いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍

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第三章

23 『一番目の姫』 ※セレステ

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 私はオルテンシア王国、一番目の姫セレステ。
 光の巫女の力に目覚め、光を作り出すという奇跡を起こし、人々から崇められる特別な存在である。

「セレステ様! 光をありがとうございます」
「おお! これが光の巫女の力! なんてまばゆい光だ!」
「すばらしい!」

 ――ありきたりな褒め言葉は聞き飽きたわ。私がすごいのは当たり前でしょ。

「光の巫女様。今、なにかおっしゃいましたか?」 
「いいえ。なにも」

 神殿に訪れた信奉者たちに微笑んだ。
 笑顔ひとつで、みんなが喜ぶ。
 
 ――なんて簡単なの。

 そう思っていると、ちょうどやってきた宰相シモンの冷たい視線を感じた。
 女性のように美しく、長い銀髪を結び、青い瞳――宰相の地位を得てから、国民の信頼と人気が高まり、今ではお父様を凌いでいる。
 
 ――ルナリアの味方だというのが気に入らないわ。なぜ、私を優先しないのかしら?

 そもそも、シモンはどこかルナリアに似ている。
 だから、初めて会った時から気にいらなかった。
 それだけでなく、光の巫女を軽んじる発言が多い。

『光の巫女と言っても、光を生み出すだけで、奇跡など起きません』

 四年前、光の巫女である私にそう言った不敬な男。
 シモンは私に一度も光を願ったことがない。

 ――シモンだけでなく、ルナリアの周りにいる人間はみんなそう。
 
 誰も私に奇跡を願わない。
 私の前に跪き、頭を下げて『光の女神の奇跡を』と乞えばいいものを――

「シモン。神殿になにかご用?」
「セレステ王女。『宰相』と役職名でお呼びいただけますか?」

 シモンの言葉に、同行していた文官たちが苦笑する。

「珍しいですな。なにをやっても優秀なセレステ様が礼儀作法を注意されるとは」
「宰相殿は古い神殿の補修箇所を調べるため、時間を割いてこちらへきてくださいました」
「セレステ様からもお礼を!」

 ――シモンでなかったら、『宰相』と呼んであげたわ。

 味方するなら、シモンではなく、私でしょう?
 なぜか光の巫女より、優秀な宰相シモンに信頼をおき、私は二の次になっていた。
 お父様も文官たちと同じ。
 政治が苦手だから、今ではすっかりシモンを頼りにしている。
 現在、国の内政を取り仕切っているのがシモンで、外交をルナリアとフリアンが担っている。
 以前より、ずっと豊かになったオルテンシア王国。
 安定した暮らしを手に入れた人々は、シモンとルナリア、フリアンに信頼を寄せ、お父様も頭が上がらない。

 ――どうして、私が蔑ろにされなくてはいけないの? 私は光の巫女なのよ!

 笑顔のまま、『宰相』とは呼ばずに無言を貫いた。

「セレステ王女に話があります。他の者は先に行って、老朽化の状況を調べてください」

 文官たちは粛々とした態度で、シモンに頭を下げ、神殿の奥へ入っていった。
 逆らう者はいない。

「私にお説教かしら? 有能な宰相様?」

 外は明るいけれど、神殿の中は薄暗い。
 人払いされ、ここにいるのは私とシモンだけ。
 そのせいか、声がよく響いた。

「ずっと前から、セレステ王女にお尋ねしたいことがありました」

 私の嫌みにも動じず、シモンは淡々とした口調で、私に問う。

「私に尋ねたいこと? なにかしら?」

 白い石で統一された神殿の床や柱は綺麗に磨かれ、私とシモンの姿を映す。

「ノエリアという娘を覚えていませんか?」
「ノエリア? 知らないわ」

 まったく覚えていないから、そう答えたけれど、シモンの顔が険しくなった。

「生きていれば、あなたと同じ年齢です。銀髪に青い目をした少女で、明るく利発な性格でした。本当に覚えていませんか?」
「知らないわ」
「ノエリアは私の妹です」
「ベルグラーノ伯爵家に女の子が……?」

 ――伯爵家は男子が三人ではなかったかしら?
 
 ベルグラーノ伯爵が年の離れた令嬢を後妻がいると聞いている。
 その後妻に子供がいたなら、シモンと年齢が離れていてもおかしくない。

「少しくらいは覚えているでしょう?」

 どうしても、シモンは私に思い出してほしいらしく、何度も繰り返す。
 銀髪に青い目――そう言われて、私は思い出した。
 幼い頃、お母様が私に友達を作ろうとして、同じ年齢の貴族の子供たちを王宮へ招いたことを。

 ――ああ、あの子ね。

「思い出しましたか?」
「ええ。ルナリアに似た銀髪で青い目をした子ね」

 私より目立ち、慕われていた令嬢が、一人いたのを思い出した。
 銀髪と青い目が、私の大嫌いなルナリアとそっくりで、気に入らなかったのだ。
 笑った顔が特に似ていた。
 ルナリアと似ていなかったら、思い出すこともなかっただろう。

「あなたはノエリアをどうしましたか?」
「それ以上は覚えてないわ。たくさん招待された貴族の子たちを一人一人、覚えているわけがないでしょ?」
「先程、ルナリア様に似ていたとおっしゃいました。覚えているではありませんか」

