リスタート 〜嫌いな隣人に構われています〜

黒崎サトウ

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流されるな(6)

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 ──それで、どうして俺は未だ何もせず、家でこうしているのか。

 掃除し綺麗になった床に座り込んで、テーブルに置かれた物件資料とにらめっこしてから早数十分。

 せっかく拓也と大家さんのご厚意でこの話があるのだから、受けるにしても受けないにしても、できる限り早めに連絡しなければいけないのに。

「はぁ……」

 ああ、もう18時か。夢中で色々しているうちに、結構時間が経っていたらしい。今日は拓也と軽く朝食をとった以外何も食べていないから、かなりお腹が空いている。そろそろ飯つくらなきゃな。

 冷蔵庫を覗いてみると、……忘れていた、1週間家に帰ってないのだから当然だが、何も入っていなかった。今からスーパーに買い物行くか、コンビニ行くか、それとも出前でもとるか。

 スマートフォンを立ち上げると、出前アプリを開いて一覧を見てみる。やっぱり出前って高いよな……。もし引越しを視野に入れるなら、少しでも節約しておくべきだろう。

 途中で見るのをやめて、スマホをポケットにしまう。財布とエコバックをカバンから取り出すと、手に持って千秋は玄関に向かった。どうせ近くだし、こんなもんだろう、靴を穿いて玄関のドアを開けると、コツンと途中で何かにぶつかった。

「あ、高梨?言いつけ通り、ちゃんと戻ってきたんだな」

 わずかに開いたドアの隙間から、ひょこりと顔を覗かせたのは英司だった。いると思わなかったし、いきなり出てきたものだから、千秋は思わず声を上げそうになる。

「び、びっくりさせないでくださいよ……!」

 本当、心臓に悪い。なんでこう、この人はいつも突然なんだ。俺は冷静を保ちたいのに、こうも急がすぎると心の準備ってものが……。


 そんな千秋に英司は悪びれる様子なく、悪い悪い、と軽く言うだけだ。

「それより、開けてくれないか。今ちょうど両手が塞がってるんだよ」

「……嫌に決まってます」

 何さも当たり前のように言ってるんだ。千秋は今から出かけるのだ、どちらにしても英司を入れることはできない。

「あ?今からどっか行くのか」

「そうです、飯の材料買いに行くんです。なので申し訳ないですけど、お引き取りください」

 わざとらしく丁寧な口調で言いながら、開きかけたドアを押す。いくら英司でも、家主不在の部屋にむりやり入ってくることはしないだろう。

「ならちょうどよかった。一緒に飯、食おうぜ」

 ドアを完全に開けると、さっきは顔しか見えなかったが、英司は確かに両手が塞がっていた。パンパンに詰まったビニール袋は、持ち手が英司の指にきつく食い込むほどだ。

「それは……」

「こっちのは、昨日お前と会ったあの通りにある店で持ち帰りしたやつで」

 英司はくい、と右手の二つの袋を軽く持ち上げて見せる。

 そ、それは……!手前のは俺が大好きなプレミアム焼肉丼…それからその後ろに見えるのはあの高そうな寿司屋の、大きさ的にたぶん極上セット……!

 心の中で食いついてしまっている千秋をよそに、英司は次に左手を持ち上げて見せた。

「そんでこっちは、適当に入った菓子屋で買ったやつ」

 そのロゴは超有名かつ超おいしいスイーツ店のものだ。本当にたまにしか食べたことがないが、初めてあそこの抹茶タルトを食べた時は、口の中が溶けるかと思った。ケーキはケーキ箱だろうが、それとは別に紙袋も持っている。

「な?飯まだならいいだろ?」

 こ、この人。こんな俺の好物ばっかり、本当にたまたまか……?しかも特にお腹の空いているこのタイミングに、英司のこれが本当に偶然なら、それはとても恐ろしいことだと思った。
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