異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

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第35話:夜蛇の追跡者と影の連携

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シャロンとの危険な取引を終え、金貨150枚と世界の根幹に関わるかもしれない情報を手に入れた俺は、再びリリアとの「バグ利用魔道具」開発へと意識を戻した。マルクス子爵家の事件は衝撃的だったが、同時に俺のスキル【デバッガー】と、新たに覚醒した【コード・ライティング(初級)】の可能性、そして限界を示す貴重な経験となった。

「ユズルさん、お帰りー! どうだった? あのダークエルフの人、怖くなかった?」
地下工房に戻ると、リリアが作業台から顔を上げ、心配そうに尋ねてきた。俺がシャロンに呼び出されたことは、彼女にも伝えていたのだ。

「ええ、まあ……色々とありましたが、無事です。それより、開発の方は進みましたか?」俺は話題を変える。

「うん! ユズルさんが解析してくれたバグ情報を元に、『バグ・ストレージ Ver.0.2』の設計図、大体できたよ!」リリアは、羊皮紙に描かれた複雑な図面を誇らしげに見せる。「空間安定化の術式を追加して、魔力効率も改善する回路を組み込んでみたんだ! あとは、必要な素材を集めて、実際に組み上げるだけ!」

彼女の仕事の速さと才能には、改めて感心させられる。俺がシャロンの依頼で動いている間にも、着実にプロジェクトを進めていたようだ。

「素晴らしいですね。必要な素材のリストは?」

「それがねー、ちょっと特殊なのが多くて……『時空結晶の欠片』とか、『エーテル銀線』とか。普通の市場じゃ、なかなか手に入らないものばかりなんだよね」リリアは少し困った顔になる。

「時空結晶……エーテル銀線……」聞いたことのない素材名だ。おそらく、魔道具の中でも特に高度なものに使われる、希少な素材なのだろう。

「心当たりはあるんですか?」

「うーん、ギルドの素材取引所とか、あるいは……裏ルートを使えば手に入るかもしれないけど……」リリアは言い淀む。裏ルートというのは、おそらくシャロンのような情報屋が関わるような、危険な取引のことだろう。

(シャロンに頼んでみるか……? いや、彼女との取引は、あまり頻繁に行うべきではない。それに、彼女に俺たちの開発内容を知られすぎるのも、リスクがある)

俺は考える。希少素材の入手。これも、今後の課題の一つだ。

「分かりました。素材探しについては、俺の方でも情報を集めてみましょう。クラウスさんや、あるいはギルドに相談してみるのも手かもしれません」

「うん、お願い!」

こうして、俺たちは再び魔道具開発へと没頭する日々に戻った。リリアが設計図を元に試作を進め、俺は【デバッガー】スキルでそのプロセスをチェックし、微調整や新たなバグ発見を行う。時折、気分転換も兼ねてEランクの依頼を受けたり、ダンジョンに潜ってレベル上げや資金稼ぎをしたりもした。

クラウスとは、街で時折顔を合わせることがあった。彼は相変わらず堅物だったが、以前のようなあからさまな敵意や不信感は消え、むしろ俺の動向を気にかけているような素振りを見せることもあった。「何か困ったことがあれば、相談に乗る」という彼の言葉は、社交辞令ではなかったのかもしれない。だが、俺の方から積極的に彼に頼ることは、まだ躊躇われた。

そんな、比較的平穏な日々が数日続いたある夜のことだった。
リリアの工房での作業を終え、安宿へ戻ろうと夜道を歩いていると、再び、あの「視線」を感じた。

(……またか)

以前感じた、複数の監視者の気配。シャロンの仲間かと思ったが、彼女との契約は既に終わっている。だとすれば、これは……?

俺は警戒レベルを引き上げ、【デバッガー】スキルで周囲を探る。気配は、前回よりも明らかに強く、そして……殺気に近いものが混じっている。

(まずい……これは、単なる監視じゃない)

俺は、人通りの少ない裏通りへと進路を変え、追跡者を撒こうと試みる。しかし、相手もプロだ。巧みに距離を詰め、俺を包囲しようとしているのが分かる。数は……四人。前回と同じか?

俺は角を曲がり、物陰に隠れて様子を窺う。
闇の中から、黒装束に身を包んだ人影が、音もなく現れた。手には短剣が握られ、その目は冷徹な光を宿している。間違いなく、暗殺者、あるいはそれに類する手練れだ。

(シャロンの言っていた『虫』か……? それとも、俺自身を狙って……?)

【情報読取】を試みるが、やはり詳細は掴めない。「所属:夜蛇(ナイトサーペント)?」「敵意:高」「目的:対象の捕獲、または排除」といった、断片的な情報が読み取れるのみだ。

(夜蛇……! シャロンの言っていた、元所属組織か! やはり、彼女を追ってきたのか? それとも、俺の【デバッガー】スキルを狙って……?)

どちらにせよ、絶体絶命のピンチだ。相手は四人。しかも、暗殺術のプロ。今の俺が、まともに戦って勝てる相手ではない。

俺がどう動くべきか逡巡していると、不意に、すぐ近くの屋根の上から、聞き慣れた、しかし今は緊迫した響きを帯びた声がした。

「――やっぱり、あなたを追ってきたようね、ユズルさん」

見上げると、そこにいたのはシャロンだった。彼女もまた、漆黒の戦闘装束に身を包み、二本の短剣を逆手に構えている。その赤い瞳は、俺を取り囲む黒装束の暗殺者たちを、冷たく見据えていた。

「シャロンさん!」

「どうやら、私のところにいた『虫』が、あなたの方にも流れてきたみたいね。ごめんなさい、巻き込んでしまったわ」シャロンは、謝罪の言葉とは裏腹に、どこか楽しんでいるような口調で言う。