 ――頭のいい男ね。

 シモンは私の行く手を塞ぎ、逃げられないように前を阻んでいる。
 彼が納得できるまで、この会話は終わらない。
 そんな気がした。
 しかたなく、思い出したことを正直に話した。

「私はノエリアを止めたのよ? でも、あの子は言うことを聞かなくて、水辺に近寄ったの」
「あなたはノエリアに、湖に落ちた帽子を拾えと命じた」
「帽子を拾うと言ったのは、ノエリアよ」

 、風で飛ばされた帽子は水面に浮かんだ。
 お気に入りの帽子だと言ったら、ノエリアが拾うと申し出た。
 私はなにもしていないし、シモンから恨まれる覚えもない。
 
「死んだノエリアの手には、あなたの帽子が握られていた」
「残念だったわ。お気に入りの帽子だったのに……。怖くてかぶれなくなってしまったのよ。せっかく拾ってもらったのに、ごめんなさいね」

 シモンの目が細められた。

「まあ、怖い。どうかなさって?」

 私が背後にいる兵士たちに目をやる。
 少しでもシモンがおかしな真似をすれば、兵士を呼んで捕らえ、光の巫女を殺そうとした罪人として処刑すればいいだけ。
 元々、不敬な発言の多かったシモンだから、周囲も納得するはず。

「私はルナリア様に会うまで、王家を滅ぼす方法がないか、ずっと考えていました」

 王家を知りつくし、誰よりも知識があるシモン。
 それは、家庭教師になるためでも文官になるためでもなかったのだ。
 
 ――すべて妹の死の復讐のためだった?
 
「わかっているの? あなたの発言は謀反の罪にあたるのよ?」
「実行してませんし、宰相として王家に尽くしております。なにか問題がありましたか?」

 ――ない。

 私が『謀反よ!』と叫んだところで、シモンと仲が悪いから、そんなことを言っているのだと思われるだけ。
 シモンは私の脅しにも平然としていた。

「ノエリアが死んだ本当の経緯は知りようがありません。ですが、あなたには殺意があったということだけはわかりました」
「人聞きが悪いこと。勝手に想像しないでいただける?」
「一緒にいた子供たちが証言しているんですよ。『帽子を拾ってくれないなら、あなたたちの家族を罰する』と言ったと!」

 いつもは冷静で穏やかなシモンが声を荒げた。

「まあっ! そんなの子供の冗談よ。だいたい貴族を罰するなんて、幼い私にできるわけないでしょ?」

 シモンがぐっと感情を抑えるのがわかった。
 今すぐ私の首を絞め、殺したいと思っているに違いない。

「あなたが女王になったら、私はこの国を滅ぼすでしょう」

 シモンはより残酷な方法で、私を殺そうと考えていると知った。
 それも、『女王になったら』なんて、なにを考えているの?

「女王になれば? 私が女王になれば、あなたをすぐにクビにしてやるわ」
「できませんよ。光を生み出すしかない女王は、お飾りの形だけの女王です」

 すでに文官たちはシモンに信頼を寄せ、お父様はいいなりのようなものだ。

「あなたには断頭台にのぼっていただく!」

 つまり、私が女王になったら、シモンはわざと悪政を行い、最後には民衆から嫌われ、断頭台にのぼらせると宣言したのだ。
 誰もが信頼する宰相。
 失政などするわけがないと思っている。
 信頼を積み重ねたのは、私を殺すため。

「安心してください。私も民を苦しめた宰相として、ともに殺されるでしょうから」

 シモンは私にそう告げると、横を通りすぎた。

「冗談じゃないわ! 女王になって死ぬなんて嫌よ!」

 光の巫女が断頭台なんて、歴史上、一度もなかった。
 汚名を後世にまで残すことになる。

 ――こんな危険な男を宰相にしたルナリアが悪いんだわ。

「ルナリア。……そう、悪いのはルナリアよ」
「ルナリア様?」

 シモンが足を止め、振り返った。

「ルナリアに似てなければ、私は気にしなかったの。だから、ルナリアがいなかったら、よかったのよ」

 階段の上から見下ろすシモンの顔が、誰かに似ていると思った。
 似ていると思った相手――それは、ルナリアでありノエリアだった。
 
「また殺すのですか?」

 シモンが言ったはずなのに、その言葉は違う人間が言ったように聞こえた。

 ――まさか、そんなわけがないわ。

「私は殺してないわ。殺してないんだから! あれは事故よ!」

 必死に否定する私を軽蔑するような目で見ると、シモンはなにも言わずに背を向けて、神殿の奥へ消えていった。
 寒くないのに、自分の手が震えていた。
 
 ――このままだと、復讐される。

 民衆から石を投げられて断頭台なんか嫌よ!
 私は誰からも愛される一番目の姫。
 私を守れる人――守れるのは一人だけだわ。

 ――アギラカリサ王国のレジェス様。

 私がレジェス様の婚約者になれば、シモンは簡単に手を出せなくなる。
 いかに優秀な宰相であっても、大国アギラカリサの王妃となった私を殺すことなんて不可能。
 レジェス様は女王となる私の夫になるはずだったけど、私がアギラカリサ王国の王妃になるのも悪くない。

「私が恨まれるのはルナリアのせい……ルナリアのせいなんだから……!」

 生まれて初めて人から憎悪と殺意を向けられた恐怖で、体の震えがずっと止まらなかった。
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