運命の恋に落ちた最強魔術師、の娘はクズな父親を許さない

SA

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6 辺境伯領の噴出編

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 私が初めて北部辺境伯家に行ったのは、後援を受けるためにグレイと婚約したすぐ後。
 すぐ後どころか、婚約の書類にサインをした翌日のことだった。

 今から思えば、当時の私は『婚約』がどういうものなのか、あまりよく分かっていなかったんだと思う。

 ちゃんと詳しく説明は受けたので、手続き上どうのこうのということは、しっかりと理解していたはずではある。
 自分でも勉強したし、説明も丁寧だったので、この辺りの理解度には問題はなかった。

 しかし、婚約したら具体的にどうなるとか、どう変わるとか、そういったことは想像がついてなかった。気持ちが追いつかなかったと言えばいいだろうか。

 正式な婚約は五年後、私が十六歳になってから取り結ぶことになっていたので、十一歳の私は、先々どうなるかについては深刻に受け止めてなかったのだ。

 とにかく。

 平民になってしまっている十一歳の私が、名のある杖持ちの魔術師として害されることなく安心して生きていくには、心強い『後援』が必要で。

 その『後援』に名乗りを上げてくれたのが、いつも私の手助けをしてくれたグレイだったから。

 害されることなく安心して生きていく。

 そのことで頭がいっぱいで、婚約についてはぽやぽやした考えしかなかった私は、婚約の書類が完成した翌日、ベイオス閣下の再訪を受けた。

 婚約書類が受理された報告とともに、ベイオス閣下から告げられたのは、ニグラート辺境伯領への訪問について。

「エルシアちゃん、グレイといっしょにうちの領に遊びにおいで」

 分かりました、と簡単に答えると、

「なら、善は急げだ。さぁさぁ、馬車に乗った乗った」

「え?!」

 突然、襟首を猫のように掴まれて、ぽいっと馬車に押し込まれる私。

「今すぐですか?!」

 馬車の中はふかふかのソファーのような乗り心地。私はそのふかふかに埋もれ、気持ちいいなぁと気が緩む。
 いやいやこんなまったりとしていてはいけないと、はたと気がついて、すぐさま馬車の入り口を振り向いた。

 そこには、にやにや顔のベイオス閣下がいて、今まさに馬車の扉を閉めようとしているところで。

「善は急げと言っただろう?」

 言ってた、言ってたけど。いきなり?!

 焦る私。だって、婚約した翌日に、いきなり北部辺境伯領に連れて行かれるとは、まったく思ってなかったし。

 そんな私の耳に聞き覚えのある声。

「おっさんは言い出したら、後に引かないからな」

 その声は、ふかふかに埋もれている私のすぐそばで聞こえた。

 私は入り口の扉に向けていた目を、声がした反対側の方に向ける。すると、そこにはグレイが、どかっ、と楽な姿勢で座っていた。

 ベイオス閣下、ついでにグレイまで馬車に乗せたんだ。

 最初に『グレイといっしよに』と前置きされたのはこういうことか。

 グレイは無言で、くいっと馬車の荷物置き場を指差す。グレイから、さらに後ろに目を向けると、いつの間にやら私の荷物が簡単にまとめられて乗せられていた。

 はぁ。

 ふかふかに埋もれたまま、私はため息をつく。いきなりな展開に頭が追いついていかない。落ち着け、私。落ち着いて状況把握だ。

 ふぅ。

 今度はため息ではなく深呼吸。気持ちを落ち着かせている私の背に、ベイオス閣下の穏やかな声がかけられた。

「おじさんは先に領地に戻ってるから、二人で仲良く帰ってくるんだよ~」

 んんんんん?

「先にってどういうこと?!」

 馬車の扉を振り向いたときは、すでにパタンと閉められた後。扉が閉まるや否や動き出す馬車。

 馬車の窓の外には、にこやかな笑みを満面に浮かべて、ひらひらと手を振るベイオス閣下の姿。その隣には同じくひらひらと手を振る魔塔の先生やら孤児院の子どもたちやら。

 遅かった。いろいろと遅かった。

 すべて手を回された後だったんだ。

「えええええええ?!」

 こうして、あまりのスピード展開に悲鳴を上げる私の心境を一切、気にかけることもなく、馬車はニグラート辺境伯領に向けて速やかに出発していった。

 馬車を見送るベイオス閣下が、

「ほぼ、誘拐に近かったかな」

 などと物騒な感想を口にしているとは、想像する心の余裕もないほどに。




「最初の最初は、普通に馬車で辺境に行ったんだよね」

 誘拐されるように連れていかれた最初の時を思い出し、私は誰に聞かせるわけでもないのに、昔のことを口に出していた。

 馬車を使う必要はなかったのに、実際、ベイオス閣下は自分だけさっさと先に辺境伯領に戻っていったのに。

 どうしてあの時は、馬車に乗せられて何日もかけて、辺境伯領まで戻ったのか。

 未だによく分からない。

「へ?! お嬢、まさか、馬車で北まで戻ったんですか?」

 いつの間にか、バルザード卿が荷物をおいて戻ってきていた。私の独り言に敏感に反応する。

「そうなんだよね。まぁ、一番最初の時だけなんだけどね」

 隣にいるグレイを見上げると、うむっと無言で頷いた。グレイもきっと思い出したのだろう、最初の最初を。

「数人だけなら、ここのタウンハウスにある転送の魔法陣を使って、移動できますよね?
 なんでわざわざ何日もかけて、移動したんですかね。しかも、お嬢一人で馬車に乗って」

 おや?

 私一人で馬車に乗ってたわけじゃないけど?

 だいたい、十一歳の子どもを一人で馬車に乗せて、何日もかかる場所まで行かせるのってダメじゃない? ある種の虐待だよね?

 バルザード卿が誤解しているようだったので、私は当時の話を説明することにした。

「あのね、バルザード卿。十一歳の子ども一人を馬車に乗せて、辺境まで行かせるわけがないでしょ?」

「それはそうですね。でも、閣下や隊長は魔法陣で戻ったんでしょう?」

「グレイは私といっしょに馬車に乗ってたけど」

「えっ! 隊長と二人きりで馬車に? お嬢、身体は無事でした?」


 ゴスッ


「今、なんか、凄い重い音が聞こえたような気が」

「気のせいだ、シア」

 頭を押さえて痛そうにしているバルザード卿。絶対、グレイが殴ったんだと思うのに、速すぎて目がついていかない。

「いててて。お嬢、嫁入り前の娘が若い男と何日も密室で二人っきり、となると世間は想像するもんなんですよ」


 ゲホゲホ。


 バルザード卿のぶっとんだ言葉に、私はむせる。その背中を優しくなでてくれるグレイ。

「嫁入り前の娘と若い男って、ねぇ! 十一歳と十六歳なんだけど!」

 そう。

 今の年齢ならともなく、最初の最初は子どもと成人したて。いくら婚約したといっても、そういう男女の関係を持つ年齢ではない。早すぎるわ。妄想が過ぎるわ。

 自分でも、真っ赤になってるだろうなぁと思いながら、熱を帯びた顔でバルザード卿に言い返した。

 すると、なんてことはないような平然とした顔で、バルザード卿はさらに言い返してくる。

「十分、出来ますよね」

「出来るって、何を?!」

「そりゃあ、男女のいとな、」


 ゴスッ


「いかがわしいことを口に出すな」

 本日二度目の重い音が聞こえ、遅れてバルザード卿の絶叫が辺りに響き渡った。
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