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第三章
第33話『パルドニア鉱山へ』
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いつも通りの朝。いつも通り朝食を済ませ、いつも通りに外を出た。いつも通り街を行き交う冒険者たちが見える。外に出ていくのはこの街を離れる人か、依頼を請けて出発している人のどちらかだろう。
直に暑い季節がやってくるが、朝はまだ過ごしやすい気温だ。昼になればジリジリと日が照らされ、四六時中外にいれば日焼けをしてしまう。実に、ここで農業を営んでいる街人は少し肌が焦げている気がする。
「日焼け止めも欲しいな…」
そう呟くが、果たしてこの世界に日焼け止め的な道具はあるのだろうか。少なくとも王都アルガードの道具屋にも、ヴェレンの道具屋にもそんなものはなかった。そこらは専ら冒険者向けの道具ばかりである。
アルガードに日用品店みたいなものもあったのかなぁ。こうしてみるとアルガード内の探索なんて全然していなかったな。
まぁ、デルタ帝国に行った時にそれも探そう。そこに無かったら多分アルガードにも、世界各国にも無いのだろう。
さてそうこうしているうちにギルドについた。今日もチーム雷神についていって見学しているか、それとも今日は自分でやりたい依頼を選ぼうか。どっちにしようかな。
「あっ、レイン!こっちにきてきて!」
入った途端にアンナの声がした。掲示板の前で私を手招きしていた。
というより、今日は一段とギルド内に人が多い気がする。勿論ピークの時間帯は存在するけれど、私はいつもそれより後にギルドに来ているから、この人の多さは凡そ一ヶ月ぶりぐらいだ。
「どうしたの?」
アンナの元まで行くと、当然ながらポールもデニスも、ジェイシーもいた。
「ほら!これ!見てよ!」
アンナが指し示していたのは掲示板の依頼だった。しかし、いつも見る依頼書よりも特別大きい気がする。よく見るために、もう少し掲示板に近づいた。
一際大きい依頼書は、緊急依頼だった。
「ヴァンパイダーの、駆除?」
初めて聞く魔物の名前だ。しかも討伐でも採取でもなく、駆除というのが不思議だ。害獣とかの類なのだろうか。
まじまじと見ていると、後ろからポールも話しかけてきた。
「俺らはこれを請けようと思ってるんだが、レインさんも一緒にどうだ?」
緊急依頼か。普段の採取依頼とか討伐依頼とかとは毛色が全然変わるんだろうな。現に依頼書だけでも大きさも違うし、掲示板から取り外されないようになっている。
必要ランクは…Eか。そして報酬金は、大銀貨3枚。アルガードからヴェレンまでの護衛依頼と同じ額だ。確かギルド規約には、増額される可能性も示されていたっけ。
「そうだね。やろっか」
「よし。それなら俺たちはもう受付に行ったから、レインさんも行ってきてくれ」
わかった、と私は返事をして受付に向かう。幸いにも他の冒険者はまだ掲示板にてこの依頼を請けるか決めかねている様子で、受付に並んでいるのは誰もいなかった。…それだけ難しいのだろうか?
「緊急依頼の、ヴァンパイダーのヤツを請けたいんだけど、どうすればいいの?」
「畏まりました。ではこちらの書面にチーム名または個人名をご記入ください」
受付スタッフの男性は一つの紙を取り出し、羽根ペンとともにカウンターの上に置いた。
紙には『緊急依頼を請けるものの証明』と書いてあり、その下には依頼書にもあった『ヴァンパイダーの駆除』。更にその下には名前を書くであろう傍線が引かれていた。
羽根ペンを手に取って名前を書きつつ、何故こんな面倒なことをするんだろうとスタッフに訊いた。
「どうしてこんなのを書くの?」
「請けるだけ請けて、全く貢献しない方がたまにいるんですよ。でも受諾はしてるんだから、報酬を寄越せと。まぁ今はだいぶ減りましたが」
へぇ。そんな奴がいるのか。まぁそれなら証明書を書くのも理解できるけど…これを書いただけでそんな変わるのかな。
名前を書き終えて紙を渡した。スタッフは私の名前をじっと見て、暫くするとその紙を私にかえしてきた。
えっ、なにかだめだった?
「ありがとうございます。こちら証明書になりますので、緊急依頼が終わるまではお持ちになってください」
びっくりした。そういえば証明書になるんなら、私が持っていないといけないのか。
紙を再び受け取り、四つ折りにしてマジックバッグの中に仕舞った。使う場面なんてあるのかな?
その後ギルドの外でチーム雷神と合流し、早速出発することにした。
目的地はパルドニア鉱山。ラーシャム湖沼に行った時に途中看板で名前を目にした鉱山だ。道なりに行けば迷うことなく着くだろう。
その道中は今回駆除する魔物、ヴァンパイダーについての話になった。
ヴァンパイダーはパルドニア山脈全域に生息する、虫系の魔物らしい。ただ生息すると言っても地上では見かけることがないらしく、地下に生息しているらしい。
で、恐らく今回は年に一度から二度あると言われている大量発生で、緊急で依頼が作られたかもしれないらしい。鉱山にて発掘作業をしていて、ヴァンパイダーの巣窟を掘り当ててしまうことがあるとか、ないとか。
ちなみにこれらの知識は道中でジェイシーに教えられた。へぇ、と思っていたが、仲間の三人も初めて聞いたような反応を見せていた。学校で学んでいただけあって、私や三人よりも知識に富んでいる。チーム雷神としては、ジェイシーの知識には随分助けられていそうだ。
まぁ、だとしても彼女はもっと役に立ちたいって思ってるんだろうな。例え充分チームの佐になっていたとしても。
パルドニア鉱山が見えてきた。ヴェレンの街と同様にある程度の範囲を鉄柵で囲っている。鉄柵の内側には、一見高そうな建物があることぐらいしか分からない。だけど、近づいていくにつれ、人の声も僅かながらに聞こえてきた。
「失礼。緊急依頼を受諾した方ですか?」
鉄柵の内側に入ろうとすると、そこで突っ立っていた門番らしき女に話しかけられた。ギルドスタッフである。
「うん。そうだけど」
「それでは受付で記入した書面をお見せください」
私とポールはそれぞれバッグから証明書を取り出し、その女に見せつけた。女はじっくりと二つの紙を眺めた後に、手元のクリップボードに何か書き込む仕草をしていた。
「ありがとうございます。道具など入念に準備をしてから鉱山に入ってください」
何を書いたのかはわからないけれど、多分これがなかったら入れなかったってことなのかな?まぁ、入れたのならそれでいいや。
鉄柵の内側には高床式の建物の横に、木製トロッコが数台、それよりちょっと大きい立方体の木製の箱が何個も並んでいた。そこでトロッコから何かを取り出して、何かしら確かめた後にぽいっと箱に入れている人が二、三人いる。体格の良さと燻った服装からして、あれが炭鉱夫かな?
鉱山の入り口横には、簡易的に作られたお店のようなものがあった。店主は服装からしてギルドスタッフ。ギルドは店を出すこともあるのか。
するとその店に一人の女がやってきた。これから私たちと同じで、鉱山に入ろうと準備をしているんだろう。…と、結構見覚えのある姿だった。背丈が私と変わらなさそうで、白い髪のショートヘア、そしてその横には大きな剣…。
すぐにその女の元まで走り話し掛けた。
「リンネ?」
女は声を掛けられ、ぱっと後ろを振り返った。間違いない。リンネだ。
「…お前か」
「リンネも緊急依頼を?」
私がそう聞いても何の返事も返ってこない。というより、彼女が見ているのは私ではなく、私の後ろのような気がした。それで私も振り返ると、チーム雷神が歩いて私の方へ向かってきていた。
…と、またリンネの方を向いても、彼女の姿が見えない。きょろきょろと辺りを見渡すと、既に鉱山の中へ、鞘に納まった剣を引きずりながら入っていく彼女の姿が見えた。
「ちょっ、えっ」
「レイン?」
呼びかけることすらままならず、その場に立ち尽くしていると同時に、アンナから声を掛けられた。不思議そうに私のことを見ている。
「友達?」
「あぁ、まぁ、うーん。友達なのかな?」
友達どうかと言われると微妙なところだ。そこまで親しいわけでもないし…。
「彼女、大丈夫なのかい?一人で行っちゃったけど」
デニスはそう言いつつ、鉱山の入り口の方を向いている。
そういえばリンネは一人で入っていったな。大丈夫かな。実力は確かだと思うけど、それでもどうしても心配してしまう。
するとジェイシーが私の手を取ってきた。
「レインさん。行ってあげてください」
「えっ?でも…」
「友達なら、一緒に行ってあげてください」
その目は優しく、強い目だった。親友がいるからこそ、友達を大事にしないといけない、そんなメッセージがジェイシーから言わずとも溢れていた。
友達…じゃなかったとしても、これから友達になっていけばいいか。そんな難しく考えることないや。
「…わかった。ごめんね、一緒に行けなくて」
「大丈夫です。また一緒に行ける機会はありますから」
「そうよ。私達は大丈夫なんだから、早く早く」
アンナにも後押しされ、私はすぐに鉱山の中へ入っていった。
鉱山の中は意外と広かった。地面にはレールが三本分敷かれて、その両端は人が二人横に並べるくらいに横幅がある。高さは宿屋の部屋の天井よりもちょっと高いぐらいで、太く黒い木材で支えられている。その端っこのほうにランプがぼおっと灯っていた。
また、何かが地面と擦れているような音が小さく聞こえていた。奥の方を見るとリンネが歩いているのが見えた。
早歩きになって彼女の元へ向かっていく。本当はもう走りたいところだが、レールがあるため気をつけないと転んでしまう。
「リンネ!」
ある程度近づいて声を掛けると、彼女は立ち止まり、ちらっと私の方に顔を向けた。が、表情を変えず、返事をすることもなく、また前を向いて歩き出してしまった。
「ま、まって」
慌てて彼女の後ろを付いていった。
私を嫌っているような様子はないけど、かといって関心があるようにも思えないんだよな。うーん、いまいち読めない。
坑道を静かに歩く。左右には大きな穴が、平たい木の板で封じられている。恐らく既に鉱石を取り尽くし、役目を終えた坑道なのだろう。
ときどき奥の方から地響きや声などが聞こえる。先にここに来た冒険者たちのものだろう。魔物の姿は未だ見えないが、きっとその人たちがもう倒してくれてたに違いない。
「どうして付いてきた」
変哲もない道を歩く最中、リンネの方から話しかけてきた。
「そりゃだって、心配だから…」
「Fランクに心配されるほど弱くない」
「…でも心配なものは心配だし。あと、今はFじゃなくてEランクなんだから」
そう言っても、反応なくただ歩き続けている。彼女はDとかCランクなのだろうか。だとしたら確かに杞憂に終わりそうではあるけれど…。でもだからって、じゃあ大丈夫だと放っておくなんてできない。
「お前が私を心配する理由がわからないな。特別親しい訳でもなんでもないだろう」
「それはそうだけど…。でもそれは、これから友達になっていけばいいから」
「浅はかだな。私がどんな奴かも分からないのに、友達になろうって言ってるのか」
彼女は嘲笑混じりに言った。まるで自分と友達になるのが可笑しいというような言い草だった。
「リンネがいい人だってことだけは、私、分かるよ」
そう言うとリンネは歩みを止めた。言っちゃいけないことを言っちゃったのかな、と思ったが、前方を見ると、膝丈ほどの大きな蜘蛛が数匹現れていた。足は茶色く、胴体は薄灰色をしている。
【名称】ヴァンパイダー
【種族】魔物-蟲
【体力】650/650
【魔力】50/50
【属性】地・闇
【弱点】火・光
【スキル】暗視Lv1・猛毒攻撃Lv1・猛毒耐性Lv1
これが例のヴァンパイダーか。単体ではそこまで強くなさそうだけど…。大量発生しているとのことなら、十分気をつける必要がある。でなければ、死角から毒に冒されてしまうかもしれない。
幸いにもここまで一本道だったから、後ろから襲撃される心配はまだない。ただ、この道の横幅では回り込まれてしまう可能性は十分にある。常に距離感に気を配って戦わないと。
ところが私が構えようとした時、リンネは既に抜刀し魔物に向かっていった。彼女の剣は切れ味鋭く、一瞬で一匹、また一匹と魔物を真っ二つにしていった。
強い。蜘蛛も横からも上からも襲いかかってきているが、彼女の懐まで近づけていない。まるで背中にも目があるかのようだった。
ほどなくして魔物の声はなくなり、また静かな時間を迎えた。彼女は剣を鞘に納め、また歩き出そうとする…かと思いきや、その場で立ち尽くしていた。
「お前が私のことをどう思おうが勝手だがな」
そして彼女は私の方を振り向き、鋭い眼光を放っていた。
「私はお前をどう利用できるかしか考えていない」
「えっ…」
「それが嫌なら、さっきの奴らのところへ帰ることだな」
それを言うと、彼女はまた奥に進んでいった。
予想外の言葉だった。仲の良し悪しでも、私のことをどう思ってるかでもなく、一つの手駒、手段に過ぎないということだ。暫く奥に進む彼女を呆然と見ていることしかできなかった。
ただ、彼女の言動は不可解だった。私を突き放すと言うより、警告を発しているような言い方だ。そもそも利用するというのなら、そのことを私に直接言う必要があるのだろうか。
今思えばその言葉を言い放ったときのリンネは、悪巧みをしているような表情でも、刺々しい雰囲気もなかった。あったのは、寂しそうな哀しそうな紫色の眼だけだった。
そこまで考えて、私は歩くリンネの後ろを付いていくことにした。
彼女が何を想ってあんなことを言ったのかはわからない。でも、少なくとも本心ではない気がしたからだ。
直に暑い季節がやってくるが、朝はまだ過ごしやすい気温だ。昼になればジリジリと日が照らされ、四六時中外にいれば日焼けをしてしまう。実に、ここで農業を営んでいる街人は少し肌が焦げている気がする。
「日焼け止めも欲しいな…」
そう呟くが、果たしてこの世界に日焼け止め的な道具はあるのだろうか。少なくとも王都アルガードの道具屋にも、ヴェレンの道具屋にもそんなものはなかった。そこらは専ら冒険者向けの道具ばかりである。
アルガードに日用品店みたいなものもあったのかなぁ。こうしてみるとアルガード内の探索なんて全然していなかったな。
まぁ、デルタ帝国に行った時にそれも探そう。そこに無かったら多分アルガードにも、世界各国にも無いのだろう。
さてそうこうしているうちにギルドについた。今日もチーム雷神についていって見学しているか、それとも今日は自分でやりたい依頼を選ぼうか。どっちにしようかな。
「あっ、レイン!こっちにきてきて!」
入った途端にアンナの声がした。掲示板の前で私を手招きしていた。
というより、今日は一段とギルド内に人が多い気がする。勿論ピークの時間帯は存在するけれど、私はいつもそれより後にギルドに来ているから、この人の多さは凡そ一ヶ月ぶりぐらいだ。
「どうしたの?」
アンナの元まで行くと、当然ながらポールもデニスも、ジェイシーもいた。
「ほら!これ!見てよ!」
アンナが指し示していたのは掲示板の依頼だった。しかし、いつも見る依頼書よりも特別大きい気がする。よく見るために、もう少し掲示板に近づいた。
一際大きい依頼書は、緊急依頼だった。
「ヴァンパイダーの、駆除?」
初めて聞く魔物の名前だ。しかも討伐でも採取でもなく、駆除というのが不思議だ。害獣とかの類なのだろうか。
まじまじと見ていると、後ろからポールも話しかけてきた。
「俺らはこれを請けようと思ってるんだが、レインさんも一緒にどうだ?」
緊急依頼か。普段の採取依頼とか討伐依頼とかとは毛色が全然変わるんだろうな。現に依頼書だけでも大きさも違うし、掲示板から取り外されないようになっている。
必要ランクは…Eか。そして報酬金は、大銀貨3枚。アルガードからヴェレンまでの護衛依頼と同じ額だ。確かギルド規約には、増額される可能性も示されていたっけ。
「そうだね。やろっか」
「よし。それなら俺たちはもう受付に行ったから、レインさんも行ってきてくれ」
わかった、と私は返事をして受付に向かう。幸いにも他の冒険者はまだ掲示板にてこの依頼を請けるか決めかねている様子で、受付に並んでいるのは誰もいなかった。…それだけ難しいのだろうか?
「緊急依頼の、ヴァンパイダーのヤツを請けたいんだけど、どうすればいいの?」
「畏まりました。ではこちらの書面にチーム名または個人名をご記入ください」
受付スタッフの男性は一つの紙を取り出し、羽根ペンとともにカウンターの上に置いた。
紙には『緊急依頼を請けるものの証明』と書いてあり、その下には依頼書にもあった『ヴァンパイダーの駆除』。更にその下には名前を書くであろう傍線が引かれていた。
羽根ペンを手に取って名前を書きつつ、何故こんな面倒なことをするんだろうとスタッフに訊いた。
「どうしてこんなのを書くの?」
「請けるだけ請けて、全く貢献しない方がたまにいるんですよ。でも受諾はしてるんだから、報酬を寄越せと。まぁ今はだいぶ減りましたが」
へぇ。そんな奴がいるのか。まぁそれなら証明書を書くのも理解できるけど…これを書いただけでそんな変わるのかな。
名前を書き終えて紙を渡した。スタッフは私の名前をじっと見て、暫くするとその紙を私にかえしてきた。
えっ、なにかだめだった?
「ありがとうございます。こちら証明書になりますので、緊急依頼が終わるまではお持ちになってください」
びっくりした。そういえば証明書になるんなら、私が持っていないといけないのか。
紙を再び受け取り、四つ折りにしてマジックバッグの中に仕舞った。使う場面なんてあるのかな?
その後ギルドの外でチーム雷神と合流し、早速出発することにした。
目的地はパルドニア鉱山。ラーシャム湖沼に行った時に途中看板で名前を目にした鉱山だ。道なりに行けば迷うことなく着くだろう。
その道中は今回駆除する魔物、ヴァンパイダーについての話になった。
ヴァンパイダーはパルドニア山脈全域に生息する、虫系の魔物らしい。ただ生息すると言っても地上では見かけることがないらしく、地下に生息しているらしい。
で、恐らく今回は年に一度から二度あると言われている大量発生で、緊急で依頼が作られたかもしれないらしい。鉱山にて発掘作業をしていて、ヴァンパイダーの巣窟を掘り当ててしまうことがあるとか、ないとか。
ちなみにこれらの知識は道中でジェイシーに教えられた。へぇ、と思っていたが、仲間の三人も初めて聞いたような反応を見せていた。学校で学んでいただけあって、私や三人よりも知識に富んでいる。チーム雷神としては、ジェイシーの知識には随分助けられていそうだ。
まぁ、だとしても彼女はもっと役に立ちたいって思ってるんだろうな。例え充分チームの佐になっていたとしても。
パルドニア鉱山が見えてきた。ヴェレンの街と同様にある程度の範囲を鉄柵で囲っている。鉄柵の内側には、一見高そうな建物があることぐらいしか分からない。だけど、近づいていくにつれ、人の声も僅かながらに聞こえてきた。
「失礼。緊急依頼を受諾した方ですか?」
鉄柵の内側に入ろうとすると、そこで突っ立っていた門番らしき女に話しかけられた。ギルドスタッフである。
「うん。そうだけど」
「それでは受付で記入した書面をお見せください」
私とポールはそれぞれバッグから証明書を取り出し、その女に見せつけた。女はじっくりと二つの紙を眺めた後に、手元のクリップボードに何か書き込む仕草をしていた。
「ありがとうございます。道具など入念に準備をしてから鉱山に入ってください」
何を書いたのかはわからないけれど、多分これがなかったら入れなかったってことなのかな?まぁ、入れたのならそれでいいや。
鉄柵の内側には高床式の建物の横に、木製トロッコが数台、それよりちょっと大きい立方体の木製の箱が何個も並んでいた。そこでトロッコから何かを取り出して、何かしら確かめた後にぽいっと箱に入れている人が二、三人いる。体格の良さと燻った服装からして、あれが炭鉱夫かな?
鉱山の入り口横には、簡易的に作られたお店のようなものがあった。店主は服装からしてギルドスタッフ。ギルドは店を出すこともあるのか。
するとその店に一人の女がやってきた。これから私たちと同じで、鉱山に入ろうと準備をしているんだろう。…と、結構見覚えのある姿だった。背丈が私と変わらなさそうで、白い髪のショートヘア、そしてその横には大きな剣…。
すぐにその女の元まで走り話し掛けた。
「リンネ?」
女は声を掛けられ、ぱっと後ろを振り返った。間違いない。リンネだ。
「…お前か」
「リンネも緊急依頼を?」
私がそう聞いても何の返事も返ってこない。というより、彼女が見ているのは私ではなく、私の後ろのような気がした。それで私も振り返ると、チーム雷神が歩いて私の方へ向かってきていた。
…と、またリンネの方を向いても、彼女の姿が見えない。きょろきょろと辺りを見渡すと、既に鉱山の中へ、鞘に納まった剣を引きずりながら入っていく彼女の姿が見えた。
「ちょっ、えっ」
「レイン?」
呼びかけることすらままならず、その場に立ち尽くしていると同時に、アンナから声を掛けられた。不思議そうに私のことを見ている。
「友達?」
「あぁ、まぁ、うーん。友達なのかな?」
友達どうかと言われると微妙なところだ。そこまで親しいわけでもないし…。
「彼女、大丈夫なのかい?一人で行っちゃったけど」
デニスはそう言いつつ、鉱山の入り口の方を向いている。
そういえばリンネは一人で入っていったな。大丈夫かな。実力は確かだと思うけど、それでもどうしても心配してしまう。
するとジェイシーが私の手を取ってきた。
「レインさん。行ってあげてください」
「えっ?でも…」
「友達なら、一緒に行ってあげてください」
その目は優しく、強い目だった。親友がいるからこそ、友達を大事にしないといけない、そんなメッセージがジェイシーから言わずとも溢れていた。
友達…じゃなかったとしても、これから友達になっていけばいいか。そんな難しく考えることないや。
「…わかった。ごめんね、一緒に行けなくて」
「大丈夫です。また一緒に行ける機会はありますから」
「そうよ。私達は大丈夫なんだから、早く早く」
アンナにも後押しされ、私はすぐに鉱山の中へ入っていった。
鉱山の中は意外と広かった。地面にはレールが三本分敷かれて、その両端は人が二人横に並べるくらいに横幅がある。高さは宿屋の部屋の天井よりもちょっと高いぐらいで、太く黒い木材で支えられている。その端っこのほうにランプがぼおっと灯っていた。
また、何かが地面と擦れているような音が小さく聞こえていた。奥の方を見るとリンネが歩いているのが見えた。
早歩きになって彼女の元へ向かっていく。本当はもう走りたいところだが、レールがあるため気をつけないと転んでしまう。
「リンネ!」
ある程度近づいて声を掛けると、彼女は立ち止まり、ちらっと私の方に顔を向けた。が、表情を変えず、返事をすることもなく、また前を向いて歩き出してしまった。
「ま、まって」
慌てて彼女の後ろを付いていった。
私を嫌っているような様子はないけど、かといって関心があるようにも思えないんだよな。うーん、いまいち読めない。
坑道を静かに歩く。左右には大きな穴が、平たい木の板で封じられている。恐らく既に鉱石を取り尽くし、役目を終えた坑道なのだろう。
ときどき奥の方から地響きや声などが聞こえる。先にここに来た冒険者たちのものだろう。魔物の姿は未だ見えないが、きっとその人たちがもう倒してくれてたに違いない。
「どうして付いてきた」
変哲もない道を歩く最中、リンネの方から話しかけてきた。
「そりゃだって、心配だから…」
「Fランクに心配されるほど弱くない」
「…でも心配なものは心配だし。あと、今はFじゃなくてEランクなんだから」
そう言っても、反応なくただ歩き続けている。彼女はDとかCランクなのだろうか。だとしたら確かに杞憂に終わりそうではあるけれど…。でもだからって、じゃあ大丈夫だと放っておくなんてできない。
「お前が私を心配する理由がわからないな。特別親しい訳でもなんでもないだろう」
「それはそうだけど…。でもそれは、これから友達になっていけばいいから」
「浅はかだな。私がどんな奴かも分からないのに、友達になろうって言ってるのか」
彼女は嘲笑混じりに言った。まるで自分と友達になるのが可笑しいというような言い草だった。
「リンネがいい人だってことだけは、私、分かるよ」
そう言うとリンネは歩みを止めた。言っちゃいけないことを言っちゃったのかな、と思ったが、前方を見ると、膝丈ほどの大きな蜘蛛が数匹現れていた。足は茶色く、胴体は薄灰色をしている。
【名称】ヴァンパイダー
【種族】魔物-蟲
【体力】650/650
【魔力】50/50
【属性】地・闇
【弱点】火・光
【スキル】暗視Lv1・猛毒攻撃Lv1・猛毒耐性Lv1
これが例のヴァンパイダーか。単体ではそこまで強くなさそうだけど…。大量発生しているとのことなら、十分気をつける必要がある。でなければ、死角から毒に冒されてしまうかもしれない。
幸いにもここまで一本道だったから、後ろから襲撃される心配はまだない。ただ、この道の横幅では回り込まれてしまう可能性は十分にある。常に距離感に気を配って戦わないと。
ところが私が構えようとした時、リンネは既に抜刀し魔物に向かっていった。彼女の剣は切れ味鋭く、一瞬で一匹、また一匹と魔物を真っ二つにしていった。
強い。蜘蛛も横からも上からも襲いかかってきているが、彼女の懐まで近づけていない。まるで背中にも目があるかのようだった。
ほどなくして魔物の声はなくなり、また静かな時間を迎えた。彼女は剣を鞘に納め、また歩き出そうとする…かと思いきや、その場で立ち尽くしていた。
「お前が私のことをどう思おうが勝手だがな」
そして彼女は私の方を振り向き、鋭い眼光を放っていた。
「私はお前をどう利用できるかしか考えていない」
「えっ…」
「それが嫌なら、さっきの奴らのところへ帰ることだな」
それを言うと、彼女はまた奥に進んでいった。
予想外の言葉だった。仲の良し悪しでも、私のことをどう思ってるかでもなく、一つの手駒、手段に過ぎないということだ。暫く奥に進む彼女を呆然と見ていることしかできなかった。
ただ、彼女の言動は不可解だった。私を突き放すと言うより、警告を発しているような言い方だ。そもそも利用するというのなら、そのことを私に直接言う必要があるのだろうか。
今思えばその言葉を言い放ったときのリンネは、悪巧みをしているような表情でも、刺々しい雰囲気もなかった。あったのは、寂しそうな哀しそうな紫色の眼だけだった。
そこまで考えて、私は歩くリンネの後ろを付いていくことにした。
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