リスタート 〜嫌いな隣人に構われています〜

黒崎サトウ

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タイミングってやつ(5)

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 翌日、今までにないほど快く送り出された千秋は、約束通り拓也と映画を見に行った。

「いやあ、やっぱりアクションはいいよな」

「だな。今回のも見応えすごかったし」

 うんうんと頷いている拓也は、千秋の前に座っている。

 映画は午前で見終わったので、近くの店で昼食をとっているところだ。ひとしきり映画のことを語り合りあうと、自然と話題は拓也の合コン話へ。

「実は休み中、彼女できたんだけどさ」

「え!」

 突然の報告に驚く。今まで、何かしらあってそこまで発展できないというのが拓也だったがいつの間に。

「すぐ別れることになってさ……」

「ああ……」

 やはりお馴染みの流れだ。とはいえ念願の彼女だったというのに、何があったのだろうか。

「俺が彼女の誕生日知らなくて、祝わなかったらそれでお終いよ」

「え?知らなかったんだろ?」

「まあ、出会ってそんなに経ってないからな」

 と、しばし項垂れていた拓也だったが、「またかわいい子を探すまで!」とすぐに復活した。相変わらず下がるのも上がるのも早いやつだ。

 拓也はいつもこういうことを話してくれる。それは単に話したいからというのもあるが、対する千秋は英司とのことを言っていない。話した方がいいのかとも思ったが、しかしどうしてもそこまで踏み切れないのだ。

 友達の拓也に言いたい気持ちと、躊躇う気持ちどちらもあり、実は少し悩んだ。

 しかし、誕生日か。たしかに恋人間では一大イベントだもんな。しかし知らなかっただけなのに、それで振られるなんて…………ん?

 ……あれ、えっと、誕生日……誕生日!?

「今日何月何日っ!?」

「うおっ、びっくりした。え、えー……八月二十七日?」

 まずい。どうして今まで忘れてたんだ。いや、今思い出せただけでもラッキーか。

「おい、どうした?なんか今日やることでもあった?」

「いや、なんでもない。ただの勘違い……」

 あははと笑ってごまかす。拓也は不思議そうにしながらも、それ以上気にすることはなかった。

 ……いやいや、まずい。どうして忘れてたんだ。正確には忘れていたわけではないのだが。

 ただ、なんというか祝わない、もとい祝えない数年間が続いたせいで、覚えていながらも祝わないという感覚が身についてしまっていたのだ。

 二週間後、九月十日。

 その日はまさに、英司の誕生日だ。

 その後、買い物に行こうということになり、店で誕生日プレゼントを意識して見たりしたのだが……どうしよう。

 柳瀬さんの誕生日を祝うときってどうすればいいんだ?友達とはまた違うよな……?

 期間的にはまだ二週間と余裕ありだが、一応恋人である柳瀬さんの誕生日だ。構えてしまうし、どうすれば正解かわからない。

 結局何も買えないまま夕方になり、帰路についていると、拓也が「あっ、そうだ」と呟いた。

「ん?」

「一人暮らし始めてしばらくだったけど大丈夫そう?」

「あ、ああ。おかげで何とか」

「隣人トラブルとか色々あったもんな」

「うん……」

 そうか。英司を徹底的に回避しようとしていたとき、拓也には隣人トラブルと説明していたのだった。

「まあ、大丈夫そうならよかったわ。何かあったらまたうち来てもいいんだからな」

「ありがとな」

 お前のつくる飯うまいしなあ、と言う拓也に、それが狙いかよ、と笑って返す。

 そんな会話をしているうちに、いつも拓也と別れるところに着いてしまう。

「じゃあ……あっ、そうだ。次お前の家連れてけよ」

「え?家?」

「ほら、夏休み前、行かせろって言っただろ」

「あ、ああ……」

 そういえば、言っていたかもしれない。あのときは英司のことを考えてたから、生返事をした気がする。

 拓也は以前、千秋が彼の家に泊まっていたときに英司と顔を合わせたことがある。そして、隣人トラブルを相談した件を考えると、その隣人が英司だとバレるのは大変まずいだろう。

 以前、隣人トラブルで困ってると言っていた時期、拓也は「なんかされたら殴り込みに行ってやるぜ」と言っていたのだ。

 殴るはないにしても、正義感の強い拓也だ、千秋のために怒ったり何かしたりするかもしれない。 

 そもそも英司は、千秋があのとき彼を避けるために隣人トラブルと言っていたことを知らない。

「来週は?」

 早々に拓也が予定を合わせ始めて、千秋は内心焦る。

 それに、ただの隣人トラブルではないことがバレてしまう可能性もある。そしたら、一から説明することになり……。

 いや、全て言わないにしても、ややこしいことになるに決まってる。

 はあ……。千秋は内心ため息をついた。

 拓也に言っていることは完全には嘘ではないが、騙しているというか……そんな感じがして胸がちくりとする。

 俺、拓也を大切な友達と思っているのに。あの手この手で色々隠していることに、今更ながら少しモヤモヤした。

 しかし、家に来ていいと了承したのは自分だし、拓也はもう来る気満々だ。

「わかった。じゃあ来週で」

 というか、本当はその懸念さえなければ、手放しで歓迎していたのだ。自業自得だ。

「よしよし。千秋んち楽しみだなあ」

「ええ、別に何もないけど……」

 拓也の家には漫画とかゲームとか色々あったけど、対する千秋の家にはそういうものがない。

「まあいいんじゃん。じゃあ、また連絡するわ!」

「うん。またな」

 手を振って自分の家に向かって帰っていく拓也。

 まあ、千秋が英司に毎回説明したおかげで、拓也が生粋の女好きだということは伝わっているはずだ。

 今日だって、昨夜「拓也と遊びに行っても不機嫌になるな」という条件で恥ずかしいことに付き合ったにしても、快く送り出したのは、拓也は警戒しなくていいのだとわかってきているからだろう。

 そうそう、拓也はただの友達。とりあえず英司に変な疑いをかけられる云々は気にすることないじゃないか。

 となれば、気をつけるべきことはただ一つ。

 うちのアパートで拓也と英司が鉢合わせないようにすることだ。特に、隣から英司が出入りするところを目撃されてはいけない。

 それは何とか調整すればいいだけだし、大したことではないだろう。

 英司に説明して合わせてもらうなど、彼の手を煩わせるまでもない。巻き込むのは気がひけるし。

 それさえクリアすれば、友達が一人暮らしの家に遊びに来るという楽しいイベントだ。なんだ、案外大丈夫かもしれない。

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