1 / 100
第一話 始まりのフルダイブ
しおりを挟む
講義室の空気は淀んでいた。一定間隔で瞬く蛍光灯。教授の抑揚のない声。ノートを取るふりをして、俺はスマートフォンの画面をただ眺めていた。神代悠。それが俺の名前だ。大学二年生。特技もなければ、これといった趣味もない。サークルにも所属せず、講義とバイトを往復するだけの毎日。灰色という言葉がこれほど似合う日々も珍しいだろう。
周囲の学生たちは楽しそうだった。昨日のドラマの話や、今度の週末の予定について囁き合っている。その輪に加わろうとは思わない。加われない、と言った方が正確かもしれない。彼らの世界と俺の世界の間には、見えない壁があるように感じていた。
「――というわけで、本日の講義はここまで」
教授の言葉で、張り詰めていた空気が緩む。学生たちは一斉に立ち上がり、教室は騒がしくなった。俺も荷物をまとめ、誰と話すでもなくその流れに乗って外へ出る。蒸し暑い午後の日差しが肌を刺した。
何者かになりたかった。子供の頃は誰もが抱くような、そんな漠然とした願望。だが成長するにつれて、自分という人間の輪郭がはっきりしてくる。俺には特別な才能はない。人目を引く容姿もない。努力が嫌いなわけではないが、何か一つのことに全てを捧げられるほどの情熱もなかった。諦めが日常を支配していく。
そんな俺にとって、今日という日は特別だった。今日、午後六時。世界が待ち望んだフルダイブ型VRMMO『Monster Maker Online』が、ついにそのサービスを開始する。
それはただのゲームではなかった。謳い文句は「第二の現実」。五感の全てを仮想空間に接続し、限りなく現実に近い体験ができる。そして最大の特徴は、プレイヤーが素材を組み合わせ、自分だけのモンスターを創造できるという前代未聞のシステムだ。組み合わせは無限。最強のドラゴンを生み出す者もいれば、誰も見たことのない幻獣を創り出す者もいるかもしれない。
創造。その言葉が、俺の心の奥底で燻っていた何かを強く刺激した。バイト代のほとんどをつぎ込んで、専用のヘッドギア『ニューロ・リンカー』はすでに手に入れている。後はその時を待つだけだった。
足早にアパートへ帰り着く。狭いワンルームの部屋。散らかった机の上が、今の俺の頭の中を映しているようだった。コンビニで買ったパンを無造作に口に放り込み、PCの電源を入れる。公式サイトのカウントダウンが、冷たいデジタルの光を放っていた。
残り、三十分。
心臓が妙に高鳴るのを自覚する。ただのゲームだ。そう自分に言い聞かせても、興奮は収まらない。現実では何者でもない俺が、あの世界では何かを成し遂げられるかもしれない。自分だけの何かを、この手で創り出せるかもしれない。そんな期待が胸を焼いた。
時計の針が午後六時を指す。
画面のカウントダウンがゼロになった瞬間、俺はベッドに横たわり、ニューロ・リンカーを頭部に装着した。ひんやりとした金属の感触。視界がヘルメットの内部で閉ざされる。
「リンク・スタート」
俺がそう呟くと、世界は音を失った。意識が急速に現実から乖離していく。身体の感覚が薄れ、代わりに脳へと直接流れ込んでくる膨大な情報。虹色の光の粒子が視界を埋め尽くし、トンネルの中を突き進むような浮遊感が全身を包んだ。
目を開ける。
そこは、無限に広がる白の空間だった。目の前に一枚のウィンドウが浮かんでいる。『Monster Maker Onlineへようこそ』。機械的でありながら、どこか温かみのある女性の声が頭の中に響いた。
「まず、あなたの名前を決めてください」
キーボードが宙に現れる。俺は迷わず指を伸ばした。現実の俺、神代悠。その名前をここに持ち込むつもりはなかった。新しい世界では、新しい俺になる。
『ユー』
本名である悠から取った、シンプルな名前。決定ボタンを押すと、ウィンドウが切り替わった。次はアバタークリエイトだ。鏡のようなものが現れ、そこには初期設定の、のっぺりとした人型が映っている。
髪型、顔の輪郭、瞳の色。無数のパラメータを調整していく。現実の自分とあまりにかけ離れた姿は、なんだか落ち着かない。俺は自分の顔をベースに、ほんの少しだけ手を加えることにした。もう少しだけ、目つきを鋭く。髪には癖のない黒を。身長は数センチだけ高く。目立たず、しかし埋もれない。そんな絶妙なラインを目指した。それは、現実で俺がなりたかった理想の姿なのかもしれない。
「キャラクターデータを登録します。よろしいですか?」
「はい」と念じる。すると、白い空間が足元から崩れ始めた。光の破片となって舞い上がり、新たな世界が構築されていく。石畳の感触が足の裏に伝わった。ざわめきが耳朶を打つ。花の蜜のような甘い香りが鼻をくすぐった。
