異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

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第36話:影との契約更新

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裏路地に転がる、黒装束の暗殺者たち。一人は既に事切れており、残る三人のうち一人は重傷、二人は意識を失っている。シャロンの圧倒的な実力と、俺の【デバッガー】による情報支援の連携が生み出した、一方的な結果だった。

「さて、と……少し『お話』を聞かせてもらいましょうか」
シャロンは、気絶しているリーダー格の暗殺者の前に屈み込み、その顔にかかっていた覆面を無造作に剥ぎ取った。現れたのは、鋭い目つきをした中年男性の顔だった。シャロンは、慣れた手つきで男の懐を探り、いくつかの小さな道具――毒薬のアンプル、特殊な形状の鍵、暗号化された通信用の魔石などを取り出していく。

俺は、少し離れた場所からその様子を見守っていた。元暗殺者の手際の良い「戦後処理」。それは、俺の知る冒険者のそれとは全く異質で、どこか背筋が寒くなるような光景だった。

シャロンは、取り出した道具の一つ、小さな針のようなものを男の首筋に軽く刺した。男は「うぐっ」と呻き声を上げ、苦痛に顔を歪ませながら意識を取り戻した。

「……シャロン様……なぜ……」男は、朦朧とした意識の中で、シャロンの姿を認め、驚愕と恐怖に目を見開く。

「あら、お目覚め? 少し聞きたいことがあるのよ」シャロンは、男の顔に自分の顔を近づけ、囁くように問いかける。その声は、先ほどまでの妖艶さとは打って変わり、氷のように冷たく、相手の心を凍らせるような響きを持っていた。「あなたたちを差し向けたのは誰? 目的は、私の抹殺だけ? それとも……そこの『彼』も狙いだったのかしら?」
彼女の視線が、ちらりと俺の方へ向けられる。

男は、唇を固く結び、答えようとしない。暗殺組織の一員としての、最低限の矜持(あるいは恐怖)が、彼を縛っているのだろう。

「……ふぅん。口が堅いのね。でも、無駄よ」
シャロンはため息をつくと、別の小さなアンプルを取り出し、その中身を男の口元に近づけた。甘く、しかしどこか危険な香りが漂う。
「これは、私が特別に調合した『真実の香り』。これを吸えば、どんなに口の堅い人間でも、聞かれたことには正直に答えたくなる……まあ、少しばかり『副作用』があって、精神が壊れてしまうこともあるけれど」
彼女は、悪魔のような笑みを浮かべて言った。

男の顔が、恐怖で引きつる。彼は必死に首を振って抵抗しようとするが、シャロンは容赦なく、その香りを男に吸わせた。

数秒後。男の目は虚ろになり、焦点が合わなくなった。まるで、操り人形のようだ。

「さあ、もう一度聞くわ。あなたたちを差し向けたのは?」シャロンが、再び冷徹な声で問う。

「……『長老会』……の、指示……です……」男は、うわ言のように、途切れ途切れに答えた。

「長老会……やはり、あいつらか」シャロンは忌々しげに呟く。「目的は?」

「シャロン様の……抹殺……。そして……可能であれば……『デバッガー』……の情報……確保……」

(やはり、俺のことも……!)
男の言葉に、俺は息を呑んだ。「夜蛇」は、既に俺のスキルの存在と、その危険性(あるいは利用価値)を認識しているのだ。

「デバッガーの情報確保……具体的には?」シャロンがさらに問い詰める。

「スキルの……詳細……能力……限界……。そして……可能なら……身柄の……確保……。『長老会』は……その力を……欲して……いる……」

(俺の身柄まで……?)
事態は、俺が思っていた以上に深刻だった。「夜蛇」は、単にシャロンを追っているだけでなく、俺という存在そのものを、組織の利益のために利用しようとしているのだ。

「『長老会』は、その力を何に使うつもりなの?」

「……分かりま……せん……。ただ……『計画』……のため……と……。『世界の……歪みを……正す』……とも……」

「世界の歪みを正す……? あの連中が?」シャロンは、鼻で笑った。「相変わらず、大層なことを言うわね。自分たちが、その歪みの一部だというのに」

その後も、シャロンは男から、「夜蛇」の現在の動向、追手の規模、そして「長老会」と呼ばれる組織の中枢に関する情報を、巧みに引き出していった。男は、薬の効果によって、聞かれるままに全てを白状していく。その様子は、あまりにも無機質で、恐ろしかった。

一通りの尋問を終えると、シャロンは立ち上がり、虚ろな目をした男を見下ろした。
「……もう、用済みね」
彼女はそう呟くと、躊躇うことなく、男の首筋に短剣を突き立てた。男は、声もなく、崩れ落ちる。

俺は、その冷徹な「始末」を、ただ黙って見ていることしかできなかった。これが、彼女が生きてきた世界のやり方なのだ。綺麗事だけでは生き残れない、非情な現実。

シャロンは、気絶しているもう一人の暗殺者にも同様の処置(尋問と始末)を施すと、俺に向き直った。その表情には、先ほどの冷徹さはなく、いつもの掴みどころのない笑みが戻っている。

「……さて、色々と分かったわね、ユズルさん」彼女は、まるで何事もなかったかのように言った。「どうやら、『夜蛇』は、私だけでなく、あなたのことも本気で狙っているみたい。特に、あなたのそのユニークなスキルは、『長老会』とやらにとって、非常に『魅力的』な代物らしいわ」

「……厄介なことになりましたね」俺は、重い溜息をつく。

「ええ、本当に」シャロンは同意する。「でも、これはチャンスでもあるのよ」

「チャンス、ですか?」

「そう。彼らがあなたを狙っているということは、あなたもまた、彼らの『計画』……そして、この世界の『歪み』の核心に近づくことができる、ということだから」彼女の赤い瞳が、再び強い光を宿す。「私の『本当の目的』……それは、『夜蛇』を、そして彼らが関わる、この世界を蝕む『システム』そのものを破壊すること。そのためには、あなたの力が必要不可欠なのよ」

彼女の言葉には、強い覚悟と、そしてどこか個人的な怨念のようなものが滲んでいた。彼女もまた、この世界の「バグ」に翻弄され、そしてそれに抗おうとしているのかもしれない。

「……それで、俺にどうしろと?」

「決めるのは、あなたよ」シャロンは言う。「これまで通り、私とはビジネスライクな関係を続け、必要な時にだけ協力し合う。それも一つの選択肢。でも……もしあなたが、もっと深く、この世界の謎と、あなた自身の力の意味を知りたいと願うなら……私と、本当の意味での『パートナー』にならない?」

彼女からの、予想外の提案。それは、単なる協力関係の継続ではなく、もっと深く、互いの目的と運命を共有する「契約」を意味しているように思えた。

「パートナー……ですか」

「ええ。対等な立場で、互いの情報を共有し、互いの目的達成のために協力し合う。もちろん、リスクは格段に上がるわ。私も、あなたも、『夜蛇』だけでなく、もっと大きな存在……世界の『管理者』や、他の秘密組織からも狙われることになるかもしれない。それでも……」
彼女は、俺の目を真っ直ぐに見つめる。
「それでも、あなたはこの世界の『真実』を知りたくない? あなたのその力が、何のためにあるのか、知りたくない?」

彼女の言葉は、俺の心の奥底にある、最も根源的な欲求を刺激した。
なぜ俺はこの世界にいるのか? なぜ【デバッガー】スキルを与えられたのか? この世界の「バグ」とは何なのか?

シャロンと組めば、その答えに近づけるかもしれない。だが、それは同時に、計り知れない危険へと身を投じることを意味する。

俺は、考えた。一人でいるよりも、彼女と組む方が、生存確率は上がるかもしれない。彼女の情報網と戦闘能力は、俺にとって大きな助けになるだろう。そして、俺の【デバッガー】スキルも、彼女の目的達成に貢献できるはずだ。

リスクとリターン。そして、知的好奇心。
天秤は、ゆっくりと傾き始めていた。

「……分かりました、シャロンさん」俺は、覚悟を決めて答えた。「あなたの提案を受け入れましょう。パートナーとして、協力させてください」

俺の答えを聞いたシャロンは、一瞬、驚いたような表情を見せたが、すぐに満足そうな、そしてどこか嬉しそうな、複雑な笑みを浮かべた。
「……そう。決めたのね。後悔しても知らないわよ?」

「後悔はしません。ただ、いくつか条件はあります。以前と同じですが、互いのプライバシーは尊重すること。そして、最終的な決定権は、常に俺自身が持つこと。あなたは、俺の『上司』ではなく、あくまで『パートナー』です」

「ええ、それで結構よ。私も、誰かに指図されるのは好きじゃないから」シャロンは頷く。「では、改めてよろしくお願いするわね、ユズル。私の、大切なパートナーさん」

彼女は、そう言って、黒い手袋に包まれた手を差し出してきた。俺は、その手を少しだけためらった後、しっかりと握り返した。ひんやりとした、しかし確かな力が伝わってくる。

こうして、俺とシャロンの間には、新たな、そしてより深い契約が結ばれた。
それは、互いの目的のために協力し合う、危険なパートナーシップ。
この契約が、俺たちの未来をどう変えていくのか、まだ誰にも分からない。

「さて、パートナーシップ締結の記念に、まずはこの『ゴミ掃除』から始めましょうか」
シャロンは、地面に転がる暗殺者たちの亡骸を見下ろし、冷ややかに言った。

俺は、彼女と共に、この裏路地に残された「バグ」の後始末に取り掛かる。
影との連携は、既に始まっているのだ。そして、俺たちの前には、さらに多くの「デバッグ」すべき問題が待ち受けているのだろう。

リューンの夜空の下、俺たちの新たな物語が、静かに、しかし確実に動き始めていた。
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