されたのが、システムに直接干渉し、バグを発見・修正するための特殊な能力……あるいは、それを持つ『存在』だったのかもしれないわ。それが、あなたの持つ【デバッガー】スキルの原型ではないかしら?」

(俺のスキルは、バグ修正のために作られた……?)

「だが、デバッグはうまくいかなかった。バグは修正されるどころか、新たなバグを生み、システム全体を汚染し、不安定化させていった。ホログラフ・キューブのログにあった『汚染』や『コア暴走』は、その時の出来事を指しているのかもしれないわね」

「それで、古代文明は……?」

「最終的に、彼らはシステム全体の崩壊を防ぐために、世界の一部、あるいはシステムそのものを『封印』することを選んだ。そして、自らは歴史の闇へと姿を消した……というのが、一般的な仮説よ。もちろん、真相は誰にも分からないけれど」

シャロンの話は、衝撃的だった。この世界が作られたシステムであり、過去に大規模なバグとデバッグ、そして封印があった。俺のスキルは、その遺産である可能性が高い。

「では、俺のような転生者は……?」

「それも謎が多いわ」シャロンは首を振る。「古代文明が遺した『転生者管理システム』が、何らかの目的で、異世界から魂を呼び寄せ、特殊なスキルを与えている……という説もある。あるいは、システムが不安定になったことで、偶然、異世界の魂が紛れ込んできているだけなのかもしれない。あなたのように、【デバッガー】という、古代文明の遺産とも言えるスキルを与えられた存在は、特にイレギュラーなケースでしょうね」

彼女は、俺を値踏みするように見つめる。
「あなたは、この世界のシステムにとって、バグを修正するための『デバッガー』なのか、それとも、システムをさらに不安定化させる新たな『バグ』そのものなのか……それは、誰にも分からない。あなた自身の行動次第、ということかしらね」

シャロンの情報は、多くの謎を解き明かすと同時に、新たな疑問を生み出した。だが、俺が進むべき方向性を、より明確にしてくれた気もする。

俺は、システムのバグを修正するために存在するのか? それとも、利用するだけの存在なのか?
答えは、まだ見つからない。だが、俺は俺のやり方で、この世界の「デバッグ」に関わっていくのだろう。それが、元SEとしての性(さが)なのかもしれない。

「……貴重な情報を、ありがとうございました」俺は、シャロンに礼を言った。

「どういたしまして。報酬分は、きっちり働いてもらったからね」シャロンは、いつもの妖艶な笑みに戻る。「さて、これで私たちの契約は一旦終了だけど……どうかしら? これからも、時々、『協力』し合うというのは?」

彼女からの、新たな提案。それは、俺にとっても悪い話ではない。彼女の情報網と実力は、今後、必ず役に立つだろう。

「……そうですね。利害が一致する限りは」俺は、慎重に答えた。

「ふふ、それで結構よ」シャロンは満足そうに頷く。「また何か面白い『バグ』を見つけたら、教えてちょうだい。報酬は弾むわよ」

俺は、シャロンの隠れ家を後にした。手には、金貨150枚という大金と、世界の秘密に繋がる重要な情報。そして、影の世界に生きる、強力で危険な協力者候補との繋がり。

マルクス子爵家の事件は、俺に多くのものをもたらした。だが、それは同時に、俺をさらに深い、世界の闇へと引きずり込む序章に過ぎないのかもしれない。

俺は、リューンの街の喧騒の中へと戻りながら、これからのことを考える。
リリアとの魔道具開発。クラウスとの奇妙な関係。そして、シャロンとの裏取引。
様々な要素が絡み合い、俺の異世界ライフは、ますます複雑で、刺激的なものになっていく。

(……面白くなってきたじゃないか)

元SEの異世界デバッグ。その次なるターゲットは、一体何になるだろうか?
俺は、僅かに残る頭痛を感じながらも、不敵な笑みを浮かべるのだった。
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