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第三章
第24話『チーム雷神』
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「レインとの再会に、乾杯!」
アンナが先陣を切って会食の始まりを告げた。それに合わせて私やチーム『雷神』のメンバーが、ガラスのコップを掲げて一斉に、乾杯、と言った。
食堂の受取口でアンナと出会った私は、彼女に、一緒に食べよう、と強く誘われた。元々自分の部屋で食べるつもりだったけれど、会話の流れに身を任せてしまい、結局同席することになったのである。
テーブルにはスパゲティー、肉野菜炒め、ミートボール、シーザーサラダが並んでいる。どれも食堂で頼める料理で、四人はここで食べるときは、こうしてバイキングのようにしているらしい。四人ならではの食べ方であり、一人ではできない楽しみ方だ。
ちなみに乾杯はしたが、全員酒を飲んでいるわけではない。コップに入っているのはただの氷水だ。
「おいおい、乾杯よりも先に自己紹介が先なんじゃないのか?」
向かいの席の青い髪の男が、アンナにツッコミを入れた。
「まーまーいいの!料理は冷めないうちに食べたほうがいいんだから!」
アンナはそう言いながら、テーブルの上にある料理を、スプーンとフォークを使って、彼女自身の皿に盛っていった。それに続いて、青髪の男の隣にいる、茶髪の男も料理を装っていった。青髪の男は、やれやれ、とでも言いたげにため息をついて、一つ咳払いをした。
「俺がチーム『雷神』のリーダー、ポールだ。今日はレインさんと会食できるなんて光栄だよ」
私はポールと会ったことがないので、そこまで歓迎されることに少し疑問を持ったが、アンナが私のことを話題にしたんだろうと推察した。そうでなくても、よくある社交辞令なんだろうと解釈した。
彼は続けて仲間の紹介もした。
「それで、俺の隣にいるのがデニス、レインさんの右手側にいるのがアンナで、左手側にいるのがジェイシー」
金色の髪をしたジェイシーはアンナと同じく、ギルド繁華街の宿屋で会ったことがある。それと茶髪の男のデニスという名前も聞き覚えがあるような…。
「レイン、いい?デニスには気をつけて」
アンナがデニスにも聞こえるような声で私に耳打ちをした。不思議に思って私は二人を交互に見た。デニスの方は既に料理を盛り付け終えて、スパゲティーを食べ始めていたが、アンナの言葉で口の動きが止まっていた。
「気をつけるって、何に?」
「ちょっと、アンナ、僕はまだ何もしてないじゃないか」
アンナが私の疑問に答えようとしたが、デニスが間髪を入れずに文句を言っていた。ただ、アンナはその文句を無視してまた私に言った。
「コイツ、昔っから女誑しなのよ」
…あぁ、思い出した。確か前に食事中に彼に話しかけられたんだった。それでその時にアンナが彼の名前を呼んでゲンコツを喰らわせていたっけ。
「違うよ。僕はただ交友を広げようとしているだけで」
「なぁにが交友よ。いっつも鼻の下伸ばして女の子ばっか見て」
「それは、その、あれだよ、男の性ってやつ。ねぇ?ポール?」
「俺とお前を同じにするなよ」
「そうよ、ポールはアンタと違って理性ってのが働いているからね」
「えぇ、いやいや、理性しかない堅物と本能を素直に曝け出す正直者、どっちがいいかって話だよ。ねぇ?レインさん?」
「わ、私?」
「レイン、騙されちゃだめだからね?聞こえよく言ってるけど、言い包めるための詭弁なんだから」
「ちょっと、今レインさんを言い包めようとしているのはアンナのほうでしょ」
アンナとデニスの喧嘩のようなやりとりは続いた。二人ともそれほど本気じゃないのか、周りに迷惑にならない程度の声量だった。それを見ていたポールは、またため息を一つついて、私の左側にいるジェイシーは、ふふっ、と小さく笑っていた。
というか、凄いな、ここまでとんとん拍子で会話が進むなんて。漫才を見ているみたいだ。
「申し訳ない。こいつらはいつもこんな感じなんだ」
ポールが苦笑いをしながら言った。その言葉を聞いて、アンナもデニスも咳払いをして、今までの会話なんてなかったかのように姿勢を取り繕った。気のせいか食べ方まで上品に感じる。
「賑やかで楽しいよ。でも、それなら私みたいなのが同席してよかったの?」
私がそう言うと、ポールとデニスはすぐに首を横に振った。比べてアンナは私の言動を不思議がって、ジェイシーは少し驚いた表情をしていた。
「とんでもない。むしろこうしてお礼の機会がないかと、ずっと待っていたんだ」
ポールの言葉に、私の頭にハテナが浮かんだ。お礼ってなんのことだ?