目の前に広がっていたのは、活気に満ちた中世ヨーロッパ風の街並みだった。石造りの建物。赤茶色の瓦屋根。道行く人々は革鎧を着た戦士や、ローブを纏った魔法使い。その誰もが、俺と同じようにこの世界に降り立ったばかりのプレイヤーだろう。皆、興奮した面持ちで周りを見渡している。
「すごい……」
思わず声が漏れた。ディスプレイ越しに見ていたゲームとは全く違う。本当に、そこにいる。肌を撫でる風の感触も、遠くで鳴り響く教会の鐘の音も、全てが本物だった。これが、フルダイブ。これが、M.M.O.の世界。
『始まりの街フロンティアへようこそ』。システムメッセージが視界の隅に表示された。どうやらここが、全てのプレイヤーの冒険の起点となる場所らしい。
俺はゆっくりと歩き出した。石畳のわずかな凹凸が、ブーツ越しにリアルに伝わってくる。露店で売られている果物は、瑞々しい光を放っていた。NPCである店主の老婆は、客と楽しげに談笑している。その表情の変化は、プログラムされたものとは思えないほど自然だった。
広場の中央には巨大な噴水があり、その周りで多くのプレイヤーが情報を交換していた。
「なあ、職業って何にする?やっぱ花形の竜騎士だよな!」
「私はサマナーかな。可愛い精霊と一緒に冒険したいし」
「戦闘職もいいけど、生産職で一攫千金ってのも夢があるよな。伝説の鍛冶屋とか目指してみるか」
職業。そうだ。この世界で生きていくためには、まず自分の役割を決めなければならない。街の案内板を見ると、各種職業ギルドの場所が記されていた。剣士ギルド、魔術師ギルド、神官ギルド。様々な紋章が並ぶ中、俺の目はある一つの場所に釘付けになった。
『モンスターメイカー協会』
それは他のギルドから少し離れた、街の裏通りにひっそりと存在しているようだった。M.M.O.の根幹をなすシステム。それを専門とする職業。俺がこのゲームを選んだ理由そのものだ。
俺は他のギルドには目もくれず、地図を頼りに裏通りへと向かった。メインストリートの喧騒が嘘のように、そこは静かな場所だった。古びたレンガ造りの建物。蔦の絡まる壁に、モンスターのシルエットを象った小さな看板が掲げられている。ここが、俺の始まりの場所になる。
扉は重い木製で、ぎしりと軋む音を立てて開いた。中は薄暗く、様々な素材の匂いが混じり合った独特の空気が漂っていた。薬品の匂い、獣のなめし革の匂い、そして土の匂い。壁一面に並んだ棚には、多種多様な瓶や鉱石、骨などがぎっしりと詰め込まれている。まるで怪しげな錬金術師の工房だ。
カウンターの奥に、人の良さそうな初老の男性が座っていた。彼は俺に気づくと、にこりと人の良い笑みを浮かべた。
「やあ、いらっしゃい。こんなところまで来るなんて、君も物好きだねぇ」
「あの、ここでモンスターメイカーに?」
「そうじゃよ。じゃが、本当によいのかね?この職業は、はっきり言って戦闘には全く向いとらん。モンスターを創り出すことはできるが、それだけじゃ。自分で剣を振るうことも、魔法を唱えることもできん。人気なのは、あっちの広場にあるような派手な職業じゃよ」
老人の言葉は親切心からくるものだろう。実際、ここを訪れるプレイヤーは俺以外に誰もいないようだった。他のギルドはきっと、今頃長蛇の列ができているに違いない。
だが、俺の決意は揺らがなかった。自分で戦うことに興味はない。俺がしたいのは、この手で何かを生み出すことだ。誰も見たことのない、俺だけの相棒を。
「俺は、モンスターメイカーになります」
俺の真っ直ぐな目を見て、老人は何かを察したようだった。彼は満足げに頷くと、カウンターから一枚のギルドカードを取り出した。
「よかろう。その目、気に入った。わしはここのギルドマスター、ゲッペトじゃ。これからよろしく頼むぞ、若きメイカーよ」
ゲッペトと名乗った老人がギルドカードに何かを書き込み、俺に手渡す。受け取ると、カードが淡い光を放った。
『職業がモンスターメイカーに設定されました』
『スキル:創造(クリエイト)Lv.1を習得しました』
『スキル:配合Lv.1を習得しました』
『スキル:鑑定Lv.1を習得しました』
ウィンドウに表示される情報を確認する。創造、配合、鑑定。どれも戦闘とは縁遠そうなスキルばかりだ。だが、俺の胸は高鳴っていた。これが俺の力。この世界で生きていくための、俺だけの武器だ。
「さあ、これで君も今日からモンスターメイカーの卵じゃ。最初の仕事として、チュートリアルを受けてもらう。まずは、最も基本的なモンスターを創ってみるんじゃ」
ゲッペトはそう言って、カウンターの上にいくつかの素材を並べた。「スライムの核」という半透明のゼリー状の塊。「清浄な水」が入った小瓶。そして、そこらで拾ってきたような何の変哲もない「ただの石ころ」。
