50 / 75
タイミングってやつ(5)
しおりを挟む翌日、今までにないほど快く送り出された千秋は、約束通り拓也と映画を見に行った。
「いやあ、やっぱりアクションはいいよな」
「だな。今回のも見応えすごかったし」
うんうんと頷いている拓也は、千秋の前に座っている。
映画は午前で見終わったので、近くの店で昼食をとっているところだ。ひとしきり映画のことを語り合りあうと、自然と話題は拓也の合コン話へ。
「実は休み中、彼女できたんだけどさ」
「え!」
突然の報告に驚く。今まで、何かしらあってそこまで発展できないというのが拓也だったがいつの間に。
「すぐ別れることになってさ……」
「ああ……」
やはりお馴染みの流れだ。とはいえ念願の彼女だったというのに、何があったのだろうか。
「俺が彼女の誕生日知らなくて、祝わなかったらそれでお終いよ」
「え?知らなかったんだろ?」
「まあ、出会ってそんなに経ってないからな」
と、しばし項垂れていた拓也だったが、「またかわいい子を探すまで!」とすぐに復活した。相変わらず下がるのも上がるのも早いやつだ。
拓也はいつもこういうことを話してくれる。それは単に話したいからというのもあるが、対する千秋は英司とのことを言っていない。話した方がいいのかとも思ったが、しかしどうしてもそこまで踏み切れないのだ。
友達の拓也に言いたい気持ちと、躊躇う気持ちどちらもあり、実は少し悩んだ。
しかし、誕生日か。たしかに恋人間では一大イベントだもんな。しかし知らなかっただけなのに、それで振られるなんて…………ん?
……あれ、えっと、誕生日……誕生日!?
「今日何月何日っ!?」
「うおっ、びっくりした。え、えー……八月二十七日?」
まずい。どうして今まで忘れてたんだ。いや、今思い出せただけでもラッキーか。
「おい、どうした?なんか今日やることでもあった?」
「いや、なんでもない。ただの勘違い……」
あははと笑ってごまかす。拓也は不思議そうにしながらも、それ以上気にすることはなかった。
……いやいや、まずい。どうして忘れてたんだ。正確には忘れていたわけではないのだが。
ただ、なんというか祝わない、もとい祝えない数年間が続いたせいで、覚えていながらも祝わないという感覚が身についてしまっていたのだ。
二週間後、九月十日。
その日はまさに、英司の誕生日だ。
その後、買い物に行こうということになり、店で誕生日プレゼントを意識して見たりしたのだが……どうしよう。
柳瀬さんの誕生日を祝うときってどうすればいいんだ?友達とはまた違うよな……?
期間的にはまだ二週間と余裕ありだが、一応恋人である柳瀬さんの誕生日だ。構えてしまうし、どうすれば正解かわからない。
結局何も買えないまま夕方になり、帰路についていると、拓也が「あっ、そうだ」と呟いた。
「ん?」
「一人暮らし始めてしばらくだったけど大丈夫そう?」
「あ、ああ。おかげで何とか」
「隣人トラブルとか色々あったもんな」
「うん……」
そうか。英司を徹底的に回避しようとしていたとき、拓也には隣人トラブルと説明していたのだった。
「まあ、大丈夫そうならよかったわ。何かあったらまたうち来てもいいんだからな」
「ありがとな」
お前のつくる飯うまいしなあ、と言う拓也に、それが狙いかよ、と笑って返す。
そんな会話をしているうちに、いつも拓也と別れるところに着いてしまう。
「じゃあ……あっ、そうだ。次お前の家連れてけよ」
「え?家?」
「ほら、夏休み前、行かせろって言っただろ」
「あ、ああ……」
そういえば、言っていたかもしれない。あのときは英司のことを考えてたから、生返事をした気がする。
拓也は以前、千秋が彼の家に泊まっていたときに英司と顔を合わせたことがある。そして、隣人トラブルを相談した件を考えると、その隣人が英司だとバレるのは大変まずいだろう。
