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第4章
53 君のための嘘 ※イーザック
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――レフィカは兄上を愛している。
兄上は命をかけてレフィカを守った。
だが、俺はレフィカを守れず、兄上に戦わせてしまった――そんな俺が愛を伝える資格はあるのか?
レフィカを見つめると、彼女は『なにを言うのだろう』と、不思議そうな顔をしていた。
「ドーヴハルク王。兄のためにレフィカを選んだと言ったが、それは言わないほうがよかったな。俺はそこまで腑抜けではない」
「なんだと? 今、同盟がなくなって困るのは、グランツエルデ王国側だ」
俺がなにをするか察して、ドーヴハルク王は焦り始めた。
ドーヴハルク王にとって都合が悪いのは、俺がレフィカを愛さないことだ。
自分の血を引く子をグランツエルデ王にできないばかりか、同盟も危うくなる。
黙っているつもりだったのが、兄上に会って気が変わったのだろう。
ドーヴハルク王はよほど兄上の存在が気にいらないらしい。
――これからは、兄上に加え、俺も気に入らない人間の一人に加わるだろうが、それはそれで構わない。
「近く兄上の仲介で、リュザール王家と友好関係を結ぶ。そうなれば、南方は問題なくなる」
ドーヴハルク王は俺が若く未熟だと考え、大国グランツエルデを侮りすぎた。
実際、俺は未熟だった――レフィカに歩み寄り、彼女と向き合う。
妻だったというのに、こんなふうに彼女と見つめ合うのは初めてだ。
いかに俺がひどい夫だったのかわかる。
「レフィカ、すまなかった」
「イーザック様? なぜ、謝って……?」
「お前の心臓に死の【契約】刻んだのは、ドーヴハルク王と俺だ」
改めて伝えられたレフィカは、悲しげな表情を浮かべた。
美しい銀髪が午後の陽光に照らされ、冠が見えるようだ。
俺が別居を告げた日、あるはずのない妃の冠を見た。
あの時、レフィカが堂々と去っていく姿に、俺は惹かれ、恋をしたのだと気づいた。
そして、その恋は自分の手によって、儚く終わるのだ――今。
「俺はお前を愛していない。愛せない妃をそばに置くつもりはない」
――嘘だ。俺のそばにいてほしい。
突然言われたレフィカは驚いていた。
これは俺なりのけじめだ。
「グランツエルデ王、待て!」
ドーヴハルク王は俺を止めた。
だが、俺はやめるつもりはない。
俺は愛する君のため、五つ目の【契約】を使おう。
それは――
「俺は君を愛していない。さようならだ」
――俺は君を愛している。別れたくない。
自分の本当の気持ちを隠し、レフィカに別れを告げた。
その瞬間、レフィカは心臓に手をやった。
心臓を縛っていた【契約】の鎖。
『王女を正妃として迎える』
『王女の逃亡を禁ずる』
『領土を奪わない』
『妻の不義』
『愛していない、さようならと告げた時、【契約】を終わりにする』
五つの言葉の鎖が左胸から浮かび上がり、空気に触れた瞬間、砕け散って消えた。
「【契約】が消えた……?」
「そうだ。俺はメリアだけを愛していた。嫁いでくる王女を愛せなかった場合、実家に帰すと、ドーヴハルク王と約束していた」
あの時は笑いながら、五つ目の【契約】を決めた。
俺はメリアを愛していて、王女を愛せないだろうと思っていた。
だから、いつでも王女を国へ帰せるような【契約】が欲しかったのだ。
――心がなくても、口に出せば、【契約】は消えるんだな……
レフィカはどれだけ自由を心待ちにしていたのか、青い目に涙を浮かべ、嬉しそうに微笑んだ。
「イーザック様、ありがとうございます」
「礼を言われても困る。俺は一方的に別れを告げたひどい夫だぞ。最後まで、お前を愛せなかったんだからな」
――嘘だ。
だが、この嘘を見抜かれるわけにはいかない。
夫に捨てられたと、人々に噂されるだろうが、それもしばらくのことだ。
「兄上。兄上が言ったように、【契約】による同盟などやらなければよかった」
「イーザック……」
兄上はぽんっと俺の頭に手のひらをのせた。
俺は兄上のようになりたくて、いつも後ろを追いかけていた頃を思い出した。
「お前はいい王になる。大丈夫だ」
「兄上、子供扱いはやめてください。俺はもういい年した成人男性ですよ」
「そうだったな。悪い。だが、お前がいくつになっても、俺の弟だ。いつでも頼れ」
ここで子供の頃のように、泣くわけにはいかない。
俺は王だからだ。
ドーヴハルク王に顔を向けた。
「ドーヴハルク王。すでに国境は固めてある。我が国を敵に回す覚悟があるのなら、いつでも攻めてくるといい」
自信たっぷりで、余裕があったドーヴハルク王の顔の表情が、苦々しいものに変わった。