「創造スキルを使ってみなさい。頭の中で、創り出すもののイメージを強く念じるんじゃ」
俺は言われた通り、目の前の素材に意識を集中した。スキル「創造」を発動させる。すると、素材がふわりと宙に浮き、俺の目の前で光に包まれた。頭の中に、設計図のようなものが浮かび上がる。核となる素材、付与する属性、そして形を整えるための触媒。
俺はゲームの紹介映像で見た、あのぷるぷるとした最弱モンスターの姿を思い浮かべた。スライム。全ての基本。俺の最初の創造物。
光が収まると、そこには半透明の青いスライムが一体、ぽよんと現れた。大きさはバスケットボールくらい。二つの点が目のように見えなくもない。俺が創り出した、最初の生命。
「ユー様の、最初のしもべ。スライムです。ぽよん」
電子的な音声が頭の中に響く。どうやら、創造したモンスターとはこうして意思疎通ができるらしい。俺は感動のあまり、そのスライムにそっと手を伸ばした。ひんやりとしていて、弾力がある。紛れもなく、俺が創ったモンスターだ。
「うむ、上出来じゃ。それが君の最初の相棒になる。大事にするんじゃぞ」
ゲッペトの言葉に、俺は力強く頷いた。
ギルドを出ると、空はすでにオレンジ色に染まっていた。夕日が街並みを美しく照らし出している。俺の足元では、創造したばかりのスライムが健気に跳ねてついてくる。
街の門を抜けると、広大な草原がどこまでも続いていた。遠くには雄大な山々がそびえ、空には見たこともない鳥が飛んでいる。ここが俺の冒険の舞台。退屈だった灰色の日常は、もうどこにもない。
これから何が待ち受けているのか。どんなモンスターに出会い、どんな仲間と巡り会うのか。そして、俺は一体何を創り出すことができるのか。期待と少しの不安が入り混じった、不思議な高揚感が全身を駆け巡っていた。
俺は草原に向かって、大きく息を吸い込んだ。草いきれの匂いと、澄んだ空気が肺を満たす。隣のスライムが「ぽよん」と跳ねた。まるで、俺の決意に応えるかのように。
「行こうか、相棒」
神代悠の物語は終わった。ここからは、モンスターメイカー、ユーの物語が始まる。この無限の可能性を秘めた世界で、俺は俺だけの伝説を創り上げていく。そう、心に誓った。
周囲の学生たちは楽しそうだった。昨日のドラマの話や、今度の週末の予定について囁き合っている。その輪に加わろうとは思わない。加われない、と言った方が正確かもしれない。彼らの世界と俺の世界の間には、見えない壁があるように感じていた。
「――というわけで、本日の講義はここまで」
教授の言葉で、張り詰めていた空気が緩む。学生たちは一斉に立ち上がり、教室は騒がしくなった。俺も荷物をまとめ、誰と話すでもなくその流れに乗って外へ出る。蒸し暑い午後の日差しが肌を刺した。
何者かになりたかった。子供の頃は誰もが抱くような、そんな漠然とした願望。だが成長するにつれて、自分という人間の輪郭がはっきりしてくる。俺には特別な才能はない。人目を引く容姿もない。努力が嫌いなわけではないが、何か一つのことに全てを捧げられるほどの情熱もなかった。諦めが日常を支配していく。
そんな俺にとって、今日という日は特別だった。今日、午後六時。世界が待ち望んだフルダイブ型VRMMO『Monster Maker Online』が、ついにそのサービスを開始する。
それはただのゲームではなかった。謳い文句は「第二の現実」。五感の全てを仮想空間に接続し、限りなく現実に近い体験ができる。そして最大の特徴は、プレイヤーが素材を組み合わせ、自分だけのモンスターを創造できるという前代未聞のシステムだ。組み合わせは無限。最強のドラゴンを生み出す者もいれば、誰も見たことのない幻獣を創り出す者もいるかもしれない。
創造。その言葉が、俺の心の奥底で燻っていた何かを強く刺激した。バイト代のほとんどをつぎ込んで、専用のヘッドギア『ニューロ・リンカー』はすでに手に入れている。後はその時を待つだけだった。
足早にアパートへ帰り着く。狭いワンルームの部屋。散らかった机の上が、今の俺の頭の中を映しているようだった。コンビニで買ったパンを無造作に口に放り込み、PCの電源を入れる。公式サイトのカウントダウンが、冷たいデジタルの光を放っていた。
残り、三十分。
心臓が妙に高鳴るのを自覚する。ただのゲームだ。そう自分に言い聞かせても、興奮は収まらない。現実では何者でもない俺が、あの世界では何かを成し遂げられるかもしれない。自分だけの何かを、この手で創り出せるかもしれない。そんな期待が胸を焼いた。
時計の針が午後六時を指す。
