分析能力で旅をする ~転生した理由を探すためにレインは世界を回る

しき

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第三章

第25話『友引』

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ジェイシーと会話の後、一人悶々と悩んでいた私は、ベッドに入ってもなかなか眠ることができなかった。意識がなくなったのは深夜未明で、目を覚ました時には既に昼時を迎えていた。充分に寝ていたはずなのに、目覚めはよくなかった。外の天気も曇り空だった。

朝食を取り損ねたわけなので、昼食も兼ねて食堂へ向かった。食堂には十数人の冒険者がいて、各々好いた料理を口を運んで、午前の疲労を取っていた。それでエネルギーも蓄えて、午後にまた外に出るに違いない。

私も気分を切り替えようと、じっとカウンターのメニュー欄を眺めたが、食欲があまり湧かず、どの料理も頼む気にはなれなかった。それでも何も口にしないのはよくないと分かっていたので、トーストを一枚だけ食べることにした。

カウンターで受け取ったトーストには、瑞々しいレタスと半熟の目玉焼きが乗っていた。それを食べると、口の中にトロッとした黄身の甘さが広がり、噛めばレタスのシャキシャキとした音がリズム良く聞こえた。

「…あっ」

しかし、トーストの最後の一欠片を食べようとした時、手が滑って床に落っことしてしまった。思わず溜め息も漏れてしまう。

起きてしまったことは仕方ないとその欠片を拾い、皿を返却口へ戻す際にごみ箱へ捨てた。それにしても、昨日といいさっきといい、判断力と詰めの甘さが目立つ自分に嫌気が差して、全然気分が上がらない。

身支度を整えてギルドへ行こうとすると、丁度昼食を取り終えた冒険者たちが私と同じタイミングで外へ出た。私とは違い、随分と楽しそうに話しながら歩いている。

すれ違う街の人々も、溌溂はつらつたる表情で歩いていた。茶色の服を着たよわい五十と見られる男は、服が随分と汚れているのに、恥ずかしがることもなく堂々と道を闊歩している。私よりも幼い子供たちは、持て余すエネルギーを解放するかのように、疲れ知らずに追いかけっこをしている。

同じ場所に立っているのに、いつにも増して人々が明るく見えてしまう。

…そんなところでブルーな気持ちになったってしょうがないんだけどさ。

ギルドに着いて中に入った。掲示板には依頼書が十数枚あり、冒険者たちはそれらをゆっくり吟味して、早いもの勝ちで手に取っている。

ギルドの人曰く、現在Fランクの私は一度だけEランクの討伐依頼に挑戦でき、そしてそれが無事達成されれば、晴れてEランクへ昇格する、とのことだ。

Eランクの討伐依頼書は、Fランクに比べて枚数が三、四枚多かった。昇格すれば選り好みできることを考えると、ここの選択は重要だ。できれば確実に昇格できるものがいい。

…と、貼られている討伐依頼書をじっくりと見たわけだけど、書いてあるのは魔物の名前や討伐場所などの、事務的な情報だけだった。そういえばメタモルストーンって魔物を討伐したときも、詳細が分からずにテオに訊いたんだっけ。

うむむ、ここ一ヶ月で知識は結構つけたつもりだけど、魔物についての知識はノータッチだった。図鑑系のものも読んでおくべきだったかもしれない。

分からないものは仕方ない、どうせ請けるなら一番報酬金が高いものを選ぼう、と思って、依頼書を取ろうと手を伸ばしたら、他の人の手とぶつかってしまった。

「あっ、ごめんなさい」

咄嗟に謝って、相手の顔を見た。その冒険者は私よりもちょっと背丈が高い、短い白髪の女だった。

「…悪いな」

女はたった一言だけ呟いて、私を見ること無く、掲示板に貼られているCランクの依頼書を取っていった。

はぁ、とまた一つため息をつき、私はもう一度手を伸ばして、取ろうとしていたEランクの依頼書を掴んだ。

今日は、あんまり上手くいかない日だなぁ。



選んだ依頼はポイズントードという魔物の討伐だ。ギルドの受付に、この魔物について訊いてみると、痲痹毒の液体を口から吐き出す大きなカエル型の魔物らしい。陽の出ている間は水中で過ごし、雨の日や夜になると陸へあがるから、夜での討伐が基本、とのこと。

討伐場所はヴェレンから北にある、ラーシャム湖沼だ。入り用がない限りあまり近づくことのない場所らしく、人の手は全く加わっていないので、ポイズントード以外の魔物にも十分注意が必要だ。

痲痹毒を即治療できる道具を買うために、道具屋へ赴いた。繁華街に比べて品の種類は少なかったが、回復系の道具は一通り陳列されていた。反対に、装飾品系の道具は無く、その他ランタンなどの細々とした道具も売られていなかった。

道具屋の窓から空を覗いた。さきほどよりも陽の光が遮られた、黒いまだら模様が目立つ鈍色にびいろの空である。直に雨が降りそうだ。雨合羽が必要だと思い、店内を見回したが、それらしいものがない。まさか雨合羽も無いのか?カウンターの店主に雨具はないのかと訊ねてみると、雨合羽は既に売り切れたと言われた。

ツイていない。なんというか、何もかも間に合っていない。

買い物を終え外に出て、再び空を見上げた。この調子じゃラーシャム湖沼へ行く道中で降り始めるだろう。しかも着いたら地面が泥濘ぬかるんでいるだろうから、冷えた身体は余計に体力を奪われてしまう。テントを立てるにも一苦労するし、立てたとて中々やすまらないはずだ。

どうしたものかと考えていると、ドテッという音が近くから聞こえた。音がした方を見ると、一人の女の子が転んでいた。顔を見るとしかめっ面に涙ぐんでいる。周りの大人もそれに気付いて、大丈夫?と女の子に聞いて、様子を窺っていた。

女の子は泣き出しそうな顔をしつつ、周りの大人の声にただ頷いて、おもむろに立ち上がった。ところが中々動き出さない。どうしたのかとよく観てみると、膝がじんわり赤くなっていた。

「大丈夫?」

私も女の子に近づいて声をかけた。女の子は相変わらず首を縦に振るだけである。

しゃがんで女の子の膝を診ると、僅かながらに血が滲み出ているものの、そこまで痛々しい擦り傷ではない。しかし、まだ幼い子供からしたら、焼けただれるような痛みなのだろう。

<<エイド>>!

私が治癒術を唱えてると、傷はみるみる治ってゆき、何事もなかったかのように膝は綺麗になった。

「…!」

女の子は目に涙を溜めながらも傷が無くなったことに驚き、何度も膝を擦った。周りの大人も小さく感嘆の声を漏らしている。

「まだ痛い?」

私は下から覗き込むように女の子に訊くと、女の子は初めて首を横に振った。

「ううん、痛くない」

「よかった!転ばないように気をつけてね」

「うん!ありがと、おねーちゃん!」

女の子の一驚した表情は喜色満面の笑みに変わり、清粋な眼差しでお礼を言ってきた。それで、大きく手を振りながら、またね、と言って、私の横をすり抜けてゆき、転んだことを忘れてしまったかのように駆けて行った。その場が一段落着くと周りも、よかったなぁ、とか、すごいなぁ、とか言いながら、また方々に散っていった。

お礼を一つ言われただけだが、口角が上がっているのが自分でもわかるぐらいに嬉しい気持ちになった。今日の細かな不幸がそれ一つで報われたようだ。

そうこうしているうちに、雨の臭いがしてきた。ぽつりぽつりと空から雫が降ってきて、道行く人々も足早に歩いてゆく。次第に雨の勢いは強くなってゆき、私も一度道具屋へ入り直した。

「これは、依頼は雨が止んでからだなぁ」

ザーザーと降る雨の音を背景音にしてそう呟いた。雨合羽もないし、依頼に行くにしても宿屋へ戻るにしても、外に出て濡れてしまうのは間違いない。

だが不思議と沈んだ気持ちにはならなかった。たかだか一つ良いことがあっただけ、と言われたらその通りだけど、今日の私にはその小さな一個が、どんよりと落胆していた心を持ち上げてくれていた。

その後は先程の女の子のように、ギルドまで走って帰った。無論、結構濡れてしまったが、浴場があるのが幸いだった。心身ともに温まっていった。

雨が止んだのは二日経ってからだった。
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