「あー、そっか。レインはあの時すぐに気を失っちゃったからか」
あの時っていつのことだろう。少なくともここ一ヶ月間のことだと思うけれど、だとしても私がアンナやジェイシーと知り合ってから、今日会ったのが二回目のはずだし…。
その答えを、デニスが話した。
「三週間ぐらい前に悪党が馬車を襲って、それにレインさんが駆けつけてくれたとき、あったでしょ?あのとき馬車を護衛していたのが、僕たちなんだ」
「えっ、そうだったの?」
今度は四人とも頷いた。
「あのときは、ありがとうございました。もしレインさんが来てくれなかったら、下手すれば俺たちは生きていなかったかもしれません」
ポールは丁寧な口調で言いながら、深々と頭を下げた。
もし、私が駆けつけてなかったら、間に合ってなかったら、今この場の四人は楽しく過ごせなかったに違いない。あのときの無鉄砲な行動に意味があったんだと、実感できた。
「皆、無事でよかったね」
私がそう言うと、ポールとジェイシーは少ししんみりとした表情を浮かべ、反対にアンナやデニスはうんうんと何度も首を縦に振った。
「だからさ、遠慮せずに一緒に食べよ?よかったら、ここにあるの好きに撮んでっていいから!」
それからは食事を楽しみつつ、長々と話をして、気がつけば窓の外はすっかり暗くなっていた。いつもなら十数分で終えてしまうはずな夕食も、今回ばかりは一時間程度盛り上がってしまった。テーブル上の料理は綺麗に平らげられて、アンナやデニスは膨らんだお腹を手で擦って、大層満足そうにしていた。
「それじゃあ、おやすみ。また一緒に食べようね」
私はアンナたちに別れを告げて、食器を返却口へ返したあと部屋に戻った。
長旅をして、いつもより楽しく食事をすれば、そのあとは当然眠気が襲ってくる。しかし、まだお風呂に入っていないため、このままベッドに飛び込むわけにはいかない。
ただ、今の時間帯の浴場は人が多い。混み合っている、というほどではないが、浴場は空いているほうがゆったりできる。それに私のオッドアイは恐らくあまり人に見せて良いものではないっぽいから、眼帯をつけられない浴場では人のいない時間のほうが都合がいい。
それなら日記を書いて時間を潰せばちょうどよくなるかもしれないと思い、テーブルの上に日記帳を展げて、椅子に腰を掛けた。
早速書き始めよう__と言う前に、初めてアンナとジェイシーに会った日の日記を見た。そこにはギルドに入ったこと、アポロンやトリッシュと会ったこと、初めて依頼を熟したことなどに合わせて、一番下のほうに二人のことが書かれていた。
「えへへ…」
改めて日記の内容を確認すると、安心感から笑い声が漏れた。まだ一ヶ月しか経っていないけれど、随分と前の出来事ような気がして、懐かしく思える。
記憶を振り返れるって、いいな。
今日の分の日記を書き終えた私は、浴場へ向かった。__まぁ書き始めるまでに、これまで書いた日記を一日一日見てしまったから、思ったより椅子に座っている時間が長くなってしまったわけだけど。
浴場の方はというと、想定通り人は少なかった。凡そ四、五人といったところか。これぐらいなら周りを気にすること無くリラックスできそうだ。
髪と身体をしっかり洗ってお風呂に入ろうとしたとき、見覚えのある女が隅っこの方で浸かっていた。ジェイシーだった。
「ジェイシー?」
声を掛けると、彼女は一瞬ビクッとなって私の方を振り返った。
「レインさん」
「驚かせてごめんね。アンナは一緒じゃないの?」
「うん。お腹いっぱいで、まだ休憩中です」
それを聞いて苦笑いを隠せなかった。まぁ、あれだけ食べれば動けなくても不思議じゃない。
「あの、ちょっと、お話、してもいいですか」
ジェイシーが急な提案をしてきた。さっきの食事のとき、彼女とはあまり話せなかったので、丁度いい機会だと思った。
「うん。いいよ」
ジェイシーの隣でお風呂に浸かって、なんの話だろうと彼女の言葉を待った。
少しの間をおいてから、ジェイシーが口を開いた。
「その、あのときは、本当に、ありがとうございました」
あのとき…というのは、さっき話した、私が四人を助けたときのことだろう。
「うん。どういたしまして」
優しく微笑んで返事をした。ところが、ジェイシーは一回頷いてから、また黙り込んでしまった。
そういえば、会話したことは殆ど無いけれど、彼女から話をしたいだなんて珍しい。それほどまでに感謝している、とも捉えられるけれど、話、という括りにして提案するのだろうか。
「えっと…話って、そのこと?」
「あっ、いや、違うんです。いや、感謝をしているのは本当なんですけど、その」
ジェイシーはそこまで言って、また黙ってしまった。が、今度は決心したように私に問いかけてきた。
「その、レインさんの、目、は、あんまり、聞かない方が、いいんでしょうか」
しまった、と思った。さっきまであれだけ人目につかないようにと注意していたのに。
…でも、さっきの日記のことを思い出すと、初めてジェイシーとアンナに会ったのは今と同じお風呂でだった。なら、彼女にとっては今更な話か。
「す、すみません!で、でも、前は眼帯とかつけてなかったから…」
「いや、そうだったよね。えっと、聞かれても問題はないんだけど、聞かれても私自身、分からないっていうか…」
「えっ?ど、どういうことなんですか?」
私の予想外の返答に、ジェイシーも困惑していた。当然だ。自分のことなのに、何も知らないんだから。
「気づいた時からこうだったから、そもそも原因が分かっていないんだよね。でも、人にあんまり見せないほうがいいっぽいから、眼帯をつけ始めたって感じかな」
「そう、なんですね…。すみません、変な事聞いてしまって」
「大丈夫。でも、あんまり目のことは他の人には教えないでほしいかも」
私がそう言うと、ジェイシーはコクリと頷いた。まぁ彼女の性格を考えたら簡単に口を滑らすとは思えないけど。
「本当はどうしてなのか知りたいんだけどね。調べても全然手がかりがないから、旅をしていて、偶々原因が判ればいいって感じかな」
「じゃあ、前に世界を知りたいって言ってたのもそれが理由なんですか?」
「あー、そう。そんな感じ」
実際はもっと根本的な、何故転生したのか知るのが理由なのだけど、この際似たようなものだろう。というか、目の方を理由にしたほうが、何かと都合がいいかもしれない。
「…レインさんはしっかりしているんですね。私よりも小さいのに、目的を持って旅をしていて」
「そんなことないよ。力も知識も全然ないし。それに、旅をしているって言っても、まだアルガード王国から出てないから」
「でも、ただ幼馴染に付いてってるだけの私に比べれば…」
彼女の言葉は少し自虐的に映った。幼馴染と冒険をしていて、何を苛むことがあるのだろうかと変に思った。
「良いと思うけどな。親しい仲間と旅をするなんて。楽しそうだし」
「はい。楽しいです。楽しいんですけど、一緒に冒険していて、皆戦いも精神も強くなってって、私だけずっと変わらないような気がしていて…」
ジェイシーは湯煙立つ水面を遠い目で見つめていた。沈んでしまいそうなほどに寂しい表情だった。が、すぐに我に返って、慌てて私の方を向いた。
「ご、ごめんなさい!愚痴っぽくなっちゃって」
「ううん。平気だよ」
宥めるように、優しく声を掛けた。しかし、依然としてジェイシーの寂しそうな顔は、そこに残っていた。
親しい間柄だからといって、一緒にいることが全て良い方向に行くとは限らないのか。ジェイシーの場合は特に、性格も祟って不安に駆られているんだろう。
「お話してくれて、ありがとうございました。そろそろ、私、出ますね」
ジェイシーはそう言って立ち上がり、お風呂から出た。そのまま浴場から出るのかと思ったら、何か迷っているような仕草をして、遂に私の方に顔を向けた。
「…あの、また、お話、してくれますか」
「うん。勿論」
私が優しく、劜く返事をすると、ジェイシーはほんの少しだけ嬉しそうな顔をした。さきほどまでの暗い表情が少し薄れたような気がした。
「ありがとうございます。おやすみなさい」
「おやすみ。またね」
ジェイシーに手を振って別れると、浴場には私一人になっていた。話し込んでいる間に他の人たちは既に上がっていたようだ。
「強く、か」
幼い頃から共に過ごしてきた仲だからこそ、感じ取ってしまうこともきっとある。そんな経験がない、正確には記憶がない私には、恐らく分からないものだ。
ただ、不安そうにする彼女に、何か言葉を掛けるべきだったんじゃないかと、今となってはもう遅いことを只管考えた。答えのない後悔という名の小さな海を、一人彷徨っているのだった。
アンナが先陣を切って会食の始まりを告げた。それに合わせて私やチーム『雷神』のメンバーが、ガラスのコップを掲げて一斉に、乾杯、と言った。
食堂の受取口でアンナと出会った私は、彼女に、一緒に食べよう、と強く誘われた。元々自分の部屋で食べるつもりだったけれど、会話の流れに身を任せてしまい、結局同席することになったのである。
テーブルにはスパゲティー、肉野菜炒め、ミートボール、シーザーサラダが並んでいる。どれも食堂で頼める料理で、四人はここで食べるときは、こうしてバイキングのようにしているらしい。四人ならではの食べ方であり、一人ではできない楽しみ方だ。
ちなみに乾杯はしたが、全員酒を飲んでいるわけではない。コップに入っているのはただの氷水だ。
「おいおい、乾杯よりも先に自己紹介が先なんじゃないのか?」
向かいの席の青い髪の男が、アンナにツッコミを入れた。
「まーまーいいの!料理は冷めないうちに食べたほうがいいんだから!」
アンナはそう言いながら、テーブルの上にある料理を、スプーンとフォークを使って、彼女自身の皿に盛っていった。それに続いて、青髪の男の隣にいる、茶髪の男も料理を装っていった。青髪の男は、やれやれ、とでも言いたげにため息をついて、一つ咳払いをした。
「俺がチーム『雷神』のリーダー、ポールだ。今日はレインさんと会食できるなんて光栄だよ」
私はポールと会ったことがないので、そこまで歓迎されることに少し疑問を持ったが、アンナが私のことを話題にしたんだろうと推察した。そうでなくても、よくある社交辞令なんだろうと解釈した。
彼は続けて仲間の紹介もした。
「それで、俺の隣にいるのがデニス、レインさんの右手側にいるのがアンナで、左手側にいるのがジェイシー」
金色の髪をしたジェイシーはアンナと同じく、ギルド繁華街の宿屋で会ったことがある。それと茶髪の男のデニスという名前も聞き覚えがあるような…。
「レイン、いい?デニスには気をつけて」
アンナがデニスにも聞こえるような声で私に耳打ちをした。不思議に思って私は二人を交互に見た。デニスの方は既に料理を盛り付け終えて、スパゲティーを食べ始めていたが、アンナの言葉で口の動きが止まっていた。
「気をつけるって、何に?」
「ちょっと、アンナ、僕はまだ何もしてないじゃないか」
アンナが私の疑問に答えようとしたが、デニスが間髪を入れずに文句を言っていた。ただ、アンナはその文句を無視してまた私に言った。
「コイツ、昔っから女誑しなのよ」
…あぁ、思い出した。確か前に食事中に彼に話しかけられたんだった。それでその時にアンナが彼の名前を呼んでゲンコツを喰らわせていたっけ。
「違うよ。僕はただ交友を広げようとしているだけで」
「なぁにが交友よ。いっつも鼻の下伸ばして女の子ばっか見て」
「それは、その、あれだよ、男の性ってやつ。ねぇ?ポール?」
「俺とお前を同じにするなよ」
「そうよ、ポールはアンタと違って理性ってのが働いているからね」
「えぇ、いやいや、理性しかない堅物と本能を素直に曝け出す正直者、どっちがいいかって話だよ。ねぇ?レインさん?」
「わ、私?」
「レイン、騙されちゃだめだからね?聞こえよく言ってるけど、言い包めるための詭弁なんだから」
「ちょっと、今レインさんを言い包めようとしているのはアンナのほうでしょ」
アンナとデニスの喧嘩のようなやりとりは続いた。二人ともそれほど本気じゃないのか、周りに迷惑にならない程度の声量だった。それを見ていたポールは、またため息を一つついて、私の左側にいるジェイシーは、ふふっ、と小さく笑っていた。
というか、凄いな、ここまでとんとん拍子で会話が進むなんて。漫才を見ているみたいだ。
「申し訳ない。こいつらはいつもこんな感じなんだ」
ポールが苦笑いをしながら言った。その言葉を聞いて、アンナもデニスも咳払いをして、今までの会話なんてなかったかのように姿勢を取り繕った。気のせいか食べ方まで上品に感じる。
「賑やかで楽しいよ。でも、それなら私みたいなのが同席してよかったの?」
私がそう言うと、ポールとデニスはすぐに首を横に振った。比べてアンナは私の言動を不思議がって、ジェイシーは少し驚いた表情をしていた。
「とんでもない。むしろこうしてお礼の機会がないかと、ずっと待っていたんだ」
ポールの言葉に、私の頭にハテナが浮かんだ。お礼ってなんのことだ?
「あー、そっか。レインはあの時すぐに気を失っちゃったからか」
あの時っていつのことだろう。少なくともここ一ヶ月間のことだと思うけれど、だとしても私がアンナやジェイシーと知り合ってから、今日会ったのが二回目のはずだし…。
その答えを、デニスが話した。
「三週間ぐらい前に悪党が馬車を襲って、それにレインさんが駆けつけてくれたとき、あったでしょ?あのとき馬車を護衛していたのが、僕たちなんだ」
「えっ、そうだったの?」
今度は四人とも頷いた。
「あのときは、ありがとうございました。もしレインさんが来てくれなかったら、下手すれば俺たちは生きていなかったかもしれません」
ポールは丁寧な口調で言いながら、深々と頭を下げた。
もし、私が駆けつけてなかったら、間に合ってなかったら、今この場の四人は楽しく過ごせなかったに違いない。あのときの無鉄砲な行動に意味があったんだと、実感できた。
「皆、無事でよかったね」
私がそう言うと、ポールとジェイシーは少ししんみりとした表情を浮かべ、反対にアンナやデニスはうんうんと何度も首を縦に振った。
「だからさ、遠慮せずに一緒に食べよ?よかったら、ここにあるの好きに撮んでっていいから!」
それからは食事を楽しみつつ、長々と話をして、気がつけば窓の外はすっかり暗くなっていた。いつもなら十数分で終えてしまうはずな夕食も、今回ばかりは一時間程度盛り上がってしまった。テーブル上の料理は綺麗に平らげられて、アンナやデニスは膨らんだお腹を手で擦って、大層満足そうにしていた。
「それじゃあ、おやすみ。また一緒に食べようね」
私はアンナたちに別れを告げて、食器を返却口へ返したあと部屋に戻った。
長旅をして、いつもより楽しく食事をすれば、そのあとは当然眠気が襲ってくる。しかし、まだお風呂に入っていないため、このままベッドに飛び込むわけにはいかない。
ただ、今の時間帯の浴場は人が多い。混み合っている、というほどではないが、浴場は空いているほうがゆったりできる。それに私のオッドアイは恐らくあまり人に見せて良いものではないっぽいから、眼帯をつけられない浴場では人のいない時間のほうが都合がいい。
それなら日記を書いて時間を潰せばちょうどよくなるかもしれないと思い、テーブルの上に日記帳を展げて、椅子に腰を掛けた。
早速書き始めよう__と言う前に、初めてアンナとジェイシーに会った日の日記を見た。そこにはギルドに入ったこと、アポロンやトリッシュと会ったこと、初めて依頼を熟したことなどに合わせて、一番下のほうに二人のことが書かれていた。
「えへへ…」
改めて日記の内容を確認すると、安心感から笑い声が漏れた。まだ一ヶ月しか経っていないけれど、随分と前の出来事ような気がして、懐かしく思える。
記憶を振り返れるって、いいな。
今日の分の日記を書き終えた私は、浴場へ向かった。__まぁ書き始めるまでに、これまで書いた日記を一日一日見てしまったから、思ったより椅子に座っている時間が長くなってしまったわけだけど。
浴場の方はというと、想定通り人は少なかった。凡そ四、五人といったところか。これぐらいなら周りを気にすること無くリラックスできそうだ。
髪と身体をしっかり洗ってお風呂に入ろうとしたとき、見覚えのある女が隅っこの方で浸かっていた。ジェイシーだった。
「ジェイシー?」
声を掛けると、彼女は一瞬ビクッとなって私の方を振り返った。
「レインさん」
「驚かせてごめんね。アンナは一緒じゃないの?」
「うん。お腹いっぱいで、まだ休憩中です」
それを聞いて苦笑いを隠せなかった。まぁ、あれだけ食べれば動けなくても不思議じゃない。
「あの、ちょっと、お話、してもいいですか」
ジェイシーが急な提案をしてきた。さっきの食事のとき、彼女とはあまり話せなかったので、丁度いい機会だと思った。
「うん。いいよ」
ジェイシーの隣でお風呂に浸かって、なんの話だろうと彼女の言葉を待った。
少しの間をおいてから、ジェイシーが口を開いた。
「その、あのときは、本当に、ありがとうございました」
あのとき…というのは、さっき話した、私が四人を助けたときのことだろう。
「うん。どういたしまして」
優しく微笑んで返事をした。ところが、ジェイシーは一回頷いてから、また黙り込んでしまった。