画面のカウントダウンがゼロになった瞬間、俺はベッドに横たわり、ニューロ・リンカーを頭部に装着した。ひんやりとした金属の感触。視界がヘルメットの内部で閉ざされる。
「リンク・スタート」
俺がそう呟くと、世界は音を失った。意識が急速に現実から乖離していく。身体の感覚が薄れ、代わりに脳へと直接流れ込んでくる膨大な情報。虹色の光の粒子が視界を埋め尽くし、トンネルの中を突き進むような浮遊感が全身を包んだ。
目を開ける。
そこは、無限に広がる白の空間だった。目の前に一枚のウィンドウが浮かんでいる。『Monster Maker Onlineへようこそ』。機械的でありながら、どこか温かみのある女性の声が頭の中に響いた。
「まず、あなたの名前を決めてください」
キーボードが宙に現れる。俺は迷わず指を伸ばした。現実の俺、神代悠。その名前をここに持ち込むつもりはなかった。新しい世界では、新しい俺になる。
『ユー』
本名である悠から取った、シンプルな名前。決定ボタンを押すと、ウィンドウが切り替わった。次はアバタークリエイトだ。鏡のようなものが現れ、そこには初期設定の、のっぺりとした人型が映っている。
髪型、顔の輪郭、瞳の色。無数のパラメータを調整していく。現実の自分とあまりにかけ離れた姿は、なんだか落ち着かない。俺は自分の顔をベースに、ほんの少しだけ手を加えることにした。もう少しだけ、目つきを鋭く。髪には癖のない黒を。身長は数センチだけ高く。目立たず、しかし埋もれない。そんな絶妙なラインを目指した。それは、現実で俺がなりたかった理想の姿なのかもしれない。
「キャラクターデータを登録します。よろしいですか?」
「はい」と念じる。すると、白い空間が足元から崩れ始めた。光の破片となって舞い上がり、新たな世界が構築されていく。石畳の感触が足の裏に伝わった。ざわめきが耳朶を打つ。花の蜜のような甘い香りが鼻をくすぐった。
目の前に広がっていたのは、活気に満ちた中世ヨーロッパ風の街並みだった。石造りの建物。赤茶色の瓦屋根。道行く人々は革鎧を着た戦士や、ローブを纏った魔法使い。その誰もが、俺と同じようにこの世界に降り立ったばかりのプレイヤーだろう。皆、興奮した面持ちで周りを見渡している。
「すごい……」
思わず声が漏れた。ディスプレイ越しに見ていたゲームとは全く違う。本当に、そこにいる。肌を撫でる風の感触も、遠くで鳴り響く教会の鐘の音も、全てが本物だった。これが、フルダイブ。これが、M.M.O.の世界。
『始まりの街フロンティアへようこそ』。システムメッセージが視界の隅に表示された。どうやらここが、全てのプレイヤーの冒険の起点となる場所らしい。
俺はゆっくりと歩き出した。石畳のわずかな凹凸が、ブーツ越しにリアルに伝わってくる。露店で売られている果物は、瑞々しい光を放っていた。NPCである店主の老婆は、客と楽しげに談笑している。その表情の変化は、プログラムされたものとは思えないほど自然だった。
広場の中央には巨大な噴水があり、その周りで多くのプレイヤーが情報を交換していた。
「なあ、職業って何にする?やっぱ花形の竜騎士だよな!」
「私はサマナーかな。可愛い精霊と一緒に冒険したいし」
「戦闘職もいいけど、生産職で一攫千金ってのも夢があるよな。伝説の鍛冶屋とか目指してみるか」
職業。そうだ。この世界で生きていくためには、まず自分の役割を決めなければならない。街の案内板を見ると、各種職業ギルドの場所が記されていた。剣士ギルド、魔術師ギルド、神官ギルド。様々な紋章が並ぶ中、俺の目はある一つの場所に釘付けになった。
『モンスターメイカー協会』
それは他のギルドから少し離れた、街の裏通りにひっそりと存在しているようだった。M.M.O.の根幹をなすシステム。それを専門とする職業。俺がこのゲームを選んだ理由そのものだ。
俺は他のギルドには目もくれず、地図を頼りに裏通りへと向かった。メインストリートの喧騒が嘘のように、そこは静かな場所だった。古びたレンガ造りの建物。蔦の絡まる壁に、モンスターのシルエットを象った小さな看板が掲げられている。ここが、俺の始まりの場所になる。
扉は重い木製で、ぎしりと軋む音を立てて開いた。中は薄暗く、様々な素材の匂いが混じり合った独特の空気が漂っていた。薬品の匂い、獣のなめし革の匂い、そして土の匂い。壁一面に並んだ棚には、多種多様な瓶や鉱石、骨などがぎっしりと詰め込まれている。まるで怪しげな錬金術師の工房だ。
カウンターの奥に、人の良さそうな初老の男性が座っていた。彼は俺に気づくと、にこりと人の良い笑みを浮かべた。
「やあ、いらっしゃい。こんなところまで来るなんて、君も物好きだねぇ」
「あの、ここでモンスターメイカーに?」
