元暗殺者の俺だけが、クラスの地味系美少女が地下アイドルなことを知っている

甘酢ニノ

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#23 平熱だったけど、恋のほうは異常数値っぽい件

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 月曜日、ひまりは胸の奥がざわついていた。
 体調は完全に戻っている。登校前に熱を測ったら平熱であることも確認済みだ。

(つまり、この状態で類くんを見てドキドキしたら、そういうことだ)

 自分の足がいつもより小走りになっているのに、気づかないふりをした。
 教室が近づくほど、気持ちだけが先走る。

(……類くん、もう来てるよね。いつも早いもん)

 教室をそっとのぞく。
 類は、いつも通り自分の席で勉強をしていた。
 何度も見た光景。それなのに、心臓がドクンと跳ねる。

(……あ、なんか、もうダメかも……)

 駆け寄りたい気持ちと、逃げ出したい気持ちが半々くらい。
 頭を軽く振り、深呼吸して覚悟を決める。そして、類の席へ向かった。

「お、おはよう、類くん。金曜日は、その……来てくれてありがとう」

 勇気を出して言うと、類はノートに視線を落としたまま「ああ」と答えた。

「もう治ったのか?」
「う、うん!類くんがくれたお菓子のおかげだよ!」

(大丈夫、自然に話せてる……ドキドキは、してない……)

 そう思った時、類が顔を上げた。

「見舞いには普通、ああいうのを持っていくからな」

 何故か誇らしげに類が言うが、言葉の内容は聞いていなかった。
 見上げられて、逃げ場がなく視線がぶつかる。
 きゅう、と音がするくらい胸が締め付けられた。
 バクバクと全力疾走でもした後のように鼓動がうるさい。

(こ、これは、そういうこと……?!)

 ひまりは助けを求めて周を見た。

 宿題を片付けていた周は、一度ひまりの視線に気づかないふりをした。
 しかし、ひまりが目で訴えかけ続けると、諦めたようにひまりを見る。
 そして、類に見えないようにこくこくと頷いて、大きな丸を作った。

(つまり、これが恋ってことなの……!?)

 胸が、熱い。
 苦しいのに、嬉しい。
 逃げたいのに、もっと見ていたい。

 齢16歳、ひまりが初めて理解した感情だった。


 ――

 放課後、いつものように校舎裏でダンス練習をする予定だった。
 しかし、ひまりはこっちをじっと見てくる。

「どうした?」

 俺が声をかけると、ひまりは顔を赤くして目を逸らした。

「あのね、類くん……!類くんがお見舞いに来てくれたとき……わたし、変なこと言ってなかった?」

 俺は少し考えた。
 確か、俺が硬くて安心するとか、理解できないことを言っていたように思う。

「言っていた」
「ひっ……!な、何て言ってた……?ううん、ごめん!言わなくていいから!忘れて!!」
「わかった。忘れる」

 そう答えると、顔を真っ赤にしてバタバタ慌てていたひまりは、何故かしょんぼりと落ち込んでしまった。
 忘れろと言ったのはそっちなのに。

「そんなことよりも、何か悩んでいるんだろう」
「え……?」
「俺に言えないこと……俺に関わることか?」
「うん……さすが、類くんには隠し事できないね」

 ひまりは泣きそうな顔で笑った。

「メンバーの麗奈ちゃんに言われたの。他のレッスンを受けたらダメだって。だから、こうやって類くんにダンスを教わるのって、規約違反なんじゃないかって……」
「規約違反」
「うん……活動停止にさせられるかもって……でも、それでも類くんに教えてもらえなくなるのが嫌で……怖くて……誰にも相談できなくて……っ」
「契約書は?」
「えっ?」

 泣きそうになっていたひまりの涙が、すっと引っ込んだ。

「事務所に入ったときに何かしら交わしているだろう。活動停止になるくらいだったら、契約書に書いているはずだ」
「……それもそうだね」
「でも、慣習で禁止になっている場合もあるだろうし、詳しいメンバーかマネージャーに確認したらどうだ?」
「わかった!そしたら、一番詳しい人……きらりに聞いてみる!」

 ひまりはスマホを取り出してLINEの画面を開いた。

「後で揉めたときのために文字に残さない方がいい。口頭なら最悪とぼけられるから、電話にしておけ」
「な、なるほど……」

 ひまりは文字を打つのをやめて、電話をかける。
 コール音が鳴る間、ひまりは呟いた。

「類くんと伊波くんって、似てるね」
「似てない」
「ううん、似てるよ。現実的なアドバイスするところとか。だから仲良しなんだね」

 向こうが勝手に話しかけて来るだけだ、と反論しようとした時、コール音が止まった。

『ひまちゃん?どしたの?』

 電話の向こうから、きらりのハキハキとした声が聞こえる。
 集中すれば俺にも聞き取れる音量で、俺は一応聞こえないふりをしながらひまりの横で様子を窺っていた。

「きらり、今大丈夫?」
『うん!移動中だから大丈夫。何?相談?』
「うん……実はわたし、クラスメートにダンス教わってて、もしかしてそれって事務所の規約違反かなって……」
『クラスメート?なら、全然大丈夫じゃない?』
「でも、その子、昔アイドルだったみたいで……他の事務所のレッスンを受けてることにならないかなって……」

(ああ、そんな設定があったな)

 どうやら俺の適当な設定のせいでひまりが深刻に悩んでしまったらしい。
 悪いことをした、と思ったが、今更訂正もできずに黙っていた。

『うーん……でも、今はアイドルやってないし、事務所にも所属してないんだよね?』
「う、うん。そうみたい」
『ネットで検索しても出て来ないくらいの認知度でしょ?』
「えっと……うん」

 ひまりに視線を向けられて、俺は頷いた。
 兎山類という人間自体、半年前に作られて戸籍があるのかも怪しい状態だ。
 ネットで引っかかったとしても同姓同名の他人か、アイドルファンのアンチスレだけだろう。

『それなら大丈夫だよ!わたしもプロのダンサーやってる友達に教わったりするけど、事務所からオッケーって言われたもん』
「え!そうなんだ!」
『うん。言ってきたの麗奈ちゃんでしょ?わたしたちが間違えないように厳しく言ってくれるけど、厳しすぎるところがあるんだよね』
「うん……」
『うちの事務所、古臭いところがあるけど結構自由にやらせてくれるし、好きにやって大丈夫だよ!』

 ひまりの顔がぱっと明るくなる。

「そしたら、もしかして恋愛もオッケーってこと……」
『いや、それはダメでしょ』

 空気が一気に変わった。きらりがプロの厳しさを見せる。

『ガチ恋営業しろっていうんじゃないけどさ、男性ファンが多いし。ファンの夢を壊しちゃダメだよ』

(……そういうものなのか)

 俺には理解できない世界だった。
 だが、ひまりがその世界に生きている以上、それが彼女たちにとっての「ルール」なのだろう。
 ひまりは、きらりが突然見せた厳しさに、わたわたと慌てていた。

「だ、だよね!うん!わたしもそう思ってた!うん……うん、ありがとう!それじゃあ!」

 電話を切ると、ひまりは先ほどよりも萎れた様子だった。

「あの、規約違反じゃなかった、です」
「よかったな」

 俺が言うと、ひまりは力なく頷く。
 もっと嬉しそうな顔をすればいいのに。

(……なんで、こんなに元気がないんだ?)

 胸の奥に、わずかな違和感が引っかかる。
 いつもなら気にも留めない些細な変化だが、今日のひまりは朝から元気だったり落ち込んでいたり、妙に忙しそうで俺も引っ張られていた。

「だから、先生として……これからも……よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」

 俺が答えると、ひまりは複雑な表情で頷いた。

 ――

(アイドルが恋愛禁止なんて、当然だよね……)

 夜、自室でストレッチをしながらひまりは反省していた。
 幼い頃から事務所に所属していたから、改めて大人から注意されることがなかった。
 しかし、ファン全員を大事にするためには、誰か一人と付き合うなんてできるはずがない。

(自覚が足りなかったな……類くんやきらりに迷惑をかける前でよかった)

 ポジティブに考えたのに、自然と目が潤んでくる。
 初めて知った感情を、一日も持たずに忘れなければいけないのが苦しかった。

(今までどおり、類くんに教えてもらえるんだから、大丈夫、頑張れる)

 涙を堪えてストレッチを続けていると、スマホが鳴った。
 きらりからの着信だと気づいて、ひまりは慌てて応答する。

「もしもし?!」
『うん?ひまちゃん、忙しかった?』
「ううん、大丈夫だよ」

 先ほど相談したことで、きらりから追加のお説教されるのであれば聞かなければならない、とひまりは正座をしていた。
 しかし、意外にもきらりは優しく続ける。

『さっきの話。厳しく言ったけどさ、恋愛って、デートしたりキスしたりだけじゃないよね』
「う、うん……?」
『誰かを好きでいるってだけでも恋愛だから。それは誰にも止められないよ!だから、ひまちゃんが誰かを好きになったなら、好きでい続けてほしいなって』
「……ありがとう」
『事務所とファンに迷惑をかけない程度にだからね!ひまちゃん、真面目だからさ、また悩んじゃってるんじゃないかと思って心配になったの!』

 きらりは照れ隠しのように大げさに明るい声を出した。
 いつもセンターとして堂々としているきらりのそんな様子に、ひまりは思わず笑ってしまう。

(そっか……この気持ちは恋で、わたしはこのまま類くんを好きでいていいんだ)

 先ほどとは違って、嬉しさで涙が零れそうになる。

 胸の奥が、温かい。
 誰かを好きでいることは、こんなにも幸せなことなんだ。

 ひまりは、初めて「恋」を肯定した。
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