さようなら、お別れしましょう

椿蛍

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第4章

52 不敗の王 ※ジグルズ

 ――たった一度でも負けたら死ぬ。

 それが、ドーヴハルク王となる王子の宿命だ。
 王の力を継承した俺は、王の力を残すドーヴハルク王に興味があった。
 なぜなら、ドーヴハルク王国は王の力を残す数少ない国だからだ。
 王の力について、王がどう考えているのか知りたい。
 ドーヴハルク王国の王都に来たからといって、会える保証はなかった。
 俺が身分を隠し、旅をしているという理由だけでなく、国と国の関係が最悪だからだ。
 たびたび、国境線で小競り合いを繰り返していることもあり、この国では、気軽に『グランツエルデ王国第一王子』だと身分を明かせなかった。
 元々、グランツエルデ王国領だったドーヴハルク王国。
 そのせいか、この国の王都には、グランツエルデ王国に似せた華やかな建築物が多い。
 中央の広場にある噴水の彫刻もそうだ。
 グランツエルデ王国の彫刻家を呼び寄せて制作させたものらしい。
 ただ、題材が精霊などではなく、勇ましい戦士と馬というところが、ドーヴハルク王国ならではだ。

 ――ドーヴハルク王の王の力は【契約】だったな。

 娘の命を犠牲にし、【契約】を使って同盟することで知られている。
 どの国であっても同盟を結ぶ際は、例外なく王女を正妃として嫁がせ、必ず姻戚関係を結ぶ。
 そうして、他国との王家の繋がりを強くしている。
 しかし、使えば使うほど【契約】に慣れ、やがて【契約】のない相手を信用できなくなるだろう。
【契約】に頼るということは、人を信じられないと言っているのと同じだからだ。

 ――だが、俺の父上も変わらない。

 王の力に頼りすぎ、俺に勝てると思い込んでいた。
 だが、負けた。
 いくら先を見れるといっても、鍛練してない体では意味がない。
 グランツエルデ王が怠惰な王なら、ドーヴハルク王は疑心の王。
 王の力はいずれ破綻するようになっている。

「王の力を与えた神が、そう仕向けたのだろう」

 いずれ王の力が消えるようにと――夕暮れの日差しが、広場の中央の噴水を赤く染め、その水面に自分の姿が映る。
  
「さてと……。今日の宿を決めるか」

 グランツエルデ王国に比べ、田舎で宿屋も少ないため、早く決めなくては、宿に入れなくなる。
 さすがにこの寒い土地で野宿はしたくない。 
 グランツエルデ王国風の色鮮やかな屋根の建物が並ぶ。
 その中で一階が食堂、二階が宿になっている宿屋を選んだ。
 うまくいけば、次の日の朝の朝食も一か所で済ませることができて便利だからだ。
 その宿屋の扉を開けた瞬間、『あ、失敗したな。他の宿屋も考えるべきだったか』と思った。

「よそからの客か」
「しかも、珍しいぞ。琥珀色の瞳だ」
「グランツエルデ王家の直系は、琥珀色の瞳をしていると聞くが、まさかな?」

 入ったなり、注目を集めた。
 早くも正体がバレそうになっている。

 ――しまった。ここは貴族御用達の店だったか。

 彼らの服装は平民を装っているが、雰囲気からして平民ではない。
 他の宿より清潔そうに見えたのは、お忍びの貴族たちがよく使う場所だったかららしい。
 身ぎれいな人間しかいなかった。

「どこからきた?」
「名前は?」
「グランツエルデ王家の血を引いているのか?」

 店を出るつもりが、矢継ぎ早に質問され、逃げるタイミングを失った。
 
 ――偽名を使うか?

「そのくらいにしておけ」

 迷っていると、奥のほうから背の高い銀髪の男が、貴族たちに追及をやめるよう命じ、立ち上がる。
 ドーヴハルク人は銀髪が多いが、その男の髪は純銀で、彫刻のような端正な顔立ちをしている。
 そして、鍛え抜かれたがっしりした体に、重そうな幅広の剣を持つ。
 あの剣を片手で扱い、それを軽々使いこなせるなら侮れないと思った。
 
 ――細い剣だと、一撃で折れるかもしれないな。

 飲んでいた酒のジョッキをテーブル置いて、近づいてくる。
 貴族たちがすばやく道を開け、頭を下げた。

「俺の知り合いだ。奥のテーブルで話をしよう」

 ――いや、初対面だが。

 だが、ここは話を合わせたほうがよさそうだ。

「お久しぶりです」
 
 よほど、この男が恐ろしいのか、貴族たちが慌てたように、俺のそばから離れた。

「お前はグランツエルデ王家のジグルズ王子だろう? 各国を旅しているらしいな」

 奥へ向かう途中で、周囲には聞こえない程度の声の大きさで、俺の名を呼んだ。

「俺を知っていましたか」
「有名だ。特に戦場での勇ましさは聞いている。リュザール王国との戦いで、末の王子を殺さずに助け、友好を築いたと」
 
 父に疎まれ、戦場に出るよう命じられるようになってから、友人や知り合いが増えた。
 だが、貴族たちに頭を下げられる立場の人間は、そう多くない。
 つまり、この男は――
 
「身分を隠し、旅をしているので、ジグルズと呼んでいただけると助かります」
「そうか。なら、ジグルズ。俺はドーヴハルク王、ガザンだ」
「俺はドーヴハルク王と呼ばせていただきます」
「それで構わん」
 
 戦った末に手に入れた王の地位。
 それを誇らしく思っているのは、自信にあふれた姿ですぐにわかった。
 
 ――やはり、国王か。

 服装は国王には見えない。
 狩猟に出かけてきたような革のブーツとベスト、胸元が開いたシャツに毛皮がついたマント――これが、本来のドーヴハルク人の服装なのかもしれない。

「こっちに来い。一緒に食事をしよう」 

 強そうな側近が数人控え、毒見役らしき人間もいる。
 大勢の人間を引き連れるのが面倒で、置いてきた俺とは正反対だ。
 王はこうでなくてはならないのかもしれない。
 俺のように簡単に命を危険に晒す人間は、きっと王には向かない。
 
「毒見は済んでいる。好きなものを食べろ」
「ごちそうですね」
「ふん、お前の国のほうがうまいものが出るだろう」
「あいにく、ほとんど王宮には帰っていませんので。おかげで好き嫌いはありません」

 肉を小麦粉の生地で包んで揚げたもの、たっぷりの野菜に細かい肉を入れて炒めた料理、チーズなどが並んでいる。

「一度話をしてみたいと思っていた」

 俺と同じことを考えていたらしい。
 肉のスープが入った皿を渡され、受け取った。
 口につけようとした瞬間――

「王の力を得たのだろう?」

 ――いきなり、一番知りたいことを尋ねるか。
 
 酒を一口飲み、テーブルに置く。
 母が死んだことは、誰もが知っていることだ。
 ここで隠しても無駄だろう。
 王の力によって身近な人間が犠牲になって死ぬのは、王ならわかることだ。

「そうですね。グランツエルデの王の力を持っています。ですが、王にはなりません」

 ドーヴハルク王は無言になって、酒を飲む。
 王になるために生きてきたドーヴハルク王に、『王の力を捨てる』と言ったところで理解されない。

「ジグルズ。王にならなければ、後悔するぞ」

 ――王にならなければ、後悔する。 

 この言葉が、俺とドーヴハルク王が会うたびに交わされる挨拶代わりとなった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「ジグルズ。お前と戦いたいと思っていた」
 
 金属の重い音が響いた。
 相手の技量を推し量ろうと、何度か剣を受け止めたが、今まで剣を交えた誰よりも強い。
 
 ――自信があるはずだ。まったく隙がない。

「レフィカを娶りたいのであれば、王になればいいだけのこと。王の力を使うことを恐れるな!」
「恐れているわけではないですよ」

 剣を弾き、距離を取りながら、向こうに攻撃させる。

「グランツエルデの王の力を使えば、すぐに終わるぞ」
「話す余裕があるとは、さすがですね」

 剣の腕は互角――笑いながら、剣をさばく。
 始めは笑っていたドーヴハルク王も、俺がなにを狙っているか気づいたようだ。
 笑みを消し、早くこの戦いを終わらせようと必死に剣を振るう。
 
「ドーヴハルク王と初めて会ったのは、俺が十代の頃でした」
「……っ!」

 相手に焦りが見え出した。

「嫁ぐ前の王女が大勢いた」
「それがどうした!」
「王女が一人残らず嫁いだ時、王の力を使う最後となる」
 
 ドーヴハルク王は息が上がり、苦しげに顔を歪めた。
 だが、剣を受け止めていた俺は、まだ余裕がある。
 
 ――そろそろ終わりだ。

「ドーヴハルク王が王でいられるのは、【契約】できる王女がいる間だけだ」
「まだ王女はいる……!」
「そうか。だが、イーザックは死ぬまで王だ!」

 疲れるまで待ち、強烈な一撃をもって反撃をする。
 ドーヴハルク王の重く大きな剣が、手から離れて地面に落ちた。

「王の力は使っていない」

 レフィカとイーザックが、微動だにせず、この戦いを眺めていた。
 そして、レフィカに微笑む。

「ジグルズ様……!」
「レフィカ、心配ないと言っただろう?」
 
 レフィカにとって、ドーヴハルク王は自分の命を左右する恐ろしい存在だった。
 今もそうだろう。
 その父親を負かしたのを見た時、彼女の父親への恐怖が薄らいだのがわかった。
 絶対的に強い存在ではない。

「俺の勝ちだ」

 ドーヴハルク王は負けたショックからか、しばらく静かにしていたが、落ちた剣を眺めながら笑い出した。

「それがどうした。勝ったところで、なにひとつ変わらないがな。俺は王の力を捨てる気はない。そして、レフィカの心臓には【契約】が刻まれたままだ」

 ひとときの幸せに浸った俺たちを嘲笑った。

「言っておくが、俺を殺しても【契約】は消えんぞ。一度、刻まれた【契約】を簡単に消せると思うな」

 ――王が死んでも【契約】は残る。

 レフィカが自由になることはない。
 ドーヴハルク王は哀れんだように俺を見る。

「どんなに愛そうと、お前とレフィカは永遠に結ばれることはない。せいぜい王にならなかったことを後悔しろ」

 ドーヴハルク王の笑い声が薔薇園に響き渡った。
 剣で負けようが、最後に勝つのは自分だと言わんばかりに笑っていた。

「それはどうだろう」

 黙ったままだったイーザックが口を開いた。
 ドーヴハルク王が驚き、イーザックを見る。
 レフィカの心臓に刻まれた五つの【契約】をイーザックは知っている。
 イーザックの琥珀色の目は、レフィカを見つめていた。

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