「そうじゃよ。じゃが、本当によいのかね?この職業は、はっきり言って戦闘には全く向いとらん。モンスターを創り出すことはできるが、それだけじゃ。自分で剣を振るうことも、魔法を唱えることもできん。人気なのは、あっちの広場にあるような派手な職業じゃよ」
老人の言葉は親切心からくるものだろう。実際、ここを訪れるプレイヤーは俺以外に誰もいないようだった。他のギルドはきっと、今頃長蛇の列ができているに違いない。
だが、俺の決意は揺らがなかった。自分で戦うことに興味はない。俺がしたいのは、この手で何かを生み出すことだ。誰も見たことのない、俺だけの相棒を。
「俺は、モンスターメイカーになります」
俺の真っ直ぐな目を見て、老人は何かを察したようだった。彼は満足げに頷くと、カウンターから一枚のギルドカードを取り出した。
「よかろう。その目、気に入った。わしはここのギルドマスター、ゲッペトじゃ。これからよろしく頼むぞ、若きメイカーよ」
ゲッペトと名乗った老人がギルドカードに何かを書き込み、俺に手渡す。受け取ると、カードが淡い光を放った。
『職業がモンスターメイカーに設定されました』
『スキル:創造(クリエイト)Lv.1を習得しました』
『スキル:配合Lv.1を習得しました』
『スキル:鑑定Lv.1を習得しました』
ウィンドウに表示される情報を確認する。創造、配合、鑑定。どれも戦闘とは縁遠そうなスキルばかりだ。だが、俺の胸は高鳴っていた。これが俺の力。この世界で生きていくための、俺だけの武器だ。
「さあ、これで君も今日からモンスターメイカーの卵じゃ。最初の仕事として、チュートリアルを受けてもらう。まずは、最も基本的なモンスターを創ってみるんじゃ」
ゲッペトはそう言って、カウンターの上にいくつかの素材を並べた。「スライムの核」という半透明のゼリー状の塊。「清浄な水」が入った小瓶。そして、そこらで拾ってきたような何の変哲もない「ただの石ころ」。
「創造スキルを使ってみなさい。頭の中で、創り出すもののイメージを強く念じるんじゃ」
俺は言われた通り、目の前の素材に意識を集中した。スキル「創造」を発動させる。すると、素材がふわりと宙に浮き、俺の目の前で光に包まれた。頭の中に、設計図のようなものが浮かび上がる。核となる素材、付与する属性、そして形を整えるための触媒。
俺はゲームの紹介映像で見た、あのぷるぷるとした最弱モンスターの姿を思い浮かべた。スライム。全ての基本。俺の最初の創造物。
光が収まると、そこには半透明の青いスライムが一体、ぽよんと現れた。大きさはバスケットボールくらい。二つの点が目のように見えなくもない。俺が創り出した、最初の生命。
「ユー様の、最初のしもべ。スライムです。ぽよん」
電子的な音声が頭の中に響く。どうやら、創造したモンスターとはこうして意思疎通ができるらしい。俺は感動のあまり、そのスライムにそっと手を伸ばした。ひんやりとしていて、弾力がある。紛れもなく、俺が創ったモンスターだ。
「うむ、上出来じゃ。それが君の最初の相棒になる。大事にするんじゃぞ」
ゲッペトの言葉に、俺は力強く頷いた。
ギルドを出ると、空はすでにオレンジ色に染まっていた。夕日が街並みを美しく照らし出している。俺の足元では、創造したばかりのスライムが健気に跳ねてついてくる。
街の門を抜けると、広大な草原がどこまでも続いていた。遠くには雄大な山々がそびえ、空には見たこともない鳥が飛んでいる。ここが俺の冒険の舞台。退屈だった灰色の日常は、もうどこにもない。
これから何が待ち受けているのか。どんなモンスターに出会い、どんな仲間と巡り会うのか。そして、俺は一体何を創り出すことができるのか。期待と少しの不安が入り混じった、不思議な高揚感が全身を駆け巡っていた。
俺は草原に向かって、大きく息を吸い込んだ。草いきれの匂いと、澄んだ空気が肺を満たす。隣のスライムが「ぽよん」と跳ねた。まるで、俺の決意に応えるかのように。
「行こうか、相棒」
神代悠の物語は終わった。ここからは、モンスターメイカー、ユーの物語が始まる。この無限の可能性を秘めた世界で、俺は俺だけの伝説を創り上げていく。そう、心に誓った。
21
あなたにおすすめの小説
日本国 召喚獣管理省 関東庁 召喚獣総合事案即応科。
wakaba1890
ファンタジー
召喚獣。
それは向こう側とされる所から、10歳を迎えた日本人の子供の下に召喚されるモンスターのことである。
初代天皇・神武天皇が日本を建国した際に書かれた絵画には彼は金鵄と呼ばれる金色に輝く鵄(とび)と契約したのが原初となっている。
そして、縄文、弥生、古墳、飛鳥、平安、戦国時代から近代から今に至るまで、時代を動かしてきた人物の側には確かに召喚獣は介在していた。
また、奇妙な事に、日本国に限り、齢10歳を迎えた日本在住の日本人にのみ体のどこかから多種多様な紋章が発現し、当人が念じると任意の場所から召喚陣が現れ、人ならざるモンスターを召喚される。
そして、彼らモンスターは主人である当人や心を許した者に対して忠実であった。
そのため、古来の日本から、彼ら召喚獣は農耕、治水、土木、科学技術、エネルギー、政治、経済、金融、戦争など国家の基盤となる柱から、ありとあらゆる分野において、今日に至るまで日本国とアジアの繁栄に寄与してきた。
そして、建国から今まで、国益の基盤たる彼ら数万種類以上をも及ぶ召喚獣を取り締まり管理し、2600年以上と脈々と受け継がれてきた名誉ある国家職がーーーーー国家召喚獣管理官である。
シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~
尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。
だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。
全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。
勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。
そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。
エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。
これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。
…その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。
妹とは血の繋がりであろうか?
妹とは魂の繋がりである。
兄とは何か?
妹を護る存在である。
かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
神典日月神示 真実の物語
蔵屋
歴史・時代
私は二人の方々の神憑りについて、今から25年前にその真実を知りました。
この方たちのお名前は
大本開祖•出口なお(でぐちなお)、
神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)です。
この日月神示(ひつきしんじ)または日尽神示(ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)に「国常立尊(国之常立神)という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物のことです。
昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に8巻の神示が降りたとされています。
その書物を纏めた書類です。
この書類は神国日本の未来の預言書なのだ。
私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。
日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。
殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。
本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。
日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。
そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。
なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。
縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。
日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。
この小説は真実の物語です。
「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」
どうぞ、お楽しみ下さい。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる