リスタート 〜嫌いな隣人に構われています〜

黒崎サトウ

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タイミングってやつ(6)

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 拓也と映画を見た週の日曜日、千秋は英司の誕生日をどうするか決めかねていた。

  千秋は居酒屋で働いており、バイト中もぐるぐると考えを巡らせている。

 予定をそれとなく聞いたところ、誕生日当日は英司も一日オフだそうで、二人で会うことになった。

 「俺の予定は全部把握しておきたいの?」と意地悪なニヤニヤ全開でからかわれたが、もちろん否定しておいた。

 しかし、プレゼント渡して、ご飯食べて、ケーキ買って……。それだけでは友達と変わらないのでは、とか。そもそも恋人の誕生日ってどう祝うんだっけ、とか。

 千秋の脳内でさまざまな疑問が飛び交う。

 実は中学のときは、短い交際期間に英司の誕生日が被らなかったのだ。

 千秋の誕生日は十二月で、受験勉強が忙しい中、回転寿司に連れて行ってもらったというエピソードがあるが。

 部活メンバーみんなで祝うとかはあったけど、要は恋人として祝ったことはないのだ。

「千秋~!」

「あ、はい。今行きます!」

 途中、常連客に呼ばれながらも千秋の思考は止まらない。

 今まで付き合った人たちにはどうしていたか。全て女性だったが、もちろん誕生日はちゃんと祝ってきた。少しおしゃれな店に行ったり、プレゼントを渡したり。

 とはいえ、英司をそういう風にエスコートする自分は想像できないというか。本当にそれを望んでいるのか?と少し違和感がある。

 とはいえ、「何かしてほしいことありますか?」と聞くのもアレだし。

 でも、中途半端なこともしたくなくて。

 ……柳瀬さんの誕生日祝えるの、ちょっと嬉しいし。

 ……よし、わからないことを考え続けても仕方がない。

 こうなったら、自分の得意分野で攻めよう。

 自分の今できる精一杯で、英司を祝い尽くしてやろうじゃないか。

 そして、めちゃくちゃ喜ばせてやる。

 思い浮かんだ案に内心たらりと汗が伝ったが、千秋は強気に不敵な笑みを浮かべた。








 英司の誕生日の一週間前。今日は拓也が家に来る日だ。

「おお、いい部屋だな」

「だろ?」

 家にはいるなり拓也が言った。忘れていたが、この部屋は好条件すぎて手放すのが惜しいほどだったのだ。

 結局英司には、拓也と遊ぶということだけは伝えてあるが、家に来ることは言っていない。とりあえず、英司はいつも通り大学に行っているので、鉢合わせることなく済んだ。

「昼まだだろ?食べる?」

「実は狙ってた。食いてえ、千秋の飯」

 いたずらっぽく言う拓也に呆れた笑みを見せつつ、「今用意するから」と告げた。

 しばらくして昼食の準備ができると、テーブルに並べられた料理を見て、拓也が目を輝かせた。

「やべ、まじでうまそう」

「涎垂らすなよ。じゃ、食べるか」

「いただきます!」

 豪快に、パクパクと食べ始める。

 英司も毎回おいしく食べてくれるが、こういう姿を見るのはやはり嬉しいものだ。

「本当に千秋って付き合ってる人いないんだな」

 食べている途中、拓也がいきなりそんなことを言った。

 付き合っている人、という言葉にドキンと心臓が跳ねる。

「な、なんで急に」

「ほら、部屋に女っ気ないし。出入りしてたらなんとなくわかるぜ」

「へえ……」

 ならば、あるのは女っ気ではなく、男っ気だ。なんて言えるわけでもなく。

「でもなあ」

 今度は何だ!

「千秋、最近なんか変わった気がするんだよな」

「変わった……?勘違いだろ」

「そう思ってたんだけど、ちょっと色気付いたというか…可愛くなった?いや、男に可愛いは嬉しくないか」

 誤ってお茶を吹き出しそうになった。

 まさか、そんなことを言われるとは思わなかった。なんだこいつ、妙に勘が良くてヒヤヒヤしてしまう。

「……あれ?まじでなんかあった?恋バナ?」

 と、千秋の様子を敏感に察知してしまった拓也が、ニヤニヤと高校生女子のようなノリで聞いてきた。

 まずい、この流れは。

 今の自分に、柳瀬さんと付き合ってることを告白する余裕や勇気はない。

 それに、性格的なものもあって、元々こういうことを大々的に言えないタイプなのである。

 とにかく、今は無理だ。

 なんて言おうかぐるぐるしていると、「千秋?」と声をかけられる。

「あ、えっと……」

 言い淀んでいると、

「ま、言いたくなったらでいいよ。千秋がそういうのに慎重なのわかってるからさ」

 とさっきまでのニヤニヤ顔とは打って変わって、優しく言われてしまった。

 ぱっと顔を見ると、屈託なく笑ってくれる。無理に話さなくていい、と言ってくれているようだった。

 ……ごめん、拓也。何も言えなくて。

 男同士だからといって、拓也を信用していないわけじゃなかった。

 だけど、どうしてだろう。言うのが少し怖いと思ってしまった。
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