「やっかいなのはジグルズだけでじゅうぶんだというのに……」
「イーザックはまだまだ成長しますよ。若いですからね」
兄上が追い討ちをかけるように言った。
体力不足で負けたドーヴハルク王にとって、今の言葉はかなり堪えたと思う。
ドーヴハルク王はレフィカに尋ねた。
「レフィカ、ドーヴハルク王国へ戻るか?」
「お断りします」
レフィカはドーヴハルク王に即答した。
「王妃ではなくなりましたが、私は公爵補佐官です。噂で私が働いていると聞きましたよね?」
「そう。レフィカは俺に雇われている」
「グランツエルデ王家からお金をいただいていましたし、その分、働いて返さなくてはいけません」
ドーヴハルク王は怒り、娘を罵るかと思っていたが、それはなく、あっさり引いた。
「ふん。勝手にしろ。役に立たん娘などどうでもいい」
「お父様」
レフィカが背中を向け、去ろうとしたドーヴハルク王を呼び止めた。
「私はずっと王の力は消えないものだと思っていました」
肩越しに振り返り、鋭い目でレフィカを見る。
だが、自由になったレフィカが、ドーヴハルク王に怯むことはなかった。
「いつか、ドーヴハルク王家にも犠牲を終わりにしたいと考える王子が現れるでしょう。ジグルズ様のように」
「あり得んな」
「可能性はゼロではありません」
左胸に手をおき、レフィカは微笑む。
「お父様。嫁ぎ先を選び、生き延びる可能性を与えてくださって、ありがとうございました」
「……選んでいない。お前の勘違いだ!」
ドーヴハルク王は怒鳴り、顔を背けると、護衛を引き連れて歩き出した。
それ以上、レフィカに核心を突かれたくなかったのか、逃げたように見えた。
レフィカはそんな父親の背中に、深々とお辞儀をして見送った。
「陛下」
国王補佐官が俺を呼んだ。
「リュザール王国の使者が訪れ、陛下にお会いたいと申しております。いかがされますか?」
「会おう。これから、リュザール王国は重要な国になるだろうからな」
そう言った俺を見て、兄上が微笑み、黙って見守っていた。
レフィカが選んだ相手が兄上でよかったと心から思う。
兄上なら、間違いなくレフィカを幸せにしてくれる。
「レフィカ」
「はい」
妻として、愛する人として、君に最後の言葉を告げる。
「さようなら。レフィカ、これでお別れだ」
静かにお辞儀をしたレフィカに、俺は微笑み、国王補佐官と共に去る。
騎士たちと国王補佐官を従え、長い廊下を歩く。
歴代の王が歩いたであろう場所を――
兄上は命をかけてレフィカを守った。
だが、俺はレフィカを守れず、兄上に戦わせてしまった――そんな俺が愛を伝える資格はあるのか?
レフィカを見つめると、彼女は『なにを言うのだろう』と、不思議そうな顔をしていた。
「ドーヴハルク王。兄のためにレフィカを選んだと言ったが、それは言わないほうがよかったな。俺はそこまで腑抜けではない」
「なんだと? 今、同盟がなくなって困るのは、グランツエルデ王国側だ」
俺がなにをするか察して、ドーヴハルク王は焦り始めた。
ドーヴハルク王にとって都合が悪いのは、俺がレフィカを愛さないことだ。
自分の血を引く子をグランツエルデ王にできないばかりか、同盟も危うくなる。
黙っているつもりだったのが、兄上に会って気が変わったのだろう。
ドーヴハルク王はよほど兄上の存在が気にいらないらしい。
――これからは、兄上に加え、俺も気に入らない人間の一人に加わるだろうが、それはそれで構わない。
「近く兄上の仲介で、リュザール王家と友好関係を結ぶ。そうなれば、南方は問題なくなる」
ドーヴハルク王は俺が若く未熟だと考え、大国グランツエルデを侮りすぎた。
実際、俺は未熟だった――レフィカに歩み寄り、彼女と向き合う。
妻だったというのに、こんなふうに彼女と見つめ合うのは初めてだ。
いかに俺がひどい夫だったのかわかる。
「レフィカ、すまなかった」
「イーザック様? なぜ、謝って……?」
「お前の心臓に死の【契約】刻んだのは、ドーヴハルク王と俺だ」
改めて伝えられたレフィカは、悲しげな表情を浮かべた。
美しい銀髪が午後の陽光に照らされ、冠が見えるようだ。
俺が別居を告げた日、あるはずのない妃の冠を見た。
あの時、レフィカが堂々と去っていく姿に、俺は惹かれ、恋をしたのだと気づいた。
そして、その恋は自分の手によって、儚く終わるのだ――今。
「俺はお前を愛していない。愛せない妃をそばに置くつもりはない」
――嘘だ。俺のそばにいてほしい。
突然言われたレフィカは驚いていた。
これは俺なりのけじめだ。
「グランツエルデ王、待て!」
ドーヴハルク王は俺を止めた。
だが、俺はやめるつもりはない。
俺は愛する君のため、五つ目の【契約】を使おう。
それは――
「俺は君を愛していない。さようならだ」
――俺は君を愛している。別れたくない。
自分の本当の気持ちを隠し、レフィカに別れを告げた。
その瞬間、レフィカは心臓に手をやった。
心臓を縛っていた【契約】の鎖。
『王女を正妃として迎える』
『王女の逃亡を禁ずる』
『領土を奪わない』
『妻の不義』
『愛していない、さようならと告げた時、【契約】を終わりにする』
五つの言葉の鎖が左胸から浮かび上がり、空気に触れた瞬間、砕け散って消えた。
「【契約】が消えた……?」
「そうだ。俺はメリアだけを愛していた。嫁いでくる王女を愛せなかった場合、実家に帰すと、ドーヴハルク王と約束していた」
あの時は笑いながら、五つ目の【契約】を決めた。
俺はメリアを愛していて、王女を愛せないだろうと思っていた。
だから、いつでも王女を国へ帰せるような【契約】が欲しかったのだ。
――心がなくても、口に出せば、【契約】は消えるんだな……
レフィカはどれだけ自由を心待ちにしていたのか、青い目に涙を浮かべ、嬉しそうに微笑んだ。
「イーザック様、ありがとうございます」
「礼を言われても困る。俺は一方的に別れを告げたひどい夫だぞ。最後まで、お前を愛せなかったんだからな」
――嘘だ。
だが、この嘘を見抜かれるわけにはいかない。
夫に捨てられたと、人々に噂されるだろうが、それもしばらくのことだ。
「兄上。兄上が言ったように、【契約】による同盟などやらなければよかった」
「イーザック……」
兄上はぽんっと俺の頭に手のひらをのせた。
俺は兄上のようになりたくて、いつも後ろを追いかけていた頃を思い出した。
「お前はいい王になる。大丈夫だ」
「兄上、子供扱いはやめてください。俺はもういい年した成人男性ですよ」
「そうだったな。悪い。だが、お前がいくつになっても、俺の弟だ。いつでも頼れ」
ここで子供の頃のように、泣くわけにはいかない。
俺は王だからだ。
ドーヴハルク王に顔を向けた。
「ドーヴハルク王。すでに国境は固めてある。我が国を敵に回す覚悟があるのなら、いつでも攻めてくるといい」
自信たっぷりで、余裕があったドーヴハルク王の顔の表情が、苦々しいものに変わった。
「やっかいなのはジグルズだけでじゅうぶんだというのに……」
「イーザックはまだまだ成長しますよ。若いですからね」
兄上が追い討ちをかけるように言った。
体力不足で負けたドーヴハルク王にとって、今の言葉はかなり堪えたと思う。
ドーヴハルク王はレフィカに尋ねた。
「レフィカ、ドーヴハルク王国へ戻るか?」
「お断りします」
レフィカはドーヴハルク王に即答した。
「王妃ではなくなりましたが、私は公爵補佐官です。噂で私が働いていると聞きましたよね?」
「そう。レフィカは俺に雇われている」
「グランツエルデ王家からお金をいただいていましたし、その分、働いて返さなくてはいけません」
ドーヴハルク王は怒り、娘を罵るかと思っていたが、それはなく、あっさり引いた。
「ふん。勝手にしろ。役に立たん娘などどうでもいい」
「お父様」
レフィカが背中を向け、去ろうとしたドーヴハルク王を呼び止めた。
「私はずっと王の力は消えないものだと思っていました」
肩越しに振り返り、鋭い目でレフィカを見る。
だが、自由になったレフィカが、ドーヴハルク王に怯むことはなかった。
「いつか、ドーヴハルク王家にも犠牲を終わりにしたいと考える王子が現れるでしょう。ジグルズ様のように」
「あり得んな」
「可能性はゼロではありません」
左胸に手をおき、レフィカは微笑む。
「お父様。嫁ぎ先を選び、生き延びる可能性を与えてくださって、ありがとうございました」
「……選んでいない。お前の勘違いだ!」
ドーヴハルク王は怒鳴り、顔を背けると、護衛を引き連れて歩き出した。
それ以上、レフィカに核心を突かれたくなかったのか、逃げたように見えた。
レフィカはそんな父親の背中に、深々とお辞儀をして見送った。
「陛下」
国王補佐官が俺を呼んだ。
「リュザール王国の使者が訪れ、陛下にお会いたいと申しております。いかがされますか?」
「会おう。これから、リュザール王国は重要な国になるだろうからな」
そう言った俺を見て、兄上が微笑み、黙って見守っていた。
レフィカが選んだ相手が兄上でよかったと心から思う。
兄上なら、間違いなくレフィカを幸せにしてくれる。
「レフィカ」
「はい」
妻として、愛する人として、君に最後の言葉を告げる。
「さようなら。レフィカ、これでお別れだ」
静かにお辞儀をしたレフィカに、俺は微笑み、国王補佐官と共に去る。
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