そういえば、会話したことは殆ど無いけれど、彼女から話をしたいだなんて珍しい。それほどまでに感謝している、とも捉えられるけれど、話、という括りにして提案するのだろうか。
「えっと…話って、そのこと?」
「あっ、いや、違うんです。いや、感謝をしているのは本当なんですけど、その」
ジェイシーはそこまで言って、また黙ってしまった。が、今度は決心したように私に問いかけてきた。
「その、レインさんの、目、は、あんまり、聞かない方が、いいんでしょうか」
しまった、と思った。さっきまであれだけ人目につかないようにと注意していたのに。
…でも、さっきの日記のことを思い出すと、初めてジェイシーとアンナに会ったのは今と同じお風呂でだった。なら、彼女にとっては今更な話か。
「す、すみません!で、でも、前は眼帯とかつけてなかったから…」
「いや、そうだったよね。えっと、聞かれても問題はないんだけど、聞かれても私自身、分からないっていうか…」
「えっ?ど、どういうことなんですか?」
私の予想外の返答に、ジェイシーも困惑していた。当然だ。自分のことなのに、何も知らないんだから。
「気づいた時からこうだったから、そもそも原因が分かっていないんだよね。でも、人にあんまり見せないほうがいいっぽいから、眼帯をつけ始めたって感じかな」
「そう、なんですね…。すみません、変な事聞いてしまって」
「大丈夫。でも、あんまり目のことは他の人には教えないでほしいかも」
私がそう言うと、ジェイシーはコクリと頷いた。まぁ彼女の性格を考えたら簡単に口を滑らすとは思えないけど。
「本当はどうしてなのか知りたいんだけどね。調べても全然手がかりがないから、旅をしていて、偶々原因が判ればいいって感じかな」
「じゃあ、前に世界を知りたいって言ってたのもそれが理由なんですか?」
「あー、そう。そんな感じ」
実際はもっと根本的な、何故転生したのか知るのが理由なのだけど、この際似たようなものだろう。というか、目の方を理由にしたほうが、何かと都合がいいかもしれない。
「…レインさんはしっかりしているんですね。私よりも小さいのに、目的を持って旅をしていて」
「そんなことないよ。力も知識も全然ないし。それに、旅をしているって言っても、まだアルガード王国から出てないから」
「でも、ただ幼馴染に付いてってるだけの私に比べれば…」
彼女の言葉は少し自虐的に映った。幼馴染と冒険をしていて、何を苛むことがあるのだろうかと変に思った。
「良いと思うけどな。親しい仲間と旅をするなんて。楽しそうだし」
「はい。楽しいです。楽しいんですけど、一緒に冒険していて、皆戦いも精神も強くなってって、私だけずっと変わらないような気がしていて…」
ジェイシーは湯煙立つ水面を遠い目で見つめていた。沈んでしまいそうなほどに寂しい表情だった。が、すぐに我に返って、慌てて私の方を向いた。
「ご、ごめんなさい!愚痴っぽくなっちゃって」
「ううん。平気だよ」
宥めるように、優しく声を掛けた。しかし、依然としてジェイシーの寂しそうな顔は、そこに残っていた。
親しい間柄だからといって、一緒にいることが全て良い方向に行くとは限らないのか。ジェイシーの場合は特に、性格も祟って不安に駆られているんだろう。
「お話してくれて、ありがとうございました。そろそろ、私、出ますね」
ジェイシーはそう言って立ち上がり、お風呂から出た。そのまま浴場から出るのかと思ったら、何か迷っているような仕草をして、遂に私の方に顔を向けた。
「…あの、また、お話、してくれますか」
「うん。勿論」
私が優しく、劜く返事をすると、ジェイシーはほんの少しだけ嬉しそうな顔をした。さきほどまでの暗い表情が少し薄れたような気がした。
「ありがとうございます。おやすみなさい」
「おやすみ。またね」
ジェイシーに手を振って別れると、浴場には私一人になっていた。話し込んでいる間に他の人たちは既に上がっていたようだ。
「強く、か」
幼い頃から共に過ごしてきた仲だからこそ、感じ取ってしまうこともきっとある。そんな経験がない、正確には記憶がない私には、恐らく分からないものだ。
ただ、不安そうにする彼女に、何か言葉を掛けるべきだったんじゃないかと、今となってはもう遅いことを只管考えた。答えのない後悔という名の小さな海を、一人彷徨っているのだった。
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