黒装束の暗殺者たちは、シャロンの登場に一瞬動揺を見せたが、すぐに体勢を立て直し、四方から俺とシャロンを包囲するように距離を詰めてくる。

「シャロン様……組織を裏切ったばかりか、このような得体の知れない男と手を組むとは。お覚悟を」
リーダー格らしき男が、低い声で告げる。

「あら、怖い怖い」シャロンは肩をすくめる。「でも、残念だけど、あなたたちのような下っ端じゃ、私には勝てないわよ? それに……」
彼女は、ちらりと俺の方を見る。
「私には、強力な『秘密兵器』がいるのよ」

「秘密兵器……?」暗殺者たちが訝しげな表情を見せる。

シャロンは、俺に向かってウィンクしてみせた。
「ユズルさん、あなたの力を、もう一度見せてもらうわよ。彼らの装備、連携、動き……その『バグ』を見つけて、私に教えてちょうだい。これは、依頼じゃないわ。私からの『テスト』よ。あなたが、私のパートナーとして相応しいかどうか、見極めさせてもらうわ」

(テスト……だと!? この状況で!?)
ふざけているのか、本気なのか。だが、彼女の赤い瞳は、真剣な光を宿している。そして、俺には選択の余地がないことも確かだ。

「……分かりました。やってみましょう」俺は頷く。

「それでこそ、私の見込んだ男よ」シャロンは満足そうに微笑むと、暗殺者たちに向き直った。「さあ、始めましょうか。あなたたちの『デバッグ』タイムよ!」

その言葉を合図に、戦闘が始まった!
シャロンは、まるで黒い疾風のように、最も近くにいた暗殺者へと襲いかかる。彼女の動きは、目で追うのがやっとのほどの速さだ。二本の短剣が、闇の中で銀色の軌跡を描き、暗殺者の防御をいとも簡単に切り裂いていく。

「ぐあっ!」
最初の暗殺者が、悲鳴を上げる間もなく、急所を突かれて崩れ落ちる。

残りの三人は、動揺しながらも、訓練された動きで連携し、シャロンに襲いかかる。だが、シャロンは彼らの攻撃を、まるで踊るように華麗にかわし、的確な反撃を加えていく。個々の実力差が、あまりにも歴然としている。

(すごい……これが、元トップクラスの暗殺者の実力か……)
俺は、シャロンの圧倒的な戦闘能力に息を呑む。

だが、感心している場合ではない。俺にも、やるべきことがある。
【デバッガー】スキルを発動! 目の前で戦う暗殺者たちの情報を解析する!

「シャロンさん! 向かって右の男、短剣の柄が少し緩んでいます! 強い衝撃で外れる可能性あり!」
「中央の男、毒を使おうとしています! 右手のポーチ! ただし、配合にミスがあるようで、効果は薄いかも!」
「左の男、他の二人との連携タイミングが僅かにズレています! ステップの癖で、左斜め後ろが死角になりやすい!」

俺は、発見した「バグ」情報を、次々とシャロンに伝える。装備の欠陥、スキルの不備、連携の隙間。それらは、通常の戦闘では見過ごされてしまうような、些細なものかもしれない。だが、シャロンほどの達人にとっては、致命的な弱点となり得る。

「……なるほど、面白いわね!」
シャロンは、俺の情報を受け取ると、即座にそれを戦闘に応用した!

右の男が短剣を振りかぶった瞬間、シャロンは自らの短剣の柄で相手の柄を強かに打ち据える! 案の定、相手の短剣は柄から外れ、無力化される!

中央の男が毒を塗ったクナイを投げつけようとした瞬間、シャロンはそれを意に介さず、あえてギリギリで回避! 毒の効果が薄いことを見越した上で、カウンターの一撃を叩き込む!

左の男が連携から遅れて攻撃を仕掛けてきた瞬間、シャロンはその死角である左斜め後ろへと滑り込み、首筋に短剣の峰を当てて意識を刈り取る!

わずか数十秒。
俺とシャロンの連携の前に、夜蛇の追手である暗殺者たちは、完全に無力化されていた。一人は死亡、一人は重傷、そしてリーダー格を含む二人は意識を失っている。

「……ふぅ。思ったより、手応えがなかったわね」
シャロンは、返り血一つ浴びずに短剣をしまいながら、平然と言ってのけた。

俺は、その圧倒的な実力と、俺の情報を的確に利用する戦闘センスに、改めて戦慄していた。彼女は、間違いなく、俺がこれまで出会った中で最強の「プレイヤー」だ。

「……テストは、合格でしょうか?」俺は尋ねた。

シャロンは、俺の方へゆっくりと歩み寄り、その美しい顔を近づけてきた。フードの奥の赤い瞳が、俺をじっと見つめる。
「ええ、満点よ、ユズルさん」彼女は、妖艶な笑みを浮かべた。「あなたの『デバッグ・アイ』は、私の予想以上に使えるわ。これなら、私の『本当の目的』にも、きっと役立ってくれるはずよ」

「本当の目的……?」

シャロンは、その問いには答えず、気絶している暗殺者の一人を指差した。
「さて、少し『尋問』の時間としましょうか。彼らが、私や……あるいは、あなたを狙う理由。それを、詳しく聞かせてもらいましょう」

彼女の瞳の奥に、冷たく、そして深い闇の色がよぎったのを、俺は見逃さなかった。
夜蛇との因縁。シャロンの過去。そして、彼女が追う「本当の目的」。

俺は、自分が足を踏み入れた世界の、さらなる深淵を垣間見た気がした。
そして、この危険で魅力的なダークエルフとの協力関係が、単なるビジネスでは終わらないであろうことを、予感せずにはいられなかった。

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