以前、隣人トラブルで困ってると言っていた時期、拓也は「なんかされたら殴り込みに行ってやるぜ」と言っていたのだ。
殴るはないにしても、正義感の強い拓也だ、千秋のために怒ったり何かしたりするかもしれない。
そもそも英司は、千秋があのとき彼を避けるために隣人トラブルと言っていたことを知らない。
「来週は?」
早々に拓也が予定を合わせ始めて、千秋は内心焦る。
それに、ただの隣人トラブルではないことがバレてしまう可能性もある。そしたら、一から説明することになり……。
いや、全て言わないにしても、ややこしいことになるに決まってる。
はあ……。千秋は内心ため息をついた。
拓也に言っていることは完全には嘘ではないが、騙しているというか……そんな感じがして胸がちくりとする。
俺、拓也を大切な友達と思っているのに。あの手この手で色々隠していることに、今更ながら少しモヤモヤした。
しかし、家に来ていいと了承したのは自分だし、拓也はもう来る気満々だ。
「わかった。じゃあ来週で」
というか、本当はその懸念さえなければ、手放しで歓迎していたのだ。自業自得だ。
「よしよし。千秋んち楽しみだなあ」
「ええ、別に何もないけど……」
拓也の家には漫画とかゲームとか色々あったけど、対する千秋の家にはそういうものがない。
「まあいいんじゃん。じゃあ、また連絡するわ!」
「うん。またな」
手を振って自分の家に向かって帰っていく拓也。
まあ、千秋が英司に毎回説明したおかげで、拓也が生粋の女好きだということは伝わっているはずだ。
今日だって、昨夜「拓也と遊びに行っても不機嫌になるな」という条件で恥ずかしいことに付き合ったにしても、快く送り出したのは、拓也は警戒しなくていいのだとわかってきているからだろう。
そうそう、拓也はただの友達。とりあえず英司に変な疑いをかけられる云々は気にすることないじゃないか。
となれば、気をつけるべきことはただ一つ。
うちのアパートで拓也と英司が鉢合わせないようにすることだ。特に、隣から英司が出入りするところを目撃されてはいけない。
それは何とか調整すればいいだけだし、大したことではないだろう。
英司に説明して合わせてもらうなど、彼の手を煩わせるまでもない。巻き込むのは気がひけるし。
それさえクリアすれば、友達が一人暮らしの家に遊びに来るという楽しいイベントだ。なんだ、案外大丈夫かもしれない。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ふつつかものですが鬼上司に溺愛されてます
松本尚生
BL
「お早うございます!」
「何だ、その斬新な髪型は!」
翔太の席の向こうから鋭い声が飛んできた。係長の西川行人だ。
慌てん坊でうっかりミスの多い「俺」は、今日も時間ギリギリに職場に滑り込むと、寝グセが跳ねているのを鬼上司に厳しく叱責されてーー。新人営業をビシビシしごき倒す係長は、ひと足先に事務所を出ると、俺の部屋で飯を作って俺の帰りを待っている。鬼上司に甘々に溺愛される日々。「俺」は幸せになれるのか!?
俺―翔太と、鬼上司―ユキさんと、彼らを取り巻くクセの強い面々。斜陽企業の生き残りを賭けて駆け回る、「俺」たちの働きぶりにも注目してください。
恋なし、風呂付き、2LDK
蒼衣梅
BL
星座占いワースト一位だった。
面接落ちたっぽい。
彼氏に二股をかけられてた。しかも相手は女。でき婚するんだって。
占い通りワーストワンな一日の終わり。
「恋人のフリをして欲しい」
と、イケメンに攫われた。痴話喧嘩の最中、トイレから颯爽と、さらわれた。
「女ったらしエリート男」と「フラれたばっかの捨てられネコ」が始める偽同棲生活のお話。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる