さようなら、お別れしましょう

椿蛍

文字の大きさ
53 / 54
第4章

53 君のための嘘 ※イーザック

しおりを挟む
  ――レフィカは兄上を愛している。

 兄上は命をかけてレフィカを守った。
 だが、俺はレフィカを守れず、兄上に戦わせてしまった――そんな俺が愛を伝える資格はあるのか?
 レフィカを見つめると、彼女は『なにを言うのだろう』と、不思議そうな顔をしていた。

「ドーヴハルク王。兄のためにレフィカを選んだと言ったが、それは言わないほうがよかったな。俺はそこまで腑抜けではない」
「なんだと? 今、同盟がなくなって困るのは、グランツエルデ王国側だ」

 俺がなにをするか察して、ドーヴハルク王は焦り始めた。
 ドーヴハルク王にとって都合が悪いのは、俺がレフィカを愛さないことだ。
 自分の血を引く子をグランツエルデ王にできないばかりか、同盟も危うくなる。
 黙っているつもりだったのが、兄上に会って気が変わったのだろう。
 ドーヴハルク王はよほど兄上の存在が気にいらないらしい。
 
 ――これからは、兄上に加え、俺も気に入らない人間の一人に加わるだろうが、それはそれで構わない。

「近く兄上の仲介で、リュザール王家と友好関係を結ぶ。そうなれば、南方は問題なくなる」

 ドーヴハルク王は俺が若く未熟だと考え、大国グランツエルデを侮りすぎた。
 実際、俺は未熟だった――レフィカに歩み寄り、彼女と向き合う。
 妻だったというのに、こんなふうに彼女と見つめ合うのは初めてだ。
 いかに俺がひどい夫だったのかわかる。

「レフィカ、すまなかった」
「イーザック様? なぜ、謝って……?」
「お前の心臓に死の【契約】刻んだのは、ドーヴハルク王と俺だ」

 改めて伝えられたレフィカは、悲しげな表情を浮かべた。
 美しい銀髪が午後の陽光に照らされ、冠が見えるようだ。
 俺が別居を告げた日、あるはずのない妃の冠を見た。
 あの時、レフィカが堂々と去っていく姿に、俺は惹かれ、恋をしたのだと気づいた。
 そして、その恋は自分の手によって、儚く終わるのだ――今。

「俺はお前を愛していない。愛せない妃をそばに置くつもりはない」
 
 ――嘘だ。俺のそばにいてほしい。

 突然言われたレフィカは驚いていた。
 これは俺なりのけじめだ。

「グランツエルデ王、待て!」

 ドーヴハルク王は俺を止めた。
 だが、俺はやめるつもりはない。
 俺は愛する君のため、五つ目の【契約】を使おう。
 それは――

「俺は君をだ」

 ――俺は君を愛している。別れたくない。

 自分の本当の気持ちを隠し、レフィカに別れを告げた。
 その瞬間、レフィカは心臓に手をやった。
 心臓を縛っていた【契約】の鎖。

『王女を正妃として迎える』
『王女の逃亡を禁ずる』
『領土を奪わない』
『妻の不義』
『愛していない、さようならと告げた時、【契約】を終わりにする』
     
 五つの言葉の鎖が左胸から浮かび上がり、空気に触れた瞬間、砕け散って消えた。

「【契約】が消えた……?」
「そうだ。俺はメリアだけを愛していた。嫁いでくる王女を愛せなかった場合、実家に帰すと、ドーヴハルク王と約束していた」

 あの時は笑いながら、五つ目の【契約】を決めた。
 俺はメリアを愛していて、王女を愛せないだろうと思っていた。
 だから、いつでも王女を国へ帰せるような【契約】が欲しかったのだ。

 ――心がなくても、口に出せば、【契約】は消えるんだな……

 レフィカはどれだけ自由を心待ちにしていたのか、青い目に涙を浮かべ、嬉しそうに微笑んだ。

「イーザック様、ありがとうございます」
「礼を言われても困る。俺は一方的に別れを告げたひどい夫だぞ。最後まで、お前を愛せなかったんだからな」

 ――嘘だ。

 だが、この嘘を見抜かれるわけにはいかない。
 夫に捨てられたと、人々に噂されるだろうが、それもしばらくのことだ。

「兄上。兄上が言ったように、【契約】による同盟などやらなければよかった」
「イーザック……」

 兄上はぽんっと俺の頭に手のひらをのせた。
 俺は兄上のようになりたくて、いつも後ろを追いかけていた頃を思い出した。

「お前はいい王になる。大丈夫だ」
「兄上、子供扱いはやめてください。俺はもういい年した成人男性ですよ」
「そうだったな。悪い。だが、お前がいくつになっても、俺の弟だ。いつでも頼れ」

 ここで子供の頃のように、泣くわけにはいかない。
 俺は王だからだ。
 ドーヴハルク王に顔を向けた。

「ドーヴハルク王。すでに国境は固めてある。我が国を敵に回す覚悟があるのなら、いつでも攻めてくるといい」

 自信たっぷりで、余裕があったドーヴハルク王の顔の表情が、苦々しいものに変わった。

「やっかいなのはジグルズだけでじゅうぶんだというのに……」
「イーザックはまだまだ成長しますよ。若いですからね」

 兄上が追い討ちをかけるように言った。
 体力不足で負けたドーヴハルク王にとって、今の言葉はかなり堪えたと思う。
 ドーヴハルク王はレフィカに尋ねた。 

「レフィカ、ドーヴハルク王国へ戻るか?」
「お断りします」

 レフィカはドーヴハルク王に即答した。

「王妃ではなくなりましたが、私は公爵補佐官です。噂で私が働いていると聞きましたよね?」
「そう。レフィカは俺に雇われている」
「グランツエルデ王家からお金をいただいていましたし、その分、働いて返さなくてはいけません」
 
 ドーヴハルク王は怒り、娘を罵るかと思っていたが、それはなく、あっさり引いた。

「ふん。勝手にしろ。役に立たん娘などどうでもいい」
「お父様」

 レフィカが背中を向け、去ろうとしたドーヴハルク王を呼び止めた。

「私はずっと王の力は消えないものだと思っていました」

 肩越しに振り返り、鋭い目でレフィカを見る。
 だが、自由になったレフィカが、ドーヴハルク王に怯むことはなかった。

「いつか、ドーヴハルク王家にも犠牲を終わりにしたいと考える王子が現れるでしょう。ジグルズ様のように」
「あり得んな」
「可能性はゼロではありません」

 左胸に手をおき、レフィカは微笑む。

「お父様。嫁ぎ先を選び、生き延びる可能性を与えてくださって、ありがとうございました」
「……選んでいない。お前の勘違いだ!」

 ドーヴハルク王は怒鳴り、顔を背けると、護衛を引き連れて歩き出した。
 それ以上、レフィカに核心を突かれたくなかったのか、逃げたように見えた。
 レフィカはそんな父親の背中に、深々とお辞儀をして見送った。

「陛下」

 国王補佐官が俺を呼んだ。

「リュザール王国の使者が訪れ、陛下にお会いたいと申しております。いかがされますか?」
「会おう。これから、リュザール王国は重要な国になるだろうからな」

 そう言った俺を見て、兄上が微笑み、黙って見守っていた。
 レフィカが選んだ相手が兄上でよかったと心から思う。
 兄上なら、間違いなくレフィカを幸せにしてくれる。

「レフィカ」
「はい」

 妻として、愛する人として、君に最後の言葉を告げる。

「さようなら。レフィカ、これでお別れだ」

 静かにお辞儀をしたレフィカに、俺は微笑み、国王補佐官と共に去る。
 騎士たちと国王補佐官を従え、長い廊下を歩く。
 歴代の王が歩いたであろう場所を――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】王妃はもうここにいられません

なか
恋愛
「受け入れろ、ラツィア。側妃となって僕をこれからも支えてくれればいいだろう?」  長年王妃として支え続け、貴方の立場を守ってきた。  だけど国王であり、私の伴侶であるクドスは、私ではない女性を王妃とする。  私––ラツィアは、貴方を心から愛していた。  だからずっと、支えてきたのだ。  貴方に被せられた汚名も、寝る間も惜しんで捧げてきた苦労も全て無視をして……  もう振り向いてくれない貴方のため、人生を捧げていたのに。 「君は王妃に相応しくはない」と一蹴して、貴方は私を捨てる。  胸を穿つ悲しみ、耐え切れぬ悔しさ。  周囲の貴族は私を嘲笑している中で……私は思い出す。  自らの前世と、感覚を。 「うそでしょ…………」  取り戻した感覚が、全力でクドスを拒否する。  ある強烈な苦痛が……前世の感覚によって感じるのだ。 「むしろ、廃妃にしてください!」  長年の愛さえ潰えて、耐え切れず、そう言ってしまう程に…………    ◇◇◇  強く、前世の知識を活かして成り上がっていく女性の物語です。  ぜひ読んでくださると嬉しいです!